相棒の露払い
「し、終夜~~!」
摩利は終夜の姿を見ると安堵した。緊張していた両足から力が抜けて、へなへなとその場に座り込んだ。
終夜が間一髪、ヴァイスの斬撃を放ち銀狼の群れを一掃したおかげで、摩利の命は救われた。
「まったく、人の言うことを聞かず単独行動したあげく、ピンチに陥って、急きょ助けにこいなんてな。相変わらず俺の休みを削るのが好きな奴だ。」
終夜はやれやれとため息まじりにそう呟いた。
「なっ、なんだよその言い方! 私だって終夜と同じダークスレイヤーの一員として少しでも役に立とうと頑張ってるのに。ちょっとはその頑張りを認めてくれたっていいじゃんか!」
摩利は頬っぺたを膨らまして不満を述べる。
「お前はただの人数調整だ。そもそも戦力として数えてねぇ」
「ガーン」
摩利は終夜にそう言い捨てられると肩を落として、そう落胆した。しかし、終夜は直後に摩利の頭の上に手を乗せて「まぁ、お前にしては頑張ったほうじゃないの? 巨狼にもダメージを与えているみたいだし」と声をかけた。
その激励ともとれる終夜の言葉を聞いて摩利の顔が赤くなった。
「お前は下がってろ。後は俺がやる。」
終夜は頬を赤らめる摩利を後ろに下がらせると、銀狼達を見つめた。
先程の終夜の攻撃を躱した銀狼が9頭ほど。そしてその奥に銀狼の一回りも二回りも大きい巨狼が一匹。そして巨狼の背中には摩利の愛用している刀が深く突き刺さっていた。
(摩利の奴……へましたな)
刀をあんなところに置き去りにしたら、普段の摩利なら満足に戦うことは出来ないはずだ。それでも自分の到着まで持ちこたえたのはここに来て土壇場で成長したのか、それともいつも見ているアクション映画の戦闘シーンを真似していたのが功を奏したのか? どちらかは分からないが、終夜は摩利が毎日自宅で、映画を見ながら、リビングで一人スタントをしているのを見ていたので、摩利が素手で銀狼を倒している姿が目に浮かんだ。
終夜が想像を膨らましているとその思考を断ち切るが如く、銀狼の群れが終夜に襲いかかってきた。紫の涎をまき散らしながら、終夜に爪と牙を突き立てようとしてくる。
しかし、終夜の顔は笑っていた。銀狼に襲われる寸前までよそ事を考えていたほどだ。それは絶対に負けないという終夜の自信の表れだった。
終夜は鋼鉄でできた鎌を横なぎに振るった。それと同時に三日月状のヴァイスの斬撃が発生し銀狼の群れを襲う。
しかし、銀狼達も同じ手を何度も喰らうほど馬鹿ではなく、左右に散開し、最後列の2頭だけに直撃した。そして、残りの6頭を残して、角度を変えて、銀狼の一匹が終夜の左頭部の方から飛びかかってきた。終夜は怯むことなく、大鎌を頭から振り落とした。
終夜に頭を叩き斬られた銀狼は鳴き声を上げる間もなく、血と脳漿をぶち撒けた。残った銀狼達は終夜の周りを囲い、一斉に終夜に向かって牙を向く。
しかし終夜は、大鎌にこびりついていた血肉を払い落とすと、片足を軸にしてそのまま駒のように一回転した。すると、終夜の鎌から放たれた瘴気が終夜を中心に円形の衝撃波と化して銀狼達に襲いかかった。
終夜の瘴気の斬撃に当たった銀狼達は、体を真っ二つに引き裂かれて、生命活動を停止した。
終夜が銀狼の群れを全滅させるのにかかった時間は僅か7秒ほど。まさに一瞬である。
