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もう一つの表に出ない物語 -エデルミラ-


 ゆっくりと目を開ければ、まだ暗闇だ。朝日も登らぬうちにここの修道女達は起きだして身支度を始める。

 わたしもゆっくりと目を開けて、慣れ始めた朝の暗闇に大きく息を吐いた。


 同室の修道女も声を上げることなく、下手をすれば気配すら消しながら身支度をする。まだそこまで音を立てずにいることができないわたしは衣擦れの音をわずかに立てながら支度を始めた。


 朝の支度が終われば、そのまま祈祷の時間が始まる。朝食担当になれば祈祷ではなく厨房に行くことになるが、わたしは貴族家の娘だったためか朝食担当になったことはない。一日中祈祷をすることが多い。その他の仕事もあるが、そちらもほとんど担当しない。


 わたしは最後に顔を隠すベールをかぶり、部屋を出た。ベールは絶対に手放せない。鏡すら最近はよく見ないようにしている。そこには己の罪が刻まれているからだ。気持ち悪く這うように肌に広がるのは黒い蔓と葉。幸い、右側だけしか今はない。


 何も考えずにゆっくりと祈祷の間に入り、膝をつき神へと祈りを捧げる。


 結果はどうであれ、自分の意思は通した。

 わたしの恋や憎しみや悲しみが後押しした行動であったけど、どんなに祈りを捧げたって後悔することも反省することもない。


 わたしはちゃんと自分の思い通りに動いたのだから。


******


 わたしが恋をしたのは8歳の時に設けられたクラウディオ王子とのお茶会の席でだった。お茶会と言いながらも、実質は婚約者としての顔合わせのようなものだった。4歳年上のクラウディオ王子はとても綺麗な顔立ちをした男の子だった。

 感情のこもらない目で見られていたが、彼と結婚できると思ったわたしはとても舞い上がっていた。王族で、しかも王太子であるイグナシオ王子よりも多い魔力。自分もお父さまの血を引いてこの国では上位に入るほどの魔力を持っている。選ばれた人間だと思い至るのは、とても自然だった。


「クラウディオ王子は何がお好きですか?」


 彼の好きなものが知りたくてそう問えば、彼は特に好きなものはないと答える。ぶっきらぼうなのは、きっとこのような場が恥ずかしいからだと勝手に判断して。わたしは未来の王子妃となるためにと、勉学に励んだ。

 時折、思い出したかのように花を渡してくれた。その花はきっと彼の母である王妃様に言われて持ってきたのだろうけど、それでも嬉しかった。少し照れたような顔で渡される花はわたしの一番好きな花になった。


 幸い、クラウディオ王子と同母の妹であるイザベル王女が自分の味方をしてくれた。彼女の言い分は魔力のある人間が王族の結婚相手になるべきだというものだった。王族に魔力がなければ、この国が滅ぶと。彼女の言っていることは半分以上よくわからなかった。ただ、魔力の多さに彼女の母である王妃が嫁いできたことを考えれば、きっと王族にしかない情報があるのだと思う。


 イザベル王女はクラウディオ王子、イグナシオ王子に次いで魔力が強い。

 一度、クラウディオ王子とイザベル王女が魔法を使っているのを見たことがあった。クラウディオ王子は信じられないぐらいの炎の魔法を使っていた。


 沢山の火が一つの標的に向かい、激しく燃え上がる。イザベル王女も同じように炎の魔法を使ったが、その威力は半分以下。


 クラウディオ王子の圧倒的な強さに息を飲んだ。貴族の中では上位に、同世代に限ればイザベル王女に次いで強いと言われていたわたしの魔力では、炎の魔法はイザベル王女のさらに半分以下になる。二人が簡単に火をつけて燃やしているあの的に火をつけられるかどうか、怪しい程度なのだ。自分が選ばれた存在だと思っていたが、王族に比べればあってないような力に眩暈がした。


 もしかしたら、わたしが貴族の中では魔力が強いと言われているのを聞いているだけで実際はどの程度か知らないのではないだろうか。


 そんな疑問が浮かんだが、自分から申告して婚約者候補でなくなるのは嫌だった。魔力と言っても普段は使うことがないのだから、貴族の中では一番だという事実さえあれば大したことはないと自分自身を慰める。


