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熱視線と殺人光線は紙一重


「こ、ここで待ってろっ。い、今からお前をコテンパンにするゴーレムを持ってきてやるっ」


 草木が一切ない、ただただ荒れ地が広がっているだけの、賢者学校敷地内の一番端にある演習所。憤るグラントの勢いに流されるがまま、そこまで付いてきたシヴァたちは、荒々しい歩調でこの場を去っていくグラントを見送った。


「えーっと……いいんですか? あいつの言われるがままに来ちゃいましたけど」

「う、うん。今日はこれ以上用事はないし、シヴァ君とセラさんはこのまま下校してもらっても大丈夫だから、学校側としては差しさわりはないよ。あとはシヴァ君たちさえ良ければ、グラントさんに付き合ってくれたらいいと思う」


 どうやらクラス振り分けの初日なので今日は生徒全体が早引けするらしい。


「俺は別にいいですけど……セラはどうだ? なんか用事があるんだったら無理して付き合わなくても大丈夫だぞ?」

「…………」


 セラは首を左右に振る。このままシヴァに付き合うつもりのようだ。


【シヴァさんと一緒に居ます】

「お、おう。そうか」


 上目遣いと共に妙に照れる文章を見せてくる。シヴァは思わず視線を背け、訝しんだセラが視線の先に回り込もうとするが、再びシヴァが視線をそむけ、セラが回り込んで……そんなことを繰り返す二人を、エリカはじっと眺めていた。


(何やってるんだろ? あの二人。妙に微笑ましいというかなんというか。わたしも学生の頃はあんな感じで男子と…………あ、あれ?)


 最初は微笑ましく眺めていたのに、次第にエリカの表情に焦りが生まれる。果たして自分は、青春時代に、男子とあのように戯れていただろうかと。

 答えは否。学生の間は勉強とか幼い弟妹の世話とかアルバイトとかで何かと忙しく、男子生徒と交流を深める余裕など、とてもではないが無かったのだ。


 ――――エリカって顔は可愛いけど、如何せん色気が無いよな。

 ――――あぁ、身長もなければ尻も小さい。そして何よりオッパイがねぇよ。

 ――――でゅふふふふ。そ、そこが良いんじゃないか。か、彼女は僕ら幼女愛好家が等しく抱く、現実で嫁にする乙女の理想を体現してるんだな。


 口さがない男子生徒たちが、女子の耳に届かない場所でコソコソと話していたのを盗み聞きしてしまった時の事を思い出してしまった。

 顔は良くても不思議とモテはせず、寄ってくるのは総じて鼻息荒くしたロリコン。結論から言って、エリカの青春時代は灰色だった。


【シヴァさん、どうして目を逸らすんですか?】

「待て待て、あまり近づき過ぎるな。俺の体温は今上昇している。近づくと(物理的に)火傷するぜ」

「…………はは、羨ましい」


 結果誕生したのが、彼氏いない歴=年齢の童顔極まる23歳である。目の前でイチャついているように見えなくもないシヴァとセラは、彼女の眼には余りに眩し過ぎる。


「……ん?」


 死んだ目をしながら乾いた笑みを浮かべるエリカに気付かなかったシヴァだが、こちらに向かってくるガショーン、ガショーンという駆動的な足音には気付いた。

 察するに、グラントがゴーレムを引き連れ戻ってきたのだろう。一体どんな物かと思って、視線を向けてみると、そこには5メートルほどの大きさを誇るゴーレムの手のひらに乗るグラントがシヴァたちを見下ろしていた。


「…………っ!?」

「せ、正規軍正式採用主力ゴーレム!? グラントさん、なんて物を持ち出してきてるの!?」


 セラはゴーレムの威容にただただ圧倒され、エリカは戦争でも主力として扱われるゴーレムの登場に悲鳴を上げたが、当の本人であるシヴァは、なぜ彼女たちがそこまで驚いているのか分からず首を傾げるだけだ。


「え? あのゴーレムって、そんなに凄いんですか?」

「凄いなんてものじゃないよ! あの最強の犯罪者集団と恐れられるジェスター盗賊団を相手にしても1体で大立ち回りしたって有名なんだから!」


 どこかで聞いた名前の盗賊団だ。シヴァにとって奪った財を貯め込む盗賊というのは、どんな目に遭わせても良心を痛める必要のない、体の良い財布の様だったものなので、これまで倒してきた盗賊というのはどうにも印象が薄い。


「ま、待たせたなっ」

「えーっと、それが俺をボコるっていう例のゴーレムか?」


 恐る恐る片足から地面に降りるグラントに問いかけると、彼女はどこか自慢気な表情を浮かべた。


「そ、そう。あらゆる魔法攻撃を弾くミスリルに、複数の金属を錬金術で混ぜ合わせ、靭性と剛性を両立させた合金装甲で覆われたボディに、平均的な魔術師300人以上の魔力を貯め込んでいるタンクを内蔵した、あらゆる攻撃魔法陣を組み込んだ最強のゴーレムだ。生物的、数値的な理論上、魔術師が単独で倒せるゴーレムじゃない」


 何せどのような攻撃も通じなければ、内蔵された魔力量もまた絶大。確かにこの時代の魔術師が倒せるゴーレムではないのだろう。


「300人分の魔力……かぁ」


 シヴァはゴーレムの内側から感じ取る魔力の総量を推し量る。現代では失われ、大掛かりな魔道具が無ければ不可能とされる、魔術師個人による相手の魔力量を感じ取る技術。感覚的な部分も多々あるので正確な数値として割り出すものではないが、どちらの魔力が上かくらいは分かる。


(……なんか、少ない)


 何となく分かってはいたことではある。300人分なんて言う大層な事を言う割には、あのゴーレムの魔力はシヴァのそれの足元にも及んではいないということくらい。

 しかもその肝心の魔力を貯め込んでいる箇所もバレバレだ。そこを貫けば、あのゴーレムは最早動くことすらもままならないのではないだろうか?


