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後悔というのは後からするもの -ロレイン-



 何が起こったのか理解するのと同時に、頭が沸騰した。体の中から抑え切れない怒りがこみあげてきた。護衛達に抑え込まれているユージェニーに近寄り、睨みつけた。


「どこに飛ばしたの」


 問いただすわたしの低い声に、ユージェニーが唇を歪めた。


「さあ? どこかの砂漠よ」

「砂漠?」


 砂漠と聞いて抑えていた護衛達が息を飲んだ。ユージェニーは衝撃を与えられたことに気をよくしたのか、くすくすと笑う。


「砂漠に放り出されたら流石にクラウディオ様も目が覚めるでしょう。わたしの方がずっと一緒にいたのよ。クラウディオ様を支えられるのはわたししかいないんだから!」


 壊れたように笑っている女に向かって魔力を向けた。すぐに殺すつもりはなかったが、腕一本ぐらいは斬り落としてしまいたかった。


「ネイト……!」


 ところがユージェニーに向かった魔力は届く前に霧散する。驚きながら振り返った。ネイトはじっとわたしを見つめて首を左右に振った。彼の目はここでは駄目だと強く訴えていた。納得できなくて、ネイトの方へと体を寄せた。ネイトが小さな声で窘めた。


「手を出さない方がいい」

「でも、デルフィーナが……」

「ここで追い出されてしまったら、デルフィーナ様の情報が得られなくなる」


 だから我慢しろ、とネイトは強い口調で伝えてきた。両手をぎゅっと握りしめた。怒りでどうにかなってしまいそうだ。ネイトの言う通りデルフィーナを助けに行くなら、暴れて王宮から追い出されたり閉じ込められてしまうのは得策ではない。わかるけど、気持ちが暴れてどうしようもなかった。


 大きく呼吸を繰り返して、感情を落ち着かせようとする。そんなことをしている間に慌ただしい足音が聞こえてきた。


「何事だ!」


 クラウディオが血相を変えてやってきた。誰かが連絡したのだろう。思っていた以上に早かった。もしかしたらわたし達がなかなか部屋に来ないので心配で迎えに来ていたのかもしれない。少なくとも、クラウディオはわたしの目から見てもデルフィーナを大切にしていた。それだけでは守れなさそうな国ではあるけれど、彼の姿勢はそれなりに認めている。


「クラウディオ様! 邪魔な女はいなくなりましたわ!」


 嬉々としてクラウディオに寄っていこうとするユージェニーはどこかおかしくなっているように見えた。クラウディオはそんな彼女を無視して、わたしの方へとやってくる。


「何があったか説明してほしい」

「何って、その女が転移の魔道具を投げつけてデルフィーナが砂漠へ飛ばされたわ」


 クラウディオは砂漠と聞いて表情を険しくした。抑えられているユージェニーを一瞥すると、牢へ入れるようにと指示を出す。


「入手先と転移した先を吐かせろ。手段は問わない」

「承知しました」


 手段は問わないと付け加えられて、騎士が少し顔をこわばらせた。指示された騎士たちの様子から普段は苛烈な性格ではないのだろう。騎士二人が暴れるユージェニーを引きずる。


「ちょっと待って!」


 わたしは慌ててユージェニーを連れた騎士たちを呼び止めた。騎士たちはちらりとクラウディオを見て指示を仰ぐ。


「あの女に何か?」

「一発殴らせて」


 わたしはそう告げるのと同時につかつかと拘束されている彼女に近寄り、握った拳を振り上げた。わからない程度に拳に魔力を込め、彼女の左頬に殴りつける。


「いたあああ」


 予定以上に思いっきりめり込んだ。ユージェニーが痛みに騒いだ。口の中が切れたのか唇から血が垂れてる。


「この程度で済まされると思わないことね」

「クラウディオ様! 助けてください!」


 あまりにも煩いので、騎士の一人が布を噛ませた。


「すぐに異母兄上の所に行く」


 クラウディオはわたしに一緒に来るようにと促した。少し早い足取りなのは焦っている気持があるからなのか、イグナシオの執務室にたどり着くころには息が上がっていた。


「失礼します」


 クラウディオの後に続いて執務室に入る。そこにはイザベルとエデルミラ、そして壮年の男性がいた。


「お兄さま、わたし達が先に話しているのです。出て行ってくださいませ」


 イザベルがツンとした態度でクラウディオに言い放つ。クラウディオは気にせず、イグナシオの傍まで歩いていった。わたしはどうしていいか迷い、そのまま開け放たれた扉の所に立っていた。


「緊急です」

「わかった。お前たちは退室しろ」


 イグナシオは先にいた3人に告げた。イザベルが不機嫌そうに眉を上げる。


「お異母兄さま」

「幾ら話をしてもらっても、時間の無駄だ。イザベル、バシュレ侯爵。この話は今後一切聞かない」

「ですから……!」


 イライラしたイザベルの言葉から、どうやらエデルミラを側室にする話をしているようだとあたりをつけた。一応国のことを考えているのだろうが、強引で人の気持ちを考えないこのやり方がいいようには思えなかった。

