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最強最悪の盗賊団と出会ったが、奴らは(個人的に)弱すぎた

お気にいただければ評価や感想、登録のほどよろしくお願いします。


 悲劇というのはどこにでもある。

 4種族の領土の中心に位置するアムルヘイド自治州。その学術都市に設立された、とある学校の編入試験案内の冊子を手にした少年は住んでいる片田舎から意気揚々と中央都市へと向かおうとしていた。

 元々身寄りもなく1人で暮らしていた彼は憧れた存在になるべく、来る日も来る日も勉学と仕事に身を捧げ、大都市にあるだけあって由緒正しい名門中の名門と言っても差し支えの無い学校の学費を支払えるだけの蓄えが出来たので、編入試験に望むべく村を出た翌日のこと。彼が乗せてもらっていた行商人の幌馬車が、盗賊団に襲われたのだ。

 ジェスター盗賊団。世界各地を股にかける最強にして最悪の盗賊団である。

 ありとあらゆる種族が入り混じった構成人数は500人を超え、落ちぶれた歴戦の兵士や凄腕の冒険者、果てには複数の元宮廷魔術師すら取り込み、その戦闘能力は国軍で編成された討伐隊では相手にならないとされるほど。少年たちはその一個小隊に襲われたのだ。

 そんな無頼漢たちに襲われれば、ただの商人、ただの少年などひとたまりもない。金品は命ごと奪われ、少年の人生は幕を閉じる……実にありふれた悲劇の結末だ。

 そしてそうした悲劇から得た金品で、盗賊たちは宴を上げる。ジェスター盗賊団の本拠地であるアムルヘイド領内の誰も近づかない山の内部……魔法でトンネル状にくり抜いた、一見何の変哲もない山にしか見えないアジトで開かれる、酒を煽りながらの功績争いという宴。

 やれ人間の国の軍隊を返り討ちにして装備を全て奪い取ってやっただの、やれ魔族の宮廷魔術師たちを返り討ちにして、その魔法の秘奥全て奪い取ってやっただの、とても一盗賊団とは思えない事実が、誇張も無しに飛び交う。

 もはや誰にも止めることは出来ない凶悪な盗賊団。全世界が頭を悩ます悪逆非道な無頼たちの酒宴の中心に、突如空間の裂け目が現れる。

 酒精を吹き飛ばして一斉に警戒を露にするジェスター盗賊団。どこぞの魔術師の魔法か、はたまた偶然の産物か、いずれにせよ彼らの眼に油断はない。

 むしろ楽しい宴の邪魔をした者が居るのなら、どう料理してくれようか……歴戦の男たちが包囲し、見守る中、空間の裂け目から飛び出してきたのは、どこにでもいる平凡そうな茶髪の青年。


「やあっと出れたぁっ! ……ん? うわっ!? 人がこんなに!?」


 最恐最悪と謳われた者同士が巡り合う。

 今、世界が恐れた《滅びの賢者》シルヴァーズが、勇者と魔王、神々たちによる封印の空間から解き放たれた。




 時空間の狭間から抜け出したシルヴァーズが、目の前に種族問わず大勢の人が居る事を認識するや否や、真っ先に起こした行動は自分の顔を両腕で隠そうとすることだった。

 これは単なる癖である。呪いを受けてからというもの、会う人全てから邪悪な化け物と呼ばれ続け、自分の顔に向けて敵意と恐怖が混じった視線をぶつけてくる。

 シルヴァーズが人前に出た瞬間に顔を隠そうとする仕草は、そうした敵意から自分の心を守ろうとするべく身に付けられたものなのだ。


「何だこのガキ!?」

「いきなり何もない所から現れやがったぞ!?」

「空間魔法の使い手か? しかし、何だって俺たちのアジトのど真ん中に」

「…………ん?」


 しかし、彼らの反応はシルヴァーズが予想する、何時もの反応ではなかった。

 むしろ姿を現したことで警戒が薄れたかのような、どこか侮るような視線。……そして何より、聞き流すことが出来ない単語が聞こえてきた。


「なぁ……今誰か、俺のことをガキっていった?」

「あぁん? それがどうしたってんだよ?」

「テメェ、俺たちのアジトに踏み込んで生きて帰れると思うなよ!?」

 

 最恐最悪の盗賊団、約500人による凄まじい眼光と威圧が、中心にいるシルヴァーズに一斉に向けられるが、当の彼はそれらを全く気にする様子もなく思案に耽る。

 シルヴァーズは呪いによって姿形と全ての言動が邪悪なものとして他者に捉えられる。しかし今、周囲の人々は自分を実際の見た目通りに姿として受け取っており、その上言葉までちゃんと通じる。


(俺が封印場所として放り込まれた時空間の狭間……あの急激かつ不規則な時間の流れが、俺の中の呪いに干渉し、呪いとなる前の状態まで時間を戻して消滅した?)


