王都につきました
体調を崩してから、一日ほど予定を延ばした。馬車ではなく部屋の中でゆっくりしたのがよかったのか、あれほど体調が悪かったのに一日休んだだけですっかり元の調子を取り戻した。領主の娘という女性も一日のうちに何度か突撃してきたようだが、護衛達が上手く追い返してくれたためわたしは顔を合わせることはなった。
クラウディオも極力わたしの側にいてくれた。今は騎乗しているため馬車には一人だが、時折一緒に馬車に乗って色々な話をした。ゆっくりと一週間かけて移動し、王都の外壁が見えてきたのは夕方だった。夕方と言ってもこの国は暑い国のため、祖国に比べればまだまだ暑く、あたりも明るい。この3週間の旅で慣れたとはいえ、不思議な感じだ。
外壁を抜け、広い通りをしばらく走ると、王宮が見えてきた。あまりの大きさに思わずぽかんとした顔で見つめた。
大きい。
本当に大きい。
馬車の窓から近づく王宮を見て祖国がいかに小さい国であるかを改めて実感した。王宮の敷地内に入り、人の手で手入れされた木々が植えられた小道を抜けたところで馬車が止まった。
「ついたよ」
クラウディオは手を差し出し、わたしを馬車から降ろした。
王宮とは違った少し小さめの建屋だ。
「ここが俺の離宮だ」
そう説明しながらわたしをエスコートする。きょろきょろと物珍しさに周囲を見ながら中に入れば、使用人たちが一斉に頭を下げていた。十数人いると思われる使用人たちだが、よく見れば服装が少しずつ違う。職務内容によって服装が違うのかもしれない。祖国では侍女や使用人など数名しかいなかったため、頭を下げわたし達を迎える立ち姿に思わず足が止まってしまった。
クラウディオはわたしの戸惑いがわかったのか、促すように手を引く。
「おかえりなさいませ、殿下」
統括しているのだろう初老の男性が声をかけてきた。彼もきちっとした服を着て、背筋がピンとしている。クラウディオは彼の少し手前で立ち止まり、わたしを隣に立たせた。
「正妻のデルフィーナだ。お前たちの主人となる。心して仕えよ」
「承知しました。私は殿下の執事をしておりますギャレットと申します」
「デルフィーナよ。よろしくね」
柔らかい笑みを浮かべ挨拶をされて、こちらもにこりと挨拶を返した。ギャレットの目はどこか見定めるような感じであったが、気分を害するほどでもない。単純にわたしがどんな人間であるのか観察しているだけだろう。
他の使用人たちも好奇心をのぞかせながらも悪い感情がなかったため、ほっとした。クラウディオが歩きながら小さく笑った。
「何?」
「いや、ここにいる使用人たちはそれなりに教育されている。緊張することはない」
「そう言われても。お互い初対面だから」
あと数か月で平民になる予定だったわたしに王族として堂々とするなど難しい話だ。ここに移動してくる間にようやくクラウディオにも慣れて、少し砕けた態度で接することができるようになったところだ。無茶は言わないでほしい。
クラウディオに連れられて部屋を入ると、長椅子に座るように示された。
「デルフィーナの部屋に案内する前に、少し話しておきたいことがある」
カルラがお茶を用意して、部屋を下がる。部屋には護衛騎士が一人となった。
「求婚した時に少し話したと思うが、俺には後ろ盾のない妃が必要だった」
そう話し始めたのは、どうしてわたしが政略結婚の相手として選ばれたかということだった。
クラウディオの母である前王妃は前国王の二番目の王妃だった。一番目の王妃だった現国王の母が亡くなった後、他国から嫁いできたという。
その理由もありがちと言えばありがちだ。クラウディオの母の持つ大きな魔力を王家に取り入れたくて成立した結婚だった。
この大国では王族であっても魔力が少なくなっており、貴族はもっと顕著だ。魔力があると言えども小さな火を起こせれば貴族の血筋であるという証明になる程度なのだそうだ。それでもないよりもあった方がいいとされている。
