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4千年前なら通報されない恋愛観

お気にいただければ評価や感想、登録のほどよろしくお願いします。

 一応言っておけば、今のご時世10歳ほどの幼い少女に手を出せば、ロリコン、犯罪者の悪名を送られると共に、社会的な死は免れない。

 しかしシヴァが生まれ育った4000年前は、滅亡を防ぐために早い結婚が当たり前だった。それこそ10歳から20歳が結婚適齢期といわれるほどに。

 それが常識である彼からすれば10歳児など余裕で守備範囲内。気の早い者なら、5歳から予約代わりに婚約を申し込む者まで居るのだ。

 たとえ現代から見れば、「ロリコン祭り(笑)」などと言われるとしてもである。戦乱で数を減らし続ける人類からすれば、次代の繁殖はそれほど急務だったのだ。

 故に、この幼く見える容姿端麗な少女に一目惚れするのは、シヴァからすれば当然の反応なのである。


「なんてこった……これが、初恋……! 俺は編入試験前に、リア充への階段を昇っちまったっていうのか……!?」


(シヴァの認識では)リア充育成機関である賢者学校に入学する前に、生まれて初めて恋を芽生えさせてしまった《滅びの賢者》は、嬉しいやら恥ずかしいやらで自分の心をどう整理すればいいのか分からずにいた。

 本当ならステップアップの段階があったはずなのだ。まずは入学を果たし、その後に初めての友達、そして初恋と、徐々に段階を踏んでいくつもりだったのだ。


「なのに幾らそのままにしておくわけにはいかないからって、ファーストステップで好きな女を寝室まで連れ込んでしまうなんて……俺はなんて大胆な事を!」


 顔を両手で覆って顔をいやんいやんと首を振り、落ち着かなさそうに全身をモジモジとさせる今のシヴァは、紛れもなく初恋に浮足立つ童貞少年である。若干乙女も混じっている。

 とりあえず固い場所で寝かせるよりも、ベッドの上で寝かせた方が良いだろうと思って連れて帰ったのは良いが、そんな上の段階まで第一歩で踏み込んでしまったシヴァはどうすればいいのか分からない。


「……っ……」

「はっ!? お、起きたか」

「っ!?」


 そうこうしている内に少女が目を覚ました。とりあえず少し距離を離しながら話しかけてみたが、少女はびくりと体を震わせながら怯えたような表情でこちらを見る。

 これはこれでショックだが、まだ想定の範囲内だ。目が覚めれば知らない場所で、知らない男が近くにいれば、大抵の人は怖がるだろう。 


「えーっと……お、覚えてるか? お前、路地裏で倒れたんだけど。その後とりあえず看病のためにここまで……」

「…………」


 身振り手振りで説明すると、少女はまだ疑いを残しているものの、何があったのかを思い出したのか、とりあえず話を聞く姿勢を見せる。


(くっ……改めて見ると、やっぱり超かわいいなぁ畜生)


 色素の薄い灰色の髪は輝くような銀髪にも見え、小さな顔に嵌る大きな垂れ目は翡翠色。唇は小さく、薄桃色をしている。先ほどまでミイラか老婆にでも間違われそうなくらい痩せ細っていたとは思えない大変身だ。


(しかもこいつ、結構な魔力量だ)


 現代にタイムスリップしてから見てきた者たちとは比べ物にならない魔力をその小さな体に宿していることにシヴァは気付く。その総量は、かつて死闘を繰り広げた7人にも迫る勢いがある。


「……? ……っ!?」

「あ、悪いっ。ジッと見すぎた」


 自分の前髪が除けられていることに気付いたのか、少女は顔を赤くしながら前髪で目元を隠してしまう。シヴァからすれば勿体ないことだが、その仕草がどこか小動物のようでいじらしく感じられ、胸の動悸が抑えられない。

 分かりやすく言えば、すごくドキドキしている。ドキドキしすぎて――――


「おわぁっ!?」

「っ!?」


 座っていた木製の椅子が真っ黒に炭化して崩れ落ちた。緊張による胸の鼓動が熱運動を加速させる、《滅びの賢者》の胸ドキである。

 結果、盛大に尻もちをついてしまったシヴァ。あまりの情けなさに顔が羞恥で染まるが、ベッドの上で身を起こす少女は笑う以前に、警戒や疑いも抜けてキョトンとしている。

 何やら結果オーライの様子。シヴァは転んだことなど無かったかのような表情で尻の黒炭を払い落とした。


「えー……こほんっ。とりあえず、自己紹介から始めていけば……いいんだよ、な? 俺は最近この館に引っ越してきた、シヴァ・ブラフマンっていうんだけど……君の名前は?」

「…………」


 人付き合いは第一印象から始まる。そう聞いたシヴァは前々から頭の中でシミュレーションしていたセリフを口にするが、少女からの返答はない。代わりに口元を抑えたり、何かを吐き出そうとする仕草が見られた。