(強いて言うなら…………デザインは、良いんじゃないだろうか?)


 流麗な曲線と下品にならないくらいに華美な装飾が施された、鎧甲冑。それが目の前のゴーレムの外見だ。武装もあるらしく、右手で引き抜かれた背中に背負っていた剣や左手に装着されていた盾も、荘厳な聖騎士のそれを思わせる。

 ……正直に言って、それが機能にどんな影響を与えるのか甚だ疑問だが。


「そ、その上このゴーレムも自動修復機機能が搭載されているんだ。お、お前に勝ち目なんてない。す、素直に前言撤回するなら、見逃してやっても良いけど」

「前言撤回?」

「わ、私のゴーレムを魔法で壊したって嘘ついたことだっ!」

「そ、そうだよシヴァ君! それにグラントさんも! 訓練用ゴーレムならともかく、軍用ゴーレムと戦うなんていくら何でも危なすぎる! 先生として、そんなの認めないからね!?」


 別にシヴァとしては、今ここでゴーレムと戦うことになっても構いはしないが、どうやらエリカは反対で、グラントもグラントで、持ち出してきたまでは良いが、実際に戦わせるとなると少々躊躇いのようなものを感じているようだ。


(どうしたもんかなぁ……)


 しかしここでグラントの言う通りにするのもなんだか癪だ。別に嘘を言っているわけではないのに、どうして嘘と認めてまで自分を下げるようなことをしなければならないのか。


「ほ、本当にお前が嘘を言ってないっていうなら、今ここでこのゴーレムを破壊してみればいいっ! こ、このゴーレムの魔法耐久力は、測定用ゴーレムとほぼほぼ同じだから、魔法で壊せるはずだろ? ま、まぁ、そんなこと絶対に出来ないだろうけど」


 まるで一方的に攻撃してみればいいと言わんばかりに挑発し始めるグラント。しかし、一応このゴーレムもグラントの所有物……壊せるものなら壊してみろと言われ、はいそうですかとクラスメイトの私物を破壊するのは流石にちょっと躊躇われる。

 

(でもまぁ、この状況下で壊したとしても、俺に非はないだろ)


 しかし、そんな葛藤も長くは続かなかった。何せ所有者本人が壊してみろと挑発しているし、積極的に反論しなかった自分も自分だが、本当の事を嘘だ嘘だと決めつけられ、ほんのちょっとだけ腹が立っているのだ。

 グラントの発言の証人にセラとエリカも居るし、盛大にぶっ壊して現実を突きつけてやろうと、シヴァはゴーレムから視線を外さずに魔法を発動させようとした。


「熱っ!?」


 そう、先ほどからゴーレムを見つめ過ぎたのだ。その結果、ゴーレムの銀色のボディは真っ赤に燃えながらその形を見る見る内に歪めていく。

 常識で考えれば物理的にも魔術的にもあり得ないし、意味不明極まるだろうが、それこそが視線を集中させることで無意識に発動する念発火……超合金すら容易く焼き尽くす灼熱の引き起こす、《滅びの賢者》の熱視線である。

 

「ええええええええええええええええええええっ!?」

「ゴーレムが……私の最高傑作が……!?」

【あぁ……またこんな結末が……】


 エリカは眼玉が飛び出るのではないかというくらいに瞠目し、グラントは渾身の傑作が為す術なく融解していくのを呆然と眺めることが出来ず、セラはセラで『またこのオチか』と諦観めいた表情を浮かべる。

 どんな魔法でゴーレムを壊葬とするのかと思いきや、まさか魔法も使わず最高クラスと自他ともに認められるゴーレムが焼き尽くされるなど夢にも思わなかっただろう。


「「「「…………」」」」


 誰もが液状金属となり果てながら燃え続けるゴーレムを見つめ、痛々しいまでの沈黙に包まれる。元々喋れないセラはともかく、皆何を言えばいいのか分からないのだ。やらかした当の本人であるシヴァでさえも。


「……えーっと、シヴァ君?」

「……い、一応言っておくけど、今回は俺、何もしてないですよ?」


 エリカが何かを言う前にシヴァは手のひらを向けて言葉を遮ろうとするが、当然それで話が逸れるわけがない。


「さ、流石に何もしてないってことは無いんじゃないかな? だってゴーレムが急に燃えるだなんてあるはずないし……」

「……た、確かに見つめ過ぎちゃいましたけど、まさかそれだけで燃える可燃性ゴーレムだったなんて露とも知らず」

「待って!? 何で見つめ過ぎたら燃えることが前提になってるの!?」


 至極当然のツッコミを入れるエリカだが、シヴァの悪意のない破壊活動に慣れてきているセラはホワイトボードに疑問を浮かべた。


【何時も本を読んでる割りには、本が一冊も燃えないのはなぜ……?】

「ほら、本は文章を視線で追うから、一ヵ所を見つめることなってないんだよ。15歳になった辺りから物を見つめ過ぎたら燃えるようになってな、これでも俺は普段から視線を固定しないように意識してて……」

「燃えないからね!? さっきから本当に何を言ってるの!?」

「私の……私のゴーレムが……」


 明らかに常軌を逸脱したシヴァにエリカが自らの常識を疑いそうになっているのを他所に、グラントは融けて燃える自信作をただただ眺めることしかできなかった。



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