手加減練習も破壊的だった……が
翌日。以前グラントのゴーレムが融解炎上した学園で一番端にある魔法演習所に集まった5組一同は、エリカが小さな両腕一杯に抱えてきた多くの資料を見ながら首を傾げる。
「今日は何するんですか? 外に出たってことは魔法の実習?」
「うん、そうなんだけど……その前に軽く説明しておくことがあってねっと」
よいしょと言いながら山積みの資料を置いてエリカはシヴァたちに向き合う。
「えぇっと、グラントさんは知らなかったかもだけど、今年の1年5組はその……色々事情があって、生徒数が凄く少ないの。登校してるのはここに居る3人だけで」
「……そ、そう言えば、あまり興味もなかったけど……ふ、普通のクラスってもっと人が居るような気がする。な、何でこんなに少ないんだ……?」
「うん、その……事情があって」
「「…………」」
まさかその原因がクラスメイトの1人にあるとは言えず、各々無言と諸事情で誤魔化そうとする。無理矢理話題を軌道修正したエリカは必死に取り繕うような笑顔で続けた。
「でね、本当なら魔法の実習はどのクラスもある程度は一律して同じように教えるようにするんだけど、今回は人数が極端に少ないなら、それぞれの生徒に合った魔法を教えるように学長先生から通達があったの」
大人数を個別で教えるのは極めて難しい。熟練の講師でも不可能だろう。しかし、5組のような極端に生徒数が少なければそれも可能という訳らしい。
「でもそんな特別扱いみたいなの、よく向こうから言い出しましたね。学校の体裁みたいなのもあるんじゃないんですか?」
「私も最初はそう思ったんだけど……皆、魔法使うのに色々と問題があるよね? 先生、皆のこれまでのデータを見て分かったの」
一体何のことだろうと互いに顔を見合わせるシヴァたちに、エリカは心を鬼にして告げる。
「セラさんはまず、これまで取得するはずだった魔法実習の単位が全然取れてない。本当なら、高等部に上がれず中等部で辞めさせられるくらいの成績で……正直、先生も何があったのか、すっごく混乱してる。だから単位を取り直すようにって」
「……っ」
セラは元々、学生たちの鬱憤晴らしの為だけに父親であるマーリスに強制入学させられた身だ。進級できたのは恐らく、溺愛していたエルザが比較的簡単にセラをサンドバックのように扱えるようにするためだろう。
同学年の方が目に付くところに居やすい……思い返してみれば、実に悪質な扱いだ。
「グラントさんは授業免除されてたから今までの不登校期間の単位は問題ないのだけど……登校するようになった以上、これからは単位を取らないと駄目だって。単位落としたら研究塔も取り上げるって、学長先生が」
「そ、それは困る! うぅ……け、軽率だった。じゅ、授業に出ずにコイツのところにデータを採りに行くだけにしておけば……」
余談だが、賢者学校の敷地内には、講師や卒業生用の研究棟が幾つもある。元々《破壊神》シルヴァーズを倒すための下地を作るために建てられたのが五大学校なわけだが、時が進むにつれて魔法の研究をする為の場所という側面を見せるようにもなった。
グラントの研究塔もその内の1つである。彼女のように在学生の内から棟を与えられるのは非常に稀らしいが、その分グラントにとっても研究場所を無くすのは痛手なのだろう。
(でも……そこまで本気で魔法を極めようとしている連中が大勢いるのに、4000年前と比べて戦うための魔法に関しては弱体化してるんだよなぁ。終戦から学校が経つまでの間の2000年で、どれだけの魔法技術が失伝したんだか)
「それで最後にシヴァ君なんだけど……」
え? 俺も? と、シヴァは自分で自分を指さす。クラスの再振り分け以前の実習ではそこまで悪い結果を出したつもりはないし、授業態度だって真面目であったという自負があったのになぜ……と、思っていると、納得の一言が告げられる。
「魔法を使う時、手加減できなくて校舎や備品を沢山壊してるよね? その事も今更ながら問題視されてるから」
「そ、そういえば……ここ1ヵ月くらいの間、色んな所から凄い音が聞こえてたな……わ、私の研究塔にまで響いてた」
こればっかりは何も言い返せないと、顔を両手で覆ってさめざめと泣くシヴァ。そんな色々と駄目な同居人を見かねたのか、セラはシヴァとエリカたちの間に庇うように立った。
【あ、あの……シヴァさんは一生懸命頑張って手加減してるんです……! 毎日毎日遅くまで練習もしてて……! い、今はまだ上手くいってないですけど……その……】
「あぁ、ごめんね? 責めてるわけじゃないんだよ?」
「……い、いや、責めても良いような気が……」
普通に考えれば罵倒の嵐からの厳重な処分が下るところだ。様々な思惑があってそうなっていないだけで、シヴァはかなり運が良い方だろう。
「と、とにかく! 皆の魔法技術には色んな事情や問題があるし、生徒が少ないならむしろ好都合ってことで、個別で教える内容を変えるようにって学長先生から通達があったから、今から皆にはそれぞれの実習内容が記された用紙を配るね」
そう言うと、エリカは三人にそれぞれ記された内容が違う用紙を配る。綺麗で読みやすい文章で綴られた実習内容は、用紙の裏面にまで続いていた。
「とりあえずグラントさんは魔法技術に関しては問題が無いから、他のクラスと同様に取得単位に必要な内容になってて、シヴァ君はとにかく威力の調整。それさえ出来れば問題ないから。最後にセラさんなんだけど、まずは精霊化の練習から始めようか」