 この国はすでに緩やかではあるが凋落しているのだろう。大国の政治などわからないが、上層部の決まらない態度は混乱しか招かない。とにかくこのイザベルの大した力もないのに魔力魔力と騒ぐのを止めておこうと口を挟むことにした。

 ゆっくりと部屋の中央に進みながら、イグナシオを見た。イグナシオは探るようにわたしを見つめた。


「陛下は反対ですの?」

「ロレイン王女」


 イグナシオは苛立っているようだった。初日に挨拶した時よりも厳しい表情をしている。


「お気持ちはわかりますわ。ですが、イザベル王女の気持ちも理解してあげてください。それにバシュレ侯爵が一緒に挨拶へ来たのですから」

「お黙り!」


 イザベルが慌ててわたしの口を閉ざそうと叫んだ。

 ふふふ、聞くわけないじゃない。丁度いい感じにイグナシオも側室の話だと誤解しているし、このまま了承をもらったら一つ懸念事項が消える。


「だが」

「いいではありませんか。イザベル王女とバシュレ侯爵の結婚。きっととても魔力の強い子供が生まれますわ」

「……は?」


 間抜けな声を出したのはクラウディオだった。イグナシオに至っては驚きすぎたのか、あんぐりと口を開けて呆けている。どうやらミランダはまだ伝えていないようだ。


「そんなわけないでしょう! とりあえず帰るわ!」


 追及を避けた形でイザベルが他の二人を連れて出て行く。エデルミラがわたしの横をすり抜けた時に、彼女の呟きが聞こえた。


「あの女は成功したようね」


 反射的にエデルミラの腕を押えた。エデルミラは引っ張られる形になって足を止める。


「手を離してください」

「そうはいかないわ。あの女とは誰?」

「さあ? 覚えておりませんわ」


 とぼけられて、イラっとした。わたしにわざと聞かせるためだけに呟いたのだ。


「ユージェニーとかいう女があなたに魔道具をもらったと言っています」

「何のお話かしら?」

「これは立派な王族の暗殺未遂です。早めに話してしまうことをお勧めするわ」


 わたしは鎌をかけながら、エデルミラの顔を冷めた目で見つめた。エデルミラは流石に上位貴族だ。顔色を変えずにとぼける。その態度に怒りが再び沸き起こりそうだが、何とか抑え込む。


「実はあの魔道具が動くと与えたものには呪いをもたらすそうよ。だから、すぐにばれてしまうらしいの」

「ですから、わたしには関係ない……」


 わたしは彼女の掴んだ腕に魔法をかけた後、手を離した。


「そうでしたの。では心配いりませんわね。呪いがかかるととても気持ちの悪い柄の痣が体中にできるらしいですわ」

「え?」

「ですから、違うのであればよかったです。呪いで気持ちが悪い体になった上に反逆者として拷問されるなんて辛いですからね」


 適当なことをいいながら、彼女の反応を伺った。少しだけ顔色が悪くなった気がした。わたしは首を傾げ、彼女の手を指で示した。


「ところで、その痣、どうされたの?」

「え? いやああ、何!」


 彼女の手の甲から黒いシミができ急激に大きく広がっていく。


「エデルミラ?」


 イザベルが茫然としてその様子を見ていた。彼女の目はエデルミラの体に広がる黒い蔓のような痣に向けられていた。徐々に範囲を広げていく様は、生きているようだ。初めて見る人の目には恐ろしいものに見えるだろう。


「これは」


 イグナシオとクラウディオが息を飲んだのが分かった。後ろからやりすぎだというネイトの視線を感じるが、無視する。こんな子供だましで済ませているのだ。感謝してほしいものだ。


「そうよ、わたしがあの女に魔道具を渡したのよ!」


 本当にこの国の女はろくなことしない。

 デルフィーナが戻ってきたら一緒に北の国へ帰ろうかと本気で考えた。


「エデルミラ?」


 イザベルがよくわかっていないような顔で彼女を呼んだ。エデルミラは広がる痣を消そうとしているのか、肌を必死にこすっている。


「どうやったらこれは消えるの! ちゃんと喋ったわ!」

「どこだ? どこに飛ばした?」


 クラウディオが大股でエデルミラに近寄り、その腕を乱暴に掴んだ。エデルミラはかくかくと体を震わせている。


「バシュレ侯爵!」


 クラウディオはエデルミラを拘束したまま、バシュレ侯爵に目を向けた。バシュレ侯爵は事態がよく呑み込めていないようだったが、何か思い当たることがあったのか軽く頭を振るとため息を付いた。


「この馬鹿が」

「転移先を言え」

「王領ですよ」


 あっさりと答えが出てきた。


「王領?」

「ええ。前王妃様の離宮のある所です」


 離宮、と聞いて皆が息を飲んだ。場所がよくわかっていないわたしとネイトだけが置いていかれている。


「問題があるところなの?」


 前王妃の離宮と聞いて実は少し安堵したのだ。誰かが拾ってくれるのではないかという期待が持ち上がっていた。


「早馬で一日の距離だ。あの領地は離宮の周りは砂漠で害獣が多いんだ。その上、砂漠は広い」


 砂漠、害獣。


 聞きなれない言葉に想像がつかない。ただこの部屋にいる者たちの深刻そうな顔に簡単には救出できない場所だということは理解した。



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