悪魔と悪魔
皆様お久しぶりです。更新遅れて申し訳ありません。今日から更新再開しますので、よろしくおねがいします。
最強種……そう呼ばれる三つの種族が存在する。
一惑星に息づく全生命体の中で、唯一最強を名乗れる存在であるドラゴン。
《創造神》クリアや《闘神》イドゥラーダを筆頭とし、人々から敬われる存在である神族。
そしてその神族と敵対関係となっている、災厄と罪の集合体……悪魔。
「な、なんという魔力と迫力……! これが最強の一角と恐れられる悪魔だというの……!?」
「あぁ……そして今日から、盟約に従い我らもその力を手にすることが出来る……!」
凄まじい熱波と飛び散る火の粉に腕で顔を覆いながら、エルザもマーリスも、禍々しい巨体に恐れながら魅了され目が離せない。それほどまでに、眼前の化生は圧倒的だった。
悪にして魔。外観からしても醜悪な気性をしていそうな炎の衣を纏う悪魔は、意外なことに臆する2人を前にしても泰然と構えている。それどころか、その表情には感情らしきものが見受けられなかった。
「お父様……これは」
「う、うむ……。どうやらまだ完全な現界には至っていないようだ。恐らく贄を与えることで意思を取り戻すだろう」
贄。その言葉に反応するかのように、悪魔はセラに視線を向ける。そのこと自体が、マーリスの推測に対する保障だった。
「ほ、本当に大丈夫なのですよね? 相手は悪魔……それも4000年前の伝説に恐れられている化け物ですが」
この世には人々が抱いた感情を糧として誕生する種族が存在する。その筆頭こそが神族と悪魔だが、その成り立ちもまた両極端だ。
救いに対する祈り。それに伴う信仰。豊穣や奇蹟への感謝。そういったプラス方面に属する数十億もの思想が大気中や生物から発せられた膨大な魔力と混じりあい、誕生したのが神族であるのに対し、人が犯す罪悪や未知への恐怖、戦乱に災害に対する絶望といったマイナス方面への思想が神族と同様に膨大な魔力と混じりあって悪魔は誕生する。
そして人智の及ばない力や状況、環境のうねり、それらに対する思想によって顕現した存在の為か、神族や悪魔は例外なく人の領域を遥かに逸脱した力……空を割り、地を裂き、生命や時空すら操ることすら出来るというのだ。
傲岸不遜なエルザでも恐怖を覚えるのは無理もない話だろう。負の思想より生まれた超常的な存在が、こちらに害を与えぬとは誰も思わない。
「……問題ないはずだ。神族や悪魔は、契約に縛られる特性を持つのだからな」
しかし、如何に強大とはいえ、彼らは人の主観によって生み出された存在だ。中でも悪魔は、契約を順守し、契約を破るものは決して許さないという認識が、人類の中では極めて有名である。
「無事に贄を差し出せばこちらが望んだとおりの力を渡し、我々に害をなさないという契約を交わしている。悪魔でも……いや、悪魔だからこそ、この契約を違えることは出来ないのだ」
マーリスは前妻の死後に巡り合った眼前の悪魔の言葉を思い返す。魔道の頂に立つための方法を模索する中で、偶然悪魔どもが住まうという冥府魔界に通信することが出来た時、マーリスが契約したのがこの悪魔なのだ。
――――精霊との間に設けた混血の娘を差し出すがいい。さすれば貴様に我が力の一端を振るう権利を与えようぞ。
この悪魔は出会った当初から実の娘であるセラを生贄に求めていた。理由は定かではないが、マーリスからすればどうでもいいことだ。目的のためなら、こんな薄汚い混血の娘など幾らでも差し出せる。
元より極めて断りにくい縁談によって当時恋人関係にあったエルザの母を秘密の愛人にしてまで、精霊であった前妻と設けた子供。自分の種で醜い混血児が生まれるなど到底我慢ならなかったが、公爵家としても決して無碍に出来ない貴人の娘であった前妻の顔を立てなければならなかったゆえに、表面上は可愛がっていた。
(しかし結果としては失敗ではなかったな)
我慢の日々だった。あの醜く愚かな娘に父と呼ばれ続けるのは。前妻の死後に今の妻とエルザを引き取って、以降は義務による教育と自分や妻子、学校の生徒や教師の憂さ晴らしの道具として手元に置いていたが、それでも混血児が身内に居るという事実が耐えられなかった。
しかし、それも今日までの苦痛も終わり、待ちわびた大きな対価を得る時がきたのだ。後はあの魔力の量だけが取り柄の娘を差し出せば、全てを手に入れる力を得ることが出来る。
