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終わり始まり


 アブロジウス公爵邸。その当主の執務室では、エルザの金切り声が響いていた。


「どういうことですか、お父様!? どうしてこの私をあそこまでコケにしたシヴァ・ブラフマンを退学にできないのです!?」

「落ち着きなさい、私のエルザ。せっかくの可愛い顔が台無しだよ?」


 今にも机をたたき割らんばかりに詰め寄るエルザを前に、マーリスは平然とした様子だが、その態度が余計に気に食わないエルザは完全に頭に血が上っているかのように顔を真っ赤にする。

 

「そんなことを聞きに来たんじゃない! シヴァ・ブラフマンを学校から追いやるという答えを聞きに来たんです! お父様もお聞きになったはずでしょう!? あの男が一体何をしたのかを!」

「もちろん聞き及んでいる。私は何もシヴァ・ブラフマンを退学にしないとは言っていない……ただしばらくの間待ってほしいと言っているだけだ」

「嫌です! 今すぐ退学にしてください! あんな男が1秒でも長く私の縄張りにいること自体が我慢できないのです!!」


 マーリスの言葉に納得がいかないエルザはギャーギャーと騒ぎ立てる。そんな娘の姿を見ても変わらず穏やかな笑みを浮かべるマーリスは、誰にも聞こえないくらい小さな声で呟いた。


「………………が」

「? お父様? 今何か言いました?」

「いいや、何も言っていないよ?」


 娘を安心させるように、その肩に手を置くマーリス。


「とにかく、あとはお父様に任せなさい。大丈夫、必ずエルザが納得する形で納めるから」

「絶対ですよ?」


 どこか納得していなさそうだが、自分を養い、甘やかす父親に何時までも逆らうのは得策ではないと考えたエルザは一旦この場を退く。

 エルザが廊下に出て、パタンと扉が閉じられるのと同時に椅子から立ち上がり、窓から、当主にしか入口を開くことが出来ない中庭を俯瞰した。


「学生の範疇にはとても収まらない、途方もない実力者か……面白い。それでこそ、コレ(・・)の試し甲斐があるというものだ」


 マーリスの執務室には、剪定鋏などといった園芸用の道具がある。草木と花壇、中央の石造りの屋根付きテーブルで彩られた中庭は、上から見れば巨大な魔法陣に見えた。

 



 一方そのころ、シヴァはというと。


「あぁあああああああっ!? セラ! セラー! 洗剤が、洗剤が爆発したー!」

「!? !?」


 家事練習の一環として洗濯をしている際、洗剤を爆発させて床と壁を真っ白に染め上げていた。

 泡だらけになって涙目になっているシヴァを見て「いったい何をどうすればそうなるのだろう」と心底不思議そうに首を傾げ、シヴァにホワイトボードを見せる。


『私が掃除しておきます。先にお風呂に入ってください』

「す、すまん……まさかこんなことになるだなんて……」

「…………」


 こと破壊と戦闘以外はてんでダメなシヴァに呆れた様子もなく、セラは首を左右に振る。今日一日だけでも、今までしてこなかったこと、不得意なことを克服しようと、これと同じような惨事を五回以上は繰り返しているのだが、なんだかんだ言って付き合ってくれるらしい。

 

(……むぅ。やはり、良い女だよなぁ)


 先日の夜、セラが見せた意外な包容力に思わず惚れ直してしまったシヴァは、今までにも増してセラの事をよく知ろうとしていた。

 今までは正直、外見上の好みでしか見ていなかったのだが、中身の事まで知ろうとしているあたり、シヴァの本気具合が伺えるだろう。


(だからこそ、ますます分からないんだよなぁ。何でセラはこうも苛めにあってるんだ?)


 学校で受ける苛めの理由は分かる。どうせエルザあたりが唆したのだろう。学長の娘ともなれば、教師も黙認するどころか加担するのも分からないでもない。

 しかし、なぜセラは家族にまで虐げられなければならないのか。性格に問題がある訳でもなし、仮にも公爵家の娘が、あんな死にかけの浮浪児みたいになるまで追いやられる理由が分からない。

 

「なぁ、セラ。言い難かったら別に言わなくていいんだけど、お前ってなんでエルザに嫌われてたの?」

「…………」


 直接聞くのもどうかと思ったが、好奇心が抑えきれずについつい口にしてしまった風呂上がりのシヴァ。セラは少し俯いて答えるのを躊躇ったが、世話になった手前何時までもその辺りの事情を明かさないのも不義理だと感じ、ホワイトボードをシヴァに向ける。


【……子供の頃は気づかなかったですが、父が純血思想に染まってたみたいで、実母が死んだ後に今みたいな関係なりました】

「また純血云々か」


 シヴァもエルザやライルの言い分が気になり、少しその辺りの事情を調べてみた。

 エルザの言う通り、2000年前から五人の英雄の転生体が純血の者であるという考えが根強く、それに伴って英雄の転生者である可能性のある純血の者が特権を主張するようになったという、いわゆる社会問題の一種だ。

 予言以前……大戦終結から2000年の間は、《破壊神》討伐によって全種族が一致団結し、その影響もあって異種族同士の結婚が増加、多くの混血が生まれたのだが、その中が今更純血に拘る思想は過激の一言に尽き、多くの諍いや問題を起こしてきた。

