依頼遂行
終夜に電話を寄越したのは千代田摩利という俺のチームのメンバーだ。チーム最年少である彼女は、腕だめしのために山奥に潜む危険種の群れの掃討の任務を一人で受けたが手に負えなくなり、俺に助けを求めてきたのだ。
危険種とはヴァイスの影響を受け、肉体や精神が汚染された生物の総称である。ヴァイスに汚染された生物は総じて凶暴になり、外敵には攻撃的になる。凶暴になるだけならまだいいが、中には姿形が著しく変化したり、繁殖力、生命力が上がったりするらしく、中にはヴァイスに耐性ができると、悪能力のようなものを使う奴もでてきて始末が悪い。
終夜は摩利の言うとおり危険生物処理施設に辿り着いた。
処理施設の中の檻は破られており、危険種達は一匹も残っていなかった。恐らく逃げ出したのだろう。
ふと、終夜は自分の足元に目をやった。国から配布されている動物愛護のパンフレットだ。
(命を預かるということに責任を持ちましょう。成長して可愛くなくなったから、自分の言うこと聞かないなどの理由で勝手に捨てるのは辞めましょう。少しでもここに連れてこられるかけがえのない命が少なくなりますように)
そんな文章が綴られていた。このパンフレットは、ここに勤めていた職員のものだろうか? それが本当ならここにいた犬達はヴァイスに汚染される前は、ペットとして飼われていたのだろうか? まぁ、愛情もって育てろと言われても、危険種に変貌してしったのならやむを得ないだろう。命だの責任だの外野は無責任に美辞麗句を並べたがるものである。
パンフレットを手に持って眺めていると、ピチャリと施設内の水溜りが踏まれる音がした。
終夜は、ギョッとして音のしたほうを見た。パチャパチャとこちらに近づいてくるのが分かった。警備員か? と一瞬思ったが、職員が全員逃げ出し廃墟となった施設に見回りに来るわけがない。しかもその歩調は、人間のものとは明らかに違う……。
通路の先の角から現れたのは、4足歩行で、灰色の体毛に、尖った耳、黄色く光る目を持つ生き物。狼だ。
しかし普通の狼と違うところは、目が黄色く光るとこと、口からはオイルのような黒い涎を垂らしていることだろう。恐らく瘴気によって汚染されて悪獣に変貌したのだろう。
(こいつが、ここに閉じ込めらていた奴の正体か?)
狼は終夜と目が合うと、低く唸りながら涎を垂らしながら襲いかかってきた。
終夜は迷わなかった。自身の背中に背負ってある大鎌の持ち手に手を伸ばした。
終夜はそれを向かってくる狼に斜め上方から振り下ろした。狼の体は上半身と下半身に分かれて真っ二つになった。鮮血が施設内で飛び散った。上半身は生体反応か、それともわずかに息があったのか、手足をばたつかせて口をパクパクさせたが、しばらくするとピクリとも動かなくなった。
上半身が動かなくなるのを確認すると終夜は死体に歩み寄った。よく見ると首には首輪が掛けられていた。皮製の首輪だったが白い刺繍でマックスと書かれていた。
この狼はもと飼い犬だ。刺繍で名前を縫っているのを見る限りこうなる前はかなり愛されていたのだろう。それが危険種と化したとはいえ、どういう気持ちで施設に預けることにしたのだろうか?
