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引き籠り脱却


「…………」

「眠そうだな、セラ」

「…………っ」


 翌日、5組の教室跡に置かれた椅子の上でうたた寝しそうになっていたセラにそう声を掛けると、彼女はビクリと肩を揺らして跳び起きる。

 特に悪いことでもないのに、どこか申し訳ないというか、恥ずかしそうにしながら頭をブンブンと横に振りながら眠気を飛ばすセラを見て、シヴァは致し方ないとだけ思った。

 昨日の魔法指導は、熱中しすぎて深夜近くにまで及んだのだ。数ヵ月無休で戦い続けることが出来るシヴァならばともかく、日頃早寝早起きのセラからすれば、生活リズムが狂ってしまうのも無理はない。

 

(でもまぁ、その甲斐はあったな)


 歴史や成り立ち、詳しい理屈を省いた魔法の知識、その基盤から教える必要こそあったが、何とか概要を理解し、昨日の内に試行段階に移ることは出来た。後は練習で結果を出し、実戦に映すだけだ。

 

「本当は基本的なことを1から覚えていった方が良いんだけどな。でも、俺たちはなんだかんだで高等部だ。魔法のテストとかがある事を考えたら、理屈より先に実践の方が良いと思ってな」

【ありがたいです。……実は、中等部の頃には既に自力で魔法を使うテストみたいなのがあったみたいで……】

「あー……」

 

 その先は何となく予想できた。魔法の初歩知識も満足に教えられなかった、当時いじめられっ子のセラはその場で晒し者にされたりしたのだろう。

 しかし今度からはそうはならない。効力的な意味で現代の魔法術式が古代のそれとは比較にならないほど脆弱なのは理解している。だからこそ、セラには古代の魔法術式を教えたのだ。

 曰く、シヴァの金魚の糞。腰巾着。獅子の威を借るネズミ。シヴァとしては不本意ながらも恐怖という形でセラへの直接的な苛めはなくしたものの、そういう風な陰口を未だに多くの生徒や教員がセラに対して呟いていることを、シヴァの地獄耳は捉えていた。


(学長も変わったことだし、あくまでも実力主義を謳う学校なら、セラ自身が自分たちよりもずっと優れた魔術師になることで悪評も払拭できるかもしれない)

 

 好いた相手を悪く言われていい気分になるはずもない。しかしこれまで通りにしていてもセラの悪評は拭えない。ならばセラ自身が魔術師として文句の付け所が無いくらいに成長してしまえばいい。彼女自身も強くなれて一石二鳥だ。


「お、おはよう~」

「あ、おはようございまーす!」

【おはよう、ございます】


 そんなことを考えていた矢先、エリカが出席簿や教材を持って教室跡にやってきた。


「じゃあさっそく出席を……と言いたいところだけど、何時も来ない子以外は出席してるので、連絡事項から伝えるね」


 相変わらず2人しかいない教室と、どこまでも風通しのいい教室を見て、エリカは哀愁をありありと顔に浮かべながらシヴァとセラの2人に1枚の用紙を渡す。


「何ですかこれ? 魔導学徒祭典の開催案内? なんかの大会ですか?」

「え!? シヴァ君知らないの!? 世界的にもかなり有名な大会のはずなのに……」


 やっちまった。

 シヴァは口から滑って出た言葉を後悔する。エリカの反応から察するに知っているのが前提になるほどの有名な大会のようだ。それを知らないとなると、流石にシヴァが4000年前からタイムスリップしたという結論に至らなくても、何かが怪しいと思われるかもしれない。