 クラウディオ王子との関係もあまりうまくいっていなかった。正式に婚約者になるようにとお父さまとイザベル王女が何度も議題にあげているが、誰も是と言わない。

 10歳になった時、珍しく二人になったことがあった。クラウディオ王子がわざわざわたしと会うために場を設けたのだとすぐに分かった。それぐらい彼と二人になることが難しかった。嬉しさに笑みがこぼれるが、彼の顔を見て優しい話ではないとすぐに悟った。膨らんだ期待が徐々に萎む。


「申し訳ないが、エデルミラ嬢と結婚することはない」


 淡々とした宣言に、心がぎゅっと掴まれた。息をするのも痛く感じる。


「わたしの何が足りないのでしょうか?」


 震える声をなるべく平坦に押さえつけながら聞けば、クラウディオ王子は一瞬だけ辛そうな顔をした。ほんのわずかな変化であったが、その表情に気持ちがほぐれる。


「すべてが足らない。君は俺の隣にふさわしくない」

「……」


 残酷なようで優しい言葉だった。きっとわたしが余計な期待をしないように言ってくれているのだと思う。思うのだけど、その程度の言葉ではすでに終止符を打つことはできないのだ。

 クラウディオ王子の背中を見送りながら、じぐじぐと痛む胸を抱えた。不思議と涙は出なかった。


 時間ばかり経って、そのうちにイグナシオ王子の婚約が決まった。その相手に衝撃を受ける。侯爵家の令嬢であったが、魔法が全く使えない令嬢だったのだ。

 そのことを知って、ようやくクラウディオ王子が言った意味が分かった。彼の隣には魔法が使えない令嬢が立つのだ。王族に比べたら大したことのない魔力しかないわたしなのに、選ばれることはないのだと知った。


 その時になって、この国は魔力がない方向へと向かっているのだとぼんやりとだが理解した。イグナシオ王子の婚約者が魔力なしの令嬢となったことで、イザベル王女は荒れた。


 何を言っているかわからないが、お父さまとよく話し込んでいる。そのうちに、イグナシオ王子を廃して、クラウディオ王子を王位につけようと言う話までてくる始末。

 その過激な発言を聞いて初めて体を震わせた。わたしがせめてイザベル王女ほどの魔力があれば、お父さまほどの魔力があればよかったが、王族から見たらわたしの魔力さえもあってないようなものだ。


 もし二人が冷静になってそのことに気がついてしまったらきっとわたしは婚約者候補にも上がらなくなってしまう。現実味を帯びた想像に息が詰まった。それは嫌だ。この国で一番クラウディオ王子にふさわしいのはわたししかいないはずだ。いつでも王家に嫁げるように勉強も励んでいる。


 どっちつかずの立場に笑いが零れた。クラウディオ王子の求めるように、わたしは期待するほど魔力の高い令嬢ではない。それなのに、わたしが魔力が大したことがないとわかればお父さまとイザベル王女に切り捨てられてしまう。


 お父さまとイザベル王女がいる限り、今は嫌がっていてもそのうちクラウディオ王子もわたしと結婚することに否とは言えないだろうと無理やり思い込んだ。


 それでも、時折、心の中の自分が現実を見ろと囁いてくる。

 結婚はしないと宣言されてから、クラウディオ王子はお茶に誘っても来てくれることはない。15歳になり夜会に参加できるようになってからも、ダンスの最初の相手ではなく、途中で一度だけ。二人で話したくとも、ライバルも多すぎて邪魔される。

 唯一の救いはやはりイザベラ王女だった。王族しか入れない場所にも彼女となら一緒にいられたし、その場所には大抵クラウディオ王子がいた。わたしがいつまで経っても婚約者とならないので、婚約者候補に名を連ねようとする貴族令嬢も出てくる。