「さぁ、贄を食らうがいい。そして我らに大いなる力を――――」
そこでマーリスははふと異和感を覚えた。生贄のセラに視線を向けていた悪魔が、上空を見据えているのだ。
「一体何が……んなっ!?」
「お父様? どうかされっ!?」
つられて上空を見上げたマーリスとエルザは顎が外れそうなほどに愕然とした表情を浮かべる。星と月だけが彩っていたはずの黒い空に、数えきれないほどの炎の眼球が中庭を見下ろしていたのだ。
「な、何なのだ、あの炎の眼は……!?」
「すいませーん、夜分遅くに失礼しまーす」
見たことも聞いたこともない炎魔法に呆気を取られているのも束の間、中庭を囲む館の屋根の上から、ひょっこりと顔を出したのは、エルザにとって実に見覚えのある憎き男。
「……あ、いたいた。やっと見つけた」
「シ、シヴァ・ブラフマン!? なぜあんたがここに居るのよ!?」
緊張感の欠片もない声色で中庭に飛び降りてきたシヴァに、エルザは恐れと警戒を露にする。
「いや、何でも何も、今家で絶賛同居中の家出娘が遅くなっても帰ってこないから心配して探しに来たんだよ」
「……だからといって人様の……それも貴族の屋敷に無断で入り込むなど感心しないな。その事実だけでも厳しい懲罰に値するが、今はそんなことはどうでもいい」
一見落ち着いているように見えるマーリスは、信じられない物を見るかのような目で問いかけた。
「……この中庭には隠遁の魔法が掛けられている。魔力の探知では決して見破られることはないはずだ。だというのに、なぜ君はこの広い学術都市の中からセラを見つけ出すことが出来たのだね?」
もしやどこかの有力者の密偵がこの都市に、賢者学校に、この館に紛れ込んでいて、シヴァに情報をリークしたのか。もしそうだとすれば、秘密裏に進めていたこの儀式に関する情報が流れている可能性が高い。そうなれば、後々厄介なのだ。
その事実の有無を見極めようとしたマーリスだが、シヴァはそう言った情報戦のやり取りをする気はないのか、はたまたマーリスの意図に気付いていないのか、何でもないように答えた。
「夕方寝て、夜に起きてもセラが帰ってこないもんだから、最初は魔力探知で探し出そうと思ったんですけどね。でもこの大陸中のどこにもセラの魔力を感じられなかったんですよ」
「た、大陸中ですって!?」
「あ、ありえん! それほど広範囲の魔力探知など聞いたこともない!」
サラリととんでもない事を口にしたシヴァに、マーリスとエルザは瞠目する。二人の認識ではどれほど魔力の探知に優れたものでも、その探知範囲はせいぜい学術都市の8分の1程度。だというのに、大陸全土を探知範囲に入れるなど常軌を逸脱しているにもほどがある。
嘘か誠かは不明だが、事実としてシヴァはセラの元に辿り着いたのは事実。故に二人は口で否定しながらも、否定しきる根拠が思い浮かばなかった。
「信じる信じないはともかくとして、どっちにしろ魔力の探知では引っかからなかったからな。だから俺、ちょっと眼玉を増やしてバラまいてみた」
術者と視界を共有する炎の眼球を生み出す遠見の魔法の一種、《灯台目》。それによって数億もの眼球を生み出し、手始めに学術都市中を俯瞰させることですぐさま見つけ出したのだ。
「それにしても、一人で勝手に挨拶もなく実家に戻って家族と話し合いにでも来たのかと思ったりもしたんだが……どうやらそういう事でもないみたいだな」
空に浮かぶ炎の眼球を全て消し去り、シヴァはどことなく既視感を覚える悪魔を見据える。神族が最も近しい時代であった4000年前の住民であった彼から見ても、神族の手前、なかなか人前に姿を現さない悪魔は珍しい部類であった。
そして上空から俯瞰した中庭を見る限り、この中庭自体が儀式魔法の魔法陣であり、その中心に置かれたセラが悪魔への生贄であることもすぐさま理解できた。
「操られている印象はなかったけど……なるほど、催眠魔法じゃなくて暗示の魔法か。確かにこれは付き合いの短い俺じゃ気付きにくい」
「なっ!? い、何時の間に!?」
中庭の端から瞬きをする間にセラの元へと駆け付けたシヴァに、マーリスは空間転移の魔法でも使ったのかと目を白黒とさせる。しかし残念ながら、シヴァはただ眼にも止まらぬ速さで駆け抜けただけであった。
「悪いな。お前が苦しんでたのに、気付いてやれんかった」
自身を縛る鎖をいとも簡単に引き千切るシヴァを見て、セラは枯れかけた涙腺から涙を滲ませる。
(……どうして……っ!)