「悪いな。マックス」
終夜は息を引き取ったマックスの亡骸にそう告げた。終夜はマックスの亡骸に背を向けた。
するとまた終夜のズボンのポケットから着信音がなった。電話に出ると電話の主はもちろん摩利だった。
「終夜あああぁぁぁぁぁ〜助けてくれて〜」
「摩利か。今どこにいる?」
「今は危険種処理施設から抜け出して、電柱にしがみついてるよ〜 あいつら登ってこれないから今は大丈夫だけど、だんだん腕の力が無くなってきてずり落ちそうだよ〜 だから早くHELPME!!」
「たっく……」
終夜は面倒くさそうに髪を掻きむしった。
「だから言ったろ。お前一人じゃ無理だって。結局いつも俺が助けに行くことになるんだから」
「だってできると思ったんだもん! 狼の群れなんか無双ゲームみたいに刀でスパスパ切れるもんだと思ってたから。」
「馬鹿が。その考え方がガキなんだよ」
「所詮犬だと思って油断してたらやたら速いし囲んでくるし、なんか親玉みたいなでかい狼いるし、そいつが他の狼操ってるらしい。」
「なに?」
終夜は摩利の言った親玉狼という情報に驚いた。
「なんだ、そんなのがいるのか? てっきり小さい犬っころだけだと思ってたんだが」
小型の狼に混じって一匹巨大な統率頭がいるらしい。それなら摩利が苦戦するのも無理はないのかもしれない。
「そうだよ。そいつがさ、手強くってさ。とにかく早く助けに来てくれよ。そうじゃないと摩利今度こそ死んじゃうよ」
しかし、終夜は通話の最中、自分の周囲にも気配を感じた。さっきの狼と同じく薄暗い暗闇で黄色く光る瞳が自分の周りを囲っていることに気がついた。
「悪いが、もう少し粘れ。こっちもお客さんが来たみたいだ」
終夜はそう言い残して通話を切った。
千代田摩利は、危険種処理施設から離れた電柱の上でしがみついていた。電柱の下では、狼達が集団で押し寄せ、摩利が落ちてくるのをずっと待っている。
(無茶苦茶ガン見されてる……。摩利は最近炭水化物ばかり食べてるから絶対美味しくないぞ)
摩利は終夜から実力を認めてもらうため、この付近に住み着いている悪獣の討伐の任務を受けた。摩利は刀使いだ。狼なんぞ、無双ゲームで散々倒しているから大丈夫だと思っていた。
しかし現実の狼たちはゲームとはうってかわって手強く、巨大な親狼の統率を受けて、集団戦をしかけ、摩利も初めのうちは二頭ほど倒すことはできたが、すぐに追い詰められて、命からがら電柱の上に逃げたのだ。
狼達は、電柱の上の摩利を喰らおうと、電柱に爪を突き立てようとしたり、柱を蹴ってジャンプしようとするが、かろうしで届かない。
(終夜ー早く来てくれー。じゃないと私、狼の晩御飯にされちゃうよ)
しかし、摩利は道路の林の間から、黒く巨大な影が歩みよってくるのが見えた。
「嘘でしょ……」
それはダンプカーほどもある巨大な銀狼だった。この銀狼こそが、摩利の言っていたボス狼だ。
巨狼は深く唸った後、摩利がしがみついている電柱に向かって突進した。
大型乗用車並みの重量の突進を受けて電柱は斜めに傾いた。まだ完全に倒れたわけではないが、狼達との距離は近くなってしまった。
「や、やべえええぇぇぇぇぇぇぇ!」
摩利はそう叫び、尺取り虫のような動きで電柱のてっぺんまで移動する。しかし、電柱が倒されるのは時間の問題だ。小さいのは問題ないが、あの巨狼が次、突進してくれば確実に倒されるだろう。
(一か八か……)
摩利は覚悟を決めた。巨狼は、電柱に向かって疾駆しもう一度タックルを見舞った。その衝撃で、電柱は前方に倒れる。しかしそれと同時に摩利は電柱から手を離し、巨狼の体に跳び移った。
「よし!」
摩利は巨狼の背中に着地することに成功した。摩利は背中に担いでいる刀に手を伸ばした。しかし、巨狼は背中に乗っている摩利を振り落とそうと体を激しく左右にふった。
「わっとぉ!」
摩利は刀から手を離し、振り落とされないように巨狼の背中に捕まった。巨狼はしばらく暴れたのち首を回して背中の摩利に噛みつこうとするが、届かない。
その時、一瞬だが巨狼の動きが止まった。
「しめた!」
摩利は背中の鞘から刀を抜き、逆手に持ちかえると、それを巨狼の背中に突き刺した。
「ウオオオオオオォォォォォォン!!」
摩利に剣で突き刺された痛みで巨狼は、獣の咆哮を上げる。その咆哮を聞いた摩利は手応えを感じたのか、刺さった剣をさらに深く刺しこんだり、中で抉るように動かしたりなどして巨狼にプレッシャーを与えていく。
巨狼は激しく暴れ周り、林の幹に体当たりなどしかけてみるが、摩利は体に深く刺さった刀にしっかり掴まっているため、効果はない。
手応えをつかんだ摩利は、口元に笑みを浮かべ、さらに刀を深く刺しこんでいく。そのたびに巨狼は悲痛な雄叫びをあげた。
