少しの間の安らぎを
その後、適当に黒澄をあしらいながら登校。
心なしか、周りからの視線が鋭く、若干、胃がきりきりと痛んだ。
――はあ、面倒臭いな。
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そろそろ、限界だ。凄く、眠い。黒澄の相手をして、俺の体力はさらに擦り減っていた。
教室に入ってふらふらと窓際、一番後ろの主人公席――じゃなくて、俺の席へ。
……いかん、いかん。あまりの睡魔に意味不明なことを考えてしまった。
これでは、まるで、俺が自分のことを主人公だとアピールしているみたいではないか。
有り得ない。だいたい、なんの話しの主人公だって言うんだよ……。
――あー……だめだ。
もう、考えるのも面倒臭い。早く席について、せめて、一時間目の授業が始まるまでは寝よう。
「おう、戸塚!おはよう!……ん?どうした?今日はずいぶんと眠そうだな」
もはやわかりきってはいたが、案の定、俺が席に近づくと、既に登校していた前田が、振り返り、声をかけてきた。
「…………おは……すみ」
挨拶なんかは適当に、俺は席について、早々、机に倒れ込んだ。
「おー、おー、どうしたよ戸塚?お前がそんなに眠そうにしてんの、珍しいな」
「……寝てないんだ。寝るから、話し掛けないで……」
「そんなことよりよー戸塚!聞けって!飛びッきりの情報があんだよ!」
「…………」
前田は無神経。空気読み人知らず。どっかの顎髭帽子みたいなやつだ。レベルが上がるときはテレッテッテーとか言うような馬鹿野郎だ。
俺のことなど、知ったこっちゃないと言った具合に話しを続行しやがる。
「なんでもな、あの美少女転校生黒澄花梨ちゃん何だけどな…どうやら、料理部に入ったらしいんだ!」
「…………」
「そこで、俺も料理部に入部しようと思うんだけどな。でも、おまえ、その料理部のこと知ってるか?」
「…………」
「実はな、聞いて驚け!その料理部、やたら、めりっさ、女の子のレベルが高いんだ!この高校の美少女は料理部にあり!といっても過言じゃないわけなんだよ!三年の姫宮姫先輩を筆頭に我がクラスのアイドルゆらみん、そして昨日!そこに美少女転校生黒澄花梨ちゃんも加わり、もはや、高級感食材オンリーのフルコースになってしまったんだよ!」
「…………」
「そのうえ、料理部には今、現在、男子部員がいないらしいんだよ!」
「…………」
「戸塚あ!これが、どういった意味か分かるかッ!?考えてもみろ、現在、料理部と名のる桃源郷には美少女のみで、野郎はいない。つまり!今、入部すればハーレムなんだよッ!!!」
「…………」
「――って、おい。戸塚。おまえ、話し聞いてるか?」
「…………ぐぅ」
「寝てるし!まあ、いいか…そんなわけで戸塚!俺は料理部に入部する!」
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極限の眠気の中、俺は何とか、一日の授業を終えることが出来た。
基本的に優等生な俺に授業中に寝る選択肢は存在しない。俺は成績は良いほうだ。
それに、今更になって自宅にあまねを一人、置いてきたことが心配になって、おちおち眠れなかったというのもある。
縛ってくればよかったかもしれない……。
今日はだっしゅで帰ろうと、席を立ち上がったところで、声をかけられた。
「かりん君、部活に行きましょう!」
ニコニコ笑顔で俺に声をかけたのは転校生の黒澄花梨だった。
『転校生』の黒澄花梨だ。
もう、美少女とはつけない。こいつに美少女とつけるのは全世界の美少女にたいする冒涜以外にほかならない。
俺から一言。容姿が良いから美少女なのではない!
「部活?」
「はい、料理部です!」
……あ。
そういや、そうだった。あの馬鹿のことでごだごだしてて、すっかり忘れてたが、俺は、昨日、料理部に入部したんだった。
「……花梨」
「はい?」
「悪いが、今日、俺はいきなり部活を休む」
「えー!?な、なんでですか!?」
当然と言えば、当然の反応。
さて、なんとか説明したものか……おー、面倒臭えー。
「……だっしゅ!」
結論、説明するのが面倒臭かったので、俺は走って逃げることにした。
「え?あ!ちょ、ちょっと!ままま、待ってくださいッ!!」
結果、五秒で追いつかれる。
……足、速えぇよ。
「……でじゃう゛ゅー」
「もう!なんで、かりん君は直ぐに走り出すんですか!?」
「……そういう、お年頃だからだ。おまえだって、急にムラムラして体が熱っぽくなるときがあるだろ?」
「……かりん君、それはせくはらです」
「……俺は社会の常識に捕われたりしたい」
「つまり、せくはら君は社会の常識に捕われてはいけない由々しい理由があるんですね。不憫です」
失礼なあだ名をつけられた揚句、同情された。
「わかりました。そんな不憫なかりん君は、今後、私が面倒を見ます!かりん君!私に出来ることがあったら何でも、遠慮せずに言ってください!出来るかぎりの協力は惜しみません!」
宣言された。よくわからない展開だ。
一方的に親切を押し付けられるほど、面倒臭いものはない。
藤崎みたいなタイプだな、こいつも。
こいつもわからないんだ。
必ずしも関わることが親切で、関わらないことが不親切だとは限らないってことを。
「……それなら、人を一人、引き取ってもらえないか?」
「……へ?」
黒澄は俺の予期せぬ発言に面食らって、間抜けな返事しか返してはこない。
まあ、それも当然か……。
「……冗談だ。俺からの頼みは部長に今日は早速部活を休みますという内容の伝言を伝えてくれることだ」
「それは嫌です。そうなると私はかりん君と教室を出たら直ぐさよならで、そこから部室まで一人っきりになってしまいます!つまり、それは大変さびしいのですよー!嫌です!私、一人になりたくありません!私を一人にしないでくださいよー!かりん君は転校してきたばかりのまだ、右も、左も分からず、不安いっぱいな美少女を簡単にポイッするような鬼畜さんなんですか!?」
こいつ、また、自分のこと美少女って言いやがった……。
「……藤崎は?」
「ゆらみんさんはさっき前なんたら君に連れ去られてしました」
視線を前の席、つまり、前田の席に向ける。そこには既に前田の姿はなく、形の変形した筆箱がぽつんと置いてあるだけだった。
「……はあ、わかった。部室までは一緒に行こうか」
流れには逆らうより流されろ。例によって俺が折れることにした。
よくよく考えればちょっと部室に寄るだけだ。そんなに時間はかからないだろう?
教室を出て黒澄と二人、料理部の部室を目指す。
――でも、やっぱり、面倒臭いな……。
「……はあ」
自然に溜め息が漏れる。
「……ん?どうしたんですか、溜め息なんかして?何か悩み事ですか?」
俺の心情など露とも知らず、黒澄は何が嬉しいのかニコニコととてもご機嫌だった。
とりあえず俺は――。
パシンッ!
「ひゃう!?」
――と、一発、黒澄の頭をひっぱたくのであった。