木も集まれば砕けないって知ってる?
以前から暇を見ては書き上げていた新作が出来上がりました。
タイトルは『ハズレ職アイテムマスターが、ハズレアイテムを使ったらトントン拍子で世界一の冒険者になれた件について』。
本日同時刻に掲載するので、よろしければ見ていってください
荒涼とした第1野戦演習場の一部……デュークの樹木魔法によって林の様に木々が生え揃うその一帯では、比較的静かな戦いの音が響いていた。
「おおぉっ!!」
「ふっ」
唸る剛拳は大気を抉りながらデュークに向かって真っすぐ放たれる。
それに対して横から力を加えて受け流そうとしたデュークだったが、まるで固定された鉄棒のように、受け流しの技術など意に介さずに突き進んでくる拳。咄嗟に片手で受け止めながら後ろに跳び、威力を殺したが、それでも足りずに吹き飛ばされて木に直撃した。
「どうしたぁあ!? 大口叩いといてその程度かぁ!?」
そこに間髪入れずに放たれる追撃の拳。それを咄嗟に体を屈めて回避したデュークは、突き出された腕を掴んで捻り上げ、足を払ってレーダスを投げ飛ばす。
魔術師は身体強化によって超人的な膂力を得る……それはデュークも例外ではなく、自分よりも体格があるレーダスを、お返しとばかりに軽々と木に叩きつけた。
ベキベキと音を立てて倒れる生木……そうなるほどの威力で叩きつけられれば、並みの魔術師なら背中の骨に支障をきたすはずだが、レーダスは平然と立ち上がる。
「……今、何かしたか? あぁん?」
「無傷ですか……まぁそうなるだろうって分かってましたけどね。……いてて」
シヴァから前もって聞いていた。レーダスは生粋の近接型魔術師であり、その実力は以前のデュークを完全に上回っていると。
森などの自然の中で高低差を利用する実戦武術と、平地での戦いを想定とした軍用格闘術。トリッキーさではデュークに軍配が上がるが、基本的には近接戦という同じ土俵を得意とする者同士である。
そうなると純然たる身体能力の差が如実に表れる……今現在、一般的な身体強化魔法で戦っているデュークでは、古代魔法によって肉体の膂力と強度を数百倍にも高めているレーダスには敵わないし、それを埋められるほど技に差もない。
「テメェみてぇな混血のカスが勝てる相手だと思ってんのか? 俺様はあの獣人族の戦士を真っ向から打ち倒した男だぞ」
獣人族にとって戦士というのは特別な意味合いを持つ。
度重なる実戦経験を経て、こと近接戦闘においては他種族では逆立ちしても敵わない……まさに一騎当千というべき力を王に認められた、総体的に見ても数少ない獣人族の守護者たち。
それを人間であるレーダスが真っ向勝負から打ち倒した……これは非常に名誉な事であり、レーダスの穢れることのない誇りでもあった。
「だと言うのにシヴァ・ブラフマンみてぇなクソ生意気な1年は出てくるし、セラ・アブロジウスは生意気な目をするようになったしよぉ!!」
苛立ちと共に放たれる回し蹴り。認識拡張術式によってそれを容易く見切ったデュークは高い位置にある枝へと跳躍して逃れたが、その枝が生える木の幹が小枝のように圧し折られてしまった。
「やっぱり、一般生徒の規格を超えた身体強化だなぁ……!」
「待てコラアアッ!! 逃げんじゃねぇええ!!」
どんどん減らされていく樹木を《森林創生》によって補充しつつ、木から木へと跳躍するデュークと、木を折り砕きながらそれを追いかけるレーダス。
途中、一度だけ見せた隙を的確に狙い、樹上から踵落としを叩き込んだデュークだったが、それをまともに受けたレーダスは特に痛がる様子もなく、苛立った視線でデュークを睨む。
「効かねぇって……言ってんだろうが! すばしっこいだけの猿モドキがよぉ!」
足を掴んで地面に叩きつけようとしたレーダスだったが、それよりも先にレーダスの顔を踏み台にして、デュークは距離を取る。
「この……最上級生の顔を足蹴に……!?」
「そこは選抜戦なので不問にしてもらいたいですね。……それから、すばしっこいだけの男というのも訂正してもらう事になるかと」
「あぁんっ!?」
怒りのあまり、顔に血管を浮かび上がらせるレーダスとは対照的に、デュークは少し息を切らせながらも、少し緊張した面持ちで微笑む。
「芸のない話ですけど……僕とリリアーナは同じやり方を選んだんです。最初は逃げを中心に立ち回るっていうね」
「はぁ? テメェ、何言ってやがる?」
「つまりですね……準備は整ったんですよ」
そういうや否や、デュークが何か新しい魔法を発動したことを、魔力の流れから感知するレーダス。
(……魔法陣が見えなかった? ……いや、何ら問題はねぇ)
どんな守りも打ち砕く膂力と、どのような攻撃にも耐える強度……その両方を兼ね備えた自慢の魔法に敵はない。
一撃で仕留めてやる……そう決めたレーダスは地面を砕く踏み込みによって超加速し、速度と体重、増強された筋力を全て載せた渾身の一撃を放つ。
大抵の魔術師なら一撃で致命傷を与えかねない拳はデュークの無防備な腹に突き刺さり……グシャッ、という生々しい音と共に砕けた。
「…………はぁ?」
痛みも忘れ、レーダスは呆けた声を出すしか出来ない。本当ならデュークの体を貫通していたはずの腕の骨は砕け、血は噴き出し、拳が潰れているのだから。その上、デュークは痛痒を感じるどころか微動だにしていない。
