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魔法のド基礎


 翌日、シヴァが購入した大きな屋敷の庭では、シヴァとセラが向かい合っていた。


「ま、とりあえず、魔法が何たるかのド基礎から教えようと思います。お前、そこら辺まだ教えて貰ってないんだろ?」

「…………」


 コクコクとセラは頷く。幼少時から様々な虐待や学校での苛め、教職員からの不当な扱いを受けてきた彼女は、こと魔法に関する知識がほぼ無いに等しい。

 シヴァの入学と共に高等部に進級してからは幾度か魔法を使いはしたが、それもシヴァが魔法陣の描き方を1から10まで懇切丁寧に説明したからであって、その原理や効果まではセラの知識の範疇にはないのだ。


「簡単に言えば、自然界や生物の中に大なり小なり存在している魔力というエネルギーを、魔法陣っていう世界の理に干渉する機構に流すことで超常現象を引き起こす。それが魔法だ。……もっとも細かく説明すると馬鹿みたいに長くなるから、成り立ちとかは省いておいて、まずはこれを覚えておいてほしい」

【……えっと、魔法には魔力と魔法陣が必要ということですか?】

「そう。中々察しが良いな」


 魔力というのは基本的に無色の力だ。大量放出すれば濃度が上がるに伴い圧力を得るようになるが、基本的には魔力だけあっても何の役にも立たない。精々灯り替わりくらいだろう。

 しかしこの魔力、一定の流れ方をすると様々な現象を引き起こす特性を持っている。その流れ方に規則性を持たせ、狙った現象を引き起こすためのものが魔法陣なのだ。


「だから魔法を使うのには魔法陣が必要不可欠。これは魔力の燐光だろうが、そこら辺のペンだろうが、何なら砂に描いたものだろうと、魔力を魔法陣(設計図)通りに流せれば問題なく発動できる。たとえ魔法を使う張本人が、魔法陣の内容を理解できていなくてもな」

【納得です。私も今まで魔法陣の内容を理解せずに使えていましたから】

「ちなみに、今お前が持ってるホワイトボードの中にも魔法陣が描かれているぞ。それは手に持つ者の魔力を少しばかり吸い取って発動する魔道具だからな」


 魔法陣は技術でもあり、一種の道具でもある。そして道具でもある以上、誰にでも扱えるので、容易に手口を見せるような真似をしてはいけないのだ。

 ……特に、デカデカと相手に見えるように魔法陣を描き、その内容を覚えられたら、どんなにオリジナリティに溢れた魔法陣でも真似されてしまうし、対応策も発動前に容易に取られてしまう可能性も高い。


「だから俺の場合は外からは見えない場所……皮膚の下や骨とか内臓に魔法陣を描いているんだが…………どうもこの時代では、魔法陣を隠すのは当たり前じゃないみたいでなぁ」


 セラとて、シヴァと出会う前は、魔法を使う時は魔法陣とともに現れるものと思っていた。4000年も続く平和の弊害というものだろう……自分の魔法の情報の漏洩対策があまりに杜撰であると、シヴァは思わざるを得ない。


「目の届かないところに魔法陣を描く自信がないなら、あまり得策じゃない手段として、服の裏側とか手袋の裏側とかに予め魔法陣を描いておくっていうことも出来る。これは服とか手袋が破損したら魔法陣も使い物にならなくなるから、本当にお勧めしないけど」

【……そういえば、一度だけシヴァさんが魔法陣を見せてから魔法を使ったところを見たことがあるのですけど……あれは?】


 先日の悪魔との対決の最中だろう。確かに先ほどの持論に反して、敵前で堂々と魔法陣を晒したことをシヴァは覚えている。


「見えない場所となると描ける魔法陣の大きさにも限度がある。そう言った時には苦肉の策として魔法陣を晒すことになるが、その場合はこれから使う魔法の内容を理解されないように魔法陣を複雑にして、簡単に真似されたり対処出来なくするんだ」


