学術都市住民、ほぼ全滅
主婦と生活社様より書籍化します。詳しくは活動報告をどうぞ。
「何これ? これが教室? あり得ないんだけど」
翌日。シヴァとセラが5組の教室に登校すると、風通しが良好過ぎる教室に立つリリアーナが信じられないと言わんばかりに立ち尽くしていた。
「教室が校舎外にあることもそうだけれど、まさか教室そのものが黒板以外無くなってる状態なんて思いもしなかったわ。大方、シヴァ君の仕業じゃないの?」
「…………」
【えっと……あの……】
ジトリと睨むリリアーナから全力で顔を背け、セラは両者の間に立って庇おうとしたのはいいが、言葉が出ずにアタフタしている。戸惑いの言葉が浮かんでは消えるホワイトボードを見る限り、どうフォローするべきか悩んでいるようだ。
実力主義を謳う賢者学校では、最も優遇される1組とは対極に位置する5組は、様々な不自由が課せられる。仮教室すら与えられないのもその一環だ。5組がこの教室をどうにかしたければ、それこそ魔法でも何でも使って自分たちが自力でどうにかしろという事である。
これは単なる意地悪ではなく、生徒をあえて逆境に置き去りにすることで、魔法を始めとした生徒の能力を伸ばすという方針らしい。
「はぁ……まぁ、良いわ。済んだことを何時までも問い詰める趣味はないし、前向きにいきましょう。……では改めて、今日から貴方たちのクラスメイトになる、リリアーナ・ドラクルよ。これからよろしくね」
「お、おう。よろしく」
当然のような流れで差し出される握手を求める手に戸惑いながら、シヴァはそっとその手を握り返す。
「そちらの子もよろしく。えっと……名前は確か」
【……セラ・アブロジウス……です】
「そう……貴女が例の。セラさんと、呼んでも良いかしら?」
小さく頷くセラに先ほどと同じように手を差しだすリリアーナ。人見知りのセラは戸惑った反応を見せたが、躊躇いがちながらも、袖口から覗く小さな指でリリアーナの指を掴んだ。
「…………」
【……あ、あの……?】
「ちょっとちょっと。何やってるの?」
身長的に、大抵の相手には上目遣いになるセラの顔をジッと見た後、真顔のままセラの指と自らの指を絡め始めたリリアーナ。その時点で何か不穏な気配がしたのでシヴァが止めに入ると、ようやくセラの手を離したリリアーナがシヴァの肩を叩き、教室の端へと誘導した。
「ちょっとあの子、本当に同年代? 握手して上目遣いで見られただけで、かつて両親を引くほど困らせた妹が欲しい願望が再燃しかけたわ」
「何言ってんのお前?」
「いや、私も容姿を称賛されることは頻繁にあるけど、あの子の容姿や仕草は色んな意味で反則でしょ? 女の私から見ても自然と可愛いと思えるし、まさか最初の挨拶の段階でこの私がここまで萌えるだなんて」
「気持ちは死ぬほど理解できるけども」
リリアーナも負けず劣らず優れた美貌を持つが、セラの外見はそれだけではなく、庇護欲や母性本能といった感情を刺激するものがあるのはシヴァが誰よりも知っている。それでいてセラ本人は献身的で包容力のある性格をしているというギャップ付きだと知ったらどうなってしまうのか……その結果はシヴァが常日頃体現していた。
「まぁ、ほぼ初対面の相手に弾けた反応をするのはここまでにして……そこの貴女」
【……グラントさん? 何時からそこに……?】
いつの間にか……というか、最初からいたグラントは天井部分を支える石柱の影からリリアーナの様子を窺っている。そんな警戒心丸出しのグラントに臆することなくリリアーナが近づくと、グラントは威嚇するような唸り声をあげた。
「な、何だよ……わ、私がいるのに、も、文句でもあるのか? こ、こんな変な眼で角まで生えた――――」