 そんな中、異質な令嬢が現れた。わたしよりも近い位置で近づいていった女だ。

 伯爵家の庶子であったが、母方の親族に拾われて男爵家の養女になったようだ。貴族らしさはあまりないが、市井で暮らした者ならではの近い距離感でクラウディオ王子に付きまとっている。


 付きまとっていると表現したのは彼の態度は誰に対しても同じものと変わらないからだ。時折、他の令嬢とは違う顔を見せることもあったがそれはわたしに対するのとさして変わらない。つながりのある人物がいるから丁寧に接しているだけ。

 彼の取り巻く環境を知っている人からしたら、とても当たり前のことなのだが。

 彼女は違ったらしい。優越感を持って周りに誇示した。周りが冷笑しているのも気がつかない。その様子は哀れだ。


「近いうちに捨てられてしまうなんて可哀そう。わたしは貴女と違ってクラウディオ様の支えになっているのよ」


 そんな悪意ある囁きもしてくるが、わたしよりもあなたの方が先に切り捨てられる運命にあると言いたい。あの程度で支えているなど笑ってしまう。その現実に気がつかない彼女はどこまでも滑稽だった。


 でも、彼女とわたし、何が違うの。


 心のどこかでそんな声がした。


 それでも。それでも縋れるなら縋りたい。

 だってわたしには彼しかいない。嫌われていても憎まれていても結婚という絆を結びたい。きっとそれだけでわたしはとても幸せになれる。


 恐れていた情報が入ってきたのは、代わり映えのしない日常を過ごしていた時だった。


「クラウディオお兄さまが結婚するわ」


 イザベル王女が忌々しそうに吐き捨てた。理解できずに、問いかける。問う声は震え、胸が苦しい。


「どういうこと……」

「どうにもこうにも! イグナシオお兄さまのために、クラウディオお兄さまは小国の王女を連れてきたのよ!」


 激怒するイザベル王女に現実なのだと知る。グラグラと目の前が揺れる。どうして、という気持ちとやっぱりという気持ちがせめぎ合った。


「心配しなくとも大丈夫よ。小国の王女など追い出して、必ずエデルミラを妃にするから」


 根拠のない自信をもってイザベルが慰めてくる。その言葉に慰められながらも、心が乱れた。本当にそんなことが可能なのだろうか、と信じきれない気持ちの方が強かったのだ。


 イザベル王女やお父さまを含む一部の貴族たちが散々言っても受け入れなかったのだ。クラウディオがわざわざ迎えに行ってまでこの国に連れてきたという他国の姫を手放すとは思えなかった。

 わたし自身は不安を抱えながら、イザベル王女と一緒に小国の姫との茶会に臨んだ。


 クラウディオ王子の連れてきた小国の姫はとても美しかった。

 この南の国ではありえないほど抜けるような白い肌に、淡い金髪。瞳もとても澄んでいて、ほんわりとした柔らかい空気を持つ女性だった。突撃したイザベル王女すらもその美しさに息を飲んだほどだ。すぐに感情を押し殺したようだが、わたしはイザベル王女の反応に気がついてしまった。


 田舎の姫だとバカにしながらも、その嫋やかで優雅な動作に目が釘付けになる。イザベラ王女に合わせて嫌味を繰り返すが、彼女はあまり気にしていないようだ。最後には嫌がらせで用意したお茶をイザベラ王女に手本として見せるようにとまで言い出す始末。


 イザベル王女の怒りが手に取るようにわかるが、どうしていいかわからずそのまま見守っていた。緊張感が崩れたのは、クラウディオ王子が部屋に乗り込んできたときだった。誰かが知らせに走ったのであろう。かなり急いできたのか息が少しだけ乱れていた。イザベル王女とクラウディオ王子のやり取りをぼんやり聞きながら、ああもうダメなんだと徐々に理解した。


 幼い頃から努力し続けていたのに、彼がわたしを見ることはないのだとそう初めて心から理解した。







 でも、それではわたしがあまりにも可哀そうだ。

 8歳の頃から10年間、彼の隣に立ちたいがために努力してきたのに。

 わたしは捨て置かれてもいい程度の存在だったの。


 すでに貴族令嬢としての適齢期となり、婚約者がいない。他の同世代の令嬢はすでに結婚している。そんな中、素敵な男性など余っているわけがない。大抵は何かしらの欠点があるものだ。