 ただ……と、シヴァは人差し指を立てる。


「世の中には、魔法効果の強大さを求めるあまり、魔術師単独じゃあ即席で描けない魔法陣が存在する。そうした時に使うのが、そのホワイトボードみたいな魔道具だ」


 加えて言えば、シヴァが誇る最強の魔法陣が記された魔導書、《火焔式・源理滅却(アヴェスター)》もその類の魔道具だ。

 戦闘用だろうとそうでなかろうと、魔法の性能や出力は魔法陣に依るところが非常に大きい。逆に言えば、魔法陣が無ければ魔術師は魔術師たり得ない。

 

「他にも剣のなかごに仕込んだり、宝玉の中に仕込んだり、魔法陣を成立させることができるだけのスペースがある物なら、何でも魔道具にできる。もっとも、これも壊されたらお終いの苦肉の策と言えるから、できる限り頑丈にして、傍からは魔法陣が見えないようにしないとだけどな」

「…………」


 数度頷きながら、セラはノートに教わったことをメモしていく。元々、魔道具の力を借りなければ字を書くことすらあまり覚束ない彼女が記し終えるのをゆっくりと待ち、シヴァは次の基本を教える。


「で、次は魔法陣(機構)を動かすための魔術師本人の力。これは大まかに魔力と適正属性の2つに分けられる」

【……適正属性?】


 魔力に関しては分かるが、後者についてはあまり知らないセラは首を傾げる。幾度か耳にはしたものの、その詳細についてはちゃんと説明を受けたことがないのだ。


「人類には自然界の五大元素、地・水・風・炎・雷の適性があるんだが、どの属性への適性があるかは、それは個々人によるわけよ」

【……?】

「つまりそうだな……属性への適性を仮に100という数値で表すとしよう。この100の適性数値を5つの属性に振り分けられるんだが、それは生まれる前から既に振り分けられててな、大抵は2~3の属性に振り分けられるんだ」


 魔力の燐光で宙に描いた図で説明しながら説明を続ける。


「中には5つの属性に振り分けられる奴もいれば、俺みたいに1つの属性に全適性数値を振り分けられる奴、極めて少数派だが適正属性のない奴もいる。一見すると幅広く適性が振り分けられた奴の方が有利に見えるだろうが、実は1つの属性に対して多くの適性が振り分けられれば、その属性魔法を使う時に効果が増大する。だから一概にどんな魔法でも幅広く使える奴が優れているとは限らない。言い換えれば器用貧乏ってことだからな。……ここまではいいか?」

「…………」


 コクリとセラは頷く。


「適性が無い属性の魔法も使えないことはない。さっきも言ったとおり、魔法陣さえあれば魔力のある奴はどんな奴でも使えるからな。ただしその場合、適性がある奴に比べて威力が見劣りしたりするんだが、どんな不具合が出るかは個人による。俺の場合は、威力や範囲といった調整が全く効かなくなるってことかな」

【……もしかして、いつも手加減してるって言いながら得意な魔法しか使っていないのって】

「……正直、炎魔法以外の魔法を使えば、どんだけの範囲に魔法が及ぶか分かったもんじゃない」


 遠い眼で明後日の方向を向くシヴァ。

 別に手加減する気が無くて得意な炎魔法しか使わないわけじゃない。炎魔法以外の魔法で攻撃すれば、より広範囲を巻き込む超威力の攻撃になりかねないからだ。

 言うなれば、炎魔法の方がまだマシ。無駄に魔力も消費するし、遠くにいる無関係の者も巻き込む可能性が高いから、殺傷力と破壊力が高くても炎魔法を使わざるを得ないのだ。


「じゃあ自分の適正属性はどうすれば分かるの? って話になるわけだが、これは実際に魔法を撃って見れば分かる」


 そう言ってシヴァは中空に円の中に紋章を1つ描いただけの非常に簡素な魔法陣を5種類描く。


「これはそれぞれ、地・水・風・炎・雷を表す紋章だけを記した簡単な魔法陣でな。出力を上げる術式とかも一切描かれてないから、実際に撃ってみても全然威力が出ないが、適性を図るには十分。セラ、この魔法陣に順番に魔力を流し、魔法を発動してみてくれ」


