もうちょっと下調べすればよかった
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シヴァがセラと出会い、十数日が過ぎて訪れた春季休校明け……つまり、待ちに待った入学初日。
紺色を基調とした制服に袖を通したシヴァはセラと共に賢者学校の正門を潜り、入学式が行われる大講堂へと向かった。
「……おい、どうしてそんなに離れて歩くんだ?」
しかし、セラの距離感がおかしい。これまでは肩を並べることも、共に過ごす時間も増えて体に触れることも出来たというのに、賢者学校が近づき、登校生徒が増えるにつれてシヴァから物理的に距離を置き始めたのだ。
その度にシヴァはセラと距離を詰めるのだが、セラはその分離れてしまう。一体何事かと問えば、彼女は暗い表情でホワイトボードを見せた。
【……私と一緒に居るのが知れたら、迷惑かけます】
「迷惑ぅ? 何をバカなことを……ほら、行くぞ」
横に並んで歩くように促す。自分を置いて先に行く様子もないシヴァにセラも諦めが付いたのか、重い足取りで歩き始めた。その姿を見て、周囲の生徒たちが注目を集める。
『おい……誰だよ、あの生徒。顔見えねぇけど、超美少女じゃね? ……いや、美幼女か?』
『ちっちゃ~い。髪キレ~』
『あれは髪を上げれば絶対に化けると見たね』
この十数日間、セラは頑なに前髪を切ることはしなかったか、ボロボロの制服と鞄を仕立て直す事には(勝手に買うと脅した結果)賛同した。
鞄は頑丈な肩下げカバンに変更。今の彼女はボロボロでサイズの合っていない制服ではなく、新品の小さなサイズの物を着用しており、道行く生徒たちから見たセラの評価は、概ね好評のようであった。
(ふふふ……そうだろう、そうだろう。初登校にして好きな女の子と一緒とは……これは幸先がいいんじゃなかろうか?)
内心、「俺はこんな可愛い子と同棲してますよ」と鼻高々である。自分ばかりがセラの素顔の美しさを知っているというのも、優越感に浸れて良い気分だ。
『……ん? あの髪型と背丈……もしかしてあいつ』
『……ちっ。雌ゴブリンの分際で……』
『はっ……身嗜み整えればマシになると思ってるとか、馬鹿じゃないの?』
しかし、そんな中にも謂れのない暴言を吐く輩を幾人か見つけた。その事に首を傾げるのも束の間、シヴァたちは大講堂へと辿り着き、高等部1年が座る席に着いた。
『あれ……? 俺の椅子が無いんですけど……』
『え!? す、すまない! 椅子を数え間違えたか……? あの生徒の分を引いた数を、ちゃんと置いたはずなんだが。大講堂にも来ていないみたいだし』
「……?」
それから暫く経ち、最後の高等部1年が席に座ろうとしたら、どうやら椅子が足りていないらしい。慌てて教員が椅子を取りに向かうのを見送っていると、始業式を兼ね備えた入学式が始まった。
《新入生諸君、初めまして。私がこのアムルヘイド賢者学校の学長、マーリス・アブロジウスだ。まずは、諸君らの入学を心より祝福しよう》
真っ先に檀上の上に立って生徒全員に挨拶をしたのは、ローブを羽織った黒髪の壮年の男だった。その男の姓にはシヴァも心当たりがある。この学術都市の領主である、公爵家の当主だ。
《昨今は治安も非常に良く、今日も快晴。まさに絶好の入学日和であり――――》
(この辺りはまるで興味がないな。噂に聞く、集会の長話というやつだろ)
シヴァはその後に続く退屈な世間話や学校の方針の説明などを適当に聞き流す。この賢者学校が実戦での実力至上主義の訓練施設である事は調べがついているが、それ以外のことには興味はない。
自分はリア充になりに来たのだから……と、思っていた彼の耳に、不穏な話題が飛び込んでくる。
《さて、この学校……というよりも、五大学校の生徒であれば知っているだろう。この4000年と長く続いた平和が今、危機に晒されようとしているのを。今から2000年前、大預言者ラプラスが残した、伝説の《破壊神》シルヴァーズ復活の予言を!》
(……ふぁっ!?)
