少し変わった日常を
朝のことだ。俺は寝坊した。一人暮らしを始めた翌日の朝だった。
父と母はなんか知らんが海外に出張中で俺が高校を卒業するまで日本には帰ってこないらしい。
生活費は毎月しっかり振り込んでおくから安心して、一人暮らしをエンジョイしろや!
父はそう言い残し母を連れてロシアに飛び立った。ちなみに言っておくが俺は父がなんの仕事をしているか知らない。
そんなわけで朝飯を食ってる時間も、作ってる時間もなかった。昼飯にいっぱい食えばいいかと結論付け、高速で制服に着替え、財布にいつもより多めにお金を入れて、家を飛び出した。
自宅から、学校までは徒歩20分。走ればだいたい5、6分ってところだろう。
途中、曲がり角でパンをくわえた美少女と激突するといったアクシデントがあったりしたが、なんとか始業10秒前に教室に滑りこみ、遅刻は免れた。
「おはよう、戸塚。おまえが遅刻ぎりぎりとは珍しいな。なんかあったのか?」
俺が荒れた息を整えつつ窓際1番後ろの自分の席につくと、前の席の前田が振り返り、話しかけてきた。
「ああ、おはよう。まあ、なんだ、今日はたまたま寝坊しただけだ」
「ふーん。そんなもんか?」
「そんなもんだ」
会話もそこそこにしてぽけーっと窓の外を眺めていると、教室に担任が入ってきた。
「おまえらー、まえまえからいってた転校生が来たぞ。男子どもは喜べ。俺が言うのもアレだがめりっさ美人だ」
担任の発言にクラスの男子どもが歓声をあげた。
「美人の転校生はもはや定番だな」
体を半分横に向けて、俺に話しかけてくる前田。
「美人の転校生ってゆうといろんなパターンがあるが今回はどんなパターンだろうな」
「俺としては謎の組織の構成員とかいいなー」
「前田……おまえそういうの好きだな」
「やっぱり俺としては繰り返しの退屈な日常に彩りがほしいわけよ」
「……面倒臭そうだ」
「戸塚はいつもそうだな」
「楽して生きていければそれでいいだろ」
「はは、それもそうだな」
呆れたといった具合に前田は笑った。なんだ、かんだで付き合いの長い前田は俺がどうゆう性格かを理解しているようだ。
「それじゃ、転校生入って来てくれ」
担任がそう言うと教室の扉が開きそこから学校指定の制服に身を包んだ女生徒が現れた。
「始めまして、今日からこのクラスでお世話になります、黒澄花梨です。どうぞ、よろしくおねがいします」
清んだ声。明るい笑顔。艶やかな長い髪。担任の言ったとおり転校生は美人だった。おまけに性格も良さそうである。男子どもの歓声が上がった。
「おぉー、おぉー!聞いたか?あの子の名前『かりん』だってよ!」
「……だからなんだ?」
「なんだよー。つれねーな『かりん』ちゃん」
「……俺の名前は凜次郎だ」
「とつ『かりん』じろう」
「変なところできるな」
「とつ が苗字で かりん が名前。んで、じろう がハンドルネームだろ?」
「それなら かりん はミドルネームで じろう が名前だろ」
「はは、細かいことは気にすんなって!今は二人目のかりんちゃんを祝福しようぜ!」
「…………」
馬鹿みたいにヘラヘラ笑う前田に若干腹を立てつつもこれ以上なにか言ったところで意味はないだろう。無視して放置することにした。
+++++++++++++++
キーンコーンカーンコーン
4時間目終了を告げる鐘の音が校内スピーカーから流れ、お待ちかねの昼休みになった。
「……あぁ……もう、無理……」
もう、限界だった。朝から何も口にしてなかった俺はあまりの空腹に机に突っ伏した。
「フッフー、聞いて驚け戸塚さん!実は俺はあの美少女転校生黒澄さんとお昼をご一緒する約束をしているのだ!」
