編入試験を受ける破壊神
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シヴァがこの館を買った時の話をしよう。
この館の前の持ち主は妻を迎えたばかりのさる有力貴族の別荘だったのだが、メイドに庶民に娼婦にと、いろんなところの女に手を出して、痴情のもつれの末に女たちから全身滅多刺しにされた、下半身のような男である。
そんな最期を迎えた男の魂が悪霊となって館に居座りついたのだ。立派な館だったので不動産も取り壊さずに次の住民に勧めてみれば、数日もしない内に住民が変死。気味が悪いので取り壊そうとすれば、解体業者が事故死。お祓いをしようと雇った聖職者までも撃退。
いつの間にか強力な悪霊となっていた男は館ごと封じ込められ、不動産の値段にも他の家とは比べ物にならない、いわく付きの格安不良物件として紹介されることとなった。
そんな格安物件に目を付けたのが、シヴァである。格安物件と聞いて気に入ったシヴァは、制止する不動産業者の制止も聞かずに下見に直行。門を開けば、案の定怒り狂った死霊が現れた。
――――出ていけ……! 出て……
――――邪魔だ、どけ!
――――ぎゃああああああああ………!?
――――すごい! 本当に立派な家じゃないか! 今日からここは俺の家だ!
まるで塵でも掃うかのように腕の一振りで悪霊を消滅させたシヴァに愕然とした不動産業者から土地と館を買い取り、住み始めて1ヵ月。埃こそ積もっていたものの、物が無く、広々としていた館は今、足の踏み場も見当たらないゴミ屋敷と化していた。
「…………」
「なんかゴメン……俺ってば、まともに家事もやったことねぇの」
あまりの惨状に、セラも開いた口が塞がらない。昨夜家事の手伝いをしてくれると助かるとは言っていたが、まさかこれほどとは思っていなかったのだ。
シヴァとしては衣服をしまう棚や食料を保存する冷蔵庫、その他掃除に必要そうな物は揃えたものの、家事などしたことがない彼は非情に要領が悪く、それどころか箒で壁に何ヵ所も穴を開けたり、雑巾を絞る時に何枚も絞り千切って、余計にゴミを増やすばかり。
洗濯場も酷い状態で、床はずぶ濡れ、洗剤が乾燥して白くなった跡が茶色い木製の壁一面を覆っている。埃もちゃんと掃けずに床に残っており、衣服や物もちゃんと仕舞えずに床に散乱していた。
「特にあの台所……料理でも作ろうかと頑張ったんだけどさ……」
特に酷いのが台所だ。元は食材だったと思われる黒い炭がこびり付いた鍋やフライパンが幾つも山積みにされ、流し台は洗っていない食器類が押し込まれ、壁には茶色い物体が飛沫の様にへばり付いている。しかも黒くてカサカサ動く影まで見られた。
元々、シヴァがまともな家に住んでいたのは7歳の時まで。それからは洞穴を求める野宿が当たり前だったので家事が不馴れでも当然なのだが、これはあまりに酷すぎると自分でも思う。セラを寝かせた寝室だけは何とか使える状態に出来たのが奇跡的なのだ。
……それでも、箒で壁に幾つもの穴を開ける羽目になったのだが。
「《浄炎》はあくまで体や服の汚れを取るものだからな……家に使ったことなんて無いから、下手したら燃えるし……。とりあえず、今から試験に行かなきゃだし、帰ってくるのも遅くなるだろうから、本格的な掃除は明日からになるんだけど、とりあえず今日は適当に過ごしておいてくれれば」
「……っ」
セラは首を左右に振ると、紙に文字を綴ってシヴァに見せた。
【シヴァさん。帰ってくるまでに。片付けます。昨日。お礼。します】
「いや、それは助かるんだけど……良いのか? 一人じゃめっちゃ大変だと思うけど」
「…………っ」
「そ、そこまで言ってくれるなら、お言葉に甘えて。本当に面倒かけて、悪いな?」
今度は首を縦に振るセラ。正直、自分が居たところで手助けどころか邪魔になりそうだという自覚はあるので、シヴァは厚意に甘えることにした。すると、セラは更に文字を書くと、シヴァの服の裾を軽く引っ張る。
【冷蔵庫。無事だった食材使う。大丈夫ですか? 差し出がましいかもしれない。夕ご飯作って、待ってます】
「…………ふぁっ!?」
