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シヴァの魔法講義

投稿遅れて申し訳ありません。


 呆然自失とするグラントを疲れた表情を浮かべるエリカに任せた後、街で買い物を済ませて屋敷に戻ってきたシヴァとセラは、洗濯を終わらせてから夕食までの時間を使い、裏庭で対面していた。


「さて。今からセラの属性、灰の魔法の使い方を模索し、教えていくぞ」

「…………っ」


 両拳をぎゅっと握り、気合を入れるセラ。今まで弱者の立場に甘んじ、立ち止まっていた彼女からすれば、これは明確な第一歩だ。

 

「まず最初にやることは、灰の属性に合わせた魔法陣の構想を考えること。現代でも前例が少ない属性みたいだから捜すのは手間取ったけど、先達が残した魔導書に少ないながらも灰属性に合わせた魔法陣が載ってたから、それを参考にしながら魔法陣構築の基礎を学び、セラに合った魔法陣を組み立てていくことから始まる」


 シヴァは学校や図書館、魔導書を取り扱う店から借りるなり購入するなりして用意した、ブックマーク付きの本を数冊セラの前に置く。その内の1冊、ブックマークが挿入された魔導書のページをめくってみると、そこには素人目には複雑怪奇な魔法陣が描かれていると共に、確かに灰属性の魔法が扱える魔法陣であるとも明記されている。


「500年ほど前の魔術師、ダレル・ロイヤルの《希少属性魔法手記写本》。店員曰く、魔力を流せば実際に魔法を発動できる、正真正銘の実戦型魔導書らしい。けどまぁ、他の属性に関しては後回しにして、まずは自分の適正属性に関することだけを集中して学んでいこう」

【わざわざ、探してくれたのですか? ありがとうございます】

「いいっていいって。元々、前に買ったり借りたりして読んだ本の中に紛れ込んでた奴だし」


 ぺこりと頭を下げるセラにシヴァは何でもないという風に言う。 


「で、その本に載ってる灰属性の魔法陣は二種類。1つは大量の灰を生成し、巻き上げて視界を遮る《灰塵闇行(グレグル)》。もう1つが、相手の気管と肺に灰塵を送り込んで呼吸を遮り、臓腑を蝕む《臓壊灰毒グリィ・グレアロス》。どっちも戦闘を主眼にして考えれば、分かりやすくて実戦的かつ使いやすい魔法……なんだけど、後者は使うのは気乗りしなさそうだな」

【……ごめんなさい】

「謝る必要はないけど……」


 セラは物騒な効果を秘める《臓壊灰毒グリィ・グレアロス》を使うのに抵抗がある。それを悟ったシヴァは、過去の事を思い返していた。


(そう言えばセラって、攻撃魔法を使う時っていっつも目を瞑っていたような気が……)


 魔法発動に伴う発光に驚いているというか、魔法そのものが及ぼす結果……すなわち、相手を傷つけることに怯えているように感じた。気弱で優しい性格が原因なのだろう、攻撃魔法には向いていないだろうということは何となく察したついた。 


「今の時代は平和だ。だから相手を害する魔法を無理して覚える必要はないと思う。世間じゃ《破壊神》が復活して世界がヤバいみたいなことで騒がれてるけど、当の本人である俺にその気が無いんだから、安心して自分に合った魔法を覚えていけばいいと思うぞ」

「…………」


 そう言うが、どうにもセラの表情は優れず、彼女はホワイトボードをシヴァに向ける。


【……本当にそれでいいのでしょうか?】


 今まで学ぶ機会にこそ恵まれなかったが、曲がりなりにも長年魔法を学ぶ学校に通っていたセラにとって、魔法とは戦うための技術であるという固定観念が染みついていた。元々戦う魔術師を育成する学校で、その中で育ってきた彼女がそのように思うのは当然の話であるし、ある種の真実を悟ってもいた。

 魔法は戦うことに使うのが主流で、源流も元は戦闘が目的。現代でこそ生活に根付く魔法の使い方……生活魔法が発展してきてはいるが、それだって攻撃魔法から発展した魔法術式。より奥が深い魔法を学ぶにあたって、相手を傷つける魔法の知識は必要不可欠でもあった。