「あー…………もしかして、喋れなかったりする?」

「……」


 こくりと、少女は小さく頷いた。シヴァはそんな少女の首元に目を向けるが、古傷らしきものは見当たらない。魔力の形跡も感じられないので、原因はおそらく心因性によるものかだろうと推察し、深く追及するのを止めた。

 頷いた時の彼女の様子が、あまりにも悲しそうだったから。人付き合いが極端に少ないシヴァにはかける言葉は見当たらず、代わりに打開案として紙とペンを少女に差し出した。


「これなら会話できるか?」


 少女は一度頷き、紙に歪な文字を記す。


『私の名前はセラです。助けてくれてありがとうございました』

「……セラ。それが君の名前か。とりあえず、そう呼ばせてもらっても……いい?」

 

 少女……もとい、セラは一度首を縦に振る。しかしそこで会話が途切れてしまった。


(やばい……なんか気恥ずかしくて、もう何を話せばいいのか……!)


 これが好きな女を前にした男の限界か……そう考えていた時、小さく可愛らしい腹の音が聞こえた。音がしたほうを見て見ると、そこには顔を再び赤く染めて腹を両手で抑えるセラの姿が。


「栄養失調でぶっ倒れたっぽいしな。もうそこらへんは解決したとはいえ、腹は空いてるだろ。飯を用意してるから食べてけ」

「……?」


 矢継ぎ早に告げられる言葉に疑問を抱いたのか、セラは自らの両手を見下ろし、驚愕に目を見開く。先ほどまで骨が浮き出てて荒れた手が、傷や汚れのない瑞々しい手に変わっているから驚いたのだろう。

 治したことを喜んでくれただろうか? そんな不安と期待が混じった感情を抱きながら、5秒で2階にある部屋から1階にある台所に移動、料理を持って往復し、皿に乗せられた料理をセラに差し出す。

 近くの飲食店で持ち帰ってきた、温かく湯気が沸き立つシチューと柔らかいパンだ。……しかし、セラはスプーンを手にしただけで食べようとはしない。

   

「どうした? もしかして、シチューは嫌いだったりした?」

「…………」


 首を左右に振る彼女の表情には遠慮があった。戸惑いがあった。疑惑があった。そして何よりも隠し切れない、恐怖があった。

 そこでようやくシヴァは理解する。この平和になった時代に、痩せ衰えてしまう事情が彼女にはあるのだと。そしてそれは、他人からの施しを素直に受け取ることができなくなる類のものなのだと。

 シヴァも4000年前、よく毒を盛ろうと騙しに現れた者と掃いて捨てるほど相対した。だから今回ばかりは、セラがどうすれば安心できるのかが良くわかる。


「よく見てろ」

「……?」


 シヴァはセラからスプーンを奪い取るや否や、シチューを口に含み、パンを齧り取って飲み込むと、スプーンを再びセラの手の中に返した。


「毒なんて入ってないし、後から金も取らない。嘘も言ってないし、気まぐれも起こさない。俺も昔よく毒を盛られたり、騙されたりしたしな……自分がされて嫌だったことを会ったばかりの奴にするほどゲスの自覚はないから安心しろ」


 ただの口先ではない。そんな重みを言葉から感じたのか、セラは恐る恐ると料理を口にし始める。そのことにホッと安堵するのも束の間……今度は食べながらボロボロと涙をこぼし始めたのだ。


「うぇええっ!? ど、どうしたの!? もしかして、泣くほど不味かった!? 店にクレーム出す!?」

「……っ!!」


 セラは必死に首を横に振る。そしてまた泣きながら食べ始める。シヴァはどうすることも出来ずにただ見守っていると、セラは皿をすぐに空にした。

 その後もしばらく泣き続けたセラだが、ようやく落ち着いたころを見計らって、シヴァは思い切って提案する。

 

「なぁ、もしお前行くところがないんだったら、このままこの館に住むか?」

「……? ……っっ!?」


 初めは何を言われたのか分からず首を傾げたセラだが、やがて意味を理解したのか、首から上を真っ赤に染めながら両手と首を左右に振る。


「いや、せっかく助けたのに、今度は野垂れ死にされたら目覚めが悪すぎるし。ただ居座るのが気が引けるなら家事の手伝いしてくれると、こっちも助かるんだけど。調子に乗ってデカい家買ったから管理もまともに出来なくて……ていうか、野垂れ死にかけるような奴をこのまま放り出す気にはなれんぞ、俺は」

「…………っっ!!」


 それでも遠慮が強いのか、いまだに首をぶんぶんと左右に振るセラを見て、シヴァは再び紙とペンを差し出した。


「それとも、提案に乗れない理由でもあるのか?」

「…………」


 セラは一旦紙とペンを受け取ったものの、書くことが見当たらないのか、ペン先を紙につけることもせずに空中で遊ばせている。


「無いんなら、少なくとも今日は泊ってけ。もう夜も遅いし」

「……っ」


 返答に詰まっていたセラだったが、不意に紙に文字を綴り始める。


【そこまでしてくれる。なぜですか?】

「何でって言われてもな」


 セラのことを一目惚れしたから……なんて、会って1日も経っていない状態で言えるわけがない。そこまで神経が図太くないシヴァは、とりあえず当たり障りのない本当のことを口にした。