たどたどしい文章の意味を理解した時、シヴァは思わず変な叫びを上げ、それに釣られてセラの肩がビクリと揺れる。
「料理が……作れるのか?」
【簡単なものなら】
「それって……つまり……」
好きな女の子の手料理。たとえ恩と義理からくる動機であったとしても、その事実だけは変わらない。まさか現代にタイムスリップしてリア充になると決めてから夢見続け、神々の秘宝以上の価値を持つと定義付けていた代物とこんなにも早く巡り合える機会が訪れるとは。
【でも。お口に合わないかもしれないから】
「いや! 大丈夫! 美味しく頂く自信があるから! もし食材が足りなかったら金が入った巾着袋使ってくれ!」
表情は必死に何でもない風に取り繕っているが、内心飛び上がりそうになるくらいウッキウキのシヴァは臨時の軍資金をセラに手渡して、恥ずかしさと嬉しさから慌て気味に家から出ようとする。
セラはその後を追いかけてシヴァの前まで躍り出ると、慌てて紙に文字を書き込み始めた。
【いってらっしゃいませ】
「……あぁ、いってきます」
セラの見送りを受けて、今度こそ館を後にするシヴァ。不意に彼の脳裏に、遊びに出かける自分を見送る母の姿が思い浮かんで口元がにやけてしまった。
――――なんか、良いな。こういうの。
そうして訪れた試験会場、アムルヘイド賢者学校は実に立派な施設であった。
広大な学術都市の5割が学校の敷地であり、内部には数多くの訓練施設……コロシアムを模した模擬戦場や魔法の試し撃ちの為の施設、さらに魔法研究施設がそれぞれ複数あり、野戦演習所なんてものまでもが第1から第5まである。
まさに学術都市を名乗る街を象徴するに相応しい学び舎だろう。それら全てを高い壁で囲った学校の正門から中に入ったシヴァは、案内役の教員や生徒に導かれて受験者控室へ辿り着いた。
(いきなり一目惚れした子と住むことになっちゃったけど、なんだかんだ言ってまだリア充かと言われればそうでもないような気がするんだよなぁ。俺とセラの関係って、いわば同居人だし)
ここから進展していきたいとは考えているが、現段階からは夢想していた甘酸っぱい関係には程遠い。しかし幸いにもセラは賢者学校の生徒、かつて盗賊が吐き捨てるように呟いていた学生の青春とやらを一緒に謳歌すれば、おのずと距離が縮まっていく……それが学校なのだと、シヴァは思っていた。
「おいおい、何で栄えある賢者学校の編入試験に混血雑種どもが混じってやがるんだ?」
「ん?」
試験とは全く関係のないことに思考を割いていると、明らかにこちらを見下すような声が聞こえてきた。振り返ってみると、入り口辺りに短く切り揃えた銀髪の男が立っている。
「お、おい……あの炎を灯した剣のエンブレムってまさか」
「人間国ヒュレムノートの名門、ゼクシオ家の紋章じゃないか」
「ということは、あいつが最近噂になっていた留学生にして、例の候補の一人であるライルか? 傍若無人だが、とんでもない実力派だっていう」
どうやら有名人らしい。少し気になったシヴァはライルの魔力の量を測ってみるが……余りの少なさに憐みのため息が出た。せいぜい、以前勝手に死んだ(とシヴァは思い込んでいる)盗賊団と同じくらいだ。
「ん? ……ぷっ!? ぎゃはははははははは!! なんだこいつは!? 4種族もの魔力が混じった汚ねぇ魔力してやがるぜ! こいつはただの混血雑種じゃねぇ、人の形をした生ゴミだ!」
するとライルはシヴァに目を付けたのか、無遠慮に近づいてきたかと思えば指をさして腹を抱えながら哄笑を上げた。その事に周囲の大半は眉を顰め、少数はライルに同調するように嘲笑をこぼす。
ライルがシヴァの血筋を瞬時に悟ったことに驚きはしない。人間族、魔族、獣人族、亜人族とで魔力の質が異なり、混血となれば混じりあったような魔力となる。
実際、シヴァは人間の容姿だが、4種族の混血だ。母が魔族と獣人のハーフ、父が人間と亜人のハーフ。4000年前も混血が忌み子と世間では扱われたが、シヴァが生まれ育った村は争いを疎んだ人々の集まりだったので、種族関係なく暮らしていた。故にシヴァのような血筋の者も珍しくはない。