「……頼む、前田、ジュース奢るからパシられてくれ」
「そんな暇はない!あばよ戸塚!」
「…………いかないれー」
前田は意気揚々とスキップしながら俺のもとから離れていく。
腹いせ、兼、八つ当たりで俺は野郎の筆箱を教室から外に向かって放り投げた。放物線を描き綺麗に跳んでいく筆箱は春の陽射しに呑まれていった。
仕方ない自分で行くか……。
そこで、ふっと気がついて見渡すと教室には俺を含め数人の生徒しか残っていなかった。学食組もそれなりにはいるがうちのクラスは大概が弁当持参か購買で買ってくるかのどちらかだ。今、購買にいってる奴がいるとしても圧倒的に人が少なかった。
「あれ、かりん君は行かないんですか?」
一人の女子が俺がキョロキョロとしているのを見つけ話しかけてくる。
「あ……?んーと……藤本?」
「あは、藤本じゃなくて藤崎ですよ、かりん君。藤崎由来美です。ゆらみんって呼んでください」
「そうか、藤崎だったか。悪い。それと一つ、かりん君はやめろ」
「えぇー、なんでです?かりんでいいじゃないですか可愛いですよ?」
「わかった。これからよろしくな藤本」
「ありゃー、いつの間にか藤本になっちゃったです」
藤崎は終始笑顔でニコニコしながら俺と話している。
いったい何がそんなに楽しいのだろうか?しかし、そんな藤崎の笑顔を見てると俺の呼び名など、どうだって良くなって来た。ぐだくだ言ってるのが馬鹿みたいだ。
「んー、そうだな……やっぱり、藤本って言いづらいからこれからはゆらみんって呼ぶ」
「おっ!かりん君は案外いける人ですね!気に入りました!じゃん、じゃん、ゆらみんと呼んでください!」
俺は何とは無しに藤崎はいつもこんな感じなんだろうなと思った。
「それでです。かりん君は行かないんですか?もう教室に残ってるの私とかりん君だけですよ?」
「……は?」
言われて再び教室を見渡すとさっきまでいた数人のクラスメイトの姿も消えていた。
「ははーん。その様子だと状況を把握してないみたいですね。違いますか?」
「…………大当り。さっぱりわからんな」
「まったく、かりん君は困ったさんです。仕方ないのでこのゆらみん様が教えてしんぜるです!」
藤崎の説明によると、なにやら美少女転校生黒澄花梨の歓迎会とゆうことで昼休みに学食でパーッとやるらしい。そういえば休み時間に誰かに誘われたような気がしないでもない。勿論、面倒臭いから断った。
「そんなわけでさっさといきますよ。私たちできっと最後です」
「……俺は購買でパン買って食べるからいかない」
「バカチンGAー!駄目です!かりん君も一緒です!」
「……ああ、わかってる。購買部は学食の隣だからなそれまでは一緒だ」
「全然わかってないです!一人で食べる気まんまんじゃないですか!駄目です!みんな一緒です!一人は淋しいです!」
「……あぁ、腹減った」
多分、このままここで討論してても平行線辿るだけだろう。もう、腹が減りすぎてやばいので、無視してとっとと行こう。それになにより面倒臭い。
俺はぎゃーぎゃーと喚き立てる藤崎を無視してすたすたと歩き出した。
「ちょ、ちょっと待ってください!駄目です、いかないでください!」
「……早く行かなくていいのか?その歓迎会とやらはもう始まってるんじゃないのか?」
「行きます!でも、それはかりん君と一緒にじゃなきゃ絶対に行きません!」
「……そうか、なら悪いな」
「うぅー……!わかりました!私、行きません!マブダチのかりん君を置いてくことなんて出来ませんから!」
「…………」
ぷくっと両頬を膨らませて両手を腰に宛てて俺の前で仁王立ちした藤崎はその、真っすぐな瞳で俺を見据えていた。
――なんか凄い面倒臭いことになってきた……。