「セラって賢者学校の学生だろ? 落ちてたカバンの中見えちゃったんだけど、中に教科書が入ってたし」


 ぎっしりと教科書やノートが詰まった、ボロボロの肩掛けカバンを指さす。そもそも彼女が着ている服も、汚れを取ってみれば事前に下調べした賢者学校の紺色を基調とした制服だ。


「俺も今度賢者学校の編入試験受けるんだよ。合格できればそのまま高等部の一年になれると思う。そうなれば同じ学校のよしみじゃん」

「…………」

「まぁそんな訳で、遠慮がしたかったら心配されない身なりになるんだな。今日はそのままそのベッド使えよ。俺も寝るから、お休み」


 そのままセラの返事を聞かず、有無を言わさずに部屋を後にするシヴァ。しばらく廊下を歩いて曲がり角を曲がると、彼は両手で顔を覆いながらしゃがみ込んだ。


「うぉおおおおおお…………! やっちまったよぉお……! 今日一目惚れした女の子をいきなり泊めちゃったよぉおお……! でもでも、流石にあんなんになるような奴を放り出せないし……はっ!? これはもしや、同棲!? ていうかさっき同じスプーンを使って間接……ふぉおおおおおおおおおっ!」


《滅びの賢者》の悶々とした叫びが、部屋に届かない程度に木霊した。




 やや強引に初対面の相手の家に泊まることとなったセラは、ベッドの上で今日起きた珍事を思い返す。


(……初めは、恐ろしい人だと思いました)


 そう、とんでもなく恐ろしい人。いきなり現れたかと思えば暗殺者に道を聞いた挙句に怒らせて、反撃に焼き殺したのだ。初めて目にする人の死と、それを顔色一つ変えずにやってのけたシヴァへの恐怖のあまりに気絶してしまったくらいである。

 しかも目が覚めたら、そんな恐ろしい男が目の前にいた時には、心臓が止まるかと思った。

 だが、ただ恐ろしい男ではなかったということも、この時に理解できたのだ。


(ここまで人に良くしてもらえたのは、何年振りだろう……?)


 生母が生きていた時以来、初めて受けた施し。介抱してくれたシヴァの善意を疑っていたが、何の裏もないことを行動で示してくれた時に口にした、十年以上振りの暖かな食事を口にした時、セラは人前にも関わらず、枯れたと思った涙を溢してしまった。

 ずっと冷たい生ゴミのような残飯だけを口にしていたから、余計に温かさが心身に沁みたのだ。その上、ボロボロに痩せ細っていた体を癒し、地獄のような実家から逃げる場所として家に泊めてくれるとまで言ってくれた。


(こんなの優しくされたのに……何で涙が出るんだろう……っ)


 セラはこの時初めて知った。悲しみや痛みだけではなく、人は本当に心から安堵した時に涙が流れ出るものなのだと。

 ずっとこの場所に居たいと願ってしまった。未だどのような人物かは分からないが、少なくとも家族や学校の者たちよりもずっと優しいであろう、シヴァの家に。


(でも……それは出来ない。迷惑かけちゃう前に、近い内に出ていかないと……)


 良くしてくれたからこそ、そうせざるを得ない。自分がこうして安寧の場所を手にしたとなれば、あの冷血な父や残忍な義姉に義母がどんな手を使ってくるのかが目に見えて分かってしまうから。

 それにシヴァはこれから賢者学校に入学しようとしている。もしこのまま無事に合格できれば、彼もセラの身の回りで起こる現状を知るだろう。

 学校側が積極的に黙認している苛めと、それに乗じて娯楽同然に加担する大勢の生徒たち。それらからセラを庇えば、シヴァがどのような目に遭うのかくらいは理解できる。彼もセラと同じような末路をたどり、灰色の学校生活を送る羽目になることくらいは。同じ家に住んだなんてことが知られればどうなるか、想像もできない。

 

(でも、本当はそれ以上に……あの人まで他の人と同じになるのが怖い……っ)


 浅ましいことだが、シヴァもセラと同じになるのだったら、まだ彼女に救いがあるだろう。何せ仲間ができるのだから。同じ境遇を生きる仲間が。

 しかし本当につらいのは、こうして助けてくれたシヴァまでもが、周囲に合わせて自分を虐げることだ。そんな上げて落とされるようなことをされるくらいなら、ぬるま湯に慣れるより先に出ていった方がずっと良い。

 …………それが分かっていても、扉を開けて外に出るどころか、久しく忘れていたベッドの温もりから抜け出すことの出来ない自分の未練がましい心の弱さが、何よりも憎たらしかった。



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