「初めましてね、グラント博士。貴女と、貴女が生み出した数々の魔道具にはアムルヘイド自治州の皆が助かっているわ。自治州を統括する大公家の者として、貴女のような天才と同じ教室で研鑽を詰めることを光栄に思うわ」
「え……あ……うぅ……えぅ……」
「おお、グラントが何も言えずに黙り込んだぞ。結構ズバズバ物を言うタイプだと思ってたけど、褒められるのには弱いのか?」
「う、うるさい! べ、別に褒められたって何とも思わない!」
「シヴァ君、茶化さない。何はともあれ、これからはクラスメイトとしてよろしくね」
「…………よ、よろしく」
あの人嫌いの気があるグラントにすら握手に応じさせる、滲み出る人望。特異な容貌も気にしない爽やかさ。それでいて人の心の内側に入っていくのが妙に上手いと、まさにシヴァが理想としたリア充像に限りなく近い存在だ。
大公令嬢という、人の上に立つ家に生まれ育った賜物か。思い返せば、元のクラスメイト達からも妙に慕われていた。これが本物のリア充かと、シヴァはあっという間にクラスに溶け込んだリリアーナに、羨望混じりの対抗意識に燃える目を向ける。
「……どうやらお前は、俺の(リア充的な意味で)ライバルとなる宿命にあるようだな」
「あら、嬉しい事を言ってくれるわね。私も(魔術師としての)貴方のライバルになるつもりでこのクラスに飛び込んだのだから」
不敵に笑い合う二人だが、両者の間には決定的な認識の違いがあることに気付いていない。
「あの……ところでさ。魔導学徒祭典で優勝すれば、汚名返上できるとか言ってたけど……アレって本当?」
「そうよ。祭りとは言うけれど、あれは国が誇る次世代の軍事力を見せることで、将来的な国家間のパワーバランスと利権にまで影響を与える、いわば代理戦争だもの。アムルヘイド自治州からも賢者学校だけじゃなく、多くの魔法学院が出場するし、他の国も同じようなものよ」
それぞれの国が魔法を学ぶ学校を幾つも建てているのもその影響だ。数撃てば当たる戦法……自国の学校が1つでも優勝を飾れば、それだけで国益となる。
「破壊力だけ見れば恐ろしいだけの兵器も、国防という大義名分があれば頼もしく感じるでしょう? 過ぎた力は名誉や名分があって初めて大衆から認められるものなの。祭典の優勝……それも優勝に導いた立役者ともなれば国中から英雄視されるわ。今は生徒や教師たちから恐れられている貴方も、名誉を得ることが出来れば認められる可能性は十分にあるけど……やる気は出てきたかしら?」
「俺、祭典で優勝する! 他の学校の連中、皆殺しにしてやる!」
「苛烈なのはどうかと思うけどその意気よ! 一緒に頑張りましょう!」
光が灯っていない盲目的な瞳であっさりとリリアーナ側に堕ちたシヴァ。
「で、でもそれって私も出なきゃなのか……? あ、あんな見世物に出るなんて嫌なんだが……」
【あの……それに出場には最低でも5人必要、ですよね? 私たち、4人しかいません】
「あぁ、その点は大丈夫。このクラスにはもう1人、全然学校に来ていないサボり魔が居るでしょう?」
シヴァたちは頷く。エリカが毎日捜しているが、何時も朝から晩まで遊び歩いているらしく、摑まらないらしい。
「実は彼、幼い頃から家同士の付き合いがある幼馴染なんだけど、彼が頻繁に出入りしている場所は目星がついているの。だから私が耳引っ張ってでも連れてくるわ。小父様にも矯正としてくれと頼まれていることだし、いい加減サボり癖は正さないと。空間魔法や大公家の情報網を使ってでもね」
「つまり、これでもう5人揃ったも同然……!」
閉ざされたリア充への道筋から、光明が見えた。これで5組と共に魔導学徒祭典で優勝を飾れば、夢に思い描いた友達沢山のリア充になれる。その上でセラと恋人関係になることが出来れば完璧だ。
