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人知れず、恥ずかしい誤解を受けました

同日投稿した、頭を空っぽにして読むべき短編、「漢の俺が聖女ですけど夜露死苦ぅ!!」も良ければどうぞ

 

 時は遡り、《灰燼式・灰之鳳凰マギア・フェニキシアン・グレイアー》によって学術都市住民が蘇生した直後の事。


「げほっ! げほっ! うぅ……い、一体何が……!」


 止まっていた生体反応が急に動き出した影響で咳き込みながらも、ゆっくりと起き上がる人々。一体何が起きているのか分からずに困惑する中、住民の内の実に3割近くが鐘の塔の上を指さしてこのような事を叫んだ。


「な、何だあれは……!!」


 その声は人から人へと伝播していき、やがて都市住民の過半数以上が鐘の塔の上に視線をやって……言葉を失った。

 青白く輝く幻想的な羽が降り注ぐ都市の中心。そこに居たのは、世にも美しい姿をした灰の翼を翻す女性。ただただ神々しさすら感じるその姿に、1人の男がこう呟く。


「女神様……いや、灰の霊鳥……!?」


 女の姿は数秒ほどで、元からそこに居なかったかのように消え失せる。……実際には元の姿に戻って、屋上の上空から下からは見えない床へと落ちただけだが。

 しかし、この男が発した『女神』と『灰の霊鳥』というワードは、瞬く間に学術都市全域に広がることとなった。


   =====


 太陽神と水神の子、シャクナゲが人知れず起こした事件から幾日が過ぎた。

 都市にいた全員が突然夜中まで意識を失うという大きな騒動によって、賢者学校の教員を始めとする大勢の魔術師が原因を調査することとなり、しばらく慌ただしい雰囲気が町中に広がることとなった。

 結論から言えば、シヴァが魔法陣を潰したこともあって、原因は不明ながらもかなり大規模な集団幽体離脱を起こしていたという事までは判明。蘇ったとはいえ、自分たちが確かに死んでいたという事実に人々は困惑し、魔術師たちは更なる原因の究明に勤しみ、一般人は生きてたなら別にいいと言わんばかりに、日常へと戻っていく。

 しかし、原因の究明活動に伴って、アブロジウス公爵家が保有する別荘とその周辺が炭化した更地となり、付近の海では茹で上がった大量の海棲生物の死体が水面に浮かんでいるという怪奇現象が発見されることとなる。

 山の融解事件に続いて集団幽体離脱事件に、膨大な熱によって沸騰した海水で死んだと思われる多くの海棲生物たち。同時期に起こったこの2つの出来事が意味するのは……《破壊神》シルヴァーズの仕業であるという、安直ながらも後者に関してはあながち嘘でもない推察が今の人々の認識だ。

 実に分かりやすい悪の偶像が復活したという世間の情勢は、原因不明の事態に説明を付けるのには丁度いい。権力者たちは一切の責任をシルヴァーズに擦り付けることに。

 げに恐るべき《破壊神》の許されざる所業に、人々は早急な五英雄の転生体の発見を求める一方で、このような噂が学術都市中に広まっていた。


「やっぱりさ、シルヴァーズに俺たちが殺されちまった後、灰の霊鳥様が人の姿を借りて降臨し、俺たちを救ったんだって」


 裏通りにある本屋の店主はこう言う。


「そうよ! 何せ私たちは、霊鳥様のお姿をこの目で確かに見たんだから!」


 商店街にある八百屋の娘はこう言う。


「霊鳥様のお姿はそりゃあもう美しくて、色っぽくてなぁ……生で見られなかった奴には心底同情しちまうぜ」


 鐘の塔すぐ近くに住む大工はこう言う。


「《破壊神》がこの世に再び現れたのは、やはり破壊からの復活を司る霊鳥様からすれば見過ごせないことだったのでしょう。神の気配が薄れたこの時代に、再び神が舞い降りたのです」


 そして灰の霊鳥の姿をこの目で見たという、創神教の大司祭がこう言ったことにより、自分たちを救ったのはこの現世に降臨した灰の霊鳥の加護によるものだと、住民たちは信じ込み、現代に起こった神話は国境を超えて世界中に発信される。

 時は移ろぎ、神が人と疎遠になった時代にあっても宗教的な力は甚大である。現代の魔術師たちでは説明が付けられない事態と奇跡は、最終的に「灰の霊鳥が人々を《破壊神》の魔の手から救った」ということで決着した。


「これは商売のチャンスだ!!」


 そうなると人々の行動というのは途方もなく図太くなる事がある。話題は集客力と連動する……学術都市を拠点とする商人たちや観光役場の職員たちは灰の霊鳥グッズなるものを早速企画し始めたのだ。

 しばらく様子を見て、各地から話題を十分集めれば、霊鳥による奇跡が起こった都市として全面的にアピール。学術都市に人を更に呼び込み、土産物を中心とした様々な賞品を売りに出し、霊鳥が降臨した鐘の塔の頂上には、記念として新たに銅像が建てられることとなった。


「おお……ここが霊鳥様がご降臨なされたという鐘の塔か」

「わしらを救っていただき、なんとお礼を申せばいいのか」

「早くも霊鳥様の銅像が建てられることが決まったらしいぞ」

「そりゃあ縁起の良い。ありがたや~、ありがたや~」


 鐘の塔には敬虔な創神教の信者や、信仰深い老人たちが訪れて拝んでいく。かくして、まだ始まらない世界的な一大イベント、魔導学徒祭典を前にして、学術都市の話題は灰の霊鳥一色となったのだ。

 