特に今の時代、特に4ヵ国の真ん中に位置するアムルヘイド自治州は混血が多い。そのような地で混血を貶めるような発言をするとは、よほどの馬鹿か権力者か。
(しかし、何でそのことをここまで馬鹿にされるんだろ? ていうかそれ以前に、魔力の質の識別はできるのに、量を測ることが出来ないなんて、どんだけ未熟なんだコイツは)
有名になるほどの実力派だったのではないのか? それなのに、魔力が低い上に魔術師として基本的な技術、相手の魔力を計ることすら出来ないなんて……と、ここまで考えて、シヴァはある結論に至った。
「あぁ、なるほど! これが噂に聞く親の七光りという奴か!」
「……は?」
「大した実力もないくせに親の威光ばかりに縋って、金と権力に物を言わせて学校側を脅し、形だけの試験を受けて合格を掻っ攫う受験者泣かせの傍迷惑な奴がいるって聞いたことがある! これでも俺は青春を謳歌するために学校生活で起こりうるトラブルの予習を欠かさなかったから知ってるんだよ。そういう奴は、入学した後も他の奴に迷惑かけるってこともな」
ライルは呆気を取られた表情で思考を停止させていた。それはもう、彼が散々蔑んでいた混血の受験者を含めた大勢に忍び笑いをされても反応できないほどに。
シヴァはそんなライルの肩にポンッと手を置いて、ありったけの慈悲を込めた憐憫の微笑と共に語りかけた。
「あのな、そうやって親の脛を齧って入学しても、その後に待っているのは……裏口入学っていうの? そういうレッテル張られて同級生たちに冷たい目で見られる日常だけだと思うんだ。だからここは自分の実力でだなぁ……」
「…………っ!」
更に増す周囲からの嘲笑に、ライルは歯を強く噛みしめながら顔を怒りで真っ赤にし、シヴァの手を強かに払いのけた。その様子に流石のシヴァも、ライルが怒っていると理解できたらしい。恐れては全くいないが。
「あれ? 何で怒ってるの? 俺はただの親切心で――――」
「貴様ぁ……! この俺を人間の純血種にして、栄えあるゼクシオ家の麒麟児であると知ってのことか……!?」
「いや、まったく知らない。……今更だけど、誰なのお前?」
周囲から抑えきれないとばかりに笑いが噴出された。ライルは真っ赤な顔に青筋と浮き上がる血管まで追加すると、魔力の光が円と紋様、魔法文字を描き、ライルの手のひらの上に魔法陣が浮かび上がった。
大きさにして50センチほどだろうか……それが収縮されるようにして消えた瞬間、彼の手のひらの上に煌々と燃え盛る火球が発生する。
「……3秒くれてやる。今すぐ地べたに額を擦り付けて俺の足を舐めろ。さもなければ、俺の《紅蓮弾》が貴様の首から上を吹き飛ばすぞ」
「ゴ、《紅蓮弾》だと!?」
「ふん、薄汚い混血雑種風情でも知っているようだな。そう、小規模でありながら上級魔法並みの威力と殺傷力を誇る超高等魔法。それが俺の得意魔法だ。この魔法1つとってみても、俺と貴様との間にある隔絶とした――――」
「そんなちっぽけな炎が《紅蓮弾》!? 無駄くそデカい上に、馬鹿みたいに雑な魔法陣晒してどんな魔法だと思ったら《紅蓮弾》!? ただでさえ魔力少ないのに、魔法陣まで雑なせいで威力も火力もまるで無いじゃないか! なのに《紅蓮弾》と言い張る!? 冗談だろ!?」
「この雑種ごときがぁあああああああああああっ!!」
怒り心頭とばかりに火球をシヴァの顔面目掛けて発射しようとするライル。
「騒がしいぞ! 何事だ!?」
「……ちっ!」
しかし、騒然となる受験者たちの悲鳴に駆け付けた教員の前では気が引けたのか、ライルはすぐさま炎を握り潰すと、憎々しげな視線をシヴァに叩きつけた。
「このままで済むと思うな。後で覚えていろ」
それはもはや殺気すら込められた視線。大抵の者はそれだけで竦み上がりそうなものだが、当のシヴァは苛立たしそうに部屋から出ていくライルの背中を見送り、こんなことを考えていた。
(何であんなに顔を顰めてたんだろう? ……あ、もしかしてトイレなのかな? 前の時は違ったみたいだけど、今回は急いで部屋から出て行ったし、間違いないとみた!)
今回もまた、シヴァは殺意を便意と勘違いする。
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