そんな未来を妄想していると、エリカがリリアーナの分の椅子と画板を持って教室に入ってきた。
「はーい、リリアーナさんも来てるみたいだし、早速朝の号令から――――」
「エリカ先生! 俺たち魔導学徒祭典に出場することが決まりました!」
「始めえぇえええええええええええ!? ちょ、突然詰め寄ってこないで!?」
「お、おい! わ、私はまだ出るとは言ってない!」
=====
そして夕方。下校時間が過ぎ、黄昏が学術都市を照らし始めた頃、学校帰りに商店街で買い物を済ませたシヴァとセラは並んで帰路についていた。
「グラントの説得に時間が掛かったな」
【……凄く嫌がってましたけど、最後は納得してくれたみたいです】
大勢の前に出たくないと嫌がるグラントを、シヴァが全力で駄々を捏ねながら「髪でも血でも筋肉でも内臓でも骨でもサンプルにくれてやるし、何なら秘伝魔法の術式も見せるから協力して」と説得に試みたところ、彼女は渋々ながらも了承したのだ。
元々、奇異の目で見られることを除けば、グラントにとって魔導学徒祭典に出場するメリットもデメリットもない。そこで打倒シヴァに燃えるグラントが欲しがりそうな物を祭典出場を条件に提供することを持ち掛ければ……あとは言わなくとも分かるというものだろう。
「でも今更ながら、セラは出場でもよかったのか?」
セラはコクリと頷くが、本音を言えば少し……いや、かなり怖い。交流試合と言えども、学校や国の威信も賭けた〝戦い〟だ。シヴァに幾つかの魔法を教えてもらい、エリカからも精霊としてのの力の使い方を教えてもらったが、自分よりも優れた魔術師など幾らでも居る。人数の関係で出場することになっても、こんな自分が役に立てるのか、その自信がない。
(……それでも、少しでも貴方に近づいて、同じものが見たい。同じものを見て。貴方の事をもっと知りたい)
シヴァの事をもっと知りたい。普段の生活の様子だけでなく、過去の事や未来の展望。そして絶大な力、それを手にするに至った経緯まで。何時から欲に駆られるようになったのか、最近のセラはシヴァの事に関しては知りたがりだ。
そしてそれは、シヴァのの本領である戦い、その土俵に自らも上がることで、見つけられるのではないのか……そう思っていると、シヴァが突然地面に片膝をつき、手のひらを地面に当て始めた。
【シヴァさん? どうかしましたか?】
「いや……地面の奥深くから魔力がせり上がってきてると思って……」
それも膨大かつ、広範囲に及んでだ。シヴァの魔力探知は集中していない状態……無意識化における平常時で半径約100メートル。魔法による攻撃ならどのような不意打ちを受けても対応できる範囲だ。
その状態だけでは地面からせり上がってくる魔力がどれほどの範囲に及んでいるのか、全貌を掴めない。嫌な予感がしたシヴァは、探知範囲を大陸全土すらも覆いつくす最大限まで広げてみると――――
「学術都市の2~300メートル地中に、学術都市を収めるほど広い魔法陣?」
只人の手が届かない遥か地下。強固な地層にトンネルを掘ることで描かれた超巨大な魔法陣。それに魔力が流されている。つまり地面の奥からせり上がってくる魔力の正体は、学術都市全体に影響を及ぼす何らかの魔法であるということ。その効果が地上で発揮される直前、その事に気が付いたシヴァは、悪魔の権能魔法すらも阻む炎の衣をセラに纏わせた。
「ぐっ!?」
その瞬間、シヴァたちの隣を横切った通行人が、短い呻き声と共に倒れた。それだけではなく、遊び疲れて帰路につく子供たちも、建物の中で仕事をしていた事務員も、賢者学校に
所属する賢者たちも、1年5組の担任教師やクラスメイト、果てには路地裏の野良猫や虫1匹に至るまで。
シヴァとセラを除く、学術都市に存在する全ての生物たちが、外傷も無く一瞬の内に絶命した。




