表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

49/64

エリカの災難


 波乱の初対面が終わり、朝のホームルームが始まる。新しく増えた椅子に座り、「何で机までないの……?」と呆れるデュークを余所に、教壇に立つエリカが黒板に大きな文字で、魔導学徒祭典と背伸びをしながら書いた。


「という訳で、申請して5組も魔導学徒祭典の選抜戦に参加できるようになりました!」

「そう言えばリリアーナ()、参加するって息巻いてたね」

「えぇ。これでようやくスタート地点ってところね」

「任せてくれ。敵を皆殺しにし続ければ、あとは勝手に俺はリア充になれるっていう大会だろ? 腕が鳴る」

「はーい、シヴァくーん。祭典はそんな物騒な大会じゃないからねー。やり過ぎないよう、ちゃんと手加減の練習をするように」


 ゴキリと手の骨を鳴らしながら、既に気合が入りまくって火の息を吐くシヴァに、エリカは笑顔で釘を刺す。


【エリカ先生……シヴァさんに慣れました……?】

「ふふふ……それなりに付き合いも重ねてきたからね」


 なんだかんだ言って、シヴァは筋や道理が通っていることなら言って聞かせることも出来るし、周りを顧みることも出来る。最初の評判や多数の器物破損の事もあって、担任になった時はどうなるかと思ったが、真っ当に接する分には扱いやすい生徒だ。


「で、話を戻すんだけど……選抜戦は高等部3学年15クラスと生徒会役員の5人が参加。生徒たちは15戦してもらって、最終的に一番勝ち星が多いクラスが魔導学徒祭典に出場できるの。ちなみに、14戦終わって同じ勝ち星のクラスが2つ以上あれば紅白戦で決着を……って感じかな」

「せ、選抜の時点で結構な大掛かりなんだな」


 注目される機会が思いの外多かったせいか、グラントは嫌そうに顔を顰める。


「おかげで授業はしばらく、選抜戦っていう魔法実技に切り替わることになるね。ちゃんと単位が出るからそこは安心してもらっていいけど……大事なことが1つ。争奪戦に負けた時の場合」


 争奪戦とは、魔導学徒祭典の本戦が始まる直前まで、同学年の他クラスに限り、その一員を奪う権利を得るための試合の事だ。元々、優等生クラスである1組に在籍していたリリアーナが落ちこぼれクラスである5組に所属しているのも、争奪戦に破れたからである。


「毎年選抜戦と同時に、今から戦うっていうクラス相手に争奪戦を申し込むことが多くてね。もしかしたら5組も争奪戦を申し込まれるかもしれないんだけど、もし負けたらその時点で最低5人っていう出場条件を満たせなくなって、選抜戦を辞退しなくちゃならないってことになるから、気を付けてね」


 それは実質、一度も負けてはいけないということだ。何とか人数を揃えた5組だが、状況はシビアであるらしい……そう考えた時、シヴァはあることに思い至った。 


「争奪戦って、基本的に受ける受けないかは申し込まれた側が決めても大丈夫なんだろ? だったら受けなかったらいいんじゃないのか?」

「そうも言ってられないでしょ。僕たちが途中で怪我して試合に出れなくなったら……」

「あぁ、確かに」


 人数的な不利というとのは、試合でも同じだ。欠員が出た時の為の補欠要員が居なけば不戦敗となってしまう。 

 それに手駒が少ないということは、それだけ分析がされやすい。こちらが限られた人員でやりくりしている中、相手が豊富な手駒の中からこちらに有利な魔術師を選出してくれば、それだけで5組は一気に形勢を不利なものにされてしまうだろう。


「怪我くらいなら俺かセラが居ればどうとでもなるけど……それ以外の事情で出場できないってなると困るもんな」

「…………」


 コクコクと頷くセラ。

 死人すら蘇らせるシヴァ。そしてシヴァ以上の治療魔法を身につけたセラが居れば、怪我どころか競技中に死んでも規定人数を下回ることはないのだが、家庭の事情により出場できないと言われてはどうにもできない。


