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知らなかったか? 《滅びの賢者》からは逃げられない

この一週間で、大小判が自室で遭遇した虫がこちら↓


ムカデ3匹(内2匹は大小判を噛み、残り1匹は寝てる間に大小判の首の上に居た)

クモ3匹(みんなペットのカニンガムイワトカゲのヘタレちゃんに食わせた)

ゴキブリ1匹(後に行方不明)


呪いか何かかな?



 学術都市中の人々の命が蘇っていく。その事実を遠くから感じ取れる数多くの魔力反応から察したシャクナゲはすぐさま魔法陣を遠隔から再起動し、再び換魂の魔法を発動させようとしたが、それよりも先にシヴァが動く。


「《隕合錬岩(アルルド)》」


 地中の岩石類がシヴァの意のままに動き、融合し、地下に掘られた巨大魔法陣を埋め尽くしたのだ。一手遅くれ、企みが水泡に帰して無言のまま震えるシャクナゲに、シヴァは話しかける。


「これでお前がしたことは無駄骨に終わったな。…………なぁ、今どんな気持――――」


 言い終わるよりも先に、瀑布のような熱湯がシヴァに炸裂する。あらゆる生物を茹で殺す大津波は地上の木々を圧し折り、海へと引きずり込むが、災害に等しい力に確かに巻き込まれた筈のシヴァは両足でしっかりと立っているだけでなく、髪の毛1本たりとも濡れていない。


「……矮小な人の身でありながら、神をここまで虚仮にする奴は生まれて初めてよ」

「だったら、どうするってんだ」

「手間だけれど、お前を殺し、同じことを繰り返すだけ。ただで死ねるとは思わないことね」


 シャクナゲを中心に魔法陣が展開されたかと思えば、莫大な魔力が彼女の内側に吸い込まれていく。

 あの魔力は、学術都市の住民たちの魂を魔力に換えたものだ。膨れ上がる威圧と魔力によって地面は罅割れ、石や岩が浮かび上がる中、シャクナゲの全身から放たれる、瞼すら透過する極光がシヴァを含めた辺り一帯を白く照らし、視界が元に戻った時には世界が一変していた。


「神族が使う異界創造法、《聖堂天界(アスガルド)》……いよいよ本領を発揮し始めたってところか」


 遥か地平線の彼方まで広がる雲上に立ち並ぶ、煌びやかな遺跡群を見てシヴァは目を細める。

 以前、マーリスたちが召喚した悪魔は、現世で活動するための生贄が無い状態でシヴァと戦うためにシヴァを自らが作り出した異界へと引きずり込んだが、シャクナゲの意図はそれとはやや異なる。


「消え去れ」


 周囲を埋め尽くす雲から尋常ではない熱量が放出され、先ほどの海すら掌握していた時よりよりも遥かに膨大かつ切れ味に優れた熱湯の斬撃が縦横無尽にシヴァに襲い掛かる。

 それを見てすぐさま魔法を発動。《大業炎結界オル・フレウォルディム》と同様に質量を持った炎を全身から放出して迎撃するも、熱湯の勢いは凄まじく、徐々に炎が押し込まれていく。


「流石は上位神族といったところか……条件付きだが、最上位神族の素の力に勝るとも劣らないな……!」


 神族や悪魔が作り出した異界とは、彼らが最も得意な戦場を用意するだけでなく、異界を作り出した者の力を何倍にも底上げする自陣でもあるのだ。

 本来異界で最強種を相手にするということは、死を意味している。先ほどまで手も足も出せなかったシヴァの炎を圧し潰そうとしているのが何よりの証拠だ。自分が作り出した異界における、神族や悪魔の強化倍率はそれほどまでに高い。


「それだけじゃないわ。満足できる量ではないものの、学術都市に住まう人類の魂を溶かして魔力を得た私は、最上位神族に迫る力を得た……それに加えて《聖堂天界(アスガルド)》という陣地。今の私は下手な主神格すら凌ぐわよ」

 

 神族や悪魔にとって、魔力量などあってないようなものだが、一度の魔法に消費できる魔力には限度がある。格の高い神族ほどその上限は上がっていくのだが、シャクナゲは数万人の人類の魂を変換した魔力を糧にして、その上限を大幅に引き上げたのだろう。

 

(付け加えて言えば、権能魔法は神族や悪魔自ら発動した、他の魔法に重複させることができない)


 万能にして無敵に見える権能魔法だが、シヴァは数多の戦いの経験から、理由は不明ながらも制限があることを見抜いていた。


「どうした? 権能魔法は使わないのか? 敵に対して死ねと一言告げれば勝負を決めれる反則魔法は、お前らの専売特許だろ?」

「使うわよ。さっきまで散々やってくれた仕返しをした後でね」


 熱湯の勢いが時間を追うごとに倍々式に増していき、シヴァが放つ炎が更に押されていく。1秒経つ毎に威力を上げていく魔法には、ジワジワと得物を甚振ろうとする明け透けな意図が見え隠れしていた。