   =====


 そして話題の中心人物。精霊化の魔法によって年相応の姿となり、都市の人々の命を救った張本人にして、今や《灰の霊鳥》と人知れず誤解されている、一見すると10歳そこらの子供にしか見えないセラはというと――――


「…………」

「セラ……そんなコソコソしてて動きにくくないか?」


 真っ赤になった顔をホワイトボードで隠しながら、道の端をコソコソと移動するようになった。

 シヴァのように悪名が広まった訳ではないので、他者に憚る必要はない……むしろ堂々としててもいいくらいなのだが、セラの性格的にはそれも難しい。というか、堂々としようにも出来ないというのが正しいだろう。


「はぁ……霊鳥様。なんて美しいんだ。未だに瞼から姿が消えない」

「俺……これまで創神教とか信仰していなかったけど、これからは霊鳥様の為に毎日祈りを捧げるよ」

「霊鳥様の素晴らしさを世に広めるために、将来は宣教師になろうと思う」

「霊鳥様ペロペロ」


 学校に行っても買い物に行っても、どこに行けども聞こえてくるのは灰の霊鳥……すなわち、自分を褒め称える話題。

 内気なセラからすれば、この状況は鼻高々になるどころか非常に居た堪れない。ただでさえ褒められることに慣れていないのだ。このままでは恥ずかしすぎて死んでしまいそうになるくらい、顔が真っ赤になっている。


【これまで陰で色んな事を言われてきましたけど…………こういうのは、ちょっと……凄く、恥ずかしいです】

「気持ちは、分からなくもない。俺も良く知らない連中にメッチャ話題にされてたしな。……悪い意味でだけど」


 この状況もあって、正体を明かすつもりは一切ないセラだが、その心情は憂鬱だ。

 セラが精霊化した姿を知っているのは今のところ、エリカを始めとする5組のメンバーだけ……更に言えば、灰の霊鳥=セラということを知っているのはシヴァだけだが、魔導学徒祭典に出場すれば灰の霊鳥の正体に気付く者もいるだろう。

 一応姿を隠せるようにしようと思ってはいるが、これでもし、灰の霊鳥の正体が自分だと知られてしまったらどうなってしまうのか……考えるだけで恥ずかしい。


「霊鳥様は俺の心を奪っていった……その責任を取ってもらうために、得意の探知魔法により一層磨きを掛けなきゃな」

「それは心底気持ち悪い上に傍迷惑な話だな。恩人……恩鳥(おんちょう)? に対してストーカーとかマジ止めろ」

「…………っ。…………!」


 聞こえてくる会話の内容が居た堪れなくて、セラはシヴァの服の裾をどこか遠慮がちに掴む。 


(くっ……! 恥ずかしがりながら俺の陰に隠れるセラって可愛すぎないか……!?)


 そして見当違いな幸せを噛みしめているのが、現在最も(視線除けとして)頼りにされているシヴァである。

 好いた相手が涙目でこちらを見上げ、「離れないでほしい」と視線で訴えかけられては、《滅びの賢者》と恐れられた男であっても抵抗など出来るはずもない。


(俺もセラももう17歳……もっと早くに出会って結婚してたら、すでに子供が2~3人居ても当然の年頃なんだよなぁ)


 シヴァは未だ勘違いしているが、現代では全く当然ではない。しかしそんな事実を知らないシヴァは、そこから更に未来妄想図を頭の中で繰り広げる。


(俺とセラとの子供かぁ……もうメッチャ可愛いんだろうなぁ。生まれてくるのが娘だったら、将来俺は大変なことになりそうだ。…………しかし、子供が出来るということは――――)

 

 ここに来て少し冷静さを取り戻したシヴァ。それ以上の事を考えるより先に、彼は自分の拳で自分の顎を下から殴りつけた。

 衝撃は頭蓋を貫通し、轟音と爆風と衝撃波が上空の雲をまき散らす、《滅びの賢者》の喝入れである。


【あ、あの……突然どうしたんですか……!?】

「な、何でもない。何でもないったら何でもないよ!?」


 滝のように口から流れ落ちる血を拭いながら、心配するセラに取り繕うシヴァ。


(あぶねぇ……あまり考えすぎるのは、精神的に色々とよろしくない。せめてちゃんとした恋人関係になってからでないと)


 シヴァも健全な17歳男子。セラとの間に子供を作るための過程にはかなり……心底……何よりも興味があると言っても過言ではないが、それを全面的に押し出せば引かれる事くらいは、男女関係の構築に関するアドバイスが綴られた数十冊の本で予習済みだ。

 幾ら同じ屋根の下で過ごしているからと言っても、理性が本能に負けてセラを押し倒しては、彼女に無用な恐怖を与えるだけだろう。余りその事ばかりを考えて妄想と欲求を膨らませ、ついつい事に及ぶくらいなら、それを防ぐために自身の顎を打ち砕く。セラの心の平穏を守れるのなら、その程度の被害、実に安いものだ。


(それに、おちおちその事ばっかり考えていられないかもだしな)


 シャクナゲは言った……天魔に至る為に、と。

 それが一体何を指し示す言葉なのかは分からない。しかし、シヴァの脳裏には1つの知識が過っていた。

 かつて全ての神族は天に住むと言われ、呼び名も神族ではなく…………天族と呼ばれていたのだ。

 

(胸騒ぎがするなぁ)


 何か良くないことが起こっている、それを直感したシヴァは頭を掻きながら空を仰いだ。


(今更見つかるとは考えにくいけど……4000年前に無くした魔道具、一応捜しておいた方が良いよなぁ)



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