「それでは民は魔力をほとんど持っていないの?」
祖国との違いに驚いて、話の途中で口をはさんでしまった。クラウディオは怒ることなく頷いた。
「そうだ。上位貴族はまだましだが、下位貴族になると半分は魔力を持っていない」
「どうして魔力が減っているのかしら? 祖国ではそんなことないのに」
よくわからず首を傾げれば、クラウディオも頷いた。
「それをずっと研究していたが、未だにわかっていない。前国王の時代には従来以上に研究にも力を入れていたが、魔力を持つ貴族よりも持たない貴族の方が増えてしまって衝突した。魔力のある貴族がない者を見下していたからな。平民は魔力など持たないから、魔力のある貴族にはとても反発した」
「そうなの」
旅の途中で何度かカルラがわたしが魔法を使うところを見て、驚いていたことを思い出す。きっと彼女も魔力を使うところなど、ほとんどみたことがないのだろう。それだけ失われている。
「でもクラウディオ様も魔力は多いですよね」
ふと、彼の魔力が自分よりやや劣る程度であることを思い出した。祖国でも彼ほどの魔力になるとお兄さまやお父さまぐらいだろうか。
「それが一番の問題なんだ」
うんざりしたようにため息をつく。
「……国王陛下はもしかしてあまり魔力を持っていないの?」
「異母兄上は持っていないわけじゃない。俺を除けば国一番の魔力だ。俺が異常なだけだ。きっと君にも嫌な思いをさせるだろう。特に注意してほしいのは妹のイザベルだ」
妹?
魔力の多いクラウディオが王になるべき、と彼の妹が一番思い込んでいるのだという。派閥を作り、異母兄でもある国王に突っかかっている状態でもある。王妃の実家である国王派の貴族たちはその態度を苦々しく見ているそうだ。
国王派はクラウディオが王位に興味がなく、国王の片腕として働いているのを知っているためクラウディオには何も言わない。その寛容な態度がクラウディオ派をさらに過激な行動をとらせている。そんな彼らがわたしが邪魔になって排除に走るのは目に見えていた。
想像できる面倒くささに眩暈がする。旅の途中で会った領主の娘を思い出しげんなりとした。あんな女性がわんさか出てきたらどうしよう。それに加えて、クラウディオを王にしたい貴族を相手にするなんて無理すぎる。
「できるだけ守るつもりだ。だが、場合によっては入っていけない時もある」
「どれくらい魔法を使ってもいいのかしら?」
「できればあまり使わないでほしい。俺の妃が魔力を同じぐらい持っていると知られると面倒になる」
魔力を持っていることで反国王派がいるのだから、魔力のある妃を迎えればさらなる暴走する可能性がある。それはわかるのだが。わたしは眉を寄せた。
「どうしてわたしを選んだの?」
クラウディオのことがよくわからず、じっと彼を見つめた。彼はとても居心地が悪いのか、少しだけ視線を落としてから、わたしを真っすぐに見つめる。
「……王族は魔力がないとできない役割があるんだ」
「なんかすごく矛盾している気がするわ」
難しいことを言われているような気がした。国政など関わったことがないからさっぱりわからないが、建前と本音が違うということなのだろう。
「難しく考えなくていい。貴族たちへの対応と王族の役割があるために、表向きは魔力を重視しない方針、王族は密かに魔力維持をする方針だ」
「頭痛い……」
そんな難しいこと、説明されてもうまく呑み込めない。
「理解しなくてもいい。頭の片隅にでも覚えておいたらいいから」
「わかったわ。できる限り、ここから出かけない」
きっぱりと言い切ると、クラウディオは笑った。
「すぐに信用できるデルフィーナ専任の護衛騎士を揃える。それまでは離宮で過ごしてもらえると助かる」
可能な限り離宮からは出ないと決めた。
相手するのが面倒だから引きこもろうとかじゃないわよ?