「それから、選抜戦の試合形式は本戦と同じ、個人戦を4試合と、5対5による団体戦を1試合をして、勝ち星が多いクラスが勝利ね」

「となると……個人戦に出るのは自ずと決まってくるわね」

【…………え? え?】


 リリアーナがそう言うと、クラスの視線がセラに集まる。唯一デュークだけは何事かと疑問を露にしているが、事情は彼を除く全員が知っていた。


「セラ……あんまりハッキリ言いたくないけど、攻撃魔法見る時、絶対に目を瞑るお前に個人戦は無理だ」

「あー……それは確かに無理だね」

【うぅ……】


 戦いの最中……それも自分の攻撃魔法の際に視界を覆ってしまうというのは、余りに致命的な欠点だ。個人戦で怪我をした4人のサポートに専念してもらい、団体戦でも後衛に回るのが定石だろう。


「選抜戦開始は1週間後……それまでは魔法術式の開発や見直しをしてもらうことになるかな。ここまで聞いて、他に何か聞きたいことはある?」


 そこで声は上がらなかった。聞くべきことは全て聞いたし、あとはエリカの言う通り、どれだけ魔法陣を入念に開発、改良をしつつ、実力を身につけるかだろう。


「あとそれから……実は先生、皆に謝らないといけないことがあるの」

「謝ること?」

「……本当なら、担任は生徒への魔導戦の訓練も担当しているんだけど……実は先生、その辺りのノウハウが全然なくて……」


 肩を落としながら申し訳なさそうに吐露するエリカに、5組の面々は顔を見合わせる。

 賢者学校は魔法を教える……それもかなり実戦形式の魔法をだ。その為、クラスを任される担任が生徒たちの魔法を軸にした戦闘……すなわち、魔導戦の訓練をするのはごく自然な事だ。

 実際、振り分け前のクラス担任であるアランも積極的に魔導戦に関する授業をしてきた。だが5組は特殊な事情を抱えるシヴァとセラが居ることに加え、極めて少人数であることから、他のクラスとは全く違うカリキュラムの授業が組まれており、思い返してみればエリカが担任になってから魔導戦の授業をした事がない。


「本当なら選抜戦が本格的に始まる前に、皆に教えられるようにしては見たんだけど、時間が足りなくて……本当にごめんね」

「でも、それならどうしてエリカ先生が担任を? 話を聞く限り、担任教師になるには魔導戦を指導する能力が必要なはずなのに……というか、そんなエリカ先生が訓練校である賢者学校に赴任したんですか?」

「えっと、順を追って話すと……まず、いくら賢者学校が魔導戦を教える学校だとしても、それ以外の授業がない訳じゃないよね?」


 確かに賢者学校は戦闘訓練を主眼に置かれてはいるが、それ以外の授業もちゃんとある。歴史の授業に数学、外国語、錬金術に薬草学といった、魔導戦に直接関わりのない分野も幅広く教えているのだ。

 

「本当なら先生は、生活魔法だけを教える講師として赴任して、担任クラスを持つ事はなかったはずなの。賢者学校に赴任するのも、他の学校が受け入れできるほどの講師枠が無かったからで、枠が開くまでの数年くらいの研修みたいなものだから是非と言われて……。先生、暴力とか得意じゃないから、魔導戦をメインに教えていない、普通の魔法学校を希望してたんだけどね」

「え!? そうなんですか!?」

「そ、その割には……せ、生活魔法以外の授業も、ふ、普通に出来てたと思ってたけど……」

「そこは教育実習生時代に培った杵柄というか……実習先は、こことは別の魔法学校の初等部だったし、これでも一応魔法学校の高等部も卒業してるし」


 大抵の学校において、初等部の担任教師がほぼ全科目を引き受けて教える。短い間ながらもシヴァたちを相手に問題なく授業を行えたのはその時に培った経験によるものだが、本来魔法学校という場所は中等部に進学するのを機に、科目ごとに専門教師という者に分れ、持ち回りで授業を担当するのだ。

 実は5組は全科目を担任が教えるという、成績不振による待遇の一環、その煽りを受けている。科目ごとに個々の教師が担当する……という負担を、成績不振の馬鹿どものために、教師全体にかけるつもりはないという事らしい。

