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攻撃は最大の防御を地で行くスタイルが最も似合う男になりたい

 

 只の一撃。拳から伝わる感触と、肉体の外見に見合わない質量から、シヴァはこの神族が以前戦った悪魔よりも遥かに格上であるということを理解した。現にこの神族は吹き飛ばされ、壁に減り込んだものの、肉体の原形を留めているのだ。


「上位神族ってところか。この程度で気絶もしちゃいないんだろう?」


 追撃の拳槌打ち。振り下ろされる一撃はさながら巨大な斧の如く、衝撃波だけで壁と床を抉るが……拳槌は湯気が立ち上る水……熱湯の壁に阻まれている。


「只の熱湯……じゃないな」

「当然。我が母と父より授かりし、宙と星の力を見るがいい」


 熱湯は渦巻く刃となって壁と床をシヴァもろとも吹き飛ばし、神族はその姿を露にする。

 先ほどの中年の貴族婦人とは明らかに違う。人間味のない美貌。背中には光背という後光を模した装飾を背負い、人類の技術では作れそうにない、星屑を束ねたような光を放つ羽衣を身に纏う……まさしく人々が想像した神の姿がそこにあった。


「私は太陽神ラーファルコと水神の間に生まれた神の子、シャクナゲ。決して蒸発することのない熱き水、その猛威を知りなさい」


 無数に放たれる熱湯の糸。高圧で押し出されたそれらを自在に操り、まるで鞭のようにしなりながら、シヴァに殺到する。


「《炎轟壁(フレウォル)》」


 それに対してシヴァは即座に炎の壁を展開。そこらの水ならば近づいた瞬間に蒸発する灼熱を放つ炎の壁……それを容易く突破した熱湯の糸は、シヴァの体に幾つか裂傷を刻み、それと同時に血肉を白く茹でた。


(炎熱の耐性が皮膚より遥かに低いとはいえ……俺の肉を焼くとは)


 太陽神ラーファルコ。4000年前、最大の信仰の果てに生まれた神の絶大な力を、シヴァは良く知っている。そのラーファルコの子という神話的概念から生まれた神の子というのは何柱(なんはしら)も存在しているが……シャクナゲも間違いなくその血統であると確信するには十分だ。


「あっははは!!」


 蒸発することのない熱湯の糸が乱舞する。ただ壁を作るだけでは対策にならないと察したシヴァは冷静に俯瞰し、熱湯の糸の隙間を縫うようにシャクナゲの元へと距離を詰めようとするが、制限など無いかのように増える熱湯の糸が、個別の意思を持った蛇の群れ用に襲い掛かる。

 まるで切れ味を有する鋼の糸……斬鋼糸(ざんこうし)だ。普通の水なら100度以上にはならないが、この熱湯の糸は明らかに数万度は下らない熱量がある。仮にも相手は水の母神から産まれ出でた太陽神の力を宿した子。この程度の法則の無視などできて当然だろう。

 

(さぁて……どう攻めるかな)


 茹で上げられた裂傷を炎と共に再生させながら、触れれば肉を削ぎ、骨を断つ死の糸を掻い潜る。

 太陽神としての灼熱を帯びた熱湯の糸。しかし脅威はそれではない。山を融解するシヴァの炎を以てしても蒸発しないのは、全ての水神が持っている能力、水の状態の操作だ。

 水神が操る液体というのは、どれほどの炎で熱しても気化せず、どれほど低温の冷気を浴びせても固体化しない。水神の意思1つで液体の状態を保てるのだ。

 

(一種の権能魔法みたいなもんだもんなぁ……神の子もそれを使えるはずなのに使って来ないのは……多分俺、舐められてる) 


 それでも一番の脅威となるのは蒸発しない水の方。これを防ぐには、ただ温度が高いだけの普通の炎では絶対に不可能だ。質量が無に近い為、炎ではぶつかり合いになった途端に貫かれてしまう。

