走って逃げて娯楽を
俺と黒澄が料理部の部室前に辿り着いた時。狙ったようなタイミングで中から叫び声が聞こえた。
「いぎゃあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああーーーーーーーー!」
なんとなく聞き覚えのある男の叫び声。
毎日、聞いてるような、聞いてないような……。まあ、多分、気のせいだ。てゆーか、深く突っ込んで係わり合いたくない。
「い、今の叫び声は……」
黒澄が不安げに隣にいた俺を見上げる。
「……それじゃ、俺は帰る」
「え……?あ!ちょっ!待ってくださいよ!」
追い縋る黒澄。俺の腕をがっちりホールドして逃がすまいとその手に力を込める。
「……約束はここまでだろ?」
「約束は破るためにあるんです!」
最低だと思いました。
「だいたい、いつ約束なんかしたんですか?」
そして、今度は惚ける。
「私、都合の悪いことは三歩以上歩くと忘れられるんです!」
こいつ、もう駄目だ。見捨てて逃げよう!
「……だっしゅ!」
逃亡者=俺
「だからなんで急に走り出すんですか?!」
追跡者=黒澄
わかってるさ。このままなら簡単に捕まるって言うんだろ?
俺だって馬鹿じゃない。何度も、何度も、同じことを繰り返すつもりはない。
パシンッ!
「ひゃう!?」
急な方向転換。俺は振り返りざま黒澄の頭を一発叩く。
よし、怯んだ。
「……超だっしゅ!」
俺は奥歯に仕込んでいた取って置きのスイッチを押す。所謂、加速装置。
そして、捕まる。
「はやすぎだろ……」
奥の手まで使ったのに俺は結局、直ぐに捕まった。
こいつの足の速さは異常だ。ありえねぇよ。
「もう!だから、なんでかりん君は直ぐに走り出すんですか?」
「……俺には走ることしか残されてないんだ」
「かりん君。嘘は駄目ですよ?」
「……すんませんでした」
まあ、いい。とにもかくにも逃げてるうちに下駄箱に到着した。
さて、さっさと帰るか。
「……それじゃ」
「はい、さようなら。また、明日――って、違いますよ!なんで帰ろうとしてるんですか!?」
こいつ、まだ、粘りやがりますか。面倒臭いな。
「……実はだな両親が病気で早く帰らないかんのだ」
嘘だけはつきたくなかったが、やむにやまれぬ。尤もらしいことを言ってさっさと帰らなくては。
「私、知ってますよ」
黒澄は得意げにふふんと笑う。まさか、嘘だと見抜かれたか?
「かりん君にとって大切なのは親より私なんですよね?私に誘われてる時は、たとえ「ハハキトク」なんて電報が届いていても迷わず私を優先してくれる人ですよね、かりん君は」
「夢見てんじゃねーよ。電波女」
「はうっ!?うぅ……ご、ごめんなさい」
ちょっと低い声で言うと黒澄はしゅんとして、大人しくなった。
なんか悪いことした気分。
あー、そんな泣きそうな顔すんなよ……。
「……それじゃぁな」
「……はい……引き留めたりしてすいませんでした……」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………ぐす」
ここで、声をかけては本末転倒だ。今ならこいつの手から離れ、すんなり帰ることができる。堪えろ心を鬼畜にするんだ。
「……あーっ……その……悪かった」
コンマ2秒で鬼畜キャラ終了のお知らせ。俺に鬼畜は無理。
「かりん君……」
心なしか頬を赤く染めている黒澄。
「……な、なんだよ」
若干吃った。
「そんなこと急に……困ります……愛してるだなんて……」
「そんなこといってねぇよッ!」
※
なんとか解放された。
解放された理由は面倒臭いのではぶく。
それで、宅帰。
さて、玄関の扉を開けて中へ。
――静かだ……。
あいつのことだから玄関開けた瞬間に飛び掛かってくるかもとか予想していたのだが……。
なにもなくてよかったはずなのだが、なんとなく裏切られた気分になるのは何故だろう。
――静かだ……。
まさか、とは思うが金めのモノだけ盗って逃げたか?
「……いや、あれに限ってそれはないな」
信用できる理由はなに一つとしてないけど、それでもなんとなく大丈夫だと思った。
さて、それならあいつは何処だ?
始めに昨日あいつに用意してやった部屋に向かう。ドアを軽くノックして呼びかけるが返事はない。
「入るぞ」
言ってドアを開けたが部屋にあまねは見当たらない。
何処にいったんだ?
「……ん?」
ふと、そこで隣の俺の部屋から物音が聞こえたような気がした。
俺の部屋にいるのか?
一応、入るなよと釘を刺しておいたんだが、無駄だったか。やっぱり縄で縛っとくか、鎖でつなぎ止めておくか、しておけばよかったな。
とにもかくにも俺の部屋に行こう。
部屋を出て隣の自室へ。扉に手をかけて、そこで俺は一次停止した。
部屋の中から女性の声が聞こえてくる。
扉から一旦手を離して、中の状況を見極めるべく、耳をすませる。
「ま、待って……っ、んあああっ、そこ……っ、そこぉっ……感じすぎるからっ……はぁあああっ、ゆ、ゆっくりぃ……ぃっ」
……。
…………。
………………。
俺にどうしろと?
どうしたらいいのかさっぱりわからず、しばし、その場で立ち尽くす。
その間も俺の部屋から扇情的な声は聞こえ続ける。
――ちらっと中を覗いてみるか……。
よからぬ妄想を掻き消しながら、そーっと、扉を少しだけあけて中の様子を覗き込んだ。
「あっくぅううう……!またっ……くるぅ……っ、んあ、あんんんぅううう……!」
結果を先に言ってしまえば案の定、部屋の中にいたのはあまねだった。
「……」
パシンッ!
「あふっ!?」
俺は迷わず部屋の中にいたあまねの頭をひっぱたく。
「……てめぇ、何やってやがる?」
「と、とっちー!?え、いや、あの、これはそのぉ……と、とりあえず、おかえりぃ……」
あまねの馬鹿野郎は取り繕うようにアハハーと微妙な微笑みをみせる。
「……ただいま。で?おまえは俺の部屋に勝手に忍び込んで、パソコン弄って何やってたんだ?あぁん?」
あまねだが、ごくごく普通の服装(といっても俺のジャージだが)で椅子に腰掛け、机に向かっていた。目線の先にはパソコンのディスプレイ。こいつがパソコンを弄っていたのは明白だった。
「えーっと……そのぉ……とっちーいなくて淋しかったから、それを紛らわすためにエロゲーでもやろうと思いましてぇ……パソコン弄ってネット繋いでサイトでエロゲーをダウンロードしてプレイしていたわけです。はい」
エロゲーって……。そういやこいつの趣味はPCゲームだったっけ。
ちらりとあまねからパソコンのディスプレイに目を移す。
そこには全裸の女性が……。
「……」
「あれ?とっちー、なんか顔赤くない?」
「な!?そ、そんなわけあるか!と、とにかく!そのダウンロードしたエロゲーは全部削除して、とっととシャットダウンしろ!」
「えぇー!折角、隠しヒロインのルートに入ったのに!ここで削除したらまた最初からやり直しになっちゃうじゃん!」
あまねが素直に言うことを聞くはずがなく駄々っ子のようにごねる。やっぱり、こいつは面倒臭い。
ひっそりと続けて来たあまね日和も気がつけば10部になりました。これからは最低でも一ヶ月に一回は更新していきますので、お暇でしたらお付き合いくださると嬉しいかぎりです