最近の小説では神は敵役。これ国語のテストに出ます
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満月が地上を淡く照らす、午後9時。シヴァとセラは屋敷を出た。
「それじゃあ、手筈通りに頼む」
【はい……あの、気を付けて、ください】
「あぁ。セラもな」
ホワイトボードと一冊のノートを抱きしめるように持って走り去るセラの後姿を眺めながら、シヴァは地面に手をつき、地下にトンネルのように掘られた魔法陣、それに流れる魔力の流れを読み取る。
今、この学術都市で行われている換魂の魔法は、魔法陣の上に居る全生物の肉体から霊魂を引き剥がし、それを魔力に変換して魔法の発動者に吸収させる……つまり、術者の最大魔力量を増大させる魔法だ。
魔術師でもない一般人の霊魂1つとってみても、その魔力は莫大だ。その量はそこらの魔術師が引き出せる魔力量を遥かに上回るだろう。それを学術都市のほぼ全人口分を術者1人に集める……火力だけなら神族や悪魔を纏めて複数体相手にしてもお釣りがくる。
「さぁて……術者は一体どこに居るのやら」
この手の魔法を使うにあたって注意するべき点がある。〝魔法陣の上に居る全生物の霊魂を肉体から引き剥がし、それを魔力に変換する〟という特性上、術者は魔法陣の上から離れ、魂から返還された魔力を吸収する別の魔法陣の上に立つ必要があるということだ。
魔法の中には、複数の魔法陣を構築して初めて成立する類の魔法が多々ある。つまりこの魔法も同じ……地下に掘られた巨大な魔法陣と繋がる、魔力を吸収するための魔法陣がどこかにあるのだ。
「見つけた」
そしてそれは、大陸全土に魔力探知の網を張れるシヴァならば容易く発見することができる。
地下の魔法陣の外側から3本ほど、魔力が一直線に流れるトンネルの存在を魔力の流れから探知したのだ。
魔力経路と呼ばれる、複数の魔法陣を併用する魔法を使用する際に用いられる、魔法陣構築の為の術式の1つである。それを3つに分けて繋げたのは、それだけ吸収する魔力量が多いということだ。
魂から変換された膨大な魔力が流れる3つのトンネルを辿った先に術者がいる……それを確信したシヴァは軽く跳躍。学術都市を囲む外壁の更に上まで昇ると同時に、大気圏内に太陽を思わせる超巨大な火球を生み出した。
「《灯火光駆》」
星という巨大な影に隠れた大地が、真昼のように明るく照らされる。学術都市外の全ての人里が、夜が突然昼に変わるという異常気象に大騒ぎする中、全身を光子化し、光の速さで魔力が流れ着く先へと辿り着いたシヴァは、太陽光に匹敵する光を放出する火球を消して昼を夜に戻し、辺りを見渡した。
「あれは……貴族の別荘か?」
そこは大陸の端、海が見える丘に建てられた豪華な屋敷。だが貴族の本邸というには質素だ。元々は貴族の別荘だった、シヴァとセラが住む屋敷に似た雰囲気がある。
「学術都市皆の魂が変換された魔力は、どうやらあの屋敷の地下に掘られた魔法陣に集まり、その上に立つ術者に吸収されてるみたいだな」
目立つことを恐れたのか、学術都市から随分と離れた位置で吸収が行われている。そう感じると同時に、シヴァは今回の下手人が、この時代の魔術師の規格を遥かに上回る存在……4000年前でも名の通った力の持ち主であると悟った。
(学術都市全てを収めるほどの巨大魔法陣を地下に掘るだけじゃなく、こんな長距離に及ぶトンネルを3つも掘るような奴だしな)
