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前途多難かもしれない



 気持ちが悪い、気がする。

 何もかもが初めてで、小さな積み重ねに疲労がたまってしまったようだ。国が違うだけで、気候が違うだけで何もかもが違っていて、それも仕方がないことだと思う。


 婚姻を申し込まれて旅立ってから、約2週間。本当に何の準備もなく、祖国から旅立った。王族の婚姻にはありえないほどの速さだ。祖国から彼の住む王都まで3週間かかるのだから、旅慣れていないわたしにはとても辛い旅程だ。やることもなく馬車に揺られているのも楽そうで楽じゃない。


 疲れが溜まっているだけだと自分を慰め、できるだけゆったりできる姿勢になり馬車で力を抜いて目を閉じた。クラウディオが用意した馬車はとても乗り心地がいいから、揺れもあまりないい。ふかふかのクッションに体を預けていれば楽になっているような気もする。それでも、血の気が引いているのか、少し寒い気もした。これほど熱い空気の中にいるのに変な感じだ。


「デルフィーナ、少し出てこられるか?」


 馬で移動していた彼が馬車を止め声をかけてきた。


 できれば、できればそっとしておいてほしい。


 そう思っていても、出ないわけにはいかない。仕方がなく目を開け、起き上がった。ゆっくりとした動きで馬車を出れば、彼がわたしの顔を覗き込んだ。私の顔を見るなり、眉間にしわが寄った。大きな手がわたしの頬を包みこむ。温かい彼の手が気持ちよくて、無意識にすりっとその手にすり寄った。


「顔色が悪い。気分が悪そうだ。どこか休めるところを取ろう」

「大丈夫です。少し疲れているだけだから」


 笑顔を見せようとして失敗した。笑顔で取り繕えないほど、気持ちが悪かった。彼は少しだけ迷ったようだが、すぐに護衛に休める宿を取るようにと指示した。その間、彼はわたしを支えるように抱き寄せていた。

 寄りかかったまま目を閉じればクラウディオのほんのりと伝わってくる温もりがとても気持ちいい。


「少しだけでいい。前を見てもらえないか」


 待っている間の少しだけ、と前置きをして促された。頑張って目を上げると、遠くには目の前に広がるのは砂の山だ。


「ここは」

「砂漠だ。ここには水も何もない。砂漠の旅は熟練者でも難しい。だから、安易に行こうとしないでほしい。デルフィーナは初めて見るだろうから覚えておいて」


 砂漠。

 確かに物語でもほんの少ししか出てこないような場所だ。砂でできているとは書いてあったが、こんな風景とは思っていなかった。気分の悪さも忘れるほど、その不思議な景色を見つめていた。


 目の前には砂漠が広がるのに、後ろを見れば木々が生い茂った賑やかな空気の街がある。突然ここだけ切り取られてポンと置かれたような感じだ。


「さあ、用意ができた。行こうか」


 彼の足に合わせて一歩、踏み出した。足はぐにゃりとして立っていられなくなった。


 あ、倒れる。


 目の前がぶれて、そのまま闇に飲まれていった。


******


 どのくらい寝ていたのだろう。

 目を開ければ暗い部屋の中に一人で横になっていた。どうにか上体を起こした。自分が夜着に着替えていることに気がついた。祖国から持ってきた夜着は先日から晩餐に着せられているドレスよりも慎ましい。それがおかしくて思わず笑った。


 断片的な記憶から何かの病気だと誰かが話していたことを思い出した。まだ体に力が入らないけれど、自分自身に治癒魔法をかけた。ふわりと魔力がまとわりつくが、特に何も変わらない。楽になった感じがないから、治癒魔法は効かないようだ。怪我を治すのは簡単なのだが、病気に関してはあまり得意ではない。今回もわたしの苦手な病気なのだろうとため息を付いた。


「誰かいないかしら?」


 起きたことを伝えようと声をかけるが、しんとしていて誰からも返事はなかった。仕方がなく立ち上がると扉を開いた。少し開けただけで、外の音が入ってくる。会話はよく聞こえないが、クラウディオの不機嫌そうな応答とカルラの声が聞こえてくる。