「精霊化?」
聞き覚えのない単語に首を傾げるシヴァ。
「セラさんは人間と精霊のハーフでしょ? そんな感じで精霊の血が混じっている人は、普通の状態で魔法を使ったらどうしてもコントロールがブレるの。人と精霊とじゃ魔力を操る方法が生物学的に異なることが原因なんだけど……」
エリカ曰く、人間や魔族、獣人に亜人といった生物は体内で魔力を生成するのに対し、精霊は自然界から魔力を吸収する存在だ。集めた魔力の質が違えば、それを操る方法も異なってくる……人と精霊の間に生まれた子供は、体内でも魔力を生成し、体外からも魔力を供給するので、質の違う二種類の魔力を体に宿し、それらが反発しあい、個人差はあるものの魔力の運用を不安定なものにするらしい。
これはシヴァも知らなかったことだ。4000年前までは混血自体極めてまれな存在で、特に精霊が人類種と子を為すこと自体聞いたことが無かったので見聞きしたことのない問題だが、この平和な時代、様々な種族が交じり合って発覚した問題も多いのだろう。
「そんなハーフの子が問題なく魔力を運用するための方法が精霊化。今の人としての姿じゃない、精霊としてのもう一つの姿がセラさんたちにはあって、その姿を一時的に解放し、身の内の魔力を自然界由来の魔力に変換するための技術や魔法陣が開発されたの」
【今の姿じゃない、精霊としての姿……?】
「事前のデータだけ見た限り、セラさんは言うほど不安定でもないんだけど、何時暴発するかは分からないしね。まずは精霊化を覚えれば、より安定して魔法を使えるようになるはずだよ。やり方に関する資料も取り揃えてきたし、先生と一緒に頑張ろうねっ!」
ドスンと、三回音を立ててセラたちの前に大量の資料を置くエリカ。それを見たシヴァは、何となくだがエリカは本当に熱心な教師であるということが分かった。人が違えばどうしようもない悩みや問題も異なる。それを理解することを放棄するような楽な道を選ばず、真摯に生徒と向き合っているのだと。
(この先生が担任なら、俺たちの学校生活もより良くなりそうだ)
そう確信し、シヴァたちの授業は始まる。グラントは課題通りの魔法を片手間で適当かつ着実にこなしつつゴーレムの設計図を走り書きするという、真面目なのか不真面目なのか分からない態度で。
最も魔法技術が遅れているセラはエリカ主導の下、精霊化に至る為の方法を資料に沿って試している。今やっているのは魔法陣を描くやり方……すなわち、専用の魔法によって精霊化する方法を試しているらしい。
「ぬ……くっ……あ、あれ?」
そしてシヴァはというと、エリカに渡された資料とアドバイスを元に手加減の練習に勤しんでいた。その手のひらの上には、小さな魔法陣が浮かんでいる。
《発炎》という、酸素や塵といった可燃物を燃やして小さな炎を発生させるだけの魔法だ。魔法陣の構造上火力には上限があり、比較的被害も少ないので練習用としてエリカがシヴァ用に考えたオリジナルの術式が組み込まれている。
魔法の威力は魔法陣に注いだ魔力の量によって左右される。シヴァが手加減できないのは、魔法陣に注ぐ魔力量の調整が苦手だからだと推測したエリカは、どれだけ魔力を注いでも一定以上の炎が発生しない魔法陣を設計し、その魔法陣を使って瑞々しい葉っぱを1枚に穴を開けるのが課題だと言った。
水分を含んだ葉っぱは火花程度では焦げ目も付かない。この魔法陣だと、最上限の炎が発生する半分程度の魔力を注げば良い感じに葉っぱに穴を開ける程度の火力と規模の火が生み出されるようだ。
(とは言っても、その魔力注入を少しの間維持し続けなきゃ、穴は開かないし、余り上回り過ぎたら穴が空くどころか全部燃えるくらいの炎が出るけどな)
結果はハッキリ言って芳しくない。火花が出る程度の最低限の出力か、葉っぱを一気に焼き尽くす最大出力の両極端の結果しか生まれないのだ。
(こんな少量の魔力で火力が大幅に変化する魔法使ったことねぇな。でも、これで手加減を覚えれば、俺はまた一歩リア充への道を……って、またミスった)
100か1か。長年決死の戦いの中で培われた加減知らずのシヴァの魔力注入はほぼそんな感じだ。そんな生理現象に似た癖を修正するべく、何枚もの青葉を焼き尽くし続けるが……ここでシヴァもエリカも予想だにしていなかった事態が起こった。
「ふおっ!?」
「きゃああああああああっ!?」
注がれた膨大極まる魔力量に魔法陣そのものが耐えきれず、暴発したのだ。本来最大出力でも手のひらの上に治まる程度の炎しか発生しない筈の魔法であるにも拘らず、魔法陣が砕け散るのと同時にシヴァの前方に向かって炎の濁流が一直線に迸り、林を突き抜けて、その先にある建物の壁に大穴を開けた。
「た、大変! あの魔法演習所では今、1組の生徒が授業をしているはず!」
「え? マジですか?」
だとしたら死傷者が出ているだろう。半壊した建物を見てそう思ったシヴァは急いで駆け付け蘇生活動をしようとした瞬間、突如1人の女子生徒がシヴァの前に現れる。
それは走って向かってきたわけでも、飛んで降下してきたわけでもない。移動という工程を無視し、いきなりシヴァの前に立ち塞がったのだ。
「ちょっと! 今の貴方でしょう!? 危うく死人が出るところだったじゃない!」
流麗な金髪を揺らしながら女子生徒……リリアーナ・ドラクルは明確な怒気をまき散らしながらシヴァに対してビシッ! と指を突き付けた。