「まずは今の私と貴方の隔絶とした力の差を思い知らせることで、絶望と共に戦意を完全に圧し折る。権能魔法を使うのはその後……理を歪めてあらゆる痛苦を与えた後で、貴方の最上の魂を溶かし、私のものにしてあげるわ」


 その表情は、人類に信仰される神と呼ばれるものではなく、世界に仇なす邪神とでもいうべき醜悪にして壮絶な笑み。そのまま神に逆らった愚かな人類に絶望を与えようと、熱湯の勢いを最大まで引き上げたシャクナゲだったが――――


「《不消炎火(アグニオン)》」


 突然炎の勢いが、大津波を思わせるほどの熱湯の水圧を押し返すほどに跳ね上がり、シャクナゲに迫る。


「まだ火力が跳ね上がるとは……む?」


 咄嗟に回避行動を行ったシャクナゲだったが、衣服の端が炎に触れて燃えた。それを見て熱湯で炎を消そうとするが……熱湯に浸かっても尚、炎は消えることなく、衣服を端から焼き尽くそうとしている。


「《炎よ、消えろ》」


 訝しんだシャクナゲは権能魔法を使う。自分自身が使った魔法には効果が無くても、他者が使った魔法には効果がある。これによって炎を消そうとしたのだが、依然炎は消えることが無い。


「まさか……水神(私たち)の〝液体の状態を維持する〟力と類似する、どれほど水を浴びせても消えることのない、酸素や可燃物なしに燃え続ける、炎神の〝炎の状態を維持する〟力……? あれは炎神の血統だけが持つ力でしょう……!? どうしてたかが人類の魔術師がこの炎を……!?」

「炎神は、昔腐るほど仕留めたからな。その力のメカニズムを解明し、自分のモノに出来るくらいに、な」


 その声と共にシャクナゲに……より正確に言えば、彼女の危機回避本能に届いたのは、途方もない熱量と魔力の増大による威圧と、遥か古に魂にまで刻み込まれた恐怖。


「熾きろ、《火焔式・源理滅却(アヴェスター)》」


 全身に脂汗を流しながら錆び付いたような動きでシヴァの方に振り返ってみると、そこには周囲に漂う雲海を消し飛ばしながら佇む、青白い閃熱を衣にして身に纏う、1冊の魔導書を手に持つ、破壊の権化と呼ばれた化け物。 

 

「お、お前は……!」


 幾度も挑み、幾度も敗れ、その度に歯牙にもかけられずに今日この日まで生き延びた記憶が全力で警鐘を鳴らす。先ほど脳裏によぎったあり得ない可能性……それが当たっていたのだ。

 自身が越えるべき父を殺し、数多の英雄や神々を殺し、そして世界そのものを焼き尽くさんとした最強最悪の不倶戴天。


「世界の敵……《滅びの賢者》、シルヴァーズゥゥウウウウウウッ!!」

「だからそれは誤解なんだってばぁああああああああああああっ!!」


 熱湯の大津波が四方からシヴァを押し潰さんと迫る。真っ先に攻撃を仕掛けたのは、恐怖による自己防衛本能によるものなのか、はたまた父の敵を討とうとする情からくるものなのか、もしくは神としての自尊心によるものなのかは分からない。

 だが結果だけ言えば……決して消えることのない水神の水による、怒涛の全力攻撃は……シヴァが纏う青白い閃熱に触れた途端、素粒子ごと焼失した。

 森羅万象例外なく、どのような事象が起こるよりも先んじて全てを焼き滅ぼす灼熱の前には、如何に水神の力を受けた莫大な水流であっても意味をなさない。阻むモノなど無いかのように燃え広がる閃熱は、時間を捩じり、空間を歪め、シャクナゲが創造した異界をも破壊し始める。

 

(どうして時空の狭間に追いやられた奴がここにいる!? どうして人類の真似事などしているというの!?)


 いるはずのない不倶戴天の仇敵にして、数多くの神族たちを恐怖のどん底に陥れた怪物の登場に動揺を隠せないシャクナゲ。しかも世界を滅ぼさんとする化け物だと信じ切っていた相手が、今の今まで人の学生の真似事をしているという認識になっていることも相まって、混乱は最高潮に達して思考が一向に纏まらない。

 シャクナゲ自身、幾度も戦ったからこそ、自身と《滅びの賢者》には埋め難い実力差があるということを嫌というほど理解している。現に彼は会敵してから終始、その目に懐かしさを宿すことはなかった。

 それはつまり……これまでの戦いにおいて、シャクナゲは《滅びの賢者》にとって記憶にすら残らない、木端神族であるという証明だ。


「さぁて……消し飛ばす前に聞いておきたいんだけど」


 先ほどまでの威勢は消え失せ、茫然自失寸前のシャクナゲにシヴァは問いかける。


「俺はてっきり、神族と悪魔ってずっと敵対関係にあるものだとばかり思っていた。元々敵対しているという信仰的な概念から生まれた種族だからな。だから、俺はあの時からずっと疑問だったんだよ」