 シヴァは土魔法で土くれで出来た壁を魔法陣の先に隆起させる。やたらと広く高い壁になったのは適性の無さゆえだろうが、そんなことは些末事だ。

 セラは恐る恐る魔法陣を順番に発動させていく。魔法陣から発射される小さな水の弾、(つぶて)、電流に火球、風の刃が脆い土くれの壁を傷つけるが……どれも均一な損壊に見える。


「……これは見分けるのが面倒なパターンが来たな」

【どういうことですか?】

「威力は同等。だがいずれも制御に若干の乱れがあった。……つまりお前は、これら5つの属性への適性が無いのか、まったく別の隠し属性があるのかもしれない」


 隠し属性。そんな新しい用語にセラは疑問符を浮かべる。


「5属性のどれにも属さない属性の持ち主ってことだ。全体から見れば少数派だけど、別に珍しくはないから属性なしって考えるより、隠し属性の可能性が高いだろうな」

【……それは見分けられるのでしょうか?】

「正直言ってむずい。何せ隠し属性は多岐にわたるからな……泥とか草の属性、中には時間や空間の属性なんてものまである。絞り込むのは容易じゃない」


 思わず項垂れてしまうセラ。これから身につけてみようと思った魔法、その第一段階である適正検査で躓いてしまえば無理もない話だ。

 そんな彼女を見かねて、シヴァは慌ててフォローに入った。


「ま、まぁ俺がいた時代から4000年も経ったからな! 適性検査の技術も上がっているかもしれん! とりあえず俺も手伝うから、明日学校で色々調べてみよう!」

【……ありがとう、ございます】


 少し持ち直してくれてホッとしたシヴァ。そんな彼に対して、セラはホワイトボードとシヴァの顔を交互に見ながら狼狽えていた。


「どうした? 何か言いたいことがあるなら言ってくれてもいいぞ」

「…………」


 ジッとシヴァの顔を見据えてから、セラはおずおずとホワイトボードを見せる。


【シヴァさんにも、分からないこととかあったのに驚きました】

「はぐぅっ!? …………も、もしかして、なんか失望しちゃったり……した?」

「……っ!!」


 ショックを受けるシヴァに対し、ブンブンブンと、何度も首を横に振るセラ。


【私から見たシヴァさんは、本当に凄い人だったから……。悪魔よりも神様よりも強い魔術師だから、勝手に何でも知ってて、何でも出来る人だって、私が思い込んでいただけなんです】

「何でも知ってて出来る凄い奴……か」


 その文字を見たシヴァは思わず恥ずかしそうに頬を掻きながら苦笑を溢す。


「セラ。何か勘違いしてるかもしれないが、実は俺に出来ることってあんまり多くない」

「……?」


 その言葉こそセラにとっては意外だった。シヴァは強く逞しく、死人すら生き返らせることが出来る魔術師だ。そんな魔術師が自分に出来ることが少ないなどと言ってしまえば、他の魔術師は一体何なのだという話になってしまう。 


「俺は戦いに関することはとことん追求してきた。ただ生きるためにな。……逆に言えば、それ以外の積み重ねをしてこなかったんだよ。適性検査にしても、家事にしても、友達作りにしてもな」


 世界中から恐れられていた《滅びの賢者》と謳われた男は欠点だらけの男だ。敵を打倒すことと、自分自身が生き延びる術は徹底的に磨いてきたが、一芸に秀でた彼はそれ以外の事が人並み以下にしかできない。


「だから俺、実は賢者学校には少しだけ期待してるんだよ」

【……そうなのですか?】


 魔法実習では常に相手を圧倒し、真面目でありながら退屈そうにしているシヴァを見てきたが故にセラはそう問い返してしまう。


「意外か? 確かに、戦う事前提の授業ばっかり受けさせられているけど、学校である以上、誰かの役に立てることも教えてくれるかもしれないだろ? ……多分、それが俺に今まで足りなかったことかもしれないからな」


 そう言ったシヴァは、少し寂しそうに笑った。



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