表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

31/33

わたしの幸せ

本日3回目の更新です。


 クラウディオの母であるバネッサはイザベルとは性格がまるで似ていなかった。イザベルは自分が正しいからすべてを周りに押し付けているような性格だったが、バネッサはとても聞き上手だった。王妃として長年勤めていた経験があるからか、知らないうちにどんどんしゃべってしまう。


 気がつけば、促されるまま祖国からこの国に来て色々あったことを話していた。特に隠すこともないのだけど、話し過ぎたとあらかた話してしまってから気がついた。気まずくなって口を閉ざすと、バネッサが柔らかく笑った。


「本当に息子と娘がごめんなさいね。脅すように婚姻を申し込んだとか、守ると言っていたのに守れていないとか。娘に至っては正直どうしようもないわ。その他の色々も含めて本当に息子ながらに情けない」


 バネッサの言葉にはチクリチクリとクラウディオに対して棘がある。ちらりとバネッサの後ろに立っているお姉さまに視線を向けた。お姉さまは関係なさそうな顔をしているが、お姉さまも色々なことをしゃべったに違いない。

 バネッサはわたしの隣にいる咎めるような目で息子を見つめている。


「早いうちにイザベルを嫁に出せばよかったのに」

「しかし、母上」

「あの子が極端なのは知っていますよ。だけども王宮に置いておくから余計なことばかり考えて、変な貴族に取りこまれたのよ。イザベルが王宮に残っていなければバシュレ侯爵ぐらい何とでもなったでしょう」


 クラウディオも母親の前では形無しだった。神妙な顔をして少しだけ視線を下げる。そんな息子の様子にバネッサはため息を付いた。


「デルフィーナ姫。この先はわたくしが決めることではありませんが、もし国に戻りたいと思うのなら力をお貸しします」

「え?」


 何を言われているのかわからなかった。ぎゅっとシーツを握りしめる。バネッサはじっと私の気持ちを推し量るかのように見つめている。その視線が居心地悪く、視線を少しだけ伏せた。


「結論はいつでも構いません。よく考えてほしいの。貴女がこの国の不都合を背負う必要はないわ」

「母上!」


 クラウディオが弾かれたように顔を上げた。バネッサは声を荒げた息子に呆れたような顔をした。


「本来ならば外交問題になるほどの出来事なのよ。小国とはいえ王女である王弟妃が暗殺されかかったのだから」

「わかっています」

「いいえ、わかっていないわ。あなた達はもっと早く排除すべきだったのよ」


 静かな声なのに、どこか反論させない強さがあった。クラウディオも自分の対応が悪かったと思っているのか、それ以上の言葉が出てこなかった。


「あの」


 二人の様子を伺っていたが、なかなか進みそうにないので声をかけた。クラウディオがこちらに顔を向ける。


「こうして無事に助けてもらったので、わたしは特に不満はありません」

「デルフィーナ」


 どこか不安そうな声を出すクラウディオの手をそっと掴んだ。わたしの手を強い力で握り返してくれる。その反応が嬉しくて笑みを浮かべた。


「確かに命の危険があったかもしれません。バネッサ様にしたら後手に回っていたかもしれません。ですが、きちんと助けてもらえました」

「今回は間に合ったわね」


 次はどうかはわからないと言葉にならない言葉を受け取ると、わたしは笑った。


「そうかもしれません。色々理由があるかもしれませんが、わたし、クラウディオ様とずっと一緒にいたいくらい好きなんです」


 バネッサが驚いたように目を見開いた。そしてふっと力を抜いた笑みを口元に浮かべる。もうちょっとちゃんと言っておこうと頑張って口を開いた。


「この国に来て知らないことも多く、クラウディオ様に沢山新しいことを教えてもらいました。イザベル様とのお茶会だって時間が経てば、笑い話になると思います」

「あれが笑い話になるのか?」


 二回のお茶会の様子をすでに知っていたのかクラウディオが呟く。


「それが貴女の答えなの? 王都に戻ってしまったら無理だけど、今なら帰してあげられるわ」

「ええ。わたしは祖国に帰りません」


 わたしの答えを聞いて、バネッサは後ろに立つお姉さまに視線を向けた。つられてわたしもお姉さまを見る。お姉さまはやっぱりといったような顔をしていた。


「ロレイン王女。どうやらあなたの目論見は外れてしまったわね」

「こうなるとは思っていました」


 二人の会話がよくわからなくて、首を傾げればお姉さまが笑った。


「暗殺されかけたことを理由にデルフィーナを連れて帰ろうと思っていたの」

「ええ?」


 驚きのあまりに声を上げれば、クラウディオが強く手を握る。


「対応にはかなり不満だけど、それなりに両想いのようだから今回は大人しく帰るわ。デルフィーナを砂漠から助けてくれたから」

「お姉さま、帰ってしまうの?」


 まだこの国にいてくれるものだと思っていたのに、帰ると言われて戸惑う。お姉さまは肩をすくめた。


「お兄さまが帰って来いってうるさいのよ。ネイトもこの国にあまり馴染めないみたいだし」

「魔法陣はどうしたらいいの?」


 おろおろとして聞いてみれば、お姉さまがくすりと笑った。


「解析なんてしていたら何年もかかるわ。それだったら一層のこと、時間をかけて魔力を注ぎなさいな」

「そんな、無責任な」

「大丈夫、大丈夫。あの仕組みを作った人の方がよっぽど考えているから」


 本当だろうか。お姉さまの適当な言葉にむむむと眉間にしわを寄せた。そんな簡単なことだとは思えないのだけど。魔道具だって暴走することがあるのに。


「これはわたしの勘で裏付けがあるわけではないけれど、恐らく魔道具の暴走は王族の管理しているという魔道具の魔力不足が問題だと思うの」


 言われている内容が理解できずにお姉さまの顔を見つめれば、お姉さまは仕方がないわねと笑った。


「何も考えずに今まで魔力を注いで何とかなっていたのだから、考えすぎずに魔力を注げばいいのよ」

「それで大丈夫?」

「もしダメでも今だって一緒でしょう? だったら前の状態に戻すことをまず考えたらいいと思うわ」


 納得できそうな納得できなさそうな?