 釣り合う相手がいないなら静かに領地で暮らせばいい、と半ば投げやりに考えていたわたしにイザベル王女は恐ろしいことを言い出した。心臓が止まるかと思うほどの衝撃だった。


「本気ですか?」

「そうよ。あんな無能な女が王妃だなんて許せない」


 イザベル王女は爪を噛みながら呟く。そのどろりとした暗い瞳にぞくりとした。


「わたしが国王陛下の側室など、受け入れられるわけがありません」


 思い直してほしいという一心で言えば、イザベル王女は笑った。


「大丈夫よ。今度こそ絶対に認めさせるから」

「イザベル様……。どうしてそこまで」


 理解できない彼女の考え方に、このままではいけないと本能的に悟った。イザベル王女はくすくすと笑う。


「わたしはね、イグナシオ異母兄さまもクラウディオお兄さまも大嫌いなの」


 聞いてはいけないと、警告する声が聞こえる。イザベル王女はよどみなく人ごとのような感じで話す。


「きちんとした力を持ちながら、それを正しく使わない。何のためにある力なの? お父さまはどうしてわたしの力を封じてしまったの」

「封じたとは?」


 これ以上はダメだ。聞いてはいけない。


「そのままよ。わたしの力はね、クラウディオお兄さまなんかよりはるかに高いのよ。この国を壊せるぐらいには」

「イザベル様」

「お父さまはこの力が欲しくてお母さまを娶ったのでしょう? 欲しがっていた力を持って生まれたのに、どうしてお父さまがわたしを疎ましく思うのか理解できないわ」


 ああ、でも。


 イザベル王女はようやく思い至ったと言うように一人納得して頷いた。


「わたしに力を持たせたら危険だという思いがあったのなら正しかったのかもね」

「あの、その力の封じているものがなくなればイザベル様が王座に座ればよいのでは?」

「うふふ。そうね、その手もあるわね。でも、元には戻らないのよ。魔力を作らせないためにお父さまに毒を飲まされているから、一度壊れた体は治らないのよ。体が壊れているから、子供も産むことができない」


 言葉の意味が捉え切れずに真正面からイザベル王女を見つめた。イザベル王女はふっと力なく笑った。


「あの、前王妃様やクラウディオ様は……」

「もちろん知らないわ。お父さまが流行り病で寝込んでいるわたしにこっそりと飲ませたのだから、恐らく流行り病が重くなったと思っているはずよ」


 囁かれた言葉に涙がこぼれた。実の父親から毒を飲まされるなんて、どれほどの絶望なのだろうか。

 結局、わたしもイザベル王女もいらないと切り捨てられる人間なのだ。


「わたしのために泣くのはあなたぐらいね」


 困ったような顔をしてイザベル王女はそっと抱きしめてくれた。イザベル王女のぬくもりを感じながらも彼女には従わないと決めた。


 どうせ望まない結果に終わるのならば、わたしはここで泣き寝入りしたくない。

 どれほど可能性が低くとも、最後まで思いを遂げるためにあがくつもりだ。


*****


 デルフィーナ姫の姉姫が来てから上手くいかないことが多かったが、その出会いには十分に運命を感じた。あれほどクラウディオ王子の隣に立つのは自分だと豪語していたユージェニーが目の前にいる。


