お茶会が異文化すぎた ◆
注意! 嫌がらせに虫が使われます。苦手な方はバック推奨です。
一人で出歩かなければ大丈夫。
なんて的外れな勘違い。
遠い目をしてしまうのは仕方がないと思う。クラウディオが仕事で留守の間に、彼の同母の妹であるイザベルに突撃された。
クラウディオの2つ下、わたしよりも3つ上だ。年齢的にまだ嫁いでいないのもどうかと思うのだが、それを聞いてはいけないと思う。黙っていればクラウディオによく似ているような気もするが、性格はだいぶ違っていた。どちらも華やかな美貌の持ち主だということは間違いない。
もちろん使用人たちもクラウディオに言い含められていたのか、護衛達もきっぱりと断りの言葉を述べていたが、義姉と親睦を深めたいと言われてしまえば断ることもできない。最終的には強く拒否することもできずに押し切られてしまった。
腕を掴まれ引きずるように連れて行かれるわたしの後ろを護衛と侍女がついてきて、心配そうな顔をしていた。何人かが慌ただしく部屋を出て行ったのを視界の隅にとらえた。クラウディオに連絡に走ったのだと思う。
茶会の用意がしている部屋の前で、イザベルが立ち止まった。振り返るとわたしの後ろにいるカルラたちに命令する。
「お前たち、ここはわたくしの侍女がいるから下がりなさい」
「恐れながら申し上げます。わたくしどもはクラウディオ殿下よりデルフィーナ様から離れないようにと指示されております」
カルラが何とか離されないようにと言葉を選んで反論した。イザベルはカルラの言葉を鼻で笑う。
「それはわたくしが信用ならないと言っているの?」
「そうではありません。デルフィーナ様は体調を崩されておりますから必ずついているようにと」
最後まで聞くことなくぱしっとイザベルは手のひらに折りたたんだ扇子を叩きつけた。さほど大きくない音であるがカルラの口を止めるには十分だった。
「ではここで待ちなさい。気分が悪くなればすぐに呼んであげるわ」
「……承知しました」
カルラは深く頭を下げた。ちらりとこちらを見た目にはとても心配そうな色が浮かんでいる。わたしは大丈夫だと言うように少しだけ微笑んで見せた。イザベルは部屋の入り口で立ち止まったカルラたちを見て満足そうに笑みを浮かべる。
「こちらにいらして」
イザベルに言われるまま部屋の中に入れば、すでに一人の令嬢がいた。この国に多い黒髪に緑の瞳をした少し気の強そうな感じの令嬢だ。イザベルと同様に胸と背中が大きく開いたドレスを身に纏っている。その質のいい布と身に着けている宝飾品をみて高位貴族なのだろうと判断した。
気が抜けない。
祖国の作法でさえあやしく、この国の作法も学んでいないので、できれば避けたかった。令嬢のどこかぎらついた眼を見れば、目的は明らかだ。
「お待ちしておりました。イザベル様」
「デルフィーナ王女、彼女はわたしの親しい友人のエデルミラ・バシュレ侯爵令嬢よ」
「初めまして」
エデルミラ・バシュレ侯爵令嬢ときいて、顔がこわばりそうになった。
名前だけはクラウディオに聞いて知っていた。クラウディオを王にしようと画策している侯爵家の令嬢で、婚約者候補として名乗りを上げていた女性でもある。クラウディオが先手を打つ必要があったのはこの令嬢を正妃に据えないためだろうなと今日初めて思い至った。
本当に勘弁してほしいわ、内心盛大に嘆きながらゆったりと挨拶を返した。
こうしてイザベル主催の吊し上げという茶会が始まった。
***
「まあ、お兄さまも物も知らない王女を正妃にするなんてお気の毒よね」
「イザベル様、言い過ぎでございますわ」
口元を上品に隠しながら同調するのはエデルミラだ。
イザベルと一緒に吊し上げをしようとしているのだ。性格がいいわけがない。何を言われても本当のことだから別に気にはならないけど、長々と言われるのは疲れる。どうしたものかと思いながら、少し困ったように目を伏せた。
出されたお茶を見ることになってしまったがそこにある信じられない物体に、思わず凍り付いた。わたしの心がバクバク言っているのに気が付かずに、二人は会話をしている。
