試験を終えて
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「ただいまー」
【おかえりなさい。シヴァさん】
試験と説明会、諸々の手続きが終わり、夕方になって館に戻ると、庭に居たセラに出迎えられる。あらかじめ文字を紙に書いていたのか、セラはもう1枚の紙を見せてきた。
【試験。大丈夫ですか?】
「あぁ、なんか合格した」
シヴァから見れば、今回も大したことはしてないのに相手が勝手に気絶しただけなので、嬉しさと戸惑いが一緒になった複雑な気持ちだが。
「…………」
「……?」
それを告げると、セラはどこか浮かない表情を浮かべた気がした。いったいどうしたことだろうと思っていると、シヴァの鼻に良い匂いが入り込んでくる。
「なんか美味そうな匂い……もしかして?」
【夕ご飯。出来てます】
「おぉ……!」
ついに、この時が来た。シヴァはそっと褌を締め直し、館の玄関から中に入ると、そこには朝とはうって変わって綺麗に片づけられた廊下が広がっていた。
「あ、朝にはあんな散らかってたのに……埃も舞ってないし、もしかして全部自分で?」
「……っ」
コクコクと、セラは頷く。一見すれば埃が見当たらない廊下を踏みしめながら食堂に向かうと、焦げた鍋も、割れて隅に集められた食器類も、爆発飛散した料理で汚れた壁や床も綺麗にされ、更には黒くて動く奴も見当たらない。
【まだ終わってない。普段よく使う所だけ。綺麗になりました】
「マジでか!?」
【いつもより体。元気でした】
自分でやらかしておいてなんだが、一日そこらで終わるような仕事でもないと思っていたのでシヴァとしては驚きを隠せない。《生炎回帰》の影響もあったのかもしれないが、セラはどうやら家事が得意のようだ。
(良い……実に、良い……!)
そんな彼女に、シヴァは惚れ直してしまう。現代にタイムスリップし、呪いが解けた後は頻繁に理想の彼女の姿を妄想してたのだが、その中の要素の1つに家事が得意という古典的なものが含まれていた。
外見的好みだけではなく、内面まで好みの片鱗を見せ始めるセラ。シヴァは思わずニヤニヤした顔を浮かべ、それを両手で隠した。
「……? …………」
一瞬、シヴァを訝しげに見ていたセラだったが、とりあえず料理を温めることにしたのか、低い背丈を補うための台の上に乗って、鍋の中のスープを掻き混ぜる。
エプロンを着て長い髪を結んだその後ろ姿を、シヴァは椅子に座りながら眺めながら悦に浸っていた。
(これが話に聞いた幼な妻(厳密には違うけど)…………良い)
ますますセラと良い関係になりたくなってきた。そんなことを考えている内に料理が盛りつけられ、シヴァの前まで運ばれてくる。
温野菜を添えた鶏肉のソテーにポタージュスープ。パンにサラダとバランスの良い夕食だ。好きな女の手料理を前にもはや感動すら覚えるシヴァの期待のボルテージが否応が無しに上がっていく。
「ん? あれ?」
しかし、ここで気付く。そういえば、椅子が1つしかないと。
そんな疑問を抱くのもつかの間。自分の分のパン1つとスープだけをよそったセラは、食堂の隅のほうまで移動し、床に座ったのだ。
「おい、お前の椅子は? というか、お前の分だけやけに少なくない?」
「…………っ!!」
ブンブンブンと、首を左右に振るセラ。周りを見渡してみれば、朝に渡した巾着袋がその中身を減らさずに棚の上に置かれていた。
どうやら遠慮をしたらしい。自分が座る椅子はおろか、自分が食べる分も買いに行かなかったのだろう。そのことを何となく察したシヴァは、ため息を溢して料理が盛りつけられた器を持ち上げて移動する。