 純血主義者は今はまだ少数派だが、貴族など気位や地位の高い者も多く、解体しようにも非常に厄介な問題となっているようだ。


【私より先に同学年の純血の義姉が生まれてましたから、母と結ばれる前には既に純血主義だったんだと思います】

「なるほどな……それで精霊と人間の混血のお前が、お袋さんが亡くなるのを機に隠れ純血主義だった親父に虐待されるようになったってわけか」

【……私が精霊と人間の混血だと、知っていたのですか?】

「魔力を見れば分かる」


 霊などと実体が無いように言うが、精霊は自然物に魔力が凝り、受肉した存在だ。個体によって蛇や鳥、木に魚と、人類種のように一定の姿形を持たないが、人に近い見た目の精霊は肉体構造も人のそれに近く、交配が可能なのである。

 

【母は精霊でも、他国の偉い人の元に居たみたいで、生きている間は父も表立って蔑ろにはできなかったんだと思います】

「なるほど。でもそのお袋さんも死んで、残ったのは他国への連絡方法も分からないセラ1人だけだから、これ幸いにとオープンになったってわけか」


 それでも疑問が残る。

 あんな公に他国の権力者の縁者の娘を虐げておいて、母親がいる間はそう言う片鱗を見せなかったのは不自然な話だ。これでは母親が生きていようと生きていまいと関係ないだろう。

 何らかの変化があったという考えの方が自然だ。予想できる範囲では、他国の権力者を恐れる必要がなくなったといったところか。


(そういうパターンだと、恐れる相手が死んだか、恐れる必要がないくらいの力を得たかのどちらかなんだよな)

 

 シヴァは厄介事の予感に気を引き締め直した。最終手段である、権力とか厄介なもの全てを物理的に灰燼に帰すという手札を切るのは、案外近いかもしれない。




 模擬戦からしばらく経ってからも、シヴァの友達作りは全く進展がなかった。


『おい……シヴァ・ブラフマンだ。さっさと逃げようっ』

『野戦演習所を魔法一発で半分焼き尽くしたんでしょ? しかも破壊不可能のミスリル製ゴーレムまで』

『俺、編入試験見てたんだけど、《滅びの賢者》の有力候補だったゼクシオ家のライルがデコピンで殺されてるとこ見た……しかもその後生き返らせて、もう1回殺してた』

『嘘だろ……? 蘇生魔法なんて実際にあるのか? 御伽噺の話だと思ってた』

『1組のエルザ含めて、クラスメイトの殆どを2回殺して生き返らせたらしいぞ? そんなおっかない奴が、なんたってこの学校に……』

『名門ゼクシオ家の麒麟児と謳われたライルも精神的に再起不能になって引き籠ったらしいしな。1組の半分は今でも登校拒否になってるし、これからこの学校はどうなっちまうんだ?』


 全く嘘や誇張のない悪評が全校に広まっているからだ。事実として1組の半分近くが不登校になっているし、担任であるアランは責任とか問われて数日でゲッソリとやつれていた。


「……くっ。この視線、凄く身に覚えのある懐かしさを感じるぞ」


 無論、悪い意味でだろう。悪意ではなく、恐れの針の筵といった視線に晒されて居心地悪そうにしているシヴァを見上げながら、セラはここ最近の変化を思い返していく。


『いつもシヴァの隣にいる雌ゴブ……じゃなくて、セラも実はやばい奴なんじゃ……?』

『ちょっと止めてよ! あんなのタダの腰巾着やってるだけでしょ!? もしそうなら、何時仕返しされるかわかったもんじゃないわ!』

『でもなんであのシヴァといつも一緒に居るんだ……? 登下校も一緒だし……』


 一番変化があったのは間違いなくセラの学校生活だ。まず苛め自体がなくなった。

 皮肉な話だが、生徒どころか教師からも畏怖の視線を集めているシヴァと常に行動を共にしていることに加え、賭けの代償として苛めの収束に注力せざるを得ないエルザの影響も大きいのだろう、徹底的な敗北を喫したとはいえ、親の威光は健在である。

 そのおかげでセラも妙に周りから怖がられるようになったが、それでも以前までよりかは遥かにマシ。……シヴァが恐れられている現状から生まれた結果なので、素直に喜ぶことは出来ないのだが。

 

「あー……腹減った。セラ、今日の晩飯って何?」

【特に決めてないです。何か食べたいものはありますか?】

「そうだな……とりあえず商店街見て回りながら決めるか」


 それからセラは、今まで感じたことがないくらいに穏やかな日々を過ごしていた。

 朝はシヴァより早く起きて朝食を作り、毎日美味いと褒められながら、こそばゆい思いと共に過ごし、学校が終わればシヴァと共に商店街を歩き、家事ばかりさせて悪いからと購入した荷物を持つシヴァの隣を歩き、夜になれば暖かな夕食と湯船に浸かり眠る。

 家事全般が苦手なシヴァでも何とかできる洗濯物干しや草むしりをハラハラした気持ちで見守ったり、時にはシヴァがどこからか購入してきたボードゲームに興じる。

 星を見上げてなんでもない談笑を繰り広げたり、散歩感覚に馬車で三日は掛かるくらい遠くの街まで出かけて夕方には戻ってきたり、焼き魚は得意だといってクジラほどの巨大魚を捕まえて丸焼きにしたシヴァと共に、近所にお裾分けしに回ったりもした。

 時に平凡で、時に刺激的。そんなきっと誰もが味わっている日々は、セラにとって本当に夢のような時間だった。それこそ、何時までも続けていたいと思ってしまうほどに。


(……だから)


 この生活を終わらせなくてはならない。夢のような時間を与えてくれたシヴァを、今度こそ巻き添えにしないためにも。

 惜しむように、噛みしめるように、学校生活が始まって半月の間を過ごしたセラは、もう思い残すことはないと自分に言い聞かせ、満月の日の正午にシヴァの館から姿を消した。


 

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