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復活の狼煙

書籍版は今月発売! 詳しくは活動報告をどうぞ!


 セラは思わず固まった。幾万人にも及ぶ学術都市の住民全てを救う微かな希望、その鍵を握るのが魔法を習い始めたばかりの素人である自分であると言われれば、誰でもそうなるだろう。何しろ個人で行うスケールの話ではない。救えない場合の計り知れない責任は全て自分に圧し掛かるのだ。


「俺がお前に魔法を教えた時、攻撃向きの魔法が苦手なセラには手始めに蘇生魔法を教えただろ?」


 セラは頷く。一番初めに教えられるのが蘇生魔法と聞いた時の衝撃は今でも忘れられない。初心者に教える魔法じゃないと感じたし、いきなり現代では再現不可能と呼ばれる高難度魔法の習得など無理だと思っていたが、『魔法陣という回路さえあれば、それに魔力を流せば適性属性次第で正常に発動できる』という魔法の法則もあって、内容の全ては理解しないまでも、セラはシヴァが考案した〝灰属性による蘇生の魔法陣〟の描き方を暗記するに至ったのだ。

 実際に使ったことはないが、作動確認は既に終えている。あとは本番で問題なく使えるか否か……それを試すだけなのだが。


【で、でも……もう街の人たちは蘇生魔法じゃ……】

「そうだ。蘇生魔法に必要な魂が持つ情報の分解が進んでしまった以上、セラに教えた蘇生魔法でも意味はない。……だが、俺は最初に魔法を教える前に言ったこと、覚えてるか?」


 セラは記憶の思い返す。あの時は確か、シヴァが戦った4000年前の基準でも高等術式と呼ばれる魔法陣を教えると、そう言われたのだ。

 それを聞かされていた彼女は、先日に暗記習得した蘇生魔法の魔法陣こそが、シヴァが言うところの高等術式魔法陣だと思っていたのだが、彼の言い回しにそれは勘違いであると気付かされた。

 今でこそ御伽噺(おとぎばなし)の中だけの魔法だと騒がれる蘇生魔法だが、4000年前では頻繁に使われていた魔法だ。確かに簡単な魔法ではないが、この蘇生魔法そのものを高等術式であるとは一言も言われていない。


「俺は教えるつもりでいた高等術式に必要になる蘇生魔法の知識を先に教えただけ。だから詳しい原理は省いてとにかく暗記に集中させたんだ。本当なら次の休みにでもその続きを教えるつもりだったんだけど……それを今習得し、タイムリミットまでに成功させる。それ以外に皆を助ける手段はない。蘇生させる人数が人数だから、その分は俺が魔力を譲渡することでカバーする」


 教えられた蘇生魔法……その更に先に位置する魔法とその術式。それこそがシヴァがセラに伝えようとしたものの正体だった。

 

「……っ」


 セラは思わず後退る。何とか覚えた蘇生魔法の魔法陣だが、その内容はまさに複雑怪奇。無数に見えるルーン文字と紋章の配列を頭に詰め込むだけでも精一杯だったのに、そこから更に困難とされる術式を覚え、それを正常に発動させられるのか。


「怖いか?」

「…………」


 そんな不安を汲み取るかのようなシヴァの声に、セラは頷くことこそしなかったが、制服の胸元を強く握りしめて不安を露にする。

 こんな弱気ではいけないということは、セラ自身もよく理解している。もはや誰にも頼ることは出来ず、自分以外に大勢の人々を救うことはできない。ならばもう弱気にならずにやるしかない……それは分かっているのだが、どうしても震えが止まらないのだ。

 失敗してしまえば、それは学術都市に住まう幾万人の、完全なる死に直結する。与えられた責任の重さに視野が狭まり、思考は滞り、やがては呼吸すらも止まってしまいそうになったその時……パァンッ!! と、都市全体に広がる柏手(かしわで)の音が1度だけ鳴り響いた。

 本気でやれば周囲の者の鼓膜は漏れなく引き裂かれ、軽くやっても遥か遠くまで鮮烈な音を届ける、《滅びの賢者》の柏手である。そんな軽く叩かれた柏手を至近距離で聞いたセラは心臓が飛び出るほどに驚いて、何が起こったのか分からないといった表情でシヴァを見つめ返す。


「……昔、俺も初めて魔法を使う時は手が震えるくらいに緊張してな。その時偶然、皿が割れる音が聞こえてビックリして……気が付いたら緊張がどっかいってたんだよ。どうだ? 緊張もふっ飛んだろ?」


 外的ショックによる緊張の(ほぐ)れ。今でも耳の奥に残る炸裂音は、闇に纏わりつかれたかのように狭まっていた視野と思考を晴らし、バクバクと鳴り続ける心臓は、手の震えを治めていた。