「お前に1つ教えておいてやるとだな……実は俺、こうして誰かと一緒に飯を食うのが夢だったんだよ」
「……っ!?」
そしてセラの前に置いて、自らも床に座る。館の主を床に座らせてしまったセラはオロオロと狼狽えているが、基本的に地べたに座って、たった1人で食事してばかりだったシヴァは気にする様子もない。
「良いんだよ。俺がこうしたいからしているだけなんだから」
「……~~っ」
何かを伝えようとしても、それを紙に書く前に行動を移されてしまい、ただ狼狽えることしかできないセラ。その姿を見たシヴァは思案気に顎に指を添える。
「それにしても、喋れないって面倒だな。会話が進まないのなんの」
「っ!?」
「いや、怒ってるわけじゃないけど。やっぱりもっと円滑なコミュニケーションがしたいなぁって」
「…………」
怯えたように肩を跳ね上げたので慌てて弁明すると、今度はしょんぼりと項垂れてしまった。どうやら喋れないことは本人なりに気にしているらしい。その姿を見て、どうにかしたいと考えたシヴァはセラに提案する。
「よし、とりあえず明日、服とか椅子とか必要な物纏めて買いに行くか。全然足りてないしな」
【いっぱい。あるです】
キョトンと、首を傾げるセラ。その視線は廊下の隅……畳まれて洗濯籠に詰められたシヴァの服に向いていた。
「俺のじゃなくて、お前の服とか日用品だよ、お前の」
「っ!?」
「よーし、決まり! それじゃあ、明日の昼頃に出発な」
「っ!? っ!?!?」
心底驚いたような表情を浮かべるセラ。そんな彼女は紙に文字を書いて何かを伝えようとしたが、それが書き終わる前に話を纏めてさっさと切り上げてしまう。
短い付き合いながら、セラが殆どの厚意に対して遠慮する性格だというのは大体わかった。しかしそれでも一緒に暮らす以上、彼女の日用品は必要不可欠だ。本人が気を揉んだとしても、ここは強引に話を纏めるのが正解だろう。
「それじゃあ改めて、頂きます」
「…………」
改めて食事を口にしようとすれば、セラも諦めたかのように手を力なく下げる。
シヴァはフォークで鶏肉を突き刺し、口に含み、ゆっくりと味わってから飲み込むと、ニカッと心からの笑顔を浮かべた。
「美味いよ。今まで食った物の中で一番美味い」
心からの賛辞を贈る。最初は驚いていたセラだったが、この時、初めてシヴァの前で笑顔を浮かべた。
それは小さくてぎこちなく、恥ずかしさが入り混じったかのような、そんな微笑みだった。
翌日、学術都市の店を求めてシヴァとセラが辿り着いたのは、一軒の魔道具屋だった。
「いらっしゃいませー」
「すみません、喋れない奴が意思疎通するのに役立ちそうな魔道具ってあります?」
ソワソワと落ち着かない様子で店内をキョロキョロと見渡すセラの背中を押し、店員の前に連れてきながら要件を告げる。
まず必要だと感じたのは意思疎通の魔道具だ。紙に書いていてはどうしても会話のテンポが遅れるため、簡単に意思を伝えることが出来る魔道具がないかと訪れたのだ。
初めは手作りのものをプレゼントしようと思ったのだが、基本的にシヴァは壊すのが得意であって作るのが得意ではない。そしてこの店も大した力のある魔道具は売っていないが、意思疎通という簡単なことが出来る魔道具くらいはあるだろうと思ってのことだ。
「そうですねー……これなんてどうでしょう? イヤリング型の魔道具で、付けてるだけで相手に装着者の思考を送り付ける優れものです! 他にも遠隔通信に会話記録と、機能が充実!