 誤魔化すように視線をセラに向けると、補足するような分がホワイトボードに浮かび上がる。


【……世界中の魔法学校の生徒が、年に1度戦う大会……だったと思います。私もあまり詳しいことは……】

「えぇ? セラさんもそんな認識? 今時の10代って、そんなものなのかなぁ……? 自分に関わりの薄いことには興味がないみたいな……」


 最近の若者の傾向に頭を悩ませながらも、エリカはチョークを手に取り、教室で唯一残っていた黒板に背伸びしながら概要を説明する。


「セラさんが言った……いや、書いた? とりあえず言ったとおり、年に1度、勇者学校、魔王学校、獣帝学校、霊皇学校、そして賢者学校の五大学校を含めた、200近くにも及ぶ世界中の魔法学校の代表生徒チームが魔法で競い、優勝を奪い合う大会なの」

「そりゃあまた、随分デカい大会みたいですね」


 シヴァは明確な興味をも示す。


「軍事機密の関係で、魔法を行使した試合大会は魔導学徒祭典が世界で1番規模の大きい大会だからね。ちなみに、この大会は4000年前、《破壊神》シルヴァーズ封印に伴った、種族間の戦いの停戦を記念した大会でもあるんだよ……って、2人とも? どうして顔を逸らすの?」

「いや、別に……」

【……何でも、ないです】


 自分が倒された記念に大会が開かれた事実に、シヴァは凄く微妙な気分になった。セラもそんなシヴァの心境を慮ってか、何とも言えない気持ちに。


「ただ……凄く言い辛いんだけど……わたしたち1年5組には、あまり関係のない話なんだよね、魔導学徒祭典」

「え!? 何でですか!?」


 大会の成り立ちはどうであれ、せっかくだから記念に参加しようかと、他の生徒が聞けば恐怖で慄きそうなことを考えていたシヴァは落胆と共に聞き返す。


「大会の出場メンバーの規定の問題があってね。各校から代表チームが大会に出るわけだけど、そのメンバーは個人の能力じゃなくて、クラス毎の総合能力で決まるの」

【……えっと……つまり、賢者学校で1番凄いクラスが、魔導学徒祭典に出場できる?】

「基本的にはそうだね。ただ強いだけじゃなくて、協調性も選出基準になるの。クラスメイトとすら協力し合えずに足を引っ張りあうようなら、学校としても世間に公開する大会に出したくないし、運営委員会からも大会の品位を下げるような生徒は出さないようにって言われてるしね。例外として5人の役員からなる生徒会も選出候補になるけど」

「……その生徒会ってのは、魔法の実力でメンバーが決まってるんですか?」

「うん。賢者学校のトップ5だよ。どこの魔法学校の生徒会も、そんな感じじゃないかなぁ?」

 

 賢者学校高等部の1クラスは約30人。6倍の人数差というハンデを追う代わりに、選りすぐりのメンバーでの出場も許可されているという事だろう。


「で、ここからが5組が参加できない理由だけど……大会は1試合毎にクラスの代表を4人選出して行われる個人戦が4回と、クラス全体が参加する総合戦が1回、計5回の試合が行われるの。それで最後の総合戦は、最低でも個人戦に出た4人に加えて、1人は必ず出ないといけないんだよね。つまり……」

「大会出場には、クラスメイトが最低でも5人いると?」


 エリカは申し訳なさそうに頷いた。シヴァによって5組の生徒は26人が自主退学している。シヴァとセラを除けば、残っているのは引き籠りのグラントと、サボり魔と称される生徒だけ。この2人が参加できても、後1人足りないのだ。


「な、なんかゴメンね、2人とも。先生が何とかしてあげれたらいいんだけど……」

「いやいや、このことで先生を責めるのはお門違いですよ。少し残念ですけど、縁が無かったってことで。…………ぶっちゃけ、半分以上は俺が原因ですし。ははっ」


 乾いた自嘲の笑みを浮かべるシヴァ。まさか自分の手加減知らずがこんな事態を招くとは思っていなかった。


「で、でもほら! さっきから言ってるけど、魔導学徒祭典はすごく大きな大会で、毎年お祭り騒ぎなの。だから参加しない生徒も観戦や屋台で楽しんだりできるんだよ?」

「祭り!」


 そう聞いてシヴァは目を輝かせた。昔から楽しいものの代名詞として話には聞いていたが、実際に目の当たりにすることはなかったシヴァにとって、祭りとは是が非でも体験してみたいものの1つなのだ。