 呪いが消えた。今まで散々苦しまされ続け、果てには世界の敵として認識されるに至った呪いが消滅した。その事実を認識した時、シルヴァーズは全身をプルプルと振るわせる。


「何だぁ? 今更現状を理解してビビってんのかぁ?」

「だがもう遅ぇ。お前はこれから俺たちの玩具に――――」


 周囲の盗賊たちはそれを恐怖によるものかと思って下卑た笑みを浮かべるが、それらを全て無視してシルヴァーズは大口を開く。


「呪いが解けたぁあああああああああああああああああああああああっ!!!!」

『『『ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああっ!?』』』


 世界を敵に回してもなお圧倒した、《滅びの賢者》歓喜の咆哮。

 とても人の喉から迸っているとは思えないその大声量は周囲の人々全ての鼓膜を突き破り、岩壁に無数の亀裂を走らせる。


「やっだよぉおおおおおおおおおおおおおおおいおいおいおいぃいいいいっ!!!!」

『『『み、耳が!? 耳がぁああああああああああああああああああっ!?』』』


 それでもなお止まることのない……それどころか涙も鼻水を滝のように流しながら咽び泣くシルヴァーズの嗚咽は、ソニックブームを引き起こしてジェスター盗賊団の全身を打ちのめす。

 ついには分厚い岩盤を突き抜けて山全体を激しく揺らし、生息していた動物たちは余りの音量のストレスでショック死。土砂崩れが複数発生し、天高くに浮かぶ雲を揺さぶって大雨を降らせた。


「うぅぅう……こんなに嬉しいことはない……! ……あれ? なんで全員地面に転がってるの?」


 ようやく《滅びの賢者》が泣き止み、山に静寂が戻った時には、耳から血を流しながら悶絶する盗賊たちの姿が爆音の中心付近にあった。

 中には鼓膜が破れ、全身に傷を負うだけでは済まず、突然の轟音に驚いて心臓が止まって死亡している者まで居る。


「テ……テメェ……! 舐めた真似をしてくれるじゃねぇか……!」

「……ボ、ボス」


 そんな中、一際大柄な男……ジェスター盗賊団の首領が両手に大きな魔法陣を描く。すると生存者を一斉に淡い光で包み、その身に受けた傷が急速に癒え始めた。広域範囲の治癒魔法だ。


(治癒魔法? 肉体の治癒能力を活性化させるだけ? 随分効率の悪い回復魔法だな。しかもあんなに単純かつ簡単な魔法にあんなデカい魔法陣を描くなんて……魔法が苦手な人なのかな?)

「何俺たちを無視して他所を向いてやがんだテメェ!!」


 マジマジと魔法陣を眺めていると、盗賊団の首領は自分たちから意識を外したシルヴァーズに苛立ったかのような怒号を上げる。

 

「いきなり現れてとんでもねぇ攻撃魔法かましやがって……一体どこの回し者だ!?」

「攻撃魔法?」


 シルヴァーズは訳が分からないと言わんばかりに首を傾げる。


(そんなの使った覚えがまるでないんだけどな……というか、何でちょっと(・・・・)大きな声出した程度で鼓膜が破れてるんだろ?)


 今のは単なる地声である。確かに突然大声を出したのは褒められることではないが、そのくらいにしては周囲の反応がやけに大げさだ。少なくとも、シルヴァーズはそう思っている。


「惚けんじゃねぇ!! 大方俺たちを捕まえに来たどこぞの国の刺客なんだろうが、この人数を相手にまともに戦えると思ってんじゃねぇぞ小僧!!」

「うぉおお……! ボ、ボスが本気で怒ってやがる……!」

「何て圧力だよ……! 流石は元宮廷魔術師長なだけはある」

「ボスは昔、一睨みしただけで獣人国の精鋭を戦意喪失に追い込んだ手練れだ……! あの小僧、間違いなく死んだぜ」


 盗賊団の首領はすさまじい殺気と怒気を一直線にシルヴァーズに叩きつける。常人が受ければ余りの恐怖に呆然自失となり、失禁間違いなしの圧倒的な眼光だが――――


(何であんなに顔を顰めてるんだろ? もしかして、お腹でも痛いのかな?)


