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お姉さまとわたし



「呪いの杖に、呪いの指輪」


 お姉さまが壊れた。


 クラウディオから婚姻を申し込まれ承諾した後、離宮に戻った。離宮に戻れば待ち構えていたお姉さまに突撃され、有無も言わさずお姉さまの部屋に連れてこられた。


 明るいクリーム色の壁に趣味の良い家具、緑の刺し色を使ったとても落ち着いた空間。

 なのに、テーブルに並べられた道具はとてもとても落ち着いたものではない。ぽってりとしたシミのようにそこだけ異質だ。

 強制的に長椅子に座らされたわたしはお姉さまをじっと見ていた。少しでも動くとお姉さまが怖いのだ。お姉さまはぶつぶつ言いながら、チェストの引き出しを開けたり、隣の部屋に引っ込んだりして次から次へとテーブルに載せていく。


「お姉さま」


 お姉さまの持ってきた道具がテーブルに乗らなくなってきたころにようやく声をかけた。お姉さまはふっと我に返ってわたしの方を見る。そしてにっこりと安心させるように微笑んだ。美しい透明感のある笑みだが、いつもと違って温かさよりも冷ややかさを感じた。背筋がぞくりとする。整った顔立ちのお姉さまが冷たい顔をすると本当に恐ろしい。


 なんか怒っている?


「可愛いデルフィーナ。少しだけ待ってちょうだいね? 今一番よさそうなものを見つけているから」

「……何をするためのものか、聞いてもいいですか?」


 わからないふりをして首を傾げた。お姉さまも視線を柔らかくしてそっとテーブルに乗っていた置物を手に取る。

 全体的に白いお姉さまが手にしたのは、黒い塊。

 よく見れば人型で、口と目を大きく開けて非常に苦しそうな表情をしている。


「この置物はね、人の生気を奪う魔道具なの。魔法陣に呪う相手の名前を書けばすぐにでも使えるように整備してあるわ」


 お姉さまの説明に顔が引きつった。ちらりと同じ部屋にいる護衛であり夫でもある騎士の方へ視線を向けた。優しいお姉さまに戻してほしい一心だった。

 なのに彼は柔らかな眼差しで微笑ましと言わんばかりの様子で見つめている。愛のなせる業か。それとも長年の付き合いでこれも可愛い部類の行動になるのだろうか。


 どちらにしても彼は役に立たなそうだ。仕方がなく、わたしがお姉さまを正気に戻そうと挑んでみた。


「お姉さま、わたし、この人形が怖いです」

「あら、そう? とても細かく表現していて素晴らしい出来だと思ったのだけど。礼儀知らずの大国の王子に贈るだけだから、貴女が触らなくてもいいのよ?」

「贈る時に中のものを想像して怖くて泣いてしまうかも」


 あれを箱に入れてリボンをかけて、クラウディオに贈る自分を想像した。贈り物だと言いながらも自分の顔がこわばるか引きつるか、もしくは涙目になったところしか想像できない。そんな挙動不審なものを贈られたら誰だって怪しむだろう。


「まあ、デルフィーナは可愛いわね。ではこちらはどうかしら? 人型ではないからすんなり渡せるかも」


 人型の置物をテーブルに戻して、小さいそれを取り出した。手のひらにのる小さな壺だ。真っ黒な陶器に赤と白で何かがびっしりと書いてある。


「何の模様?」

「うふふ、魔法陣よ」

「わたしの知っているものとちょっと違います」


 そう言いつつもよく見れば、所々読める気がする。お姉さまは鏡を取り出した。壺の絵柄を映す。


「なんで?」

「鏡文字と言ってね、反転させて描くことで本来の意味を逆にするのよ」

「初めて聞きました」

「そうよね。だってわたしの研究成果ですもの!」


 どこか得意気に胸を張って言い切る。お姉さまがそんな研究をしていたなんて気がつかなくて、ただただ驚いた。驚きつつも魔法陣を読み解けば、固まってしまった。魔法陣は張りと潤いを保つと書いてあったのだ。その反転となれば、しわしわという感じだろうか。


「お姉さま、これって」

「デルフィーナ、ロレイン!」


 先触れもなく乱暴に押し入ってきた人物へと顔を向けた。扉には荒い息をしたお兄さまがいる。突然やってきた大国の王子との外交を済ませて急いでやってきたのだと思う。色素が薄く、整った顔立ちと王太子としての落ち着きのせいで熱のなさそうな性格に見えるが、お兄さまはかなり騒々しい性格だ。


「あら、お兄さま」


 お姉さまはにこりと笑みを浮かべて立ち上がった。すすすとお兄さまの側に寄る。手にしているのは先ほどの小さな壺。


 あれをお兄さまに使う気なの!?