 なので基本的に5組の担任になど、誰もなりたがらない。エリカが5組担任を押し付けられたのは、シヴァが在籍している他にもこういう背景があったのだ。


「話には聞いてたけど、まさか高等部にもなって初等部並みの待遇に身を置くことになるなんて」

「そう言えばお父様も、前学長が残した賢者学校の制度は穴だらけだと、何時も頭を悩ませていたわね」


 流石いじめを肯定し、生徒や教師がこぞって1人の少女を虐げていたような腐った学校であっただけはある。

 新学長であるグローニアの手腕に期待したいところだが、彼は彼で大公としての本職に加え、学術都市の暫定領主に、臨時学長としての務めがある。正直、明日明後日で今の雇用制度を変えられるかと言われれば首を傾げざるを得ない。


【えっと……つまりエリカ先生は、本当なら生活魔法の一科目だけを引き受けるはずが、突然担任として5組の全科目を引き受けなくちゃならなくなって、今まで頑張って他の科目や私たちへの個別指導の準備もしてきたけど……魔導戦にまで手が回らなくなって……?】

「うん……情けない話だけど、その通りです」


 その話を聞いて、5組の誰もがエリカの事を情けないなどとは思わなかった。

 生活魔法の一科目を専攻とし、それを教えるために赴任したはずが、まさかの全科目担当をする羽目に。先輩講師は誰も助けようとせず、それでも何とかしようと必死に勉強をし直して……それで時間が足りなくなったとして、一体誰が彼女を責められるだろうか?


(((((……むしろなんて不憫な)))))


 必然、エリカに同情的な視線が向けられることに。魔導戦の授業をちゃんとできないからと言って、彼女を責めるのはお門違いだ。責めるべきは、面倒くさがって何もかもをエリカに丸投げした他の講師たちである。


(シヴァ君……貴方本当に手加減の練習しなさいよ? 貴方が物壊して始末書書かされるのはエリカ先生なんだからね)

(これでも精一杯手加減の練習してるんだけど、了解した)


 これ以上、この先生に要らない苦労は掛けられない。そう思ったシヴァはより一層、手加減の練習に励むことを心に誓う。


「でも実際問題、魔導戦の授業はどうするんだい? 他に教えてくれるような先生は?」

「それが残ってないの。担当するクラスの選抜戦の結果も、講師の評価に繋がるから、5組の面倒は誰も見たくないみたいで」

「ふ、ふん……こ、この学校の講師は、そ、そんなんばっかりだ…………エリカ先生以外」

「困ったわね。実戦的な魔法術式もそうだけど、立ち回りのノウハウがあるとないとじゃ違いがあり過ぎるわ」

「せ、先生も今魔導戦の勉強をしてるところだから、あと数日待ってくれないかな? そうしたら最低限の知識だけでも伝えられると思う」

「エリカ先生、無理しない方が良いですって。俺たちの事は気にしなくていいですから……ん? どうした、セラ」


 最近髪が荒れ気味、初対面時よりも痩せて寝不足気味なエリカにシヴァが釘を刺していると、セラがおずおずとシヴァの服の袖を引き、ホワイトボードを5組の面々に見せた。


【あの…………魔導戦の事、シヴァさんが教えるのじゃ、駄目ですか……?】

「え? 俺?」


 自分で自分を指さすシヴァ。そんな彼をまじまじと見つめながら、リリアーナは問いかける。


「確かにあれだけ破壊力のある魔法を始めとした、現代の常識から外れる高度な魔法の数々……シヴァ君、貴方実戦経験は?」

「まぁ、そこそこ……ていうか、かなり?」


 何しろ、4000年前の苛烈な大戦の最中に現れ、数多の軍勢、数多の英雄、数多の国々を同時に相手取った《滅びの賢者》と呼ばれた男。実戦経験1つとってみても、この現代に生きる生半可な魔術師たちなど足元に及ばないだろう。


「なら決まりね。とりあえず当面はシヴァ君に師事するという方向で、次の魔導戦の授業からよろしくね」

「え、ちょおま」

「ちなみにここで見事私たちを高みへと導ければ、貴方はたちまち人気者になれるでしょう」

「やります」


 実にチョロくシヴァから同意を得たリリアーナは、手の付けられないほど超破壊的な魔術師の首輪のリードを握った気分になった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