滅びの賢者と恐れられても出来ないことがありますが
書籍の新情報を活動報告にアップしました。カバーイラストも張ってあるので、ぜひご覧ください。
学術都市で異変が発生した直後、巨大な魔法陣が描かれた某所では二人の男女が居あわせていた。
「順調か?」
「当然。シルヴァーズの悪魔やマーリスたちが失敗したせいでとんだ手間を掛けさせられたけど、魔法陣の調整にも成功していたし……ただ、あまり現実になってほしくなかった想定が実現したようね」
「シヴァ・ブラフマンか」
「えぇ。一体どんな魔法を使ったのか分からないけれど、弾かれてしまったわ。単なる炎属性でどうにかできる類の魔法ではないのだけれど……やはり彼は」
「……いずれにせよ、やることは変わらない。もしも奴がここにやってくるようなことがあれば……分かっているな」
「勿論。簡単に見つかるとは思えない上に保険はあるし……たとえそれが無くても負ける気がしないわ」
魔法行使の光を放つ陣の上に立つ女は、ぞっとするほどに怪しい笑みを湛える。
「義理として、仇討ちくらいはしてあげないとね」
「……心にもないことを」
「心外ね。そんなことは無いわよ」
「これでも私、一応は人類の善性から生まれた存在だもの」
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「《灯台目》」
1つ1つが発動者と視覚情報を共用する炎の眼球を無数に生み出しながら、地面に手のひらを当て、更に地中深くに魔力探知の範囲を広げていくシヴァの傍らで、セラは辺りを見渡す。
一体何が起こっているのか、セラにはまるで理解が出来なかった。先ほどまで元気に歩いていた人々のみならず、犬猫の1匹に至るまでもが突然意識を失ったかのように倒れたのだ。何か尋常ではないことが起こったとしか分からない。
「…………っ」
セラは恐る恐る、道端に倒れる、5歳ほどの少女の脇に両膝を付き、揺すり起こせないのではないかと手を伸ばす。しかしその指先が体に触れる直前に気付いた。
(息を……していない……!?)
眠っているのではない。倒れた生物は皆、睡眠時でも続けているはずの生態活動……呼吸をしていないのだ。胸に手を当ててみれば疑念は確信に変わる。少女の心臓は、紛れもなく鼓動を止めていた。十中八九、他に倒れている者たちも同じ状態だろう。
【あの……シヴァさんっ。これって……!?】
「……やられたな」
死体に溢れる死の都。そう形容するに相応しいありさまとなった学術都市で、唯一状況を理解しているらしいシヴァは、片手に不死鳥を象る炎……蘇生魔法《生炎蘇鳥》を灯しながら、都市中に散開した炎の眼球を消し、苦渋の表情と共に立ち上がる。
「どこの誰の仕業かまでは分からないけど……どうやら地中奥深くに学術都市をすっぽり収めるほど広大な魔法陣が掘られているみたいだ」
モグラみたいな奴だ……そう吐き捨てるシヴァ。魔法陣に流れる魔力の動きでどのような術式で、どのような結果をもたらす魔法が発動されたのかを理解したのだ。
これほど大掛かりな魔法陣を地中に用意するにはそれなりの日数と、魔法陣を描いた者の魔術師としての力量が必要になる。それをシヴァに一切気付かれることなく用意したということは、シヴァが学術都市に来る前には既に存在していたのか……はたまた、シヴァの眼を掻い潜って用意したのか……いずれにせよ、只者ではない。
「名前までは知らないけど、この魔法の正体は分かっている。ていうか、子供の頃に見たことがある」
これは魔法陣の上に立つ全ての生物の霊魂を魔力に変換……すなわち、生贄にして魔法を発動した者の魔力に変換する、4000年前でも禁術と呼ばれる類の魔法。そして――――
「一度話したことがあるだろ。俺に呪いをかけた魔術師が、俺の生まれ故郷の村に使おうとしていた換魂魔法だ」