「いいなぁ、それ。昔から祭りっていうのに参加してみたかったんだよ! セラも楽しみじゃね?」

「…………っ」


 コクコクと頷くセラ。セラもセラで、祭りは蚊帳の外から眺めるだけのものだっただけあって、密かな憧れがあったのだ。

 そんな二人の様子を「大袈裟だなぁ」と苦笑しながら、エリカは教材を教卓の上に置く。


「それじゃあ、そろそろ授業を始めるね。まずは――――」


 その時、シヴァはこちらに向かってくる魔力の反応を察知した。それに遅れる形で草や落ち葉を踏む音がセラとエリカの耳に入る。


「な、何だコレ……? わ、私の教室はこっちって聞いたのに、な、何も無いじゃないか」

「グ、グラントさん!?」


 黒髪と悪魔崇拝者(サタニスト)、またはその子孫の証である角と肉食獣のような赤目が特徴的なエルフ、引き籠りのグラントが制服を身に纏い、突然教室跡に現れて驚く3人。その反応にグラントは居心地悪そうに身を捩った。


「な、何だよ……? わ、私なんかが学校に通うなっていうのか?」

「う、ううん! そんなことない! 嬉しいよ!」

「まぁ、いきなり通学してくるとは思ってなかったけどな」

「……ふん」


 グラントはプイッと紅くなった顔を背ける。


「そ、そんな事より……お、お前っ」

「ん? 俺?」


 グラントは足音を荒立てながらシヴァの前に来ると、気持ちを落ち着かせるように深呼吸をした。


「……き、昨日は色々と想定外のことがあって、と、戸惑ったりしたけど……お、お前が私のゴーレムを壊せるくらいに規格外なくらい凄い奴だって言うのは、認める。………………へ、変な言い掛かりつけて…………ん」

「お、おう」


 誰にも聞こえないくらいの声量で掠れるように告げられた謝罪の言葉を受け取ると、グラントは威勢よく顔を上げた。


「で、でも! このまま勝ち逃げされるのも釈然としない! だ、だから当面はお前でも壊せない、よ、より完璧なゴーレムを作るから、覚悟しとけ!」


 その言葉にシヴァは思わず瞠目する。今の時代に来て、曲がりなりにも敵対して1度敗北を喫しても尚向かってくる威勢を見せたのはグラントが初めてなのだ。


「と、とりあえず、敵を知るためにしばらく私も通学、するから」

「そ、そっか! じゃあ先生、急いでグラントさんの分の椅子と画板を持ってくるから待っててね!」

「だ、だから何で壁どころか机も椅子もないんだ……?」


 どこか嬉しそうに駆けだすエリカを見送ると、グラントはおもむろに注射器を取り出す。


「ま、まぁ戻ってくるまで暇だし、そ、その間に血液を採取させて。け、血液成分を解析して、お前の得意な魔法系統を割り出し、そ、それに対応したゴーレムを作ってやる」

「まぁ……それはいいけど」


 せっかく登校するようになったクラスメイトの頼みだと、シヴァは腕を差し出し、グラントは注射器を血管に刺そうとするが――――。


「熱っ!? お、お前! け、血液採取しても良いって言って腕まで出したのに、魔法で攻撃してくるなんて! い、嫌がらせか!? わ、私の角とか眼が変だからって! し、しかも針が刺さらないし!」

「いや、わざとじゃないんだってば! 俺は無抵抗に腕出しただけから!」

【あ、あの……シヴァさんは本当にワザとやった訳じゃなくて……】


 針がドロドロに融解した注射器を慌てて投げ捨て、シヴァの胸ぐらを掴み上げるグラントをセラが何とか宥めようとする。

 現代にタイムスリップしてから初めて、シヴァの異常さを理解した上で越えようとする最初の人類の挑戦は、こうして始まるのだった。


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