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不穏


「調子はどう? 順調かな?」


 訓練開始から数時間。職員会議から戻ってきたエリカが、縦長の容器を5つ持って野戦演習所の光景を眺める。

 今教えている魔法術式の詳細を説明し、シヴァの指示の下、リリアーナとグラント、デュークは認識拡張術式と念写術の練習、セラは手を使わずに魔法陣を描く練習をさせていると説明すると、エリカはシヴァに信じられないものを見るような視線を向けた。


「そ、そんなことが可能なの?」

「現に俺が出来てますし。俺が実戦をするようになってから割とすぐに覚えたことですし。まぁ、何とかなるでしょ」


 実際、魔力の燐光を操る技術を習得してしまえば、念写術自体はそこまで難しくはない。それさえ覚えてしまえば、後は体内に描く認識拡張術式の習得だけだ。


「順調……と言えるかどうかは分からないですけど、少しは前進してますしね。リリアーナとか……ほら」


 シヴァが指さした先には、瞳を閉じて意識を集中し、数秒ほどで《魔弾(フォイア)》の術式を宙空に写し出すリリアーナの姿があった。

 シヴァからすればまだまだ遅いが、慣れてしまえば1秒未満でより複雑な魔法陣を描くことも可能になるだろう。

 グラントとデュークはリリアーナほど速くは出来ていないが、それでも念写術そのものは成功自体している。


「セラはとにかく正確さの追求ですね。どれだけ早く魔法陣を描き上げても、魔法陣として成立してなかった意味ないですし」


 もちろん、それと併用して念写術も覚えてもらわなければならない。戦いとなればこれまでの授業のように慌てて魔法を使わなくてもいいような状況とは違う。手描きで魔法陣構築となると必ず後手に回ってしまうだろう。


(そうなると選抜戦まで時間が足りなくなるんで、セラには認識拡張術式とは別の魔法を覚えてもらうことにしたけど)


 最悪の場合、選抜戦まで念写術が使えなくてもどうにかなる……そんな魔法だ。正直に言って苦肉の策とは思うが、方法はこれしか考え付かない。


「ところで、練習を始めて随分経つでしょ? 頑張るのは良いけど、ちゃんと休憩しないと効率が落ちるんじゃない? ほら、疲労回復のポーションも持ってきたからさ」

「え? あー……」


 先ほどから水音が聞こえると思っていたら、どうやら容器の中身はポーションらしい。気を使って用意してくれたようだが、シヴァは首を傾げる。

 たかが数時間の訓練で効率が落ちるほど集中力が無くなるものだろうか……そう言いかけたシヴァだが、口に出す直前に現代における普通を思い出す。


「そうですね……それじゃあ、そろそろ休憩に――――」

「お、おい」


 そんな時、グラントが荒い言葉遣いのまま、どこか遠慮がちな雰囲気を発しながら話しかけてきた。


「ちょ、ちょっと……認識拡張術式と念写術(教えられた術式)使って試しに作りたいのがあるから……そ、その……け、研究塔に戻る。う、上手くいけば、そ、そっちの方が良いし」

「うん? まぁ、サボる訳じゃないならいいけど」

 

 何やら魔道具を使ってより効率的か、効果的に認識拡張術式と念写術をものにしようとしているらしい。

 グラントはどちらかというと研究型の魔術師……体感で覚えるよりも、道具に頼る方がやりやすいことも多いのだろう。

 そういう事ならと許可を出すと、グラントはそそくさとその場を後にしようとし、その背中にエリカが慌てて駆け寄る。


「待って、グラントさん! これ」

「……な、何だそれ?」

「疲労回復のポーション。脳を活性化させる効果もあるから、良かったら飲んで」


 しばらく無言でポーションとエリカを交互に見ていたグラントだが、やがてポーションの容器を受け取ると、聞き取れないくらいの小さな声で何かを呟いて、小走りで去っていった。