 慌てて止めようとしたが、お兄さまの方が早かった。さっとお姉さまの手から壺を抜き取り魔法でためらうことなく潰した。ばりんばりんと陶器が砕ける音がする。


「ああ、わたしの大切な壺が!」

「やかましい。その恐ろしい道具を俺に使おうとしていただろう?」


 お姉さまがしおれた花のように項垂れ悲しみを全身に漂わせたが、お兄さまにもちろん通じない。お兄さまは両腕を組みお姉さまを見下ろした。


「ロレイン、お前、クラウディオ殿下とその連れに絶対に手を出すんじゃないぞ」

「あらあら、そんなこといたしませんわ」


 わざとらしく頬に手を当てて首をかしげている。さらりと綺麗な髪が流れてとても美しい。美しいが見慣れているお兄さまの心など動かすはずもなく。お兄さまは遠慮なくお姉さまの頬をつまんだ。ぐにぐにと顔の形が変わるまで引っ張る。


「いいか、よく聞け。ご自慢の呪いの魔道具を壊されたくなければクラウディオ殿下に何もするなよ」

「ひたひでしゅわ」


 お姉さまは涙目でお兄さまの手を払う。赤くなった頬に手を当てると、ふわっと少し輝いた。どうやら回復魔法を使ったようだ。こんなところに使うのもどうかと思うが、お姉さまは痛みとかに弱い。すぐに使う。


「それから、デルフィーナ!」

「はい!」


 突然、大きな声で呼ばれて、ぴっと姿勢を正した。


「お前は絶対にロレインから物を受け取るな」

「それは……全部ですか?」


 お姉さまはきっとわたしのために色々と準備をしてくれると思うのだけど。そう思って聞き返した。


「そうだ」

「でも、お姉さまにはわたしの結婚祝いを用意すると前から言われているのに」

「それでもだ」


 お兄さまに強く言われて、涙が出る。


「まあ、お兄さま! デルフィーナを泣かせるなんてひどいわ!」

「ひどいのはお前の方だろう! デルフィーナに何を持たせる気だった?」

「もちろん身を守るためのものですわ」


 お姉さまが真面目な顔になった。憂い顔で瞳をそっと伏せた。


「お兄さま、ちゃんと呪いじゃないことを確認してから持って行きますから」


 お姉さまを庇うようにしてお兄さまに縋れば、お兄さまがため息を付いた。


「わかった。受け取ってもいい。その代わりに持っていけるかの判断をさせてくれ」

「わかりました」


 お兄さまは優しく笑うと、頭を撫でてた。


「すまないな。本当は断りたいんだが」

「わかっています。わたしも王族です。こういうこともあるでしょう」


 やはりお兄さまは断れなかったことを気にしていた。お父さまもきっと気にしているに違いない。


「ロレイン、今からこの宝石に魔法陣を込められるか?」


 お兄さまはポケットの中から一組の耳飾りを取り出した。耳に穴を通してつける耳飾りだ。この国では護符の代わりにつけている。わたしも一組、両親から贈られたものをすでにつけていた。


 お姉さまがお兄さまから耳飾りを受け取った。純度の高い魔法にもなじみやすい宝石だ。


「一晩あれば込められるわ。守りの魔法陣でいいのかしら?」

「ついでに攻撃したものを呪う魔法陣も入れてくれ」

「お兄さま?」


 さらりと言ったお兄さまにお姉さまは嬉しそうに笑った。


「そうね、デルフィーナに悪意を向けたものは、呪われて血を吐きながらのたうち回るようにしましょうか」

「お姉さま?」

「血をまき散らすとデルフィーナが汚れる。急激に年を取るのはどうだ?」

「ええええ?」


 お兄さまもしれっと提案してくる。


「それもいいわね。どうせなら、どれに当たるかわからないようにしましょうか。原因を特定されるのも面倒ですし」

「二人ともちょっと待ってください!」


 どんどん過激になっていく二人に声を張り上げた。


「お気持ちは嬉しいですけど、それはいらないです。普通に幸せになれる祝福を入れてください」


 二人とも顔を見合わせると、にこりとほほ笑んだ。


「ちょっとした冗談だ」

「そうよ、わたし達がするわけないでしょう?」


 絶対に信用ならない。

 二人から贈られたものは必ず確認しようと心に固く誓った。




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