《第二章》眠気と美少女と通学路を
眠かった……。
気が付けば二年生に進級して一ヶ月が過ぎ、五月だ。
ポカポカと暖かな陽気に包まれた朝の通学路を若干ふらふらしながら歩いた。
寝不足の原因はいわずもがな、団子坂あまねだ。
俺に受け入れて貰ったのが、余程嬉しかったのだろう。大喜びの大騒ぎで、昨晩は寝かせてもらえなかった。
……俺の名誉の為に一応言っておくが、疚しいことは一切なかったからな。
とりあえず、いろいろあった。と、だけ、言っておくことにしておく。
団子坂あまねはやっぱり面倒臭い奴で、これから、しばらく、あの馬鹿と一緒に暮らして行かなければならないと考えると、こんな気持ちのいい天気に相反して、俺は非常に憂鬱だった。
「あっ、戸塚さん。おはようございます」
不意に声をかけられて振り向くと、そこには美少女転校生――またの名を黒澄花梨が、このいい天気に負けないほどの良い笑顔でそこにいた。
「…………」
何故だろう。
俺がこんなに眠くて憂鬱なのに、この美少女は「私、今、幸せです」なんて白々しい台詞を満面の笑みで、世界中に向けて発信しそうな勢いなのだろうか?
苛立っとした。俺はそんなに人間出来てない。よし、シカトをきめこんでやろう。
「…………」
「え……?あ、ちょっと、な、なんで無視するんですか?!」
「……あっ、あんなところにUFOが(棒読み)」
「ほ、本当ですか!?す、凄いです!だいはっけんですよ!」
自分が騙されてるなどとは微塵も気付かず、俺が指差した明後日の方向をまじまじと見入ってる美少女。
純粋無垢とは、この美少女のようなやつを言うのだろう。きっと、この美少女は「赤ちゃんは何処から来るの?」なんて質問に本気で「鸛さんが運んで来てくれるんだよ」と答えるような美少女なのだろう。
そんな純粋無垢な美少女を騙した罪悪感に胸がチクリと傷んだが、そんなものは無視。
ありもしないUFOに気をとられている隙に、俺はトンズラすべく全力で走り出した。
「あっ、凄いです!あれ、本当にUFOですよ!……って!と、戸塚さん!?なんで、走ってるんですか!?ま、待ってください!!」
俺が走り出したことに気付いた黒澄が慌てて走り出した。だが、しかし、そこは男と女。それに見るからに、とろそうな美少女だ。そう簡単に追い付かれ――ました。
意外にも俺はあっさり捕まってしまった。
「なんで先に行っちゃうんですか?酷いですよぉ」
「……はぁ……はぁ……いや、なんだ……他人の幸せほどウザったいものは、ないだろ?」
しかし、この美少女。とろそうな見た目とは裏腹に、案外、運動神経がいいようだ。俺はそんなに足が遅いわけではない。なのに、たやすく追い付いてきた黒澄。おまけに息一つ切らしてない。
まあ、いい。少し相手にしてやるとする。
「……それで、なんのようだ?」
「え?別にようなんてありませんよ?」
パシンッ!
「ひゃう!?うー……なんで、急に叩くんですかぁ……?」
脊髄反射になっていた。おもわず、俺はどっかの馬鹿の頭のように黒澄の頭をひっぱたいてしまった。いかん、いかん。だけど、この美少女の髪型はあの馬鹿に似ているからか、なんとなく叩きやすかった。
パシンッ!
「ひゃう!?」
おまけでもう一発。凄く叩きやすかった。
――これは癖になりそうだ……。
「うー……ひどいですよぉ……無言で二度も叩かないでくださいよぉ」
「あ、すまん」
とりあえず謝った。
「……それで、なんのようだったっけ?」
「いえ、だから、特にようはありませんよ?」
「……それなら、わざわざ話し掛けるなよ」
昨日の今日で、そんなに仲が良くなったわけでもなく。だいたい、俺はこの美少女とはまともに会話らしい会話はしてない。接点はクラスメートであり、昨日、一緒に料理部に入ったってことぐらいだ。
そんな相手に仲よさ気に朝の挨拶をされても、迷惑で面倒臭いだけだった。
「……え?あ……す、すいません……」
俺の一言に目に見えて落ち込む黒澄。さっきまでの良い笑顔はどこへやら、今は残りの余命を聞かされた重病患者みたいになってしまった。
――この美少女も美少女で面倒臭い奴だ……。
気まずい空気は面倒臭いので、取り繕うことにした。
「……黒澄」
「……え?あ、は、はい!な、なんですか!?」
俺に話し掛けられるとは思っていなかったらしく黒澄は少しビックリしながらも、嬉しそうに返事を返してくれた。
――変な奴だ……。
「……黒澄はなんで――」
「あ、私を呼ぶときは『花梨』って、呼んでくれませんか?」
俺が話を切り出そうとすると黒澄は口を挟んできた。内容は自分のことを名前で呼んでほしいとのことだ。
藤崎といい、あまねといい、どうして、こうも名前を気にする奴が多いのだろうか?
まあ、いいか。特に問題はないしな。
「……わかった。花梨でいいんだな?」
「はい!」
黒澄が嬉しそうに返事をした。
「それじゃ、私は戸塚さんのことかりん君って呼びますね!」
俺の頭上にクエスチョンマークが浮かぶが、理由を聞くのは面倒臭いし、呼び方があーだ、こーだは今更なので、もう何も言わなかった。
「……それでな花梨」
「……ぽへー」
「……ん?おい、花梨?どうかしたのか?」
「……ぽへー……え?あ、は、はい!?ど、どうしたんですか?え、えーっと……か、かりん――君……?」
何故に吃る。美少女よ。それにどうして、うっすら頬が赤みがかってるんだ?
「……おまえ。変な奴だな」
「あ、あははははー」
笑ってごまかす美少女。詮索は面倒臭いからしない。
「……それでだ。花梨」
「は、はい!」
「おまえはなんで、こんな微妙な時期に転校してきたんだ?」
「それはですね。実は私、世界征服を目論む悪の秘密結社と対立する謎多めの美少女ヒロインなんです!」
「…………」
俺の持論だが。自分のことを自分で美少女というやからを俺は美少女とは認めない。絶対に認めない。
「実はですね。先日、この近くに世界征服を目論む悪の秘密結社の幹部が潜伏しているとの情報が入ったんです。その幹部を仕留めるために私がこの地区に派遣されて来たんです!」
パシンッ!
「ひゃう!?」
「……花梨。おまえは両親から他人に嘘をついてはいけないと習わなかったのか?」
「うぅ……ごめんなさい。すいません。ちょっとしたおふざけだったんです……」
――しかし、なんで俺の近くには、こうも変な電波の受信しやすい奴ばかりなのだろうか……?
まさか、転校生の黒澄花梨――こいつまで、こんな阿呆な奴だったとは……。
今日は凄く良い天気で、俺の周りにいるやつは、頭の中がこんな天気の奴ばかりだった。