そこには様々な意味が込められていた。探し出してくれたことも、こうして助けてくれたことも、涙が出るほどに嬉しいことだ。
母が死んだあの日から、誰一人として味方が居なかった。事情を知らぬ誰かが多少は優しくしてくれても、自分を虐げているのが公爵であると知れば皆が皆、手のひらを返したこともある。
それでもシヴァはここに来た。シヴァだけは権力を顧みずに、超常の存在を前にしても迷うことなく助けに来てくれた。ただそれだけの事実が、どれだけこの傷付き病んだ心を慰撫してくれただろうか。
(いけない……逃げて……っ!)
しかしそれよりも恐怖が上回る。このままではシヴァが殺されてしまうという恐怖が。
なぜ来てしまったのだと、苛立ちに似た感情を抱かずにはいられない。儀式魔法の供物として、あの悪魔と契約で繋がるセラは、あの悪魔が如何にシヴァでも叶わぬ相手であると知識で理解していたのだ。
なぜなら、あの悪魔の正体は――――。
「《海旋槍》!!」
そんな心の悲鳴が届くよりも先に、シヴァの背後から攻撃を仕掛けた者が居た。儀式の邪魔はさせまいと、渦潮を武器の形にしたような魔法を手に携え、一気に間合いを詰めてきたマーリスだ。
明確な敵を前にして暢気にセラの救出を始めたことを隙と捉えたのだろう、渦巻く水の槍をシヴァの後頭部に突き刺そうとしたが、その尖端が触れた瞬間、水の槍は凄まじい衝撃と共に四散し、マーリスは何度も地面を跳ねながら吹き飛ばされた。
「ぐわぁああああああああああっ!?」
「い、いやあああああああああっ!? お父様っ!?」
攻撃を受けても無傷のシヴァに対し、攻撃した側のマーリスは腕の皮膚と筋肉が裂け、骨が割れるという重傷を負う。
シヴァは背後から迫る殺意に気付いていたが、あえて無視した。仮にも想い人の父親、明確に敵となっていないにも拘らず、迎撃して怪我をさせてしまうのは躊躇われる。
故に「娘を奪っていく男への父親の洗礼」として、その身で攻撃を素受けしたのだが、シヴァの驚異的な肉体強度と内包された魔力の差に、攻撃を防いだだけではなく、反動としてマーリスに大きなダメージを与えたのだ。
素人の拳が鍛え抜かれた腹筋に打ち付けられるのと同じことだ。圧倒的耐久力の前に、半端な攻撃を繰り出せば攻撃した側が傷つく。
「ぐぅうう……! 腕が……腕がぁああ……! 何という攻撃的な防御魔法……鉄壁も貫く私の《海旋槍》を……!」
「ちょっと!? 俺何もしてないのに何を人聞きの悪いことを!? 信じてセラ! なんかやけに大袈裟な反応してるけど、俺はなんの魔法も使ってないからな!?」
こんな状況かだというのに、シヴァは緊張感もなく完全にいつも通りで、セラは弁明を繰り返す目の前の少年に呆気を取られる。
いったいどうしてこのように振る舞えるのだろうか。シヴァもあの異様な存在感を放つ悪魔の存在に気付いているはずなのに。
「ぐっ……! なるほど、確かにラインゴット君が君を危険視するわけだ。この私の攻撃を防いだばかりかカウンターを入れてくるとは……!」
「だから人聞きの悪いことを言わんでくれませんかね? こちとらセラの命や暮らしを保証したいだけなんで、おたくと戦う気はないんですよ」
「はぁ? 仮にも私はその出来損ないの父親だぞ? 今日まで生かしてやった恩義もある。どう扱おうと私の勝手だ。……そうだろう?」