 困ってしまって隣にいるクラウディオを見上げれば彼は真剣な顔をしていた。


「確かに一理ある」

「そうでしょう?」


 にこにこと笑ってお姉さまが頷いた。


「それでいいの?」

「どれを選ぶかは話し合って決めたらいいじゃない」


 それもそうなのだけど。


「ところで、お姉さま」

「なあに?」

「クラウディオ様に何をしたんです?」


 お姉さまの笑顔が作り物のようになった。やっぱりわたしが飛ばされた後、何かしたんだ。

 そう確信すると、このままにはしておけない。


「このままで大丈夫だ」


 詰め寄ろうとしたわたしを止めたのはクラウディオだった。どういうことなのかわからず、お姉さまとクラウディオを交互に見る。


「デルフィーナが何かに傷ついたら体のどこかに傷ができる程度だから。これなら見落とすこともないでしょう? それに一番ひどくても腕がもげる程度よ」

「腕がもげる……」


 茫然として呟けば、クラウディオが苦笑する。


「まあ、なんだ。今度こそちゃんと守るから大丈夫だ」

「うふふふふ。その余裕が気に入らないわ。もっと条件をきつくすればよかった」


 お姉さまとクラウディオが笑いあう。恐ろしいほど白々しい笑いにわたしの顔が引きつった。


「面白いわね。クラウディオがこんなにも感情豊かだとは知らなかったわ」


 バネッサがお姉さまとクラウディオのやり取りを見ていて呟く。


「そろそろデルフィーナ姫を休ませてあげましょう。では、また後日お茶を一緒に飲みましょうね」


 バネッサは二人を連れて部屋を後にした。部屋に一人になってほっと力を抜く。


 なんだかとても疲れた。

 助かったという気持ち、沢山の情報、それに美味しい食事。


 目を閉じただけで眠気が襲ってくる。眠気に逆らうことなく、そのままわたしは眠りに落ちた。


******


 穏やかに月日は流れた。


 お姉さまの言うように、あまり考えずに魔力を注ぎ、王族の管理する魔道具を動かした。わたしだけではなく、クラウディオもイグナシオも時間があれば少しでもと魔力を注いでくれる。徐々に機能を復活させた魔道具はすごいとしか言いようがなかった。


 劇的な変化ではないが、干上がっていた湖に水が徐々に戻り、水が増えるにしたがって湖の周りの緑もゆったりと生え始めた。

 魔道具が十分に機能を果たすまでかかった時間は10年だ。コツコツと注いでいたのだが、ある日突然魔力を引き込むことがなくなった。

 壊れてしまったのではないかと、慌ててお姉さまを呼んだ。


「悔しいけど、すごいわね」


 お姉さまが魔道具を見つめ、呟いた。わたしは研究者らしい顔をして魔法陣を読んでいくお姉さまの方がすごいと思うのだが、そんなお姉さまがすごいというのだから、すごいのだろう。


「少なくともあなた達が生きている間は大丈夫そうよ」

「子供たちもいるわよ」


 わたしとクラウディオの間には3人の子供がいる。どの子供も祖国のやり方で魔力を鍛えているからクラウディオ程度の魔力はある。もちろんこの国で魔力を使うことはできないので、使うときはお姉さまの作ってくれた祖国への転移用の魔法陣を使う。


 子供たちはクラウディオにに似てとても聡いから、自分たちの存在の危うさをよく理解していた。というか、お姉さまの子供たちと一緒にお姉さまに理解せざるを得ない何かをされたようだ。内容については震えるばかりで教えてくれない。


「100年も先のことはその時に困った人が考えればいい」

「クラウディオ」


 ちょうどわたし達の会話が聞こえたのか、クラウディオが割り込んだ。子供たちを連れて休憩に来たようだ。


「ようこそ。ロレイン王女」

「王女はいい加減にやめて。普通にロレインでいいわよ」


 嫌そうな顔をするお姉さまにクラウディオはいいことを聞いたと言わんばかりの顔をする。


「ここでは王女でないと招待できないので我慢してもらいたい」

「ううう、本当に嫌な男ね」


 お姉さまはどこか悔しそうだ。


「伯母さま、今日遊びに行ってもいい?」

「今から来るの?」


 お姉さまは渋りながらも、絶対に嫌とは言わない。お姉さまの子供たちもわたしの子供たちと仲が良いのだ。まとめておけば放っておけると思っているところもある。


「じゃあ、またね」

「ええ。子供たちをよろしくね」


 お姉さまと子供たちを見送り、二人になるとクラウディオが真面目な顔をしてこちらを見ている。


「ありがとう」

「どうしたの?」


 何のお礼かわからず首を傾げれば、彼は笑う。


「愛する妻に子供たちもいて幸せだ」

「そうね、わたしも幸せだわ」

 

 なんだか感謝を伝えるのも幸せを伝えるのも、とてもくすぐったくて二人して笑った。

 これからもこの穏やかな生活が続くことを願った。



Fin.




これで完結になります。

最後までお付き合いいただきありがとうございました。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