「中々距離が縮まないですね。今日会ったばかりのデュークの方が親しみを感じるくらいですよ」

「……そうだね」


 グラントは、この世界のどの人類にも見られない外見的特徴を有する悪魔崇拝者(サタニスト)、その隔世遺伝の持ち主であると、シヴァは踏んでいる。

 当の本人は優秀で、性格が悪いわけではないが、悲しいことに世の中には偏見というものがある。故に彼女が他者から偏見の目で見られてきたことは何となく予想が付くが、何故あそこまで他人に対して拒絶的なのか、そこはシヴァの知るところではない。

 入学前の経歴などを把握できる教師であるエリカなら事情を知っているだろうが、それをグラントの了承も無しに聞くのは野暮だろうと、シヴァはしばらく様子を見ることにした。


「おーい、皆休憩だってよ。先生から差し入れもあるぞー」

「了解」

【先生……その、ありがとう……ございます】


 体力というよりも、脳を酷使して精神的に疲れた様子の3人はエリカからポーションを受け取り、それぞれ地面に座り込んで容器の中身を呷る。

 シヴァもポーションを1口飲んでみたが、魔法薬というには随分と甘い。どうやら蜂蜜が入っているらしく、飲みやすさと栄養の吸収速度を両立しているようだ。


「そう言えばさ、今やっている認識拡張術式と念写術をマスターした後の訓練の参考に聞きたいんだけど、皆の適正属性って何? それによって教える魔法も違ってくるし」

「あー、そう言えば言ってなかったわね」


 適正属性によって覚えるべき魔法は当然変わる。セラの灰属性の魔法に関しては、彼女に魔法を教え始めた時から色々と考えてはいたが、グラントにリリアーナ、デュークの適正属性を知らなければ、教えようがない。


「私は地水火風雷の五大属性に加えて、空間属性。前に争奪戦で見せた通りよ」


 極めて珍しい全属性保持に加えて、空間という強力な隠し属性持ち。多様性という面において、リリアーナを上回る魔術師は4000年前にも中々居ないだろう。


(実際にそれが出来ていたのは、俺の知る限りじゃ《勇者》と《魔王》だけだったしな)


 シヴァが《滅びの賢者》として恐れられる以前は敵対関係にあった2人だ。対極に位置するがゆえに類似性が多くあったことも覚えている。

 案外、リリアーナは世間で待望されている五英雄、《勇者》レックスか《魔王》ガロード、そのどちらかの転生体だったりのするのかもしれない……そこまで考えて、シヴァはあり得なさそうだとすぐに推察を破棄した。

 

「そんじゃあ、デュークは?」

「僕は樹木属性だよ。ほら」


 そう言うとデュークは魔法陣を描き、魔法を発動。彼の手のひらに突如出現した種が急速に成長をし、20センチほどの苗木となった。

 隠し属性の中ではポピュラーな植物類を操る事に長けた適性属性だが、その中でも樹木属性は実戦的だ。

 術式の構築によっては鉄のように硬くなり、それでいて鞭のようにしなやか。打撃も拘束も思うままで、やりようによっては毒を放つことも出来る。

 炎に弱いと思われがちだが、元を正せば植物類を操る属性は、地と水の混合属性。術式を改良し、サボテンの様に多量の水分を含んだ植物を生み出すことで、炎への耐性を付けることも可能なのである。


「後はグラントなんだけど……エリカ先生、知ってます?」

「えっと……確か彼女の属性は……鋼、だったかな? あと雷属性と炎属性も少し適性があるみたい」


 鋼……地属性から派生される隠し属性だ。

 字面だけ見れば鋼のみを操る魔法にしか適性が無いという風に見えるが、鋼と言うのはあくまで便宜上使われる比喩表現であり、実際は合金を操り、生み出す属性の事だ。

 グラントが製造した、多種多様でありながら異なる材質の金属製ゴーレムの数々、その材料をどうやって調達していたのかと思っていたが、やはり当の本人が金属を合成できる魔術師だったのだろう。