「いいんじゃね? そんな難しく考えなくて」


 しかし、そんなセラの不安をシヴァは緩く否定する。


「魔法なんてのはそんな高尚なもんでも無くて単なる技術だし。使い手次第で善にも悪にもなるんだよ。せっかく平和な時代に居るんだし、魔道の深淵なんて小難しいことは考えず、適当に自分が将来必要になりそうだなって思う魔法を、覚えていけばいいんだよ。まぁ、怪我には気を付けないといけないから、取り扱いまで適当になっても困るけど」

【……適当】


 そう言われて、セラはしばし考えた。これでも魔法の名門の家に生まれた娘だ。今まで周囲に居た者は魔法を特別視し、高尚なものとして扱っている節があったので、シヴァのような視点には考えさせられるものがあったのだ。

 

(魔法を覚えようと思ったのは、この先シヴァさんのように強かに生きていく為の力になるんじゃないかと思ったから)


 だが、そうやって覚えていった魔法で、将来どのようなことをしていくのか、そういったビジョンがまるで見えていなかったセラ。そんな彼女に、シヴァはやはり気軽に告げた。


「まぁ、今は何をどれだけ考えても答えなんて見つかんないかもしれないし、今はとりあえず覚えてみるのも良いんじゃないか? 進む途中で見つける目標があってもいいだろ」


 ……不思議なことに、シヴァにそう言われると不思議とそういうものかと思えてきた。確かに覚えること自体は無駄にはならないし、セラはコクリと頷いて講義の再開を促す。


「灰の魔法に関する実用的な魔法陣の解説が記されているのはこの本だけで、後はちょっとした情報だけ。現状ではさっき言った2つの魔法しか使えないわけだが……実を言えば、こっちの本に記されている灰という属性を表現する魔法陣用の紋章を元に、セラ向きの魔法を1つ考えたんだよ」

【……本当、ですか?】

「属性に関する魔法を使う時、その属性を表現する紋章を魔法陣に組み込む必要があるからな。前例も少なくて魔法として確立されたことのない属性は最初はまず紋章の構築に手こずることになるのが多いんだけど、やっぱり先達の知識って言うのはこういう出鼻の時に役立つな」


 シヴァは先ほどの魔法陣が記されていた本とは別の、《希少属性紋章大全》という厚めの図鑑を広げ、灰属性の紋章をセラに見せる。


「ただ、ここから先は大変だぞ」

「…………?」

「現代の魔法をある程度知っていく内に分かったんだけど……今から教えるのは現代では既に失伝した魔法術式。4000年前基準でも高等術式と呼ばれる魔法陣だからな」


   =====


 時は遡り、数時間前の下校時間。賢者学校の高等部校舎、2階廊下にて。

 ガショーン、ガショーンという大きな足音と駆動音が混ざったような音が聞こえてきて、リリアーナ・ドラクルは長い金髪を揺らしながら窓から外に視線を向ける。


「あれはまさか……正規軍正式採用型の主力ゴーレム? なぜ学校の敷地内で稼働しているの?」


 アムルヘイド自治州正規軍が誇る、魔術師単独では破壊不可能とされる騎士型のゴーレムだ。よくよくその手のひらを見てみれば、黒髪の少女と思われる人物が乗っている。

 あの少女の正体はゴーレムの開発者であるグラント・エルダーではないかと、リリアーナは推測した。この賢者学校の生徒でありながら通常授業を免除され、特別に研究塔を与えられたことは有名な話だし、ゴーレムの稼働テストでもしているのだろうかと考えていると、クラスメイトである新1年1組の女子生徒3人がやってきた。


「リリアーナさま? どうかされましたか?」

「ん……少し、ね。大したことじゃないけれど」

「そうなのですか。それではこれからお時間はございますでしょうか? これからわたくしのお友達を集めてお茶会を催そうと思っておりまして……」

「あー……申し訳ないけれど、それはまたの機会にしてもらえないかしら? 私も転校初日で多忙なのよ」

「左様でございますか? とても残念です」


 表面上はにこやかな笑みを浮かべながらも、リリアーナは彼女たちに話しかけられて内心辟易としていた。ただでさえアムルヘイドのトップである大公の娘というだけでも色眼鏡で見られるのに、更には学長の娘という肩書までプラスされて、話しかけてくる者はこちらの顔色を窺ったり、ご機嫌取りをしたり、あるいは取り入ろうとしてくる講師や貴族生徒ばかり。平民の生徒に至っては近寄ろうともしてこない。


(魔法を磨くことに集中できる場所だと聞いたからお嬢様学校を抜け出して編入してきたっていうのに。他の生徒と切磋琢磨……なんて、高望みしすぎたかしら?)