 適性が無くとも地属性の魔法で壁を作ることも出来るが、鋼よりも遥かに頑丈なシヴァの皮膚を容易く裂く水の糸の切れ味は、その範囲も合わさって山を微塵に切り裂くことも可能だろう。シヴァの拙い地属性魔法で防げる類のものではない。


「ほら、どうしたの? 私の天使たちを殺したってことは、神族を殺す手段があるのでしょう? それは使わないの?」


 煽るように、もしくは誘発させようと言わんばかりに煽ってくるシャクナゲ。理由は定かではないが、どうやらその手段に興味があるのだろう。権能魔法で容易に仕留めようとはせず、甚振るように戦っているのがその証拠。

 確かに、《火焔式・源理滅却(アヴェスター)》を使えば簡単だ。水の状態を操る力が作用するよりも先に全てを焼失させ、神族をも殺す最強の閃熱を放てば。


「白々しいこと言うなよ。学術都市の地下にあった魔法陣ならもう確認済みだ」


 しかし、その手段は実質封じられたも同然である。


「魔法陣を崩す、もしくは術者の死亡と同時に除霊魔法を発動する術式を組み込みやがって。ここで浅慮にお前を殺せば、学術都市の皆を救う可能性そのものが完全に無くなるじゃないか」

「何だ。気付いてたのね。残念」


 除霊魔法などといえば聞こえはいいが、その実態は肉体から剥がれた霊魂を瞬時に分解、消滅させる魔法だ。その魔法が条件を満たした時、学術都市全体に効果が及ぶように発動する術式が組み込まれていたのだ。

 そうなればどうなるのかは明白。除霊魔法は生者にこそ影響を及ぼさないが、肉体から剥がされた学術都市の住民たちの霊魂を1つ残らず破壊するだろう。そうなれば蘇生は完全に不可能……シヴァとセラにとって、戦いに負けるのと同様に敗北条件にあたる。


「なら何もできないままこのまま朽ちていくのね。ただの矮小な人類風情が、神に逆らうなんて烏滸がましいわよ」

「……矮小な人類、ねぇ」


 そのあまりの言い分にシヴァは眉を顰める。それは不快感というよりも、疑問からくる表情だ。


「分からないな。神族は自然の恩恵や、人類の信仰が具現化した存在だ。天界に引っ込んで不干渉を決め込むことはあっても、積極的に人類に手を出すような真似しないと思ってたんだけどな」


 そういうのは対極的な種族である悪魔の所業。神族はむしろ、人類に恩恵を与えることで、人の世における地位を獲得してきた種族だ。事実、4000年前はそうだった。


「…………神の力に抵抗できる、この時代の規格に釣り合わないその力と神族への知識。貴方の正体が疑問だったけど、少し分かったわ」

「ん? 俺の正体?」

「貴方は4000年前以上に生まれた魔術師……そうでしょう?」


 核心に極めて近いところを言い当てられ、シヴァは思わず閉口する。それを図星と察したシャクナゲは、口角を大きく釣り上げた。


「見たところ人間や魔族、亜人に獣人の混血。特に不死性のある種族の血は流れていないけれど……どうやってこの時代まで生き延びたのかしら? 妥当な手段としては自身の凍結封印? それとも時間旅行の儀式? いずれにせよ、神族は人類に恩恵を与えて当然と言わんばかりの、傲慢極まりない考え方だけで確信できたけどねっ」


 シャクナゲの魔力が膨れ上がるや否や、彼女を中心に莫大な熱湯が渦巻きながら半球状に広がっていく。凄まじい勢いの水が壁や天井を削り飛ばし、屋敷を吹き飛ばしながらシヴァを熱湯のドームの中に自分と一緒に閉じ込めると、猛攻は更に勢いを増していく。