終夜の辺りの大地は銀狼の死体で血の海となった。終夜はもう足元の銀狼達には目もくれない。彼の相棒の摩利ならば、9体もの銀狼を倒せばそれを戦績として誇りにするだろう。しかし、終夜としてはこんなものはゲームの雑魚キャラ程度の認識しかないのだろう。
終夜の興味は彼の目線の先の巨狼に向けられている。体高三メートルほどもあろうかという巨大な巨狼は、手下を殺された恨みか、それとも警戒心のためか、顔に皺を寄せ牙をむき、黄色く光る鋭い眼光で終夜を睨みつけた。
「……」
終夜は無言のまま、巨狼に突撃した。獣相手に語りかける言葉などない。終夜の動作より少し遅れて巨狼も唸り声をあげながら襲いかかった。お互い向かいあった巨狼と終夜は凄まじい速度で、距離を縮める。特に終夜は自分よりも圧倒的に体格で勝る巨狼とほぼ同じ速度で、敵に迫る。明らかに常人の脚力で出せるスピードではない。
終夜と巨狼は激突した。いや正確には、お互い体を僅かに接触させて交差した。終夜はすれ違いざまに鎌で巨狼の体の側面に切り込みを入れた。血飛沫が空に舞い、それが終夜の頬に付着した。
巨狼は獲物を仕留めそこなったことに気がつくと、方向転換した。
巨狼のの右半身は終夜につけられた傷により、真っ赤に染められていた。痛みからか巨狼の表情もさらに険しくなる。
終夜は間髪入れずに鎌を2、3度振るって、衝撃波の斬撃を放った。
しかし、巨狼はその攻撃を読んでいたかのように左右に跳躍して躱しながら、終夜の元に再度牙をむいて飛びかかる。頭を大きく振るい、前方に噛みつき攻撃、そして前足での引っ掻き。巨狼はこれを一秒の間に繰り出した。しかし、終夜は笑みを浮かべながらそれを後方に飛び退って回避した。さらに後方に下がると同時に巨狼が突き出した前足を鎌で切り裂いた。前足の肉球から血が飛び散る。
「す……すげえ……」
終夜と巨狼の戦いを間近で見ていた摩利はそういって息を飲んだ。
4〜5メートルはあろうかという巨狼が終夜との間合いを詰めるのは一瞬だ。その刹那の間に巨狼は頭部を振り終夜を喰い殺そうとする。
そのスピードはとてもではないが、常人では捉えきることは困難だろう。だが、終夜はそれをいとも簡単に躱し、去り際に相手に手傷を負わしている。
終夜は高速で繰り出される巨狼の猛攻を一つまた一つとかわしていく。そのたびに巨狼の顔、口周り、前足などには終夜の鎌による傷跡が刻まれていく。
一進一退の攻防を繰り返していくうちに疲労のためか、巨狼の繰り出す攻撃が鈍くなっているのを終夜は感じた。
振り下ろされる前足も若干速度が落ちていた。終夜はそれを見逃さなかった――。
終夜は繰り出された巨狼の前足を鎌で弾くと、そのまま巨狼の腹の下に滑り込んだ。腹の下なら巨狼の牙も爪も届かない。終夜は滑り込みながら、巨狼の腹の下に鎌を突き立てた。すると滑走の力も加わり、巨狼の腹の下は滑走と同時に引き裂かれた。股下まで切り終えたところで終夜は巨狼の腹の下から脱出し体制を起こし、巨狼のほうに向き直った。
巨狼のお腹から終夜が深く切り裂いた傷口から腹わたが飛び出し足元の地面にボトボトと垂れ落ちた。
巨狼は背中をこちらに向けたまま立ち尽くす。しかし、その体は小刻みに震えており、腹下から大量の血液が滝のように流れ落ちていた。立っているのがやっとの状況だろう。
「……」
終夜が止めを刺しに歩み寄ると、体力の限界が来たのか巨狼は力なく崩れ落ちた。ヒューヒューと力なき息遣いが聞こえる。
終夜は巨狼の目の前まで歩みると、その首元に鎌の刃をかけた。
