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北国の王女 -クラウディオ-



 北国の王女に婚姻を申し入れたのは、後ろ盾のない王女を自分の正妃に据えて、表面化しつつある王位争いを鎮静化するのが目的だった。


 父である前国王が亡くなって5年。

 すでに10歳年上の異母兄が国王になっているのだから、本来ならば争いなどない。大国ではあるが、堅実に治めゆっくりであっても国はよい方向へと発展している。周辺国とは友好関係を保ち、侵略などの問題もない。平和で穏やかな国であるのに、王宮内は昔からぎすぎすしていた。


 この世界は魔力を使った魔法を使っていた。この大陸からその魔力自体がなくなりつつあった。もともと平民には魔力はほとんどなかったが、それでも生活に使える程度にはあった。それが今では生活に使うほどの魔力はない。

 貴族にはまだ魔力を持つ者がいるが、王家ほど強い魔力を持つ者はいなくなっていた。貴族で魔力を持っていると言えども、役に立つほどのものではなくなっている。

 当然、今まで持っていたものがなくなるのだ。昔ほどではないが魔道具に頼った生活をしていたため、必死にその原因を探り、対策をしようとしてきた。

 何十年も研究を重ねて、結局は原因はわからず、とうとう貴族たちの半数が魔力を持たなくなっていた。持たないものが半数を超えたのが前国王の時代だ。


 俺が8歳の時に、魔力を維持する研究をすることをやめた。まず魔法師団が姿を消した。建国からずっと存在していた師団であったが、最後にはたった3人しか所属していなかった。そのうち二人がすでに高齢のため、隠居し、残る一人が当時25歳のバシュレ侯爵だった。

 バシュレ侯爵は当然抗議したが、大して役に立たない魔力を持っている貴族と持たない貴族の衝突が激しくなっており、衝突を治める意味でも抗議をはねつけた。その時に研究しても魔力を取り戻せないと結論付けた。


 このような背景のため、当時王太子であった異母兄の正妃にはあまり魔力を持たない侯爵家の令嬢が選ばれた。当然生まれた王子と王女は王族としては持つ魔力が少なかった。


 政治的にはこれでよかったのだが、王族にとってはとても深刻だった。15歳になった年に、秘密裏に父である国王に呼ばれた。国を維持するためには魔力が必要であるから、お前は魔力を持つ令嬢を結婚するようにと。

 意味が分からなかった。魔力で見下すことのない様にと方向転換したのではなかったのかと問えば、疲れたように父王は笑った。


「この国の機能は魔道具によって動いている。魔道具に魔力を与えるのが王族の仕事だ」


 どうして必死になって王家が研究をしていたのか理解した。それでも時代は魔力が消えていき、理解されなくなってきている。貴族たちの魔力も弱まり、20歳以下に限ればほんのわずかな人間しかしか持っていない。今魔力を持っていると言えるのはほとんど30代以上だ。


「異母兄上は知っているのですか?」

「もちろんだ。できれば王子と王女にはイグナシオと同じだけの魔力が備わっていればよかったのだが」


 ため息交じりの呟きに何も言えなかった。俺の結婚相手も決まらないまま、父王は亡くなり、異母兄上が国王になった。


 父王が亡くなった後すぐに魔力の多い俺を担ぎ出そうとする反国王派が生まれた。王家の役割を知ってというよりも、利権が欲しいだけなのでうんざりする。うんざりすると思いながらも、俺を担ぎ出そうと狙っているので蔑ろにはできなかった。俺の正妃選びも慎重にならざるを得ない。


 他国の王女に絞ったのは国内の貴族との間に変な姻戚を持たせないため、小国にしたのも外からの口出しをさせないためだ。

 いろいろな条件を見事に合致したのが、国の北部にある本当に小さな国の王女だった。

 我が国の規模から考えれば、辺境にある田舎街と変わらないほどの国土と人口だ。特産物は手の込んだ日用品や質の良い薬、それと貴重な鉱石だ。どれもこれも一流で流通も少ないため、高額で取引される。それが北の国の方針だった。


 しかも北の国は閉鎖的な環境のため魔力を持つ人間が多いと聞いていた。多ければ王家の問題は解消するし、少なくとも表向きは何の問題もない。


 そんなことで決まった婚姻の申し込みだった。複数の文官が苦労して探し当てた相手でもある。


「お前はそれでいいのか?」


 国王になった異母兄が不満顔で聞いてきた。宰相やその他の大臣たちもいる中での質問だった。大臣たちもとても複雑な顔をしていた。国を思えばいい決断だろうが、交流のない相手を妻にするのもどうかという感じだ。しかも第二王子は王位継承権を持つ限り、側室は取れないことになっている。

 俺は特に表情を崩すことなく頷いて見せる。


「もちろん。余計な火種になるつもりはありません」

「しかしだな」

「どちらかというと、陛下には妹への恩情に報いたいと思っています」


 妹のイザベルはもう20歳になるのだからさっさとどこかに嫁がせるつもりであったが、あまりにも魔力に対する凝り固まった思想を持つためどこにも降嫁できない状態なのだ。実母が前国王が崩御した時に離宮へと下がっていったので一緒に押し込めようと思っていたのに、察知した彼女はのらりくらりと貴族を味方につけて王宮に残った。