「確かにこれから教える魔法は実例のない机上の空論だ。俺も灰なんて言う専門外の属性の魔法だから確かなことは言えないし、教えるつもりで考えていた魔法陣は実践と失敗を繰り返して完成に持っていこうと想定していたから、その分初回での成功率は低いと思っている。そこは誤魔化しても仕方ない。……けどな、何か勘違いしてるかもしれないけれど、忘れるなよ。皆を蘇らせる魔法を構築し、発動するのはセラだけど、その術式を教えるのは俺なんだ」


 魔法知識の浅い者に頼む以上、術式を立案し、それを伝えた者が一切の責任を負わないなど虫の良い話はない。シヴァの右手に宿る魔力は魔法発動のエネルギーとしてセラに譲渡する、同じ責を負う覚悟そのもの。シヴァもまた、セラと同じものを負ったつもりだ。


「もう俺たちは1人じゃない。たとえ失敗して世界中の奴がセラに文句言ってきても、俺も一緒に皆の墓の前で謝るさ」


 あとはやるか、やらないかだ。そう言って再び魔力が漲る右手を差し出してくるシヴァの顔を見上げて、セラは先ほどとは違う意味で制服の胸元を握る。

 シヴァにだって不安は大いにある。それでも、何もしなければ残されるのは絶望だけであるということは彼は良く知っているのだ。

 そしてシヴァはセラに全てを賭けた。その信頼に応えれないどころか、応えようともしなければ、シヴァの側にいる資格はない。セラは小さく頼りない、白い手でシヴァの大きな手を握り返した。


【……やります……!】


 手を介してシヴァの魔力が全身を巡る。まるで極寒の凍て空の下であたる焚き火のような安心感が、震える手に感覚と力を取り戻した。

 

「上等! どこの誰の仕業か知らないが、こんな舐めた真似しやがった奴の鼻、いっちょ明かしてやろうぜっ!」

【はい……っ! 私も鼻を明かす……です!】


 シヴァも言っていた。もう自分たちは1人じゃない……と。若気の至り、青春の勢いもなんのその。無謀だろうが何だろうが、1人では挫ける不可能にだって飛び込んでいけると、普段後ろ向きなセラも勢いに身と心を任せる。


「推定タイムリミットは午前0時、それまでが勝負だ。今すぐ屋敷に戻って蘇生魔法の上位互換……復活魔法の術式を頭に叩き込んでもらうぞ!」

「…………っ!」


 セラは力強く頷くと、シヴァは彼女の体を片腕で抱き上げ、爆炎を推進力として共に屋敷まで跳んでいく。

 様々な国の、様々な種族の者が集まるこの学術都市。大公グローニア・ドラクルも死亡した今、事を放置すればアムルヘイド自治州は諸国から強い非難を受け、存亡の危機に瀕することだろう。

 そんな亡国の危機にあっても、世界中の誰もがこの事実に気付いていないが、それもまた時間の問題。

 一国の命運と、死した幾万人の魂の行方は、賢者学校史上最悪の問題児と、賢者学校史上1番の元いじめられっ子の手に委ねられた。


   =====


 永い時を過ごしてきた。

 それは人類の黎明期……彼らが獣から二足歩行に進化し、叡智を身につけ、信仰を得たその時から人類の上に君臨しながらも、|人類の下に敷かれ続けた《・・・・・・・・・・・》、超越者としての悠久の時。

 そんな歴史の中、神々が最も人類に近しい存在であった時代に生まれたその者は、他ならぬ神によって生み出された存在であった。

 人類総体の思想や概念が自然界の魔力と混ざり、凝り、実体化し、受肉した存在が神族の正体。肉体がある以上、神族は同族や成り立ちが非常に似た敵対種である悪魔との間には出来ないが、他種族との間なら子を為すことができる。実際に当時は多くの娘たちが神に捧げられ、人類の基本スペックを大幅に上回る半神半人を生み出してきた。

 そんな古の出来事からか、いつの間にか、〝神の子〟という一種の信仰対象が世界各地で生まれ、人類が発する〝神の子に奇跡に縋る〟という概念は肉体を得るようになり、母胎から生まれることなく、神の子という新たな神族が発生するようになった。

 

『産んだ記憶もなければ産ませた記憶もないな』


 だが、考えてもみてほしい。例えば幅広い信仰を集める海の神が居たとしよう。得た信仰の果てに信者たちが想像の中にだけ存在していた海神の子供が、何時しか信仰の対象となり、肉の体を得るようになるのだ。海神自身が産ませた覚えもなければ、産んだ覚えもないというのに。

 当然、神に子を持ったという自覚はない。関心が無ければまだ良い方……中には、元となった神よりも強い力を秘めた存在という逸話と概念を持って生まれたがゆえに、嫉妬した親神(おやがみ)に消滅させられてしまう神の子も少なくはなかったのだ。