 生まれた時からそういう立場にあったのでもう馴れてもいるし、そうした輩の事情も分かるので文句を言いたいわけではないのだが、リリアーナとしては本気で魔法を極めるつもりで賢者学校に編入したのだ。以前在籍していたお嬢様学校の延長がしたいわけではない。


「本当にごめんなさいね。またお誘いいただけると嬉しい…………は?」


 しかしそこは大公女。持ち前の外面でその場を乗り切ろうとした瞬間……窓の向こうで如何なる魔法も通じない筈のゴーレムが燃え盛りながらあっという間に融解していき、リリアーナは呆気を取られた表情を浮かべた。


「え……ちょ、何あれ? 現代最強のゴーレムが見る見る融けていってるんだけど……」

「ひっ……!? ま、まさかまた……5組に送られた悪魔の仕業では!?」

「い、いや……こんなところに居ては、わたくしたちにまで被害が……!? に、逃げなくては……!」


 その光景を同じように見ていたクラスメイト達の様子もおかしい。まるで強大な何かに怯えているよう……そう思った時、リリアーナは編入前の父の言葉を思い返した。


 ――――リリアーナ。賢者学校にはとても面白い男子生徒がいるらしいから、ぜひ仲良くなるといい。


 最初は一体何のことか分からなかった。自分で言うのもなんだが、親バカの気がある父、グローニアがそんな事を言うからには何かあるだろうと気に留めてはいたのだが、彼女たちの……恐慌ぶりはどこか異常だ。その原因となっていると思われる男子生徒の名前は確か――――

 

「もしかして……シヴァ・ブラフマン?」


 そう名前を呟いた時、ドサリと何かが落ちる音がした。振り返ってみると、そこにはトイレから出てきたばかりと思われる男子生徒が鞄を床に落として顔面蒼白になりながら震えていた。


「シ、シヴァ? シヴァ……ぁぁあ……あああああああああまた殺されりゅうぅううううう!!」

「ちょっと!? 一体どうしたの!?」

「い、いけませんわ!? この方、確か旧1組の方です! フラッシュバックでトラウマが蘇ってしまっています!」

「救けて!! たしゅけてぇええええええ!! シヴァに……シヴァに殺されるぅううううううう!!」


 頭を抱えながら狂ったように叫び続ける男子生徒。その絶叫が耳に入った一部の……より正確に言えば、シヴァ・ブラフマンによって被害を被った生徒たちが反応し、男子生徒と同じような反応を示す。


「どこ!? どこどこどこどこどこどこ!? シヴァはどこ!? 逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ!!」

「嫌ぁあああああああ!! 止めてぇえええええ!! もう二度と雌ゴブリンとか言ってセラを苛めないからあああああ!!」

「ひぇうぇおえおえああああああああああああああああああ…………あふっ」

「あぁあああああ……! 髪が……私の髪がぁあ……!」


 ある物は全身ガタガタと震えながらしきりに辺りを見渡し、あるものは金切り声を上げながら懺悔し、あるものは膝から崩れ落ちながら気絶し、旧1年1組の担任をしていた教師の薄い頭から更に髪の毛がパラパラ抜け落ちていく。

 まさに阿鼻叫喚の地獄絵図。トラウマの再発が更なるトラウマを呼び起こし、それが学校全体に伝達して近隣に聞こえるほどの悲鳴が学校中のあちこちから響き渡る。


「シ、シヴァ・ブラフマンって一体何者なの……?」


 とんでもない問題児である……ということは、何となく分かった。それも関われば苦労すること間違いなしの。

 しかしそれと共に、リリアーナにはとある予感があった。将来有望と認められた魔術師の卵たちが一斉に怯える同年代の少年……そんな人物の登場による胸の高鳴り(ワクワク)が、警戒心と共に確かに湧き上がってきたのだ。

 

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