「デルフィーナ様、イザベル様はこの国の令嬢として自慢に思えるほど、とても才色兼備のお方ですの。わからないことは素直に教えを乞うのも大事だと思いますわ」
「うふふ、当り前のことを褒めすぎだわ。わたしは大国の王女ですもの。どこかの小国の王女とは違って当然だわ」
嫌味が続いていくが、それどころではなかった。祖国でもアドラが色々な種類のお茶を出していて、それなりに知っている方だと思っていた。もちろん、新しいお茶の知識とそのいただき方も一緒に学んでいた。
だが、このようなお茶は初めてだ。王都に入るまでにも知らないお茶の飲み方があったが、これは習っていない。話も聞いていないと思う。
カップの中には薫り高いお茶の中に漂うのは……虫だ。
それ以上の表現はできない。してはいけないと思う。大きさは……。うん、ばっちり見える。
そっと二人を見れば、当り前のように口にしている。ということは、これは食べることが可能だということ。
ふと、薬師として勉強していたお姉さまの持っていた本を思い出した。薬の材料として虫があったはずだ。祖国では手に入れることができないから、知識のみだがそれを考えれば高価な薬になる虫をお茶に入れる飲み方なのかもしれない。薬学書には乾燥してすりつぶして粉にするとしていたが、これは……素材そのまま。
大国、恐るべし。高価な薬の材料が常時飲まれているのだ。なんて贅沢な。
そう思うのだが、このまるっと姿の見える物体を見たまま飲める気がしない。文化の違いに焦りを感じた。
やれることはやってみようと、添えられていたお砂糖とミルクを投入してスプーンでかき混ぜてみた。スプーンにはお茶にはありえない抵抗を感じる。なんか、一つじゃないみたい。ごろ、ごろっとしている。気前よく大盤振る舞いしてくれたらしい。
駄目だ、視覚的に悪化した。
どうしよう。間違ったかも。
これはどう飲めばいいのか。忙しく頭を働かせた。縋るところは、アドラの教えてくれた様々な飲み方だ。中のものを取り出してお茶を楽しむ方法、残したまま楽しむ方法、あとは……潰して食べる飲み方もあったはず。
これを同じように考えていいのか。やり方を間違えれば、とても見苦しい。
潰してみる?
スプーンの腹でぐっと押してみれば何とかなるかもしれない。
ちょっと力を入れてみたが、簡単につぶれないことだけがわかった。かなりの弾力があるようだ。
潰れたところでそれを飲めと言われても飲める気はしないのだが。
次はどうするか、悩む。
「どうなさったの? デルフィーナ王女?」
意地悪く呼びかけてきた。どうやらわたしがお茶の作法を知らないことを知っていて試したようだ。大きく息を吸い込んで、思い切ってイザベルに視線を向けた。そして、ゆっくりと頭を下げる。
「申し訳ありません。祖国ではこのようなお茶の飲み方を教わっておりません。是非ともわたしに教えてもらえないでしょうか? 美しく飲むイザベル様を見せていただけませんか?」
そういって、お砂糖とミルクを投入したお茶をそっとイザベルに押し出した。
この場では無知だと、王子妃には相応しくないと嗤われてしまっても、次から美しくできればいい。嫌味や罵倒など聞き流せばいいのだ。いかに受け流すか。これこそわたしがマナーと共に学んだ王族としての知識だ。
そう割り切った結果、教えを請う。
イザベルから表情がごっそりと抜け落ちている。先ほどまでの社交的な笑みが消えていた。
ああ、やっぱり飲み方を聞くなんて無作法だ。でも、許してほしい。本当にわからないのだ。
教えを乞うのだから、今後の決意表明も必要だろうと言葉を連ねた。
「エデルミラ様がイザベル様はこの国で一番素晴らしい女性だと称賛していますもの。わたしでは足りないかもしれませんが、できるかぎりイザベル様のような女性になっていきたいですわ」
どうやって飲むのか、本当に教えて。
そんな気持ちを込めて、表情を消したイザベルを見つめ続けた。