 シルヴァーズにとって殺気を飛ばすということは、物理的な威力すら伴う圧力の事を指す。故に彼にとって、盗賊団の首領の殺気など、自分に向けられているものだとはとても考えられない……それ以前に、殺気であると認識できないほど弱弱しいものでしかないのだ。


(今までなら俺がちょっと声をかけるだけで逃げられるか攻撃されるかだったけど、呪いが解けた今なら言いたいことをきちんと伝えられる)


 今までどんな善意も悪意と捉えられてきた。だから今は腹痛で苦しんでいる(と、シルヴァーズは思い込んでいる)人に向けて言いたいことを言うべきだ。


「あのー……こんな大人数の前だと恥ずかしいのは分からんでもないけど、トイレ行きたい時は行ってきた方が良いですよ?」

「テメェ……! 何訳分かんねぇこと抜かしてこの俺をバカにしてやがんだぁああああああああっ!!」

「えぇっ!? 親切のつもりで言ったのに!?」


 怒られてしまったことを心底意外だと言わんばかりの表情を浮かべるシルヴァーズ。

 盗賊たちとしては全力で殺気を向けているのに、いきなり「トイレに行きたかったら行け」と頓珍漢な事を言われれば、怒るのも無理はない話ではあるが、重ねて言うようにシルヴァーズは殺気を向けられているという自覚が無いために気付く余地が無い。


「俺たちのジェスター盗賊団を前にしてその余裕……随分舐めてくれるじゃねぇか。よほどのバカか、世間知らずなのか」

「ジェスター盗賊団……だと?」


 その事実にシルヴァーズの心は驚愕に包まれる。その表情にようやく気を良くし始めた首領。


「ようやく自分の立場が分かったみてぇだな。そう! 俺たちこそが世界最強最悪と名高い――――」

「お前ら盗賊団だったのか!? そんな生まれたての赤ん坊よりも遥かに少ない魔力に、あんな下手くそな回復魔法使ってる分際で!?」

「このクソガキがぁあああああああああああああっ!!」


 元は国仕えの宮廷魔術師を束ねる者だった首領は、部下の前で恥をかかされて怒りの叫びをあげる。

 相手の魔力量を見て測るのは、魔術師からすれば基本的な技術だ。故にシルヴァーズはこの場にいる盗賊全員の魔力量を測ってみたのだが、その結果はまさに酷いの一言。全員が全員、生まれたての赤ん坊以下の魔力量しかないのだ。

 …………少なくとも、シルヴァーズの基準ではだが。


「止めとけ止めとけ、盗賊なんてさっさと足洗った方が良いって。絶対に向いてないから。そんなちっぽけな魔力じゃ、全員の力を合わせても《衛星光砲(サテラレイ)》の一発も防げないだろ。……まったく、何で俺が盗賊なんぞの心配なんぞせにゃならないんだ。あまりに脆弱すぎるから思わず心配になっちゃったけど」

『『『……………っっっっ!!』』』


 ビキビキビキビキィ! と、額にいくつもの青筋を浮かべ、血管が浮き出るほど怒り狂う盗賊たち。世界最強と謳われ、中には実力派の魔術師がいるにも拘らずこの物言いでは当然の反応と言えるだろう。

 ちなみに、《衛星光砲(サテラレイ)》とは大気圏外から地表に向かって発射される光の柱によって、地盤ごと相手を吹き飛ばす雑魚掃除用によく使われる魔法である。これを対処できるかどうかが、雑魚であるかか、そうではないかを見分ける基準と言っても良いだろう。

 ……あくまで、シルヴァーズが知る常識の話ではあるが。


(しかし、盗賊か。これは渡りに船だったかな?)


 世界中から絶対悪と恐れられたシルヴァーズだが、実際は良心の一つや二つくらいはあるただの村人だ。呪いを受けて旅に出た最初の頃こそは盗みを働いていたが、ある程度金が手に入るようになると、店まで買い物に来ては恐れて逃げる店員や店主を尻目に商品を手に取り、金を置いて行くくらいの事はしていた。

 そしてその金をどこで手に入れたかというと、戦乱に乗じて略奪を繰り返す盗賊からである。シルヴァーズも生きるためにある程度の必要悪はこなしてきたが、それでも良心の呵責というものはある。金が必要だからと言って、罪の無い者から奪うような真似は極力避けてきた。

 その一方で、いくら痛めつけても良心の呵責を感じる必要のない悪党からは略奪行為を働いてきたのだ。その最たる例が盗賊で、彼らはまさにシルヴァーズにとって絶好のカモ……もっと言えば財布なのである。


(ベ、別に笑いながら悪事働いているのに仲間がたくさんいる盗賊どもが妬ましいから積極的に狙ったわけじゃないぞ!?)


