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滅びの賢者、至高の存在を知る

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 この世に悲劇があれば、信じられない幸運もある。盗賊団のアジトである山の8割以上が焼失した、まさに災害とも言うべき被害の中、2つの幸運があった。

 1つはジェスター盗賊団が溜め込んだ財産の殆どが無事であったということ。アジトとして山に掘られたトンネルの入り口付近に部屋を作り、そこに財宝を溜め込んでいたのだが、運よくシルヴァーズが発した灼熱と二次災害である溶岩から逃れたのだ。

 そして2つ目の幸運は、新入りの雑用であるという理由で宴には参加させてもらえず、アジトの入り口の見張りをしていた、ジェスター盗賊団2人の生き残りである。財宝庫の近くにいた彼らもシルヴァーズの被害から免れたのだが、粘度の低い溶岩を素足で掻き分けながらこちらに向かってくるシルヴァーズを見て、失禁しながら腰が砕けて身動きが取れずにいた。


「テ、テメェ……! よ、よよよ、よくも皆を……!」

「い、いいい生きて帰るなんて……お、思……!」

「……お前ら、盗賊の生き残りか?」

「ひ、ひぃいいっ……!」

「だ、だだだだったら、なななんだってんだよ……!?」


 噛み合わない歯をガチガチと鳴らし、完全に怯え切った表情を浮かべてもなお、シルヴァーズに敵意を向けてくる。

 下っ端の新入りである彼らに敵う道理はない、圧倒的強者が目の前に迫ってきているのだとしても、彼らにも矜持がある。世界最強最悪という看板を背負った盗賊団の一端として矜持が。

 生存を第一に考える本能と安直なプライドが混然一体となり、股座に汚水の水溜まりを作りながらへたり込んで、剣を片手でブンブン振り回すという矛盾した行動を続ける彼らを、シルヴァーズは一喝した。


「お前ら本当によくこんな弱っちいくせに盗賊なんて出来たな!? 一回でも悪さ働けばその場で逮捕だろうに!」

「……へ?」

「俺特に何もしてないのにあのボスとかいう奴含めて皆勝手に(・・・)死ぬし。大の大人が雁首揃えてこうもか弱いとは……お前ら病院とか家の中で過ごした方が良いんじゃないのか?」

「な、何もしてないって……ま、魔法を使ったんじゃないのか? 山を焼き尽くすような大魔法を……」

「魔法なんて使ってる訳ないだろ。戦おうとしてちょっと力入れたらあいつらが勝手に死んだんだ。ぶっちゃけ、力んだ時に出てくるすかしっ屁みたいなもんだよ! あいつらは皆俺のすかしっ屁で死んだようなものなのさ! こんな弱い奴らは生まれて初めて見たぞ!?」


 すかしっ屁で全滅した。そう言われた時、生き残りである彼らのなけなしのプライドは木っ端微塵となり、後に残ったのは純然たる恐怖のみ。完全に怯えていて、これ以上苛めるのも気が引けたシルヴァーズだったが、その時彼らは聞き逃せない会話を口にした。


「な、何なんだよ……何なんだよこいつぅう……!」

「そ、その炎の服……まさか伝説の《破壊神》シルヴァーズなんじゃ……」

「ば、馬鹿言え! なんで4000年前の悪党が今の時代に現れるんだよ!?」

「け、けどよぉ……!」

「……ん?」

  

 最も多く呼ばれた異名こそ《滅びの賢者》だが、《破壊神》に《炎の悪魔》もまたシルヴァーズの代名詞だ。炎の服に身を包んでいる者がいればそいつがシルヴァーズだと断定されるほどには有名になっているので、個人を特定されること自体は驚きはしなかったが、伝説だの4000年前だと、人のことを随分と昔の人物のように言ってくれる。


「何だあれ?」


 その辺りの事を問い詰めようとすると、シルヴァーズの視界の端にあるものが見えた。それは木製の扉が炭化し、中が丸見えになった財宝庫に乱雑に置かれた、鞄の口からはみ出た冊子であり、そのタイトルでもある。


「聖暦4051年、アムルヘイド賢者学校編入試験案内……?」


 ちなみに、シルヴァーズが勇者やら魔王やらと戦って時空間の狭間へと追いやられたのは聖暦32年のことである。つまり、シルヴァーズは時空間の狭間を彷徨って、出てきたら4000年以上も未来にタイムスリップしたということだ。


「あー……そっかー……そんな先まで流されちゃったのかー……」


 同じ時代に出れる保証など無いことは分かっていたが、こんな先の時代にまでタイムスリップすることになるとは想像していなかったシルヴァーズは思わず呆然とするが、ふとある事に気が付く。


「……ん? 待てよ……ということは、俺のことを知ってる奴なんて殆ど居ないという事なんじゃ……?」


 神々や精霊はともかく、4000年も経てば勇者も魔王も獣人も亜人も死ぬだろう。その上、呪いが解けて本当の姿が他人の目に映るようにもなっている。

《滅びの賢者》シルヴァーズの魔力を識別できる者などこの時代にはそうは居ないだろう。まさに意図せず悪評と悪名を轟かせてしまった人生をやり直す絶好のチャンスと言える。