「良い適正属性持ちばかりだな。正直にそう思う」

「ちなみに、エリカ先生はどんな属性を?」

「あ、わたしは芳香属性だよ。後は水と風の適性がちょっとだけ……我ながら凄い地味だけどね」


 人が心地よいと感じる芳香成分を操る属性。珍しい部類ではあるが、確かに使い道に困る適正属性だ。

 しいて言うなら嗅覚を起点とし、対象となる生物の精神の安定や麻酔がすぐに思いつく使い道と言ったところかと、シヴァは少し考える。


「それにしても……灰に空間、樹木に鋼に芳香…………これだけ珍しい隠し属性持ちが揃ってる5組の中で、なんか俺の炎属性が浮きまくってて凄く平凡に見えるんだけど」

「だと思ってるなら貴方は間違いなく常識が無いわね」


 ありふれた属性だが、あそこまでの破壊力を引き出せるシヴァの炎が平凡であるなど決して無い。当の本人は仲間外れにされた気分で不満そうだが、リリアーナからすれば少し羨ましくもあるくらいだ。


【あ、あの……】

「ん? どうした、セラ」


 休憩がてらに暫く談笑する中、主に聞き手側に立っていたセラが立ち上がり、ホワイトボードを5組の面々に見せる。


【えっと……あの……】


 しかし何かを伝えようとする直前になってハッとした表情を浮かべると、頬を赤く染めて両膝を擦りあわせ始めたセラ。一体どうしたのかとシヴァが首を傾げていると、何かに気が付いた様子のリリアーナが一言、短く告げる。


「行ってらっしゃい」

「…………っ!」


 頭を下げ、そのまま背中を見せながら、セラは小走りで去って行く。その姿を見て、シヴァはますます疑問符を浮かべた。


「い、一体どうしちゃったんだ?」

「ふぅ……君って男は、分かっていないねぇ。こういう時、紳士は何も聞かずにレディの帰りを待つものだよ」

「え? え?」

「シヴァ君……貴方セラさんと一緒に住んでいるなら、そういう気配りを覚えた方が良いわよ」

「待って何それ。一緒に住んでるってどういうことなの?」

「それは後で説明するとして……そう言う気配りって一体どういう気配りで…………あ、もしかして――――」

「それを口にしないのが気配りっていう奴だから!」


 ようやく事の意味に思い至ったシヴァがリリアーナに軽く叱責される中、エリカは「差し入れに飲み物は安直だったかも」と内心で反省するのだった。

 

   =====


 少し恥ずかしい思いをしながら、第5野戦演習所からもっとも近い場所に位置していた実習室棟で用を済ませたセラは、そのままシヴァたちの元に戻ろうとしていた。


(……最近、学校の中でも落ち着ける……)


 シヴァと出会う以前は、学校内で落ち着ける場所なんて無かった。堂々と歩こうものなら突き飛ばされては殴られて、隅を選んで歩いても蹴り飛ばされては嗤われて、隠れようものならわざわざ探知魔法で見つけられて魔法をぶつけられる……それがセラにとっての学校生活だった。

 でも今は違う。初めて友達が出来て、初めて相談できる先生が出来て、初めて自分から仲良くなってみたいと思えるクラスメイトたちが出来た。


(きっと……これが楽しいということ……なのでしょうか?)


 初めて感じる感覚に戸惑いの方が強いが、少なくともセラは今、学校に通うのが楽しみになってきている。


「ねぇ」


 だから忘れてしまっていた。1年5組という場所を除き、この学校はセラにとって未だに過酷な場所であるということを。


(……中等部の時の……っ)


 現在は丁度休み時間。短い休憩の合間に出歩いていたのであろう女子生徒3人……セラの中等部時代のクラスメイトたちは、底意地の悪そうな表情を浮かべながら、セラを見下ろしていた。

  




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