その事実だけでも術者の実力の高さが伺える。魔力の探知範囲が狭い者ばかりとはいえ、現代の魔術師の誰にも気取られることなく、大掛かりな準備を進めた隠密性も同様だ。
「君、そんなところで何をしている?」
そんな時、シヴァは庭師やメイド、料理人といった複数の使用人を引き連れた執事と思われる、燕尾服を着た中年の男に話しかけられた。開け放たれた扉を見る限り、どうやら屋敷に仕える人物であるらしい。
「いや、俺はちょっと用があってこの辺りまで来たんですけど……そっちこそ、こんな夜中に雁首揃えて何を?」
「……君も外にいたなら分かると思うが、急に夜が昼になって驚いてね。思わず皆で外に出てしまった」
シヴァの魔法によるものだ。別に害をなす魔法ではないので大したことはないと思っていたのだが、もしかしたら(事実としてもしかしなくても)大勢の人を騒がせたかもしれないと、シヴァは内心で冷や汗を掻く。
「いやぁ……ホント何だったんでしょうね、あれ。でも今は何ともないみたいですし、俺はこの辺で」
「あぁ……道中気を付けて」
シヴァが屋敷から背中を向けた瞬間……1秒と間を置かずに何かが背中にあたる感触が伝わり――――
「ぎゃああああああああああああああああああああああああっ!?」
まるで光を束ねて形にしたような剣でシヴァの背中を貫こうとした執事が、全身火達磨になってのた打ち回った。
「貴様っ!! 只者ではないと思ったがやはり敵だったか!?」
「主が仰っていたイレギュラー……そうか、貴様がシヴァ・ブラフマン!!」
そんな執事を見て恐怖するどころか即座に戦闘態勢に移行し、背中から純白に輝く翼を生やしながら各々光の武具を携えるメイド、料理人、庭師といった使用人たち。放出される魔力量も尋常ではなく、明らかに人外それでありながら、どこか神々しい。
「やぁっと正体を現したな、天使ども。ということは、その屋敷の中に居るのはお前らが仕える神族だな?」
天使とは、神族の僕となる代わりに力を得た者の総称。悪魔との契約に基づき力を得た代わりに、最後には悪魔の魔力によって醜悪な魔物となり、契約した悪魔に従うだけの存在、眷属とは対極に位置する存在だ。
その姿は宗教に登場する神の御使いと酷似しており、理性を失う眷属と違って明確な自意識を持っている。
「さて……そっちから攻撃してきた以上、俺には正当防衛として邪魔なお前らを排除する権利が与えられたと思うんだけど、どう思う?」
「ほざくな、弱く哀れな人の子よ」
先ほどまで火達磨になっていた執事が、火傷1つ残さずに立ち上がった。天使や眷属は、主である神族や悪魔と同様に〝人類の力では倒せない〟という不死性を持つ。それによる守護だろう。
「私を燃やしたのは褒められるが、天使たる我ら人の子の力では倒せな――――」
「そんなんどうでも良いんだけどさ」
会話の流れをぶった切り、シヴァは屋敷を指さす。
「お前らは、お前らの主が学術都市に何してるのか知ってるのか?」
「無論。粗悪な混血雑種どもを纏めて駆逐し、その霊魂を有効活用しておられるのだ」
「そしてそれこそが我らの使命。天意に背いて生まれ増えた、混血という罪を浄化するのだ」
天使たちの口から紡がれるのは混血種への拒絶感。よくよく見てみれば、この天使たちの元になったのは人間や亜人、魔族に獣人と様々な人種が揃っているが、全員純血種のようだ。
(わざわざ純血主義者たちを選んで天使にしたのか?)