「でへへ……話が上手すぎて陰謀を疑っちゃいそうだ。となると次に気になるのは……おい、お前ら!」

「「ひ、ひぃいいいいいいっ!? ど、どうか命だけは……!」」

「よぉし、命だけは助けてやる。その代わり俺の質問に正直に答えるんだ」

「「っっっっ!!」」


 突然シルヴァーズに声をかけられた盗賊の残党2人は、ガタガタと震え、土下座しながら祈るように両手を組んで懇願する。

 流石にこれ以上追撃する気もないシルヴァーズは冊子の表紙を見せつけながら命を保証すると、2人はブンブンと残像が出来そうなくらいの勢いで首を何度も縦に振った。


「この賢者学校ってのは何だ? 聞かない単語なんだが」

「……え?」


 意外そうな表情を浮かべる残党たち。シルヴァーズが生まれた4000年前には学校などという物は存在しなかったが、この2人の反応を見る限り、今の時代は学校を知っていて当然のようである。


「……え、えっと……学校って言うのは10代のガキが集まって勉強するところで……その賢者学校ってのはこの国の中央都市にある、魔法やら戦闘技術やらを学ぶための場所……です」

「ふーん」


 この時点で、シルヴァーズの学校に対する興味は薄れていた。要するに訓練所や研究所みたいな所という訳だ。そんな所、全く持って魅力を感じないのだが、一応念のためにこれだけは聞いておく。


「ここって良い所なのか? いまいち想像が出来ないんだけど」

「め、名門中の名門らしいんで、設備とかが整ってるらしいっす。……正直、俺らも通ったことないんでいまいち分からないんですけど。学校なんて、ウザったらしいリア充が青春を謳歌してる場所みたいな印象しかないですし」


 何か嫌な思い出でもあるのだろうか。残党2人は今にも反吐が出そうな表情を浮かべてリア充と口にした。


「リア充? なにそれ?」

「えーっと……簡単に言えば現実の生活が充実してる奴……? 俺らは単に学校での友達が多い奴のことを言ってます」

「友達だと!?」

「あと、彼女がいる男のこととか」

「彼女だとぉおおおおっ!?」


 驚天動地とばかりに後退るシルヴァーズ。彼にとって、その2つは求めても求めても手に入らない、憧れそのものであった。

 世界の敵と勘違いされ、ずっと1人っきりだったシルヴァーズと違い、彼に挑む者たちは皆、愛する人のため、友のため、仲間のために戦っていた。その輝き、その尊さに何度も目が眩んだが故に求めていたのだ。

 しかしそんな者が1人でもいるのならシルヴァーズはボッチになどなってはいない。その結果が時空間の狭間への追放なのである。

 シルヴァーズは興奮し切った様子で残党たちに詰め寄る。


「この学校ってのに通えば、友達も彼女もいるリア充っていうのになれるのか!? もっと詳しく教えてくれ!!」

「ひ、ひぃいいっ!? お、おお俺らも詳しいことは何も! た、ただ、賢者学校を含めた高度な教育を受けられる学校を高等学校って言うんですけど、そこに進学する時にイメチェンする奴を高校デビューって言って、そういう奴が突然リア充になったりしますぅぅ!!」

「高校デビュー……!」


 リア充に高校デビュー……何て素晴らしい響きなのだろうか。散々《滅びの賢者》だの、《破壊神》だの、《炎の悪魔》だの、様々な異名で呼ばれてきたが、そんなもの《リア充》という呼び名の前にはガラクタに等しい。 


「……決めたよ……」

「へ?」


 シルヴァーズは冊子の間に挟まっていた、『賢者学校編入試験手続き』という紙を取り出す。


「俺、この学校で高校デビューしてリア充になる!!」


 まさに《滅びの賢者》と恐れられた過去からの脱却に相応しい儀式。この学校に通うために生まれてきたのだと確信してしまうほどの目標がシルヴァーズの魂に刻み込まれた。

 意気揚々と記入欄を埋めようと、同じく鞄の中に入っていたペンを持った彼だが、その手は最初の欄……受験者氏名のところで止まってしまう。


(名前……どうするか)


 盗賊たちの言葉から察するに、シルヴァーズという悪名として伝説に刻まれた本名をそのまま記入するのは色々と不味い気がする。となると偽名という手段を思いつくのが当然だ。

 シルヴァーズは少しの間頭を悩ませ、最終的に一度頷いてペンを動かした。


(シヴァ・ブラフマン……今日から俺はシルヴァーズ改め、シヴァ・ブラフマンだ)


 シルヴァーズの略称に適当な姓を付けただけ。しかしわざわざ凝った名前を付ける必要もないだろうと、シルヴァーズ改め、シヴァは満足気に頷く。

 ここからがシヴァの新しい人生の始まり。この先に続く、光り輝く未来をシヴァは幻視した。

 …………が、その前に。


「ところでお前ら、ちょいと欲しいものがあるんだが」

「は、はいっ!? な、なな何をお求めでしょうかっ!?」


 少し話が変わるが、シヴァが身に纏う炎の衣。これはわざわざ魔法で編んだ戦闘装束なのだが、伊達や酔狂でこんな格好をしているわけではない。

 普通の服は勿論、特殊な魔法衣でも彼の全力戦闘に耐え切れず、もれなく消し炭になってしまうから、攻撃と全く同質の炎を服状に形成し、隠すべきところを隠しているに過ぎないのだ。

 つまり何が言いたいのかと言えば――――


「着替え一式くれないか?」


 彼は今、実質全裸(すっぽんぽん)なのである。


ほかのざまぁシリーズもよろしければどうぞ

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