 それは、悪魔の生贄にされそうになったセラを助けるために、アブロジウス公爵邸の中庭に向かい、そこを上空から見下ろした時の事。


「セラの実家の中庭をカモフラージュにして用意されていた魔法陣。あれは一見すると悪魔を召喚する類の魔法陣だったが……そこには悪魔を表す紋章の他に、神族を表す紋章も含まれていた」

「…………っ」  


 つまるところ、それは合作だ。本来手を結ぶことなどある訳が無いと思っていた2つの種族による、新しい魔法術式である。考えてみれば、本当に悪魔と神族が真に敵対関係のままなら、アブロジウス夫人として公爵邸に紛れ込んでいた神族シャクナゲが、悪魔を呼び出しかねない魔法陣を用意するマーリスを止めない筈がない。


「単に現世で活動するため、力を得るためだと考えれば、セラを生贄にしようとしたり、学術都市の皆の魂を魔力に変換しようとした理由は分かる。でもなぁ……お前ら神族や悪魔が人類に干渉しないようになった今の時代になって手を組み、コソコソ動き回っているのは不思議でならない」


 シヴァが纏う灼熱はより一層その熱量を増していき、猛禽のように鋭い視線で神を射抜く。


「こんな平和な時代で、お前たちは一体何を企んでいる……!?」

「…………っっ!!」


 その瞬間、シヴァは異界から元の世界に放り出された。それと同時にシャクナゲの魔力反応が、シヴァの探知範囲から消失する。


「権能魔法で逃げたか」


 だが逃がさない。その意思を雄弁に物語る魔法陣が、シヴァの足元に構築された。


   =====


 権能魔法でシャクナゲが逃げた先は、遥か数万光年離れた宇宙空間。大抵の生物ならば即死する、星々の光だけが光源の暗黒空間だが、神族や悪魔の強靭な体をもってすれば適応できる場所でもある。

 ここならば光速移動しても数万年単位の時を費やさなければ追いつけはしない。シャクナゲがそこまでして逃げおおせたのは、攻撃魔法は言わずもがな、《滅びの賢者》には権能魔法が通用せず、勝機が無いということを知っているから……というだけではない。


(ふざけるな……! 今になってあんな化け物に、邪魔をされてたまるか……!)


 企みなど、あるに決まっている。しかしそれは死んでも口に出せないことだ。《滅びの賢者》という、神族や悪魔の目から見ても化け物に目論見がバレれば、一体何をされるのか分かった物ではないし、邪魔しに来れば防ぐ手立てが本気で見つからない。


(今は身を引いて、力を再び蓄えなくては……! 全ては――――)


 その時、真空にあっても尚燃え続ける炎がシャクナゲの腕を包んでいることを思い出した。シャクナゲは水では消えない炎を腕ごと分離し、新たに腕を生やして炎から逃れたが……そこで疑問が頭によぎる。

 どうしてこの時、シヴァは《火焔式・源理滅却(アヴェスター)》の炎を使わなかったのだろうか。自身の企みを詳らかにするために、喋れる口を残しておきたかったからだと考えれば納得だが――――


「よっ。さっきぶり」

「っっっ!?」


 突如、ここに居るはずのない者の声が聞こえた。全身に悪寒が走り、振り返った時にはすでに遅し。声の主……シヴァは青白い閃熱を纏った腕でシャクナゲの胴体を引き裂き、体を真っ二つに両断した。


「何……で……!? 炎属性しかまともに使えない筈なのに……空間、転移を……!?」

「空間転移じゃないなぁ。俺が使ったのは召喚魔法だ」


 召喚魔法。それは《魔弾(フォイア)》や《霊視眼(プシュケーズ)》と同様、シヴァでも問題なく扱える属性を持たない魔法……基礎魔法という、適正属性に依らずに使える魔法の一種だ。

 小動物から悪魔、神族といった、喚び出す対象の所縁となる触媒を用意し、術者の元へと瞬間移動させるという魔法だが、シヴァが使ったのはその応用。遠くに存在する自身の所縁となる触媒……炎の元に、自分自身を召喚したのだ。


「俺の魔力探知の範囲は最大でも大陸程度だが……炎の位置に関してだけ言えば、宇宙の最果てでも捉えることができる。お前を燃やしていた炎は、俺自身をお前の元に召喚するための、消えないマーキングだったってわけだ。今まで俺が、宇宙まで逃げた神族や悪魔を何体仕留めてきたと思っている?」

「そん……な……!」


 引き裂かれた胴体の断面に燃え移った蒼い炎が、頭に向かって肉体を焼失させながら進んでいく。神族の不死性すら無力化する滅びの火から逃げることは叶わず、シャクナゲは信じたくないという表情を浮かべた。


「嫌……よ……私、は……絶対なる、天魔に至る為に……」


 そんな言葉を最後に、肉体を霊魂ごと完全にシャクナゲという存在は塵1つ残すことなく焼失する。


「……天魔?」


 末期に残した最後の単語が、シヴァの中でどうしようもなく引っ掛かった。



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