なぜ血統に関する現代の社会問題に、本来関りのない神族が首を突っ込んだのか。シヴァは特権階級からくる優越感や、4000年前の延長である他種族への無理解から起きている問題だ捉えていたのだが、もしかしたら根はもっと深いところにあるのかもしれない。
「シヴァ・ブラフマン。話には聞いていたが、4つの種族の混じりものという、最も汚らわしい混血であるという話は確かなようだ」
「混血を根絶やしにするのは天意である。主の威光に背き、我らに綽名す最も罪深き者よ。大人しくその身は裁きの光に委ねるがいい」
「いくら優れた魔術師といえど、所詮はただの人類。最強種たる神族の加護を得た我々に――――」
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「悪い。お前らの相手を何時までもするほど俺も暇じゃないんだわ。そんな展開、小説なら俺でも読み飛ばすレベルにどうでもいい」
血肉が焦げて蒸発した匂いが充満する中、シヴァは屋敷の扉を開けて中に入る。最初に出てきた天使たちの他にも、援軍とばかりに屋敷から出てきた天使たちも片っ端から焼殺し続け、どうやらもう天使は居ないらしい。感じられる魔力は、地下にある一際強いものだけ。
「この屋敷に居る奴は天使ばかりだった……学術都市に換魂の儀式を使ったのは、間違いなく神族だな」
この屋敷は言わば、神の隠れ家といったところか。エントランスホールに入ったシヴァは、右足を持ち上げ……そのまま1階と地下を遮る床材を踏み抜いた。
凄まじい轟音と共に、瓦礫を飛散させながら砕け散る床。足場を失い自然落下したシヴァが地下に着地すると、目の前には魔力吸収用の魔法陣と、その上に立つ1人の女を見つける。
高圧的な相貌が特徴的な、華美なドレスを着た中年の女。その姿はどこか、かつて戦ったエルザの姿を彷彿とさせる……というよりも、全体的な容姿がよく似ているのだ。エルザが20年ほど歳をとればあのような姿になっても何らおかしくはない。
「貴方は一体誰なの!? ここはどこか知っていては言ってきたのかしら!? ここは学術都市を治めるアブロジウス公爵夫人たる私が所有する別荘よ!? 貴方のような卑しい下々の者が立ち入っていい場所ではないのよ!! この無礼者!! 誰か!! 誰かこの者を捕らえて――――」
「そういう茶番は良いから。とっとと正体を現せよ、神族」
高慢な貴族婦人といった様子で喚きたてていた女が、シヴァの言葉にピタリと静かになると、その全身から壁に罅を入れ、大地を揺るがすほどの強大な魔力を放出し始める。
「……よく分かったわね。何故私が神族だと分かったのか、聞こうかしら」
「魔力の質と量」
簡単かつ明確に答えるシヴァに、女は考え込むような表情を浮かべる。
「…………魔力の質はともかく、量を測る技術は既に………って途絶えたはずなのだけど」
「俺からの質問も答えてもらいたいんだけどさ……アンタ、エルザ・アブロジウスの母親なんじゃないの? さっきアブロジウス家夫人とか言ってたし。……まぁより正確に言えば、エルザの母親を生贄にして人の世で活動できるようになった神族ってところか?」
「本当に驚いたわ。イレギュラーな存在だとは思っていたけれど、人類の前から姿を消して幾千年の時を経た現代に、神族の活動条件を知る者がいるだなんて」
セラの記憶ではここ3ヵ月以内には確かに存命していたはずのエルザの母。
周りの人間の記憶では数年前に確かに亡くなったことになっているエルザの母。
この矛盾を容易に引き起こす事ができる方法があるとするならば、それは自身が望んだ事象を過程を無視して実現する、神族や悪魔特有の魔法である、権能魔法によるものだろう。神族が一言、自分に関する記憶をすり替えろと命じれば、人の記憶は本当に改変されるのだ。
(でもそれだと……)
周囲の記憶を消した理由を簡単に推察するのなら、活動するにあたって公爵夫人という立場が足かせになるようになったからだろう。確証はないが決して無理のない推察だ。
……だが、仮にそうだとしてだ。なぜセラの記憶だけ改変されていないのか……記憶を消すに値しないと判断されたのか、はたまた別の理由か。
「どんな手を使ったのか分からないけれど、私の可愛い天使たちを倒してここまで辿り着いたことを称え、我が神名を教えてあげましょう! 遥か古より最も深く信仰された、世界で最も偉大な――――」
その瞬間、シヴァの拳が女の顔面に突き刺さる。大地を割る一撃は頭蓋骨を陥没させ、剛力の勢いで全身が壁に埋まるほどの勢いで壁に叩きつけられた。
「マジそういうのどうでも良いから。俺からお前に聞くのはただ1つ……換魂の魔法を中断し、二度と誰かに危害を加えないと誓うか、それともこのまま死ぬか。……好きな方を選ばせてやるよ」