もちろん、範囲が範囲だけにそっくりそのままという訳ではないが、件の魔法陣が大本になっているのは間違いないだろう。使われている術式やルーン文字も現代では殆ど残っていないと言われる、4000年前のものばかり。今の世に出れば完全に古代魔法だの失われた魔法だの騒がれる代物だ。
《滅びの賢者》と世界中から敵視され、恐れられた存在を生み出した全ての始まり。その魔術師が作り出したという魔法。あまりにも懐かしく、忌々しい過去の産物だ。シヴァの内心が業火のように荒れ狂いそうになるのも無理はない。
【あの……それって、例の魔術師が実は生きていて……シヴァさんみたいにこの時代にきた……とか……?】
自分で考えておきながら突拍子もないことであるという自覚はある。しかし4000年前の基準が現代の基準と大きくかけ離れていることを知っているセラは、あまりにも強大な魔術師が敵として現れたのではないか……そんな不安がどうしても拭えなかった。
「……そこまでは分からない。ただ確かなのは、この学術都市の生き残りは俺とセラの二人だけ。あとは皆死んでいる。……そして」
これまであらゆる死者を蘇生させてきた炎の鳥が……その力を振るうことなく消える。
「俺の力じゃ、誰1人として蘇生できないってことだ」
「…………っ?」
言っている意味が分からなかった。シヴァはこれまで、全身が欠片も残さず焼失した相手だろうと問題なく蘇生させてきたというのに、外傷の1つもなく倒れる死者たちはどうして救えないのか、セラは困惑の視線で訴えかける。
【……どうして……ですか……?】
「……実際に見てもらった方が早いな」
そういうとシヴァはセラの右目の前に小さな魔法陣を描き、魔力を流す。
「《霊視眼》」
その瞬間、セラの視界は一変した。倒れる死者たちの真上に、同じような体勢で浮かぶ白い影のようなものが見えるようになったのだ。その白い影は光の粒子となって徐々に削られながら、地面に吸い込まれていく。
「霊視の魔法……つまり、生物の魂を見る魔法だ。今死体の上に浮かんでいるのは、肉体から引き剥がされた死人の魂そのものなんだよ。つまり幽体離脱が皆の死因だ」
魔術師の観点から唱えれば、魂とは肉体と重なるように存在する、肉体を動かすためもの。脳や自律神経といった、生態活動を行うための大前提を動かす霊的エネルギーだ。その魂が肉体から離れれば、それは当然死を意味する。
「そして見ろよ。魂ってのは肉体から離れれば日数をかけて分解されていき、天に昇っていくんだが……この魔術で引き剥がされた魂は、急速に分解されて地中に吸い込まれている。……それは蘇生魔法に絶対必要な、魂が持つ肉体情報も削られてしまっているってことだ」
魔術師個々人の適正属性によって術式は異なるが、蘇生魔法には大抵、魂が持つ肉体情報が必要不可欠となる。
この肉体情報というのは、受胎から出産、加齢によって常に更新されていく、魂に刻まれた肉体の設計図であり、蘇生魔法というのはその設計図を基に肉体を再構築するという原理だ。
だからシヴァも蘇生は極力後回しにすることなくその場で行っている。蘇生魔法は時間との闘い……肉体を失った魂が時間経過によって分解される前に蘇生を行わなければ、蘇生が出来なくなってしまうから。
「そして……炎という魔術属性では、何をどう足掻いても魂に直接関与する方法は、焼失させる以外存在しない。削られた魂を元に戻し、蘇生魔法を成功させることはできないってことだ」
シヴァが明確な敵対者以外に魔導書、《火焔式・源理滅却》を使わないのはこれが最大の理由だ。この世全ての根源を焼失させる蒼い閃熱は、本来非物質である魂すらも例外なく焼き尽くし、無に帰す。
人類の力では倒せないという一種の不死性を持つ神族や悪魔を殺すためだけではなく、蘇生魔法が当然のように酷使されていた4000年前において、生かしておいては厄介極まりない敵に止めを刺す手段でもあったのだ。