「グルルルルルルガウァ!」
その瞬間、巨狼は唸り声を上げて終夜に食らいつこうとした。しかし、終夜は表情一つ変えずにそれよりも早く首にかけた鎌を上に引いた。
巨狼の頭部は抵抗虚しく空を舞い、2、3度回転しながら地面に着地した。切断された首元からは血が勢いよく流れ、巨狼は完全に活動を停止した。
「終わったぞ」
終夜は、後ろの林に隠れている摩利に向けてそう告げた。暗闇の中から恐る恐る摩利が顔を出した。
「大丈夫? もう死んでる?」
摩利は不安そうな表情で終夜に尋ねた。
「当たり前だろ。お前も見ただろ? 俺が首をはねるとこ」
「でも、でも頭がなくなっても首だけで動いたり、首が本体だっていう可能性ない?」
「そんなに信じられないならいいわ。この巨狼と手下共は全部俺が倒したということで、依頼主には報告しておくから」
「ちょちょちょちょちょっと待ってよ! 摩利も何体か倒したってば! 人の手柄横取りにするなよ!」
その殆どを倒したのは俺なんだけどな。と終夜は心の中で溜息をつく。
摩利は、血相を変えて走り込んできた。終夜の元まで辿り着くとギョッとした表情で、遺骸となった巨狼を見つめた。
「ホントに死んでるな……これ」
「だからいったろ。首のまま動くやつがいるかよ。虫とかじゃないんだからさ」
終夜は呆れた口調で興味深そうに巨狼の死体の断面を見つめる摩利に告げた。
「さてと、写真取るか」
「え?」
「証拠写真だよ。悪獣を指示通り狩り終えたっていう証明を送るんだろうが。何呆けてんだ。テメェ」
摩利は顎先に人差し指を当てて思案にふけたあと、左手をポンと叩いた。
「そうだよ、そうだ。その通りだよね!」
「まったくよ……」
終夜はスマートフォンのカメラモードを選択して、撮影の準備をした。摩利のほうはというと、終夜に切断された巨狼の首だけを引きずるようにして持ってきて、それを胴体の上に置いた。
「終夜はもういいよ。さっさと撮っちゃって!」
「……なんでお前が倒したみたいになってんだよ……」
巨狼の骸の前ににこやかな笑顔でダブルピースする摩利。事情を知らない人がみたらまるで彼女が一人で倒したように見えるだろう。
「はい、チーズ」
カシャという動作音の後にスマホのライトが一瞬、暗闇を明るく照らした。
「どう終夜? 上手く取れた?」
写真を取り終えた後に、ニヤニヤした顔つきで摩利がそう尋ねた。
「ええ、憎たらしいほど、満面の笑顔で、完璧な出来栄えですよ」
「やった! これで巨狼退治の功労者は摩利だってことが写真で証明されたわけだね! ヤッホーイ!!」
証拠捏造が完了して飛び跳ねながらはしゃぐ摩利にイライラしながら終夜は依頼主に取り終えた写真を送信した。
「送り終えた? 依頼主は何っていってる?」
「気が早すぎるだよ、オマエ。今深夜の2時だぞ。起きてる訳ねえだろ」
「それもそうだね」
「さっさと帰って寝るぞ。俺はもうクタクタだよ。どっかの誰かさんに叩き起こされたせいでな」
「ごめんって。私もなんだか……眠く……なっ…ちゃった」
「オイオイ」
終夜は突然事切れたように眠りに落ちた摩利を両手で支えた。
よく見ると、摩利の目の下にはくまができていた。悪能力の過度の乱用と深夜にまで及ぶ悪獣との戦闘に疲労が溜まっていたのだろう。
「ちっ、仕方ねえな」
終夜はグウグウといびきをたてる摩利を担いで悪獣処理施設を後にした。