「何よ! バカにしに来たの?!」


 そう食って掛かる彼女は自信満々の女ではなくなっていた。あまりにもの哀れだが、わたしは自分のために彼女を使うことにした。


「いいえ。一度だけ機会を上げようかと思って」


 静かな口調で告げれば、彼女は疑わしいというような顔をした。まだまだ疑うことができるのなら正常なのだろう。わたしは安心させるように笑みを見せた。


「わたし、クラウディオ殿下とは別の方に嫁ぐことになったの。だから、あなたの恋を少しだけ応援してあげようと思って」

「別の人と結婚するの?」


 驚きにユージェニーが声を上げた。まさかわたしが他の人と結婚するとは考えていなかったようだ。


「ええ。これでも高位貴族ですもの。政略結婚なんて当たり前よ」


 自分で言いながらも胸が痛むがあえて無視する。ユージェニーは警戒心を解いた。


「何をしてくれるの?」

「わたしもさほど権限を持っていないから一度だけしかできないけど、クラウディオ殿下に気持ちを伝えたらいいと思うの」


 ユージェニーはむっつりとした顔になる。


「あの女がいる限り、クラウディオ様がわたしを突っぱねるわ。本当に邪魔な女。いなくなればいいのに」

「デルフィーナ姫がいなかったら、本当に貴女を選ぶのかしら?」

「当然よ! あなたとは違うの」


 腹が立ったが自分の気持ちを無視して、持っていた荷物をそっと差し出した。


「この魔道具は砂漠に飛ぶと言われているものなの」

「砂漠に?」


 そういいつつ、彼女は自分自身でその魔道具を取り出して触る。だが何の反応もしない。胡散臭そうに眉を寄せているのを見つめた。


「もし、それなりの魔力があるのなら砂漠に行くと思うけど……。デルフィーナ姫はそこまで魔力がないかしら?」

「ううん。あるはずだわ。これ、もらっていいの?」


 何か思いついたのか、ユージェニーは考えながら聞いてくる。それなりに魔道具を扱っていただけある。内心嗤いながら、わたしは頷いた。


「もちろんよ。ここを離れる前に貴女に会えてよかったわ。王宮の門を通れるように手配しておくから頑張ってね」

「あなたも結婚が上手くいくといいわね」


 ユージェニーは希望に満ちた目でわたしを見てから、去っていった。



 結果は思った通りに失敗だ。

 ユージェニーは捕らえられ、情報をしゃべるまで肉体的に痛めつけられているはずだ。そしてわたしも高位貴族の犯罪者が入る塔へと閉じ込められている。イザベル王女は直接的には関係ないから、王都から遠い場所に蟄居になる程度だと思う。

 この結果になっても落胆しなかった。やっぱりという気持ちの方が強い。上手くいけばよかったなと思いつつも、気持ちは軽かった。


 最小限の物しかない部屋で座ってじっと自分の右手を見つめた。毒々しいほどの黒い蔦と葉が肌に刻まれている。それは徐々に成長しているのが自分自身でわかる。置かれている質素な鏡を見れば、顔にも広がっていた。いかにも罪人だと言わんばかりの刻印だ。初めみた時には恐ろしさに動揺したが、こうして心穏やかにしてみれば見た目ば悪くなるだけで痛みとか苦しさはない。


「エデルミラ嬢」


 ノックの音とともにやってきたのはイグナシオ陛下だった。クラウディオ王子が来てくれるものだと期待していたのに残念でならない。罪人なのにこうして足を運ぶのは彼がそれだけ優しいのだろう。

 立ち上がって、優雅にお辞儀をすれば彼は痛ましそうにこちらを見る。


「最後に聞かせてほしい。どうしてそこまでクラウディオにこだわった?」

「知ってどうなるのです?」


 静かに問えば、ため息が聞こえる。


「ただ知りたいだけだ。幼い頃からクラウディオは貴女とは結婚しないと伝えていただろう? 貴女がこだわらなければ、バシュレ侯爵がどうであれ、他の幸せも掴むことができたはずだ」


 知っている。クラウディオ殿下は正しく彼の気持ちを伝えてくれた。


「好きだからです」

「エデルミラ嬢」

「誰よりも好きで、ずっと彼の側にいたかった。隣に立ちたかったから諦められなかった。それだけです」


 ほどなくして、わたしはそれ相応の肉体的な罰を受け、怪我が治るとともに一番厳しいと言われる修道院へ収容された。ここでは最小限の会話しかすることができず、一日中祈りを捧げる。


 でも誰とも話さないことはとてもよかった。

 静かな空間で、わたしの願望で作り変えられた優しい思い出だけを見つめていられるのだから。



Fin.



少し長いですが、お付き合いありがとうございました。


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