俺とおまえが出会った運命を
このままではいつまで立っても埒があかない。
この女さっきから電波な事ばかり言って一行に話が進まない。
本当に面倒臭い。もうなにもかも投げ出して走り出したくなった。
だが、そうも言ってられないのが現実で…仕方ないのでもう少し頑張ることにする。
「……あまね」
「ん、なに?」
「自己紹介をしてくれ」
「じこしょーかい?……えーと、それは自分の名前とか、趣味とか、好きな食べ物はー、ってやるやつだよね?」
「ああ」
俺はコクりと頷いた。現状を打破すべく俺はまずこの団子坂あまねと言う人間がどういった人物なのかを理解しなくてはならない。問題が無ければ答えが出ないのは当たり前のこと。だから団子坂あまねはどんな人物なのか、どういった境遇で、どういった状況にあるのか、それを知ることで、この女に対象する方法を見出だすのだ。
「いいけど、まずはとっちーからね」
「……はぁ?」
「人の名前を聞く時はまず自分から名乗るのが常識だよ。とっちーはそんな常識もわかんないのかな〜?」
「…………」
パシンッ
「あふっ!?……うぅ、無言で叩かないでよ〜!」
カンに障った。思わず脊髄反射であまねをひっぱたていた。
おまえにだけは常識云々であーだ、こーだ、言われる筋合いはない。
「とっちー年下のくせに生意気だよー」
「…………」
パシンッ――と叩きたいところをぐっと堪えた。叩き過ぎでこれ以上電波が受信しやすくなっては困る。
「…………」
そのかわり無言のプレッシャーをかける。
「…………」
「う……」
「…………」
「うぅ……」
「…………」
「うぅ〜…ごめんなさい!私が悪かったです!」
勝った。あまねはプレッシャーに耐え切れず許しをこうてきた。
「……よろしい」
「は、はいぃ……で、でも!私が自己紹介したら次はとっちーだかんね!」
とりあえず首を縦に振っておく。あくまで『とりあえず』だがな。わざわざ話しをややこしくする必要はあるまい。
「ふっふー、約束したからねー」
あまねはそう言ってニヤリと笑う。一抹の不安が過ぎるが気の性にしておく。
「私の名前は団子坂あまね。21歳。趣味はPCゲーム、好きな食べ物はステーキです!」
年上とは思ってはいたが、まさか4つも年上か……。
「……仕事はなにをしてるんだ?それとも大学生か?」
「あ、あははは〜……実は私無職なんだよね〜……あ、でも、一週間前までは働いてたよ!」
――なるほど、そう言うことか……きっと、こいつは職を失って路頭に迷ってたんだな。
そんな事情なら話しは別だ。面倒臭いが少しは手を貸してやってもいいかもしれない。
「……ちなみに職種は?」
「自宅警備員!」
胸をはって上体を後ろに反らしあまねは偉そうにしている。
はい、わかります。それはニートですね?
「……そうなった理由は?」
俺は目の前のおそらくすっからかん、あるいは蛆の沸いている頭をひっぱたきたい衝動に駆られるがそれを歯を食いしばってたえた。
今は我慢しよう。
「それはね、3年前の高校三年生の時、就職活動に失敗して、晴れて私は自宅警備員になったの」
「……それで?」
「ずっと部屋に引きこもってたんだけど…先週、ついに両親がキレて家を追い出されました」
なるほど、それで帰る家がなく、ここ数日は水しか口にしておらず、一週間も風呂に入ってなかったわけか。
「それで、もう、どうしたらいいかわかんなくて、友達も、頼える人もいないし、お金もないし、お腹は減るし、本当にどうしようもなくて、公園のベンチですごしてた……そして!そこでとっちーに出会ったのさ!」
ビシッ!と擬音が聞こえそうな程の勢いであまねは俺を指差した。
「だから、とっちーは私の運命の人で白馬の王子様なの!」
「…………」
つまり、ピンチなあまねを助けた俺はあまねの運命の人。
理解したくはないが理解出来てしまうのは悲しいものだ。
なにはともあれ、俺はだいたい団子坂あまねについて理解することが出来た。
結論、団子坂あまねは俺の最も係わり合いたくない人種だった。
「……はぁ」
力の限り溜め息を一つはいた。
ともあれなんとなくだが解決策は見えてきた。
「それで、おまえはこれからどうするんだ?」
「お願いします!」
今度はどんな電波を受信したのだろうか?なんの脈絡もなしになんかお願いされた。あまねは額を床に擦りつける勢いで頭を下げる。
「なんでもするからここに住まわせて下さい!」
……こんな展開になるのだろうなとは予想はしていたが……やっぱりこうなるのか。本当に面倒臭い。
さて、どうしたものか。
つい数時間前に合ったばかりの見ず知らずの女に家に住まわせて下さいと言われた。
女の名前は団子坂あまね。21歳。無職。
性格は俺の一番関わりあいになりたくないタイプ。
俺がここで首を縦に振れば明日からは今までの平穏な生活は送れなくなるのはわかっている。それにこんな社会不適合者を助ける価値があるともしれない。
特になにかあるわけでもない、つまらない生活。
でも満足していた。それが満足だった。
俺は面倒臭いことか大嫌いだ。いかに楽をするか、いかに面倒臭いことをしないで過ごすか。
それが大切で重要なことだった。
だから、俺はここでも一番楽な選択肢を選んだ。
「……わかった」
俺は首を縦に振る。
「そ、それはオッケーってこと?」
あまねの声は僅かに震えていた。
++++++++++++
それは運命であれ、呪いであれ、出会ってしまったのならそこまでだ。
俺があまねと出会ってしまった時点で昨日までの生活は終わっていた。
もう、元には戻れはしない。
俺が何故、これからの生活が平穏なものでなくなると解っていながら首を縦に振ったのか?
理由は簡単だ。首を縦に振っても、横に振ってもどっちにしたって面倒臭いからだ。
俺は別に平穏な生活を望んでいるんじゃない。
飽くまでも俺が求めているのは楽であることだ。
もし、俺が首を横に振り、あまねを追い出して、平穏な生活に戻ったとして、それが今まで通りの平穏な生活かと言われれば答えは否である。平穏な生活であることに変わりはないが、それは俺が求めるものとは別のものだ。
理由はなんであれ、あまねには帰る場所がない。それは本当に辛いことだ。
俺はその辛さを知っている。
だから、知っているから、俺はあまねが社会不適合者であったとしても同情してしまった。
ここで俺があまねを追い出せば、また、あまねは路頭をさ迷うことになる。
俺があまねを辛い目にあわせるのだ。
俺はそれからあまねを辛い目を合わせたという後ろめたさとともに生きて行かなければならなくなる。
それは面倒臭い。
それに俺はそんなことは絶対しない。
結局、平穏な生活は手に入るがそのかわり楽には生きていはいけなくなる。
楽をして生きていくのが俺の全てだ。
でも、現実は厳しいもので、避けては通れない面倒臭いこともある。
今回、俺が選べた選択肢は二つ。
あまねを住まわせ、あまねと関わりを持ち続けることか、あまねを追い出し後ろめたい想いとともにこれからを過ごすのか、の二択だ。
はっきり言ってどっちにしたって面倒臭かった。
それならばと、俺はあまねに辛い想いをさせない選択肢を選んだわけであった。
そんなわけである。
過ぎたことをぐだぐだ言うつもりはないが……。
――不満はほんのちょっとだけあった――。