絶体絶命というのかしら?
砂漠の向こうに沈んでいく太陽を見つめて、ため息を付いた。クラウディオが迎えに来てくれないかなとわずかな希望を持ちながら待っていたが、太陽が沈み始めたのを見てこれからどうしたらいいのか真面目に考え始めた。
まずこの場所がどこかわからない。
以前、クラウディオと砂漠に来た時も目印がないとわからないと言っていた。だから恐らくすぐには見つけられない気がする。お姉さまがいるから、わたしをここに飛ばした魔法陣があれば場所の特定できるはずだ。魔法陣さえあれば、きっとできる。
わたしは大きく息を吐いてその場にしゃがみこんだ。少し先には魔道具が転がっている。そう、ユージェニーが投げつけたあれだ。わたしと一緒に移動してしまったので、お姉さまが魔道具を読んで、というのも期待薄だ。
後はユージェニーにあの魔道具を渡した渡した誰かが飛ばされた場所を知っていて、いろんな方法で言ってしまう可能性。これもかなり期待したいが、時間がかかる上にもしかしたらどこかに行くことはわかっていても、どこにいくかわからないという最悪な事態も考えられた。
考えれば考えるほど、わたしが助け出される可能性がかなり低いことがわかる。
それでも、死にたくない。
気合を入れて立ち上がると、とりあえず夜の間過ごせるように建屋の中の砂を風の魔法を使って外に出した。砂に埋もれていた床が現れたので、最後に浄化の魔法を使う。
綺麗になった建屋を見れば、床にも沢山の魔法陣が書かれていた。その中央にあるわたしの両手で囲えるぐらいの丸い台には透明な石があった。
「やっぱりこれも空っぽなのね」
きっと魔力で満たされれば綺麗な色がつくのだろう。どれくらいの魔力がいるのかわからないが、王宮で見せられたものよりも半分よりも小さいので、もしかしたら魔力が空になるほどはいらないのかもしれない。
この何もない砂漠でじっとして助けを待っているよりは、魔道具を起動させて印になるようにした方が生存率が上がるような気がした。
それでも魔力を失うことはいざというときに何もできなくなる。こんな良くわからない砂漠の真ん中でたった一人なのだ。拠り所になる魔力が頼れなくなるのは精神上辛かった。
どちらがいいのか、決断できないまま床に座った。
朝になってから決めよう。
この先延ばしがいいのか悪いのかわからないが、魔力を温存することを選んだ。
一人、固い床の上に座り膝を抱えて目を瞑った。
あたりは恐ろしいほど静かで、何も音が聞こえない。
虫の音も、風の音も、砂の音も。
何もなくて、目を閉ざしているだけでも自分の存在がとても曖昧になってくる。
誰もいないことがこれほど心細いとは思っていなかった。
「大丈夫、大丈夫」
わざと軽い調子で言葉を紡ぐ。繰り返しているうちに、クラウディオとお姉さまの顔が浮かぶ。不可能なことがあっても何とかしてくれそうな二人だ。
ほろりと涙がこぼれた。泣いたって何もならないのに、不安で不安で仕方がない。
これが夢だったらいいのに。
そう願いながらじっとその場に蹲っていた。
******
周囲の明るさに目を開ければ、太陽がちょうど顔を表しているところだった。眩しい光を放ちながら砂漠を輝かせている。
「砂漠のままだわ」
朝になれば砂漠ではなく慣れ親しんだ寝室で寝ていることを期待していた。クラウディオが隣にいて、おはようと呟きながら朝のキスをして。
自分自身でさえ、現実味のない期待だとわかっていても落胆してしまう。もうこれ以上現実逃避しても仕方がない。一度自分の頬を叩いてから、気持ちを切り替える。
「まずは身支度ね」
少しの水を魔法で出すと、口に含んだ。全身に浄化の魔法をかければ細かい砂が服の中に入った不快感がなくなる。
幸いなことに温度調整する魔道具は身に着けており、前のように水ぶくれができることはない。
唯一の問題は、食べ物がないのだ。数日間は生きられても、そのうち動けなくなってしまうだろう。どのくらいで助けが来るのかわからないので、食べ物がない現実ははとても辛い。
そう考えれば、魔力を注いで遠くからでもわかるようにした方がいいかもしれない。
立ち上がって、透明な石を見下ろした。手をそっと伸ばし触れそうになると引っ込める。それを何度も繰り返してから、覚悟を決めると目を瞑った。
触れた手のひらにはつるりとした冷たい石の感触。
一度に大量の魔力が抜かれ、倦怠感が生まれた。台に体を預けるようにして魔力を注ぎ続ける。
あと少し、あと少し。
ぎりぎりのところを図りながら、注ぎ続けると魔力の喪失が止まった。目をそっと開けてみれば、透明だった石が綺麗な緑色になっている。台はほのかに輝き、その輝きは床を伝い、残っていた壁に魔法陣が沢山浮かんでは消えた。これは前にクラウディオと行った時と同じだ。今は太陽が輝いているから、魔法陣の輝きは白く浮き上がっているように見える。夜であれば綺麗だったろうなと、変な感想を抱きながら魔法陣が輝き終わるのを待った。
「すごい」
すべての魔法陣が輝き、動きが止まると。
広い範囲の砂が風で舞い上がり、はるか彼方へと飛ばされた。現れたのは大きな離宮ぐらいはあるのではないかと思われるほどの窪み。その一番底から大量の水が湧き出た。湧き出た水はありえない速度で溜まっていく。