濁り切った眼はシヴァの後ろにいるセラへまっすぐ向けられ、全身が雁字搦めに縛られたかのように動かなくなってしまう。
セラにとってマーリスは絶対的な強者だ。それは強さ云々というよりも、精神的な部分での話。幼少の頃より刻み付けられてきた実父への恐怖が、理屈ではなく本能でセラに逆らうことを拒否させているのだ。
それに何より、強さという点においては悪魔を側につけている時点で実父に分がある。この世界で最強の一角である種に、なにをどうやっても人類が叶う道理はない。
長年かけて広げられた心の傷。刺激されるトラウマに、思考は停止して体も動かなくなっていく。父と、父の力を笠に着た者に逆らわぬことこそが唯一絶対の選択なのだと心身に刻み込まれていた。
「…………っ!!」
それでも、シヴァにだけは生き延びて欲しい。そんな唯一芽生えた自我だけがセラの体を突き動かし、外へ出て逃げるようにと意志を込めてシヴァの体を両手で押す。
シヴァは多くのしがらみに囚われる自分とは違う。どこにだって行けるし、何にだってなれる。…………何の価値もない自分と違うのだ。
「……なるほど。なんとなーく、今倒さなきゃなんない奴が……お前の敵の事が分かった気がする」
しかし、そんなセラの想いに反してシヴァの体は山のように動かない。それどころか、その瞳には僅かな怒りが見え始め、その身でセラを庇うように立ち塞がり、両手に炎を灯した。
「逃げろってか? 相手が権力だか悪魔だか知らないが、そんな顔した奴置いて逃げたら目覚めが悪すぎるだろ」
シヴァは後ろを振り返り、小さな同年代の少女の顔を見下ろす。その表情は紛れもない泣き顔なのに、恐怖で引き攣って涙を流すことすら許されない……そんな歪な表情だった。
「そしてなにより、お前とは話したいことが数えきれないほどあるんだ。……伝えると決めたこともな。それを邪魔するってんなら…………全てを滅ぼしてやろう」
本の中で記された、他人が体験した物語への憧れとは違う。実際に出会い、育み、大きくなった大切な誰かへの想いがあるからこそ、今のシヴァには何も恐れるものがない。
たとえそれが、この時代で再び《破壊神》と恐れられる原因となったとしても。…………セラにまで恐れられるとしてもだ。
こんな自分と共に居てくれた娘の不幸を癒し、未来へ繋ぐことが出来たのなら、どんなにシヴァにとって残酷な未来が待ち受けていたとしても、きっと後悔しない。
「滅ぼす? 滅ぼすだと? ……く、はははははははははははは!! 本気でそのような事が出来ると思っているのか!? 最強種の一角である悪魔に、その契約主である私を滅ぼすことが! 君ほどの魔術師なら、この悪魔の強大さを理解できると思ったのだが……これが若さというものか!」
逃げる選択を足らずに戦う意思を示したシヴァを蛮勇な若者と判断して哄笑を上げる。その腕は魔法を使った様子もないのに、いつの間にか癒えていた。
「ならば見せてみるがいい。かつて全世界、神々すらも焼き尽くした最強最悪。混沌と戦火の具現である炎の悪魔……《破壊神》シルヴァーズに、君の力がどこまで通用するかをな!!」
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