 自分で自分に言い訳するシルヴァーズ。ボッチ歴10年の、実は寂しかったベテランボッチである。


「よしお前ら、大人しく有り金全部俺に渡せ。そうすれば縛り上げてお国に身柄を引き渡すだけで済ませてやるぞ」


 手のひらを差し向けながら、満面の笑顔でそんな事を最強最悪の盗賊団に言ってのけるシルヴァーズ。

 今までとは違い、話し合いが出来るのだ。問答無用で命ごと金を奪い取らず、ちゃんと警告ができるなんて、実に平和的で素晴らしい事ではないか。

 呪いが解けて本当に良かったなどと考えていると、とうとう盗賊たちの怒りは爆発した。


『『『死ねやクソガキがぁあああああっ!!』』』


 四方八方から魔法陣が輝き、刃が煌めく。それら全てがシルヴァーズの体に直撃し、盗賊たちは一様に青年が無残な死体に成り果てたことを確信したが――――


「ば、馬鹿な!? あれだけの攻撃を受けて無傷だと!?」


 ジェスター盗賊団の一斉攻撃。これを防いで生き延びた者は一人もいない。にも拘らず、シルヴァーズは防御魔法すら展開することもなく、その身一つで魔法も武器も受け止めてみせたのだ。

 刃も魔法もシルヴァーズの薄皮を破ることすら叶わず、攻撃を受けた当の本人は疑問を表情に浮かべながら首を傾げる。


「……ん? 今死ねとか聞こえたけど、もしかして俺は攻撃されたのか?」


 一般人の眼から見れば、ジェスター盗賊団の攻撃は全て神速にして必殺の威力を誇るように見えただろう。しかし彼の眼にはとんでもなく遅く、威力も皮膚の上を軽く撫でたかのようにしか感じられない。最早攻撃とすら認識できず、防御や回避すら選択肢に浮かばなかったほどだ。

 

「ワザとゆっくり攻撃したとかじゃなくて? ちゃんと俺を殺すつもりで魔法を撃ってきたのか?」

「当たり前だろうが!! テメェ、いつまで俺たちをバカにすりゃ気が済むんだ!?」

「……はぁ~~~。弱いなぁ……お前らは盗賊のくせして弱すぎる! そんな体たらくでどうやったらこんな大規模な盗賊団を維持できるのか不思議でならない」

『『『……~~~~~~~~~っ!!!!』』』


 ありったけの哀れみを込めて嘆息すると、もう頭の血管が千切れそうになるくらい顔を赤くするジェスター盗賊団一同。充満する怒気と殺意など気にも留めず、シルヴァーズは全身に魔力を滾えらせた。


「まぁ攻撃してきたってんなら是非もない。交渉決裂って事で、金品はお前らを殺して奪うとしよう」


 その瞬間、太陽を思わせる灼熱がジェスター盗賊団たちを焼き尽くした。

 迸った魔力が灼熱を帯びて撒き散らされたことで、500人が入れる広大な空間を焼き尽くしたばかりか、標高3000メートルを超える山の木々や、最初の咆哮で死んだ生物を一瞬で焼失させ、周囲の鉱石は全て融解し、超高温の溶岩となって流されていく。

 さらに二次災害として流された溶岩は他の山や森の木々を呑み込んで焼き尽くし、ジェスター盗賊団のアジトである山周辺では盛大な山火事と森火事が同時発生。後に残されたのは黒炭の焦土だけであった。

 この光景を見た誰もが凄まじい攻撃魔法、戦略級の破壊魔法だと、口々に言うだろう。しかし、シルヴァーズ自身は魔法を使ったつもりもなければ、攻撃をしたつもりはない。

 ただ……世界を容易に滅ぼすと恐れられた《滅びの賢者》が、臨戦態勢に入っただけ(・・・・・・・・・・)である。




とりあえず、臨戦態勢に入っただけで富士山級の山が八割蒸発する。

お気にいただければ評価や感想、登録のほどよろしくお願いします。

ほかのざまぁシリーズもよろしければどうぞ

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