「私を散々追い回したつけは払って貰うぜ!!」
しかし、勝利を確信した摩利に突如として黒い影が襲いかかる。
「うおっ!?」
摩利はそれを間一髪で交わした。というより摩利にはその軌道が読めていた。
巨狼の背中の上に乗っている摩利に飛びかかってきたのは手下の銀狼達だ。ボスである巨狼が傷つけられているのをみかねて助けに来たのだろう。
「親分が黙ってやられるのを黙っていられないなんて、忠誠心にあふれた子犬共だぜ」
摩利が感心していると、銀狼の一匹が走り込んできて、背中の摩利めがけて飛びかかってきた。それを見た摩利は巨狼に刺している刀を引き抜こうとしたが、深く突き刺した影響もあってか、なかなか抜くことができない。巨狼に少しでもダメージを与えようとしたのが仇になったのだ。
「くそったれが!!」
摩利は今まさにこちらの肉を裂き、爪を突き立てようとしてくる銀狼に向き直り、銀狼の鼻っ面めがけて回し蹴りを喰らわせた。
敵の牙がこちらに届く前に――――。
獰猛な顔つきでこちらに牙を突き立てようとしていた銀狼は、キャウウウウウンという弱々しい鳴き声を出して地面に叩きつけられる。
銀狼を蹴り飛ばした摩利の眼光は、暗闇の中、紫に光っていた。この紫に光る眼球も摩利が持つ悪能力の影響の一つだ。
摩利の持つ悪能力は暗黒眼体内のヴァイスを消費し、様々な能力を眼球に付与させる。その能力の一つが動体視力の強化で、先程の銀狼をタイミングに合わせて蹴り飛ばすことができたのもそのおかげである。摩利はこの暗黒眼の能力と刀による近接戦闘を好み、相手の|行動を見切り、刀によるカウンターを敵に与えるというのが摩利の基本的な戦闘スタイルなのだが――――。
「くそっ! この刀全然抜けねぇ!!」
摩利は巨狼に刺さった刀を抜くのに四苦八苦していた。
いくら優れた動体視力を持っていても、生身が人間ならできることも限られてくる。 獣相手では素手では武器がなければどうにもならず、蹴り返すにしても時間稼ぎにもならない。
加えて摩利自身は女子小学生程度の身体能力しか持ち合わせていないため、俊敏性、胆力共に人間を上回る野生動物に対しては、目で追い切れても肉体が常についていけるとは限らないので、疲労が溜まりがちである。
今の摩利の疲労もピークに達していた。摩利は荒い息を吐きながら、飛びかかってくる銀狼の攻撃を躱しながら、巨狼に突き刺さった刀を抜こうとする。
(くそっ……いったい……何匹いやがるっ……)
間髪入れずに飛びかかってきた銀狼を刀を支点して回し蹴りを浴びせて、蹴り落とした。しかし、今度は3頭の銀狼が巨狼の側面に爪を食い込ませ、這い上がろうとしてきた。
「このクソ犬っ! 落ちろ! 落ちろ!! 落ちろってんだよ!!!」
摩利は罵声を浴びせながら、背中に登ろうとしてきた銀狼の頭に蹴りを入れる。だが、銀狼はそれだけではない。摩利は登ろうとする銀狼だけではなく、飛びかかってくる銀狼にも気を配らないといけないのだ。
(クソったれ。どうすれば……)
一瞬思考に乱れが生じたせいか、支えにしていた刀から手を放した。それと同時に巨狼が活動を開始し、別の電柱に突進を見舞った。
「わっ!」
飛びかかる銀狼に気を取られていた摩利は、その衝撃でバランスを崩し地面に落とされた。それを好機とみた銀狼達が、一斉に襲いかかってくる。
「くそったれ! こうなったらヤケクソだ!! どこからでもかかってこいやあぁぁぁぁぁぁぁ!!」
立ち上がった摩利は、喉がはち切れんばかりの声で叫ぶと迫りくる銀狼達めがけて拳を構える。しかし、ヤケクソという言葉の通り、今の摩利に打つ手は残されていない。唯一の武器である刀も巨狼の背中に突き刺さったまま、戦闘と悪能力の使用により、スタミナもほとんど残されていないのだ。
まさに絶望的な状況だ。摩利も戦意を保ったまま、自身の死を覚悟した。
迫りくる銀狼の手前で、突如として爆発が起こった。その衝撃で、銀狼達は吹き飛ばされ、血まみれになった変わり果てた姿をで地面に叩きつけられた。
摩利は呆然としていたが、その紫に光る目は、全てを捉えていた。
自分の後方から三日月状の黒い刃が飛び出し、それが銀狼の群れに直撃し、爆発を起こしたのだ。あの黒い刃は、ヴァイスで作り上げたものだろう。土煙が晴れると、爆発が起こったところには、小規模なクレーターが出来ていた。
爆風から逃れた銀狼達が摩利の後方を睨んで低い唸り声を上げている。
「何が無双だよ。結局いつも通り俺が助けないといけなくなったじゃんかよ」
摩利がその声に気がつき振り向くと、そこには摩利の見知った人物が立っていた。
漆黒の鋼鉄の巨大な鎌を肩に担ぎ、白いシャツに黒のジャケットを着た短髪の少年、黒神終夜だ。