「何かあったの?」


 扉を大きく開ければ、クラウディオと一人の女性が目に入った。女性とクラウディオの距離がかなり近いことに眉をひそめた。


 女性は布を胸元でクロスして首で結んで胸を覆うようなドレスを身に着けていた。スカートも体の線に沿って流れ落ちるようになっていて、女性らしさを際立たせていた。しかも腰のぎりぎりまで布がない。化粧もきつく、ここまで香水の匂いがしていた。


 なんか、まずいところに割り込んだらしい。


 知らないけばけばしい女と一緒にいるクラウディオを見て何故かイラっとした。クラウディオも20歳をいくらか超えている男性だ。わたしに対する態度からも、女性との関係もそれなりにあるだろう。だからといって具合の悪いわたしのいる部屋で逢引きなどしなくてもいいはずだ。どこの店の女であるかはわからないが、ここまで乗り込んでくるのだ。それなりに今まで関係していたはずだ。


「クラウディオ様……できればわたしのいないところで女性は呼んでください」

「デルフィーナ、気がついたか」


 クラウディオは縋りつく女性を無視して、わたしの方へとやってきた。彼が近づいた時にむわっと甘ったるいスパイシーな香水が鼻につく。思わず手で鼻を押え、さっと浄化の魔法を唱えた。部屋に漂っていた匂いがすっと消えた。


「嫌いな匂いだったか」

「起き抜けには辛いわ」


 クラウディオは面白そうに笑みを浮かべながらわたしの腰に手を回した。


「まだ調子が悪いだろう。部屋に戻ろうか」


 わたしを促すと、寝室へと足を向けた。ふらつく体ではクラウディオに逆らうこともできず再び寝室へと戻ろうとした。


「殿下、お待ちくださいませ!」


 無視された女性が甲高い声を上げる。クラウディオは面倒くさそうに顔だけそちらに向けた。


「さっさと帰れ。お前を呼んだ覚えはない」

「そんな小娘よりわたくしと……」

「王子妃をそこまで侮辱するのならそれ相当の罰が必要になるが、お前の父、いや領主は知っているんだろうな?」


 領主、と聞いてこの女が商売女のじゃないことに気がついた。信じられない思いで、奥に控えているカルラを見れば茶目っ気のある顔で頷かれた。話の流れからすると、勝手に押しかけてきてクラウディオに迫っていたようだ。領主の娘だからあまり邪険にもできず、と言ったところだろうか。


 貴族令嬢ってこんな商売女のような、なまめかしい恰好をしているの?


 恐ろしさに体が震える。


 まさか、わたしもあの服に慣れなくてはいけないの?


 わたしのふらつきを勘違いしたクラウディオが心配そうにわたしを見降ろした。女に向ける視線とわたしに向ける視線の温度が見事に切り替えられていた。


「デルフィーナ、まだ体調が整っていないのだからもっと寄りかかって」

「……ありがとうございます」


 恐ろしいほどの鋭い視線がわたしに向けられた。そんな目を向けられても本当に困る。困ったように笑みを浮かべれば、馬鹿にされたと思ったのか一人怒って部屋を出て行ってしまった。その無作法に唖然としたが、クラウディオが何も言わないところをどうでもいいのかもしれない。


「具合が悪いのにすまない」


 そっと耳元で囁かれた。

 わかっているならもう少し何とかしてほしい。非難するように彼を見上げる。キスをねだったように見えたのか、彼はちゅっとリップ音を立てて唇にキスを落とした。


「違うわ……キスじゃないの」

「嫌だったか?」

「……嫌じゃないけど」


 もごもごと口の中に言葉がこもる。言葉をいろいろ探したが、なかなか思いつかない。最後には諦めてため息をついた。


 本当にわたし、この結婚、やっていけるのかしら?

 そのうち嫉妬に狂った女性に刺されそうだ。





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