「別にそこまでは思ってないんだけどな……何? 何か怒らせるようなこと言った?」


 今までシャクナゲを起点に放たれていた熱湯の糸が、周囲からも放たれるようになったのだ。もはや猫の子1匹も逃さない制圧攻撃。シヴァが掻い潜る隙は微塵も存在しない。どう動いても肉は削がれてしまう。


「……これから死ぬ貴方には関係のないことだわ。さぁ、大人しく五体を切り刻まれなさい!!」


 どうやらこれ以上喋る気はないらしい。そう悟ったシヴァは、ようやくシャクナゲとの戦闘に本格的に意識を移す。

 相性は最悪。神としての絶大な力を有し、無抵抗ならばシヴァも殺される威力の魔法を制限なしに乱射する強敵だ。

 その上、防御も出来ないとなれば……答えは単純明快。


「やっと観念したのかしら? 所詮は人類如きに――――」


 ダラリと腕を下げたシヴァに諦観の念に至ったと感じたシャクナゲだったが、その嗜虐的な笑みはすぐさま硬直する。

     

「よぅし、真っすぐお前のところに行って殴ろう」


 シヴァが取った選択……それは、防御など完全に捨ててしまうという無謀。襲い掛かる無数の斬撃、その一切を無抵抗に受けても尚、全く怯むことなく突き進み、全身から血を噴き出しながら刻まれる傷は、炎と共に即座に癒す。

 まさかそんな方法で突破してくるとは予想していなかったのだろう。シャクナゲが刹那の間だけ呆気に取られた、その隙を的確に突いて瞬時に間合いを詰めたシヴァは、炎を纏った拳でシャクナゲの胴体を打ち抜いた。


「ごばぁあああっ!? ……ぐ……! お、のれ……っ!!」


 衝撃は灼熱と共に腹から背中へと突き抜け、シャクナゲは皮膚も内臓も骨も炭化させながら吹き飛ばされるが、地面に両足を突き刺して熱湯のドームの内に留まる。口と鼻から黒煙を吐きながらシヴァを睨みつけると、既に間合いを詰めて拳を引いていた。


「《光満ちて貫け》」


 それでもなお、シャクナゲはどこまでも冷静だ。あらゆる物理法則を超え、自身の望んだ事象を発生させる、神族や悪魔がドラゴンと並んで最強種と呼ばれる所以、権能魔法を活用し、シャクナゲの貫手(ぬきて)は実態を保ったまま光速に至った。

 白魚のような指先が心臓を破壊し、背中を突き破る。神族ならば問題のない外傷でも、人類ならば問答無用で即死の大ダメージを与えたことに勝利を確信し、笑みを浮かべるが……その笑みさえも脳天に振り下ろされる肘打ちが粉砕する。


「ぶっ……ぐ……!?」

「ほらほら、止まってる暇はないぞ」


 頭蓋が砕け、首が陥没するシャクナゲに間髪入れずに追撃の回し蹴りを放つ。弾丸を遥かに上回る速度で吹き飛ばされながらも、肉体の復元を終了させたシャクナゲは、熱湯のドームに叩きつけられて止まり、即座に迎撃体制に移行し……さも当然のように破壊された心臓を再生したシヴァの炎拳によって顔面を貫かれた。

 

「が……!? あ、貴方……本当に人……!?」

「おいおいよしてくれよ、人を化け物みたいに言うのは」

「くっ……! 調子に乗らないでっ」


 熱湯のドームに囲まれた、今の環境を最大限に利用し、熱湯の斬撃を縦横無尽に躍らせながら、シャクナゲは質量を保った光速の打撃を繰り返すが……それでもなお、シヴァは一切止まらない。止められない。

 どれほど致命傷を負っても即座に回復。痛みにもがくこともなく、倍返しの破壊力を宿して放たれる連撃。防御を完全に捨て……否、防御が成立するほどの怒涛の連続攻撃によって、学生が神を追い込んでいく。


「さあ、インファイトといこうか! 俺が死ぬのが先か、お前が死ぬのが先か! 勝負しようや神様!」



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