空間魔法使いのリリアーナに決して使おうとしなかったのも道理だろう。これまでは自分の不始末を解決するための蘇生魔法も意味をなさないのだから。
結論、魂が削られてしまった死者を救うことは出来ない。それがシヴァの……炎属性という魔法の限界だ。
「蘇生防止の為に肉体から分離させた魂の分解速度を速める術式……嫌らしい手口を使ってきやがる。破壊ばかりを突き詰めてきたツケがこんなところにまで及ぶとはな」
【そんな……】
苦渋に満ちながらも何とか絶望しまいと、苦い笑みを無理矢理浮かべるシヴァを見て、セラも目の前が真っ暗になりそうになる。
かつてシヴァは言っていた。自分は何でもできる魔術師どころか、むしろ出来ないことの方が多い魔術師であると。言われた時はいまいち理解できなかったが、彼やエリカから短い期間ながらも魔術について教えられた今なら分かる。
自らが生き残るために、敵を破壊することと自らの保身を主眼に置いて磨かれてきたシヴァの魔法は、他者を救うことは不向きなのだ。
適正属性以外の魔法の調整も。手加減が出来ない魔力放出も。本当に何でもできる魔術師ならば、そんなことで苦労したりもしないだろう。
これまでセラは様々な恩恵をシヴァの魔法によって与えられてきたが、それは彼に出来る範囲内で行われるものに過ぎなかった。シヴァは最強の魔術師であっても、万能の魔術師ではないのだ。
(エリカ先生……リリアーナさんに、グラントさん……)
セラはシヴァ以外に初めて出来た、自分と普通に接してくれる5組の面々の顔を思い浮かべる。学術都市の住民が全員死んだということは、彼女たちも間違いなくその中に入っているのだろう。
出会いは未だ浅く、かかわりも学校以外にない3人だが、これからだったのだ。これからシヴァが求め続けて出だしで失敗し、クラスの再編を経てようやく見つけた、シヴァを恐れずに近付いてくる彼女たちとの学校生活は。
苦渋が混じった、シヴァの歪な笑みは見てるだけで痛々しい。世界を滅ぼす力はあっても、たった1つの都市を……そこに住まうクラスメイトたちを救う力はなかった。慙愧の念に堪えないとはこのことだろう。そして悔しくて、悲しいのはセラも同じ。
(こんな事って……!)
これまでセラにとって、シヴァ以外の学校関係者というのは自分に害をなす存在だった。侮蔑の視線を向けながらストレス解消の暴言を吐き散らす教員に、暴力と嫌がらせの矛先を当然の権利とばかりに向けてくるクラスメイト。
そんな学校という閉鎖社会の縮図が生んだ生き地獄にいたセラにとって、シヴァを始めとする5組はかつて夢見た〝普通〟のクラスなのだ。
魔法の事が覚束ないセラに、初めて親身になりながら優しく教えてくれたエリカ。慣れない人物が怖くて思わずシヴァの背中に隠れてしまった自分に態度に気にした様子もなく、手を握ってくれたリリアーナ。文句を言いながらも一緒に煤だらけの薬学実験室を掃除してくれたグラント。
何の確執もない彼女たちと過ごし、これから皆の事を知っていけると思ったばかりだったのに……もしかしたら、仲良くなれるのではないかと考えていたのに、どこの誰かも分からない魔術師に、そんな未来を理不尽に奪われた。
「……それでも、何とかできる可能性はある」
自分の無力さに悲観しそうになったセラは、突然呟かれたシヴァの言葉に顔を上げる。そこには変わらず難しい顔をしながらも、決意を固めたシヴァがセラの目を真っすぐ見据えていた。
「確かにこの状況は俺にはどうにもできない。でも、そんなにすぐ魂が完全分解される訳じゃない。恐らく、0時頃までかかるだろう。時間との勝負になるし、成功確率は正直に言って低いと思う」
シヴァが握手を求めるようにセラに差し出した右腕に、視認できるほどの膨大な魔力が宿る。
「蘇生魔法を使っても覆せないこの状況をひっくり返せる微かな望み。鍵を握るのはセラ、お前の灰魔法だけだ」




