久しぶりのお風呂を
「俺には関係ない。さようなら」
「ままま、待って!お願い!話しだけでも!」
俺が踵を返して、帰ろうとするとあまねは俺を帰らすまいと必死に縋り付いてきた。実に面倒臭い。
「俺が聞く必要はないだろ。他の奴に聞いて貰え」
「ダメなの!とっちーじゃなくちゃダメなの!」
「……なんでだよ」
「だって、その……とっちー優しいから」
「俺が……?優しい?」
「そう、だって、見ず知らずの私に肉まんを恵んでくれたり、ステーキご馳走してくれたし……」
誤解を招くといけないから言っておくが、断じて、俺は肉まんをあげたつもりも、ステーキをご馳走してやったつもりはない。結果だけを見ればそうなるかもしれないが過程は大切だ。実際は肉まんは盗られ、ステーキは代金を払わされただけだ。
過ぎたことをぐたぐたと言うつもりはないが、俺はけっして、快く肉まんをあげたり、ステーキを奢ったりなどしていない。絶対にしていない。だいたい、そのせいで今月の生活費が……過ぎたことを言うつもりはないんだが、不満は大いにある。
「ここ数日、水しか口にしてなかったから、本当に助かったんだ」
「…………」
……不満は少しだけある。
「……わかった。話しぐらいなら聞いてやる」
多分、この調子じゃこいつは俺が首を縦に振るまでしつこく付き纏ってくるだろう。だから、俺が折れることにした。言っとくがギャグじゃない。
まあ、こいつの相手をするより、無理に押し返すほうが面倒臭いと判断したまでだ。
同情したわけじゃないからな。
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「ただいま〜!」
「…………」
「あふっ!ちょっと、とっちー!無言でぶたないでよ〜!」
「……『ただいま』じゃなくて『お邪魔します』だ」
「だ、だって…!これは、その、えっとぉ……」
「……なんで顔が赤くなる?」
まったくわけがわからん。言動がいちいち面倒臭い奴だ。
やっぱり家に連れて来たのは失敗だったかもしれない……。
何故、俺があまねを自宅に招き入れているのか…きっかけは単純、あまねがなんの脈絡もなく「とっちーの家に行こう!」といい始めたからである。
ついさっき気がついたんだが、どうやら俺は押しに弱いらしい。単にしつこく言われると断るのが面倒臭くなってくるだけと言うこともあるが…まあ、どっちでもいいか。たいした問題じゃない。
そんなわけで俺は理由も釈然としないままに押し切られ自宅にあまねを招待してしまったわけである。
「……あがるならさっさとあがれ」
「えーっと……ご両親は……?」
「今、この家に住んでるのは俺だけだ」
「それは「今夜、両親帰ってこないんだ…」って、やつだね!わかった!私が先にシャワーを浴びてきます!」
「…………今までイメージとかその他諸々の事情で触れなかったというか、触れてはいけなかったというか…敢えて触れなかったがやっぱり気になるから触れるが……」
「ん?」
「……おまえ、最後に風呂に入ったのはいつだ?」
「あはは…とっちー、女性にそういうことを聞くのはどうかと思うなぁ…」
渇いた笑みを見せるあまね。
「…………」
「うぅ……」
「…………」
「……い、一週間前です……」
「……風呂場はここを真っすぐ行って右に曲がった突き当たりだ」
「あはは…ありがとうございます…」
これ以上は触れるまい……。
あまねを風呂に入ったのを見計らい俺はタオルと着替え(俺がパジャマがわりに使っていた大きめのジャージ)を用意してそれを脱衣所に置いておく。後はあまねが着ていた薄汚い服を洗濯機にぶち込んで洗濯開始。この時、俺はあまねの着ていた下着を目の当たりにしたわけだがドキドキは一切しなかった。理由は聞くな、忘れてくれ。
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「うー…地肌にジャージは変な感じ…」
風呂からあがったあまねが居間にやってくるやいなや、くつろいでいた俺に開口一番そんな不平を漏らした。
「……小さくて良かったな」
「むっ……!?とっちーそれはなんの話し!?」
「……胸の話だ。貧乳」
団子坂あまねはペタンコである。
「貧乳って言うなぁ!」
「胸なんてあってもなくても同じだろ」
「わかっちゃいない!わかっちゃいないよ!」
でも、今回に限っていえばあまねがペタンコで正直助かった。ノーブラジャージで胸が大きかったらいろんな意味で大変なことになっていただろう。
「あってもなくても同じだと思うが、下着はもう少ししたら渇くからそれまで我慢しろ」
「そんなことないもん!なかったら大変なことになるんだから!」
あまねが風呂からあがる少し前には洗濯は終わり、あまねが着ていた服は今乾燥機の中だ。後、30分ぐらいで渇くだろう。
「それはない」
「うぅ……な、なら!ワイシャツ持ってきて!ワイシャツ!」
なぜにワイシャツ?まったく意味がわからん。
「そんなことはどうだっていいから、とりあえずそこに座れ」
ぶつぶつと文句をいいつつもあまねはテーブルを挟んだ俺の向かい側に座った。
「……それで、結局おまえはなにがしたいんだ?」
いろいろあったがやっと本題だ。気がつけば時計の針は9時を回っていた。いい加減この女をどうにかしなければなるまい。
「私をお嫁に貰ってください!」
「…………」
パシンッ!
「あふっ!うぅ…だから無言でぶたないでよぉ…」
「……もう一回言ってみろ」
「だ、たから、私をお嫁にして――」
「…………」
パシンッ!パシンッ!
「あふっ、あふっ!」
「……もう一回」
「うぅ……だからぁ、私をお嫁――」
「…………」
パシンッ!パシンッ!パシンッ!
「あふっ、あふっ、あふっ!」
「……もう一回」
「うぅ……ぐす……だ、だかりゃぁ!わだじをお――」
「…………」
パシンッ!パシンッ!パシンッ!パシンッ!パシンッ!パシンッ!パシンッ!パシンッ!パシンッ!パシンッ!パシンッ!パシンッ!パシンッ!パシンッ!パシンッ!パシンッ!パシンッ!パシンッ!
「いだいー!もう、ゆるじでぇー!」
「……これで正常になったか?」
「うぅ…………これがとっちーのあいじょーひょーげんなんだね…わかった!とっちーの妻として全部、受け止めます!」
「…………」
まずい…叩きすぎて症状が進行してしっまた。もう、俺の力でどうこう出来る問題じゃない…そうだ、病院に行こう!
「あまね、病院に行くぞ」
「えっ…!?そ、それは、いくらなんでも気が早すぎだよぉ。確かにお風呂でさっき食べたステーキをちょっと吐いたり、無性にすっぱいものが食べたい気分だけど…で、でも、とっちーも楽しみなんだよね。何てったって二人の愛の結晶だもんね!」
「産婦人科じゃねぇよ!」