まるで地面を殴って、衝撃がそのまま跳ね返ってきたのではないかとレーダスは錯覚する……それは決して見当違いの感覚ではない。
「《樹木式・世界樹顕現》……!」
なぜシヴァは現代の魔術師から攻撃を受けても一切の無傷でいられるのか……それは、魔法によってシヴァの体に内包された、大陸1つ分にも迫る膨大な質量によるものだ。
どれほどの身体強化でも限度というものがある。太古の魔術師たちは、肉体の膂力と耐久値の限界を超えるために、質量という概念に目を付けた。
並べて比べれば人一人など1個の点にしか見えない巨大な質量を2メートルにも満たない体に凝縮させながら封じ込め、それでいて普通に活動できるように調整をする。魔術師によってやり方は様々だが、デュークは幻想術式によってそれを可能としたのだ。
北方の神話系統に幅広く登場する、星の核に根を張り、全ての樹木の大本である、世界樹という現代でいうところのトレントに似た幻獣。その力を限定的に身に宿すことで、デュークの体は何万本もの樹の質量と性質が凝縮された状態となった。
無限の大木を全身に生やすという原典には程遠いが、最早今のデュークは現代の魔術師が傷を与えられるような存在ではない。自分自身ですら受ければタダでは済まない渾身の力で直接殴りつけたレーダスの拳が砕けるのも当然だろう。
「な……なんだこりゃああああああっ!?」
数秒遅れてようやく事態を受け入れたレーダスは、ひしゃげた腕を見て絶叫を上げる。それに構わずデュークは身を屈めた。
「せいっ!」
放たれたのは何の変哲もない肘打ち。しかし何万本にも及ぶ木の質量が持ち前の武術によって集約された一撃でもある。それを真っ向から受けたレーダスの体内は滅茶苦茶に破壊され、木々を圧し折りながら場外まで吹き飛ばされた。
「……えぇ!? ちょ、何これ!? 怖っ! 僕は一体何を覚えさせられたの!? ……うわぁ、先輩は大丈夫かなぁ。シヴァかセラさんなら何とかなる……? ていうか、魔力が切れかけで僕まで倒れそう……」
術者自身も予想だにしていなかった威力に戦々恐々としながら、とりあえずレーダスの救命処置は必要だろうと、デュークは魔力切れになって一気に重く感じるようになった体を引きずってシヴァの元へと歩を進めようとした、その時。
「うわっ!?」
凄まじい地鳴りが野戦演習場全体に伝わり、デュークは倒れそうになったのを寸のところで耐える。振動の発信源へと視線を向けてみると、凄まじい爆炎が上がっているのが見えた。
「……どうやら、彼女の方も終わったみたいだね」
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アリスとフランツによる、対巨大ゴーレムを想定とした戦法は理に適っていた。
フランツの地属性魔法によってゴーレムの足元の地面を流砂に変えることで身動きを封じ、アリスの爆撃魔法を機体が破壊されるまで撃ち続けるという、単純明快であり有効な手段。
アリスの生家であるヘルメティア家に伝わる魔法は少々特殊で、魔力によって存在を維持する魔法攻撃を放つのではなく、独自の魔法術式によって、魔力に頼らない純然たる物理攻撃を放つことに特化している。
だからこそ、対魔法防御に優れたミスリル製のゴーレムを破壊できる……そう思っていた。
実際2人の思惑も最初の内は上手くいっていたのだ。グラントが搭乗するゴーレムの下半身が流砂に飲まれ、露出した上半身に絨毯爆撃を浴びせ始めた段階で、アリスとフランツは勝利を確信した……のだが。
「な、何なの……あれ……?」
「あ、あぁあ……!」
何が起こったのか……それは2人の知識の範疇には無く、分からない。ただ起こったことをありのままに話すのなら、グラントのゴーレムは下半身を切り捨てて上空へと逃れると同時に、残された下半身を含めた周囲に存在する鉱物全てを取り込んで、まったく別のゴーレムをその場で作り出したということだけだ。
従来ならば、相応の設備と多くの素材や時間を用いなければ出来ないにも拘らず、グラントは即興で、ありあわせの鉱物で全く新しく、より強大なゴーレムを生み出してしまった。
『魔力充填率100%。魔導回路オールクリア。魔法術式完全開放』
その姿は、膨大な魔力を噴出する翼で上空に浮かぶ鋼の巨人の上半身。それに取り付けられた無数の砲身に凄まじい魔力が収束し、砲口には見る見る内に強い光が溜まっていく。慌てて撃ち落とそうと魔法を放つも、ゴーレム全体を球状に覆う強固な魔法障壁によって攻撃すらも届かない。
『魔導砲ウラヌス、全砲門照準完了……瞬間同時発射ォ!!』
そこから先は単なる蹂躙だった。無数の砲口から同時に放たれた極太の光線が大地を抉り砕き、身体強化や障壁といった、魔法によるあらゆる守りも貫通してアリスとフランツを吹き飛ばした。
実に呆気なく倒される生徒会メンバー。それを観客として見ていたとある生徒は茫然と呟いた。
――――まるで、シヴァ・ブラフマンが戦っているようだと。
砕かれて平地になり、所々に大穴が穿たれた地面と、絶望を顔に張り付けて倒れ伏す敵対者。そして濛々と煙が立ち上る空に悠然と浮かびながら地上を睥睨するゴーレムの姿には、確かにシヴァに通じるものがあるだけに、周囲の者は反論することが出来なかった。