 

『お前がどうしようが勝手にすればいい。だが、我が神威を曇らせることはしてくれるな』

 

 太陽神ラーファルコは、信者たちの勝手な想像を元に生まれた子に無感情な瞳でそう告げた。

 太陽信仰は大地信仰と並ぶほどの強大な信仰を古から現代に至るまで集めており、その力は神々の中でも折り紙付き。土着信仰から生まれた太陽神ですらも、並みの神族では太刀打ちできない程だが、そんな太陽神群の中でも史上最も強大な力を得たのがラーファルコである。

 遥か彼方の(そら)に浮かび、遍く恵みの光を地上に齎す至高の存在である太陽。その太陽そのものであると、当時の最大宗教の力によって全人類の過半数に認められて生れたラーファルコの力は、数多くの神族が存在していた古代においても3本の指に入るほどだった。

 そんなラーファルコも、産ませた覚えのない子供には無関心。だが子の方はそうではなかったのだ。

 確かに自分は、偉大なるラーファルコが娶った女に産ませた子ではない。しかしその身は〝ラーファルコの力を正当に受け継ぐ者〟という概念によって生まれた神族。いずれ偉大な父すら超え、至高の太陽神としての座を奪って見せると野心に燃えていた。

 神族や悪魔の初期能力は誕生を促した信仰や概念によって違うが、一度誕生してしまえば、後は人間のように鍛え方次第で弱くも強くもなれる。修練と戦いの果てに、いずれは父の力を奪ってやろう……そうすればあの不遜な父神(ふしん)も自分の力を認めざるを得ない。


『バカな……! 父が……偉大なる太陽神、ラーファルコが倒されるなど……!』


 だがある日突然、ラーファルコを超えるだけの力を手にするより前に、誰にも倒せないと思っていた父が殺されてしまったのだ。

 信じられない……そんな感情が胸中を占める。最強の太陽神、ひいては世界最強の存在であり、越えることを目標としていた父が滅ぼされたのだから、受けた衝撃は計り知れない。   

『許さない……決して、許しはしない……!』


 目標の喪失によるものなのか、はたまた愛されなくとも母娘の情によるものなのか、それは当の本人にも分らなかったが、太陽神の子は確かに復讐を誓い、ラーファルコを滅ぼした存在をこの手で討ち取り、父を超えたという証しを立てようとした。

 だが結局その願いは叶うことは今日までなかった。仇の相手には幾度となく挑みはしたが、結局一矢報いることすらも出来ないどころか、自分と同様に挑んだ神々ごと塵芥のように吹き飛ばされるだけで終わってしまった。

 

『こんな……神の力すらも及ばない……絶対的な力が……』


 太陽神の子は、その心を折られてしまったのだ。越えると目標にしていた父の力すらも及ばない、圧倒的な格の違いに向上心と野心は纏めて挫け、無気力なまま無為に時を過ごし……何時間にか人類を戦火に包んだ大戦すら終わって幾星霜の時が流れた。

 その間に、色々と(・・・)あった。

 結果的に再び立ち上がった神の子は、目的の成就の為に活動をしていく内に、神族が住む世界である天界だけでなく、人の世にも活動範囲を広げなくてはならなくなったのだが、ここで問題が1つ発生する。

 神族や悪魔が人の世でまともに活動するには、高魔力を保持する人類が神族に肉体を差し出す……ありていに言えば、生贄にしなければならないのだが、基準を満たすほどの高魔力保持者は中々居ないし、生贄にするにしても生贄本人に同意させなければならない。

 それこそ、暗示の魔法や幼い頃から反抗心を圧し折らせるような教育を施さない限り、生贄など用意できないだろう。どうしたものかと悩んでいたその時、身分違いの恋と嫉妬に苦しむ1人の女を見つけた。


『私の方が先に彼を愛していたのに……! どうして平民だからといって彼と結ばれてはならないの!? どうして彼を他国の女にくれてやらなければならないの!?』


 どこにでもいるような普通の女。愛と嫉妬に苦しむ、人間らしい醜さを発露した、偶然にも高い魔力を持って生まれた女。神の子は内心で狂喜乱舞し、神託と銘を打って女の思考を誘導、納得のいく願いを叶えつつ自らの生贄になるように仕向けた。


『……あの女よりも先に、彼の子を産ませて。そしていつか彼の妻の座に収まり、憎いあの女の子供を、彼と私、娘とで永遠の苦しみを与えてやるのよ……!』


 その為なら、体も魂もくれてやっても構わない。血の涙を流しながら吠える女の願いを叶える……そんな契約を立てて、太陽神の子は誰の目に留まることなく、人の世に降臨した。


   


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