噴き出さなかったのは奇跡だと、《破壊神》と恐れられていたシヴァは後に語る。
《かつて《勇者》や《魔王》、《獣帝》に《霊皇》、そして《滅びの賢者》が世界の滅亡を目論んだシルヴァーズを倒したが、それは永久封印という形であった。そのシルヴァーズの復活を百発百中の予言で世界を幾度も危機から救ったラプラスによって伝えられ、設立されたのが大勢の有望な若者たちを集める五大学校……その内の1つである賢者学校である。予言曰く、シルヴァーズ復活の兆しと共に、かの絶対悪を倒した5人の英雄が現代に転生し、それに呼応して《精霊宗主》、《創造神》、《闘神》が降臨し、今度こそシルヴァーズを撃滅すること可能性が現れるだろう、と》
(……マジかよ)
それは流石に知らなかったと、シヴァの顎が冗談抜きで外れた。
《予言以降、我らの祖先は5人の英雄の転生者を迎え入れ、今度こそシルヴァーズを倒すための力を育む場所を設立した。それこそが五大学校の成り立ちだ。そしてアムルヘイド僻地の、火山でもない山周辺が突如溶岩で覆われたことことで、我らは確信した。……シルヴァーズは復活したと!! ラプラスの予言は正しかったのだと!!》
不安に騒めく行動の中、シヴァが猛烈に心当たりのある出来事を思い返して、冷汗を滝の様に流す。
《しかし安心してほしい! ラプラスは今年度からの高等部3学年の内に5人の転生者が存在するという予言を告げている! 希望があるのだ! 古の災厄、その化身を退ける希望が!》
高等部の生徒たちは暗雲に差し込む光を見つけたような表情を浮かべた。その胸の内から湧き上がる衝動は、やがて全校生徒へと伝達されたかのように講堂全体が盛り上がる。
《伝説を紐解けば《破壊神》が如何に強大な存在か分かるだろう。その強大な暴悪は、今なお世界中に爪痕を残している。しかし、我らもただ年月を重ねてきたわけではない! 特に今年の五大学校の高等部は、新1年生を含めて英雄の転生者と目される逸材が揃っており、歴代最強の世代と呼ばれるほどだ。そんな諸君らならば、必ずや暴悪なシルヴァーズを討ち取り、世界の平和を守ることが出来ると確信している!!》
うぉおおおおおおおっ!! と、歓喜と高揚、やる気に震える大講堂。そんな中でただ2人……魂が口から抜け出しているシヴァと、その彼を心配するセラだけは沈黙を保っていた。
(……なんてことだ……流石に、先走りすぎたか)
どうやらシヴァは、シルヴァーズを倒すことを目的とした学校に入学してしまったらしい。
と、落胆したのも束の間のこと。
(まぁ、要はバレなきゃいいんだよ、バレなきゃ)
どんな罪もバレなければ法では裁けない。たとえ本当に勇者たちの転生体が現れたとしても、彼らの記憶とは全く違う姿と言動の自分を見て、シルヴァーズであると気づかない可能性だってあるだろう。
このくらいポジティブでなければ、4000年前に全勢力を敵に回してなどいられない。シヴァはこれ以上気にすることなく、大講堂の前に張られたクラス分けの表を眺める。
「1学年4クラスで……俺は1年1組か。……おっ、セラも同じクラスみたいだな! 改めて、よろしく」
「……っ」
相変わらず彼女はオドオドと周囲を気にしている様子だが、それでも小さく頷いてくれた。
内心嫌われたのではないかと、ちょっと……いや、かなり不安になってきたので少しだけホッとし、二人で下駄箱のある高等部校舎の玄関へと向かう。
1年、2年、3年と分けられ、更にクラス別に分けられる大きな下駄箱は全部で12個並べられている。その内の一つ、一番端の1年1組用の下駄箱に向かうと、いきなり異変が見られた。
「何だあれ?」
「……っ!」
靴を入れる小さな扉付きのスペースの内の一つに、溢れかえるほど大量の生ゴミが詰められているのだ。
蝶番を壊され、半ば外された扉には「雌ゴブリン」とか、「キモ過ぎ」とか、「臭いから学校に来るな」とか、幼稚な誹謗中傷が書かれており……セラ・アブロジウスという紙の名札が汚液でぐっしょりと濡れていた。
長期休校で上履きを持って帰っていなければ、それも悲惨な状態になっていただろう。
『ぷっ……クスクス。なぁにあれ? きったな~い』
『ちょっと身綺麗にしたくらいで調子に乗りやがって……目障りなんだよ、あいつ』
『ひゃはははは。今泣くぞ、絶対泣くぞ。今から何秒後に泣くか賭けないか?』
そして周囲から嘲笑と追い打ちの言葉の数々。その中心に晒されたセラは、暗かった表情をより一層暗くして、何の感情も抱かせない死んだ魚のような目で震えている。
(……これはもしや、あれなのでは? 輝かしい青春に陰を落とす最大の原因であるという、イジメというやつなのでは?)
シヴァは楽しい学校生活を夢見て、予習を欠かさなかった。学校生活で起こりうるあらゆるトラブルを調べ、その中でも大多数の情報量を占めていたイジメ問題についても予習済みだ。
集団で一人の弱者を虐げる、とても褒められた事ではない行動らしい。いずれも被害者には悲惨な学校生活が待ち受けており、抵抗すれば更に状況は悪くなるのだとか。
教師も責任問題を恐れて黙認しているところがあるらしく、こと学校という場所においては非常に根深い問題とされているようだ。
(そしてそのイジメのターゲットがセラということか…………なるほど、軽く許せんな)
実行犯も、それを笑ってみている奴も、見て見ぬふりをしている奴も、行動力のない教師にもだ。
何より、一目惚れした少女がこんな目に遭っている現実もまた許せない。そんなこと、シヴァは求める輝かしい学校生活に相応しくない。ならばどうするか? ……答えなど決まっている。
シヴァは泣きそうな顔で下駄箱の生ゴミを片付けようとするセラの肩に手を置いて制止する。
「なぁに、このくらいは任せておけ。お前には家のことでかなり世話になっちゃってるからな」
「……?」
ニッと笑うシヴァを不審に思いながらも、セラは少しだけ下がる。……その瞬間、下駄箱に詰まっていた生ゴミが全て消し炭となった。
「こういうのを片付けるところを見て、犯人は面白がるんだと思うんだ。なら一瞬で掃除をして、もう二度と下駄箱にちょっかい出来ないようにしてやれば……」
続いてセラの手を握り、その手を起点にした魔法陣をこれ見よがしに下駄箱に設置し、シヴァは満足そうに頷く。
「お前以外の奴が悪意を持って下駄箱にちょっかいをかければ、全身が爆発炎上する罠魔法を仕掛けておいた。解除しようと魔法で干渉すれば同じように爆発炎上するのをな」
「っ!?」
「大丈夫大丈夫、こんなにも分かりやすく罠魔法陣を見せびらかしてるし、あんなんに手を突っ込もうなんて奴いるわけないって」
あはははは! と笑いながら、不安そうに下駄箱を振り返るセラの背中を押し、シヴァは1年1組の教室へと向かうのであった。
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