茫然とその光景を見ていた。
水たまりのような大きさから徐々に大きくなり、湖と言ってもいいくらいの大きさにまでなる。ある程度の所で水の勢いが衰えたが湖の縁に沿って草や木が生え始めたのを見て目を見開いた。
どのくらいそうして湖ができていくのを見ていただろうか。頭の上にあった太陽はすっかり傾いて光を弱くしていた。恐る恐る湖の水を口に含めば、とても冷たくておいしい水だった。空腹を誤魔化すように気が済むまで飲む。水で膨れたお腹を抱えて、再び夜を迎えた。
******
太陽が昇り始めて、目を覚ます。昨日と違って、水と緑があるだけでも居心地のいい空間に変わっていた。そっと建屋を出ると、湖のほとりには何本も木が成長していた。見ているだけでも大きく育っているのがわかる。昨日はまだ芽が出たぐらいだったのだから、同じ速さで成長し続けているのだと思う。
「あれ、食べ物だったらいいな」
見ている間にも徐々に葉を大きく広げ育つ木や生い茂る草花を見て呟いた。期待しながら木の成長を見守っていたが、自分の身長を超えたぐらいの所で成長が止まってしまう。
「……」
どうしようかと悩みながら、そっと木に近づいた。木の周りをぐるぐると回りながら観察するが、この木が食べられる実がなるのか全く分からない。だがまだ魔力の余力があるうちに育ててみてもいいかもしれないと、ちょっとだけ成長を促進する魔法をかけた。
魔力が少し多すぎたのか、木はどんどん大きくなる。そして自分の身長の二倍以上になった木を見上げた。
「あ、実がなっている」
両手でようやく持てるような大きさの緑の実がなっているのを見て、嬉しくなる。
二日も食べていない。
本当にお腹が空いていたのだ。
どんなにまずくても食べられるものがあれば、生きていける。風の魔法で実を一つ落とした。すっかり緑の絨毯になった場所に落ちてきた実を持ち上げる。かなりの重さに驚いたが、ヘタの所を風の魔法でスパッと切り落とす。期待してその中を覗くと。
「何、これ?」
中に入っていたのは水だ。ちょとだけ指を浸して舐めてみる。仄かに甘みを感じるが、その後に口の中に残るえぐ味に顔をしかめた。これならば水の方がいい。
「もしかしたら中は食べれるかな?」
水分をその場に捨て、割ってみた。中は白い塊があるだけで食べられそうにはなかった。がっかりして肩を落とす。
「お腹空いた」
魔力も全部復活していないせいか空腹感がひどい。しかも食べられるかもしれないと思っていたために、余計に空腹感を強く感じた。本当に涙が出そうだ。
こんなところで死んでしまうような運命なんて、ひどすぎる。
出来上がったばかりの湖をぼんやりと眺めた。湖の水はなみなみとしているがその周りの緑はあまり多くない。縁取りになった程度なのが気になった。
空腹でふらつく体を動かし、魔道具の台に近づいた。はめ込まれた石は薄い色になっている。台の横に座り込み手だけ伸ばして、魔力を注いだ。
できれば、食べられる木が出てきますように。
そう願いながら、抜かれるままに任せる。目を閉じて台に寄りかかった。
******
3回目の朝を迎えて、ぼんやりと目の前の光景を眺めた。緑も増え、木々も増えた。実がなっていればいいなと思いながら、重い体を動かした。一歩足を踏み出せば、草が足をくすぐった。砂漠でなくなったため、歩きやすい。
一歩一歩ゆっくりと歩いて、木々の間を探す。砂漠と草木の境界線を歩いて何か実がなっていないか探していると、遠くに砂が巻き上がっているのが見えた。耳をすませば、かすかに地響きがする。顔を上げて、そちらを見れば何かがやってくるのが見える。
「なに?」
もしかしたら助けかもしれないと、少しの期待と期待すぎるなと押さえつける気持ちに胸がドキドキする。もう誰でもいい。ここから街に連れて行ってほしい。
「お願い、助けて……!」
なんだかわからない巨大な生物が飛んだ。
「……」
砂の中を泳いでいたのか、大きな魚のような生き物だった。勢いよく空に飛び、砂の中に再び潜り込む。砂の中をかき分けているのか、砂漠が揺れた。それに合わせて自分も揺れる。
逃げなくては。
本能的にここにいてはダメだと思ったのだが、体が動かない。初めて見る魚のようなものに衝撃を受けてこわばったのもあるが、どこに逃げていいのかわからなかった。
どうしたらいいのか全く分からず、迷っているうちに、再び魚が砂の中から飛び出してきた。
その魚の大きな目がぎょろりと自分に向けられる。
「い、いやあああああ」
こんなところで死んじゃうの?
頭を抱えてしゃがみこむ。痛みに耐えようと体を固くした。
大きく何かが落ちる音がした。
「ケガはないか?」
男の声に顔を上げた。男の後ろから光がさしていて、顔は見えないが騎士のような旅人のような恰好をした人がこちらを見ていた。足元には先ほどの魚だ。嫌に赤い血が見えるが、それれよりもなによりも。
「クラウディオ様?」
逆光になっていてよくわからないが、その姿がとても似ているように思えた。
男に近づいて確認しようと立ち上がったが、ふらりと体が揺れた。
あれ、おかしいわ?
まっすぐ立っていられない上に、目の前が真っ暗になった。