お値段たったの5万9800ゴルです!」
「ふむ」
100ゴルあれば、安い食パン1斤は買える。それを基準にして値段と性能が釣り合っているかどうか……それを決めるのは他のでもないセラだ。
「どうだ? 金なら有り余ってるし、これにする?」
「~~~~っ!」
しかし値段を聞いたセラは顔を青くして、何度も首を横に振る。
見るからに高価な買い物を遠慮している……それどころか、どこか恐れているようだ。
…………まるで、自分にそんな物を貰う資格など無いと言っているかのように。
「これじゃあ不満か……じゃあもっと良いのを持ってきてくれ。金ならある」
「っ!?」
「では、これはいかがでしょう? モノクル型の魔道具で念話魔法だけではなく、先ほどの魔道具の機能に加えて計算から翻訳、距離計算から地図機能まで付いた優れものです! お値段は7万5600ゴルです!」
「っ!?!?」
「いいね。他には?」
「では、こちら。お値段は10万4500ゴルと少々張りますが……」
しかし、それはきちんと伝えなければ意味がない。シヴァと店員の会話に顔を青くしたセラは、急いで紙に文字を書いてシヴァに見せつける。
【お金。勿体ない。私なんかに】
「いや、言っておくけど、買うのは決定事項だぞ? お前が選ばないって言うんなら、俺は一番高いのを買ってお前に押し付けるけど……どうする?」
「…………っ」
退路を断たれた。そのことを悟ったセラは自らの意思を紙に綴って、おずおずと見せてきた。
【一番。安い物。良いです】
「よし、じゃあ悪いんだけど、一番安いのを見せてください」
「……では、こちらはどうでしょう?」
店員が持ってきたのは1枚のホワイトボード型の魔道具だ。
「これは持っているだけで頭の中に思い浮かべたものを忠実に写し出すことが出来る魔道具です。それは文字でも映像でも可能で、機能は少ないですけど反映速度は折り紙付きですよ。お値段は2万300ゴルです」
「ふむ……セラ、持ってみてくれ」
試しにセラに手渡すと、彼女はゲッソリとした表情で受け取った。
【高くて申し訳ないです。私は紙とペンがあれば大丈夫ですから……】
「そうは言っても、紙もインクもタダじゃないからな。積み重ねたら2万ちょいなんて、あっという間に超えるぞ?」
「…………」
止めを刺すと流石のセラも堪忍したらしい。シヴァは魔道具を購入し、そのままセラに持たせると、二人で店を後にした。
【……ごめんなさい。ご迷惑をおかけして】
「気にするな……と言っても、お前は気にするんだろうなぁ。ていうか、何時もの片言文字じゃないし、早くていいな、それ」
冗談めかして言ってみたものの、セラの表情は優れない。自分の身の丈に合っていない物を買ってもらって、後ろめたさでいっぱいなのが、表情を見ただけでも理解できる
少々強引すぎたか。すこし反省したシヴァは頭の後ろを掻く。
「じゃあさ……また俺と一緒に飯食ってくれねぇか?」
「……?」
セラは首を傾げる。
【そんな事でいいのですか?】
「あぁ。俺はそれがいい。…………1人で食う飯は、もう飽きちまった」
団欒も何もない、たった1人で10年間以上もの間、世界全てと戦い続け、生きてきた《滅びの賢者》と恐れられた少年の一言。
どこか困ったような笑顔を浮かべるシヴァをジッと見つめると、セラは恐る恐るホワイトボードを向けた。
【では、食材を調達しても良いですか? 昼食や夕食を作ろうにも、冷蔵庫にはもう食材がありませんから】
「あぁ、それは良いな! セラの料理は本当に美味かったから、今から楽しみだ!」
賑やかな街の雑踏を、シヴァとセラは進む。歩幅に大きな差があるために小走りで付いて行こうとするセラにようやく気付いたシヴァは一気に歩みの速度を落とした。
「「…………」」
横に並んでゆっくりと歩きだすと、ふと目が合う。その事がなんだか無性に気恥ずかしくなった二人は、そのまま無言で次の店へと向かうのであった。
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