 妹、と聞いて異母兄上が苦々しく笑った。


「イザベルか。次に何かやらかしたら、追加の罪状を突き付けて幽閉に持っていきたいものだ」

「変に知恵が回りますから厄介です」


 イザベルは俺と同じ母から生まれただけあって、異母兄上ほどの魔力はないものの王族としては満足のいく魔力を持っていた。その魔力を使った魔法で証拠が消され、あと一歩で追い込めない。理由は後付けにして幽閉に持ち込むのが一番なのだが、反国王派の貴族が邪魔をしてきた。その手腕はなかなか侮れないもので、こちらの思い通りに片付けられないことに誰もが苦い顔になる。


「しかしだな、結婚となるとまた別だろう?」


 何を心配しているかと思えば、自分が政略結婚といえども愛し愛され相愛で結ばれたために俺が条件だけで決めるのが気に入らないようだ。仕方がなく、少しでも納得してもらえるようにと言葉を紡ぐ。


「確かに初めて会う相手かもしれません。ただ、政略結婚であってもお互いに愛を育むことはできると考えています」


 これは本当にそう思っていた。よほど気が合わない限り、歩み寄るのが正しいだろう。しかも平和な田舎の国から無理やり大国に連れてくるのだ。愛する努力は必要だと思う。たとえ愛せない相手だとしても、愛していると大切にされていると思わせることはできるはずだ。


「……お前は言い出したら引かないからな」


 諦めたのか、ため息をつくと話題が変わっていった。



******



 北の国へ訪問し、婚姻を申し込んだ。初めは俺の訪問に何事であろうと不思議そうな表情の国王であったが、王女に婚姻の申し込みをすれば唖然としていた。隣にいた王太子も信じられないといった風情だ。


 そうだろうな、そう思いつつ返事を待つ。

 放心していた国王は我に返ると、ぎくしゃくとした様子で王女を呼ぶようにと侍従に指示をした。座っていた椅子に深く腰かけ、ぐったりとした様子で背中を預けた。頭を抱えたいところを辛うじて耐えている。


「わが国で結婚せずに残っているのは第4王女です。この国の慣例で、娘は生まれた時から王族から外れることが決まっています。それ故、王族としての最小限の礼儀作法は知っていても大国に通じるほどのものでは……」


 言葉を濁しながら告げられた内容に笑みを浮かべた。そんなことは事前に調べてある。王族としての教育をしていないのは逆に言えばとてもありがたい。これから我が国の妃としての勉強がまっさらな状態で行われるからだ。変な知識はいらないのだ。

 お茶を飲み間を取った後、にこやかに答える。


「ご心配は最もですが、特に気になりません。むしろこちらとしては望ましいと考えています」


 退路を断ってしまったのか、国王と王太子は死んだような虚ろな目をした。きっと内心、末の王女に謝り倒しているんだろうなと余計な想像をしてしまう。そんな感じでやり過ごしていると、第4王女が姿を現した。


 扉が開くのに合わせて立ち上がる。入ってきた王女を見て、思わず息をのんだ。


 淡い金髪に冬の湖を想像させる薄い青い瞳。

 顔立ちはとても優しく、色合いのような冷たさを感じさせない。


 触れてしまったら消えてしまいそうな儚い立ち姿だ。身長は低くはないが高くもなく、首まで隠している薄い青いドレスがとても清楚に見せていた。じっと瞳を見つめれば、困惑しているのがよくわかる。


「初めまして。クラウディオです。姫君」

「……デルフィーナです」


 ゆったりとした仕草で腰を落とし綺麗な礼をする。上半身はぶれることなく右手を胸に当てていた。


 これで最小限の礼儀作法だけだというのか。

 あまりに優雅な仕草に内心ため息が漏れた。王族に必要な歴史や語学などを身に着けたらどれほどの貴婦人になるだろうか。期待を胸に抱きながら、手を差し出した。


「どうぞ」


 助けを求めるように王太子に視線を送っているようだが、それもすぐ諦めに変わる。意を決して手を預けてきた。


「ありがとうございます」


 ぴりりと走る魔力に思わず目を見開いた。彼女の魔力の多さに心が震えた。これほど魔力を持っているとは思っていなかった。狙い通りになって、思わず笑みが浮かんだ。


 国王に勧められるまま、王族専用の庭園に向かう。エスコートする王女を見下ろせば、緊張なのかやや顔色が悪い。


 気の毒なことをしたなとは思う。情報によれば、彼女は一年以内に結婚して平民になる予定だったはずだ。それが大国の第二王子の正妃になるなど、考えたこともなかっただろう。


 自分たちの都合ばかりで申し込んだ婚姻ではあるが、彼女の心が自分に向いてくれればいいと願っている。



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