味のしないお茶会
どうしてこの顔ぶれでお茶を飲んでいるの。全く味がわからない。
今日は午後のお茶会にお姉さまと一緒にどうぞとミランダに招待された。昨日、イグナシオとミランダに紹介した後なので、その流れはとても自然だ。茶会の場となったのは一度招待されたことのある部屋だった。魔道具が暴走してきたときにいた場所だ。
そこまではいい。理解できる。
理解できないのは。
ちらりとミランダの横にすました顔で座っているイザベルだ。そして、いつも連れ立っているエデルミラ。
この二人がわたし達が茶会の会場に入る時に突撃してきた。もちろん。ミランダは断りたかったようだが、他国の王女が訪問しているのに、この国の王妹が招待されていないのはどういう事かと詰め寄ったため一緒にお茶会をすることになった。今は平民ということになっているが、小さな北国の事情などこの国の人たちが知るわけがないので、上手く王女のままになっている。お姉さまの立ち振る舞いも王女然としているのがいいのだと思う。
これからどうなるんだろうと、一抹の不安を抱えながら、すでに味の分からなくなったお茶を飲む。やることがこれしかないのだ。お茶を沢山おかわりして、お花摘みに行こうと決めていた。無作法で咎められてでも、この場を離れたい。
ちらりと同じテーブルを囲んでいる面々に視線を向けた。
わたしの隣にはお姉さま。その向かいには王妃様。そして王妃様の隣にはイザベルとエデルミラ。
楕円形の少し大きめのテーブルなので、隣と言っても距離はあった。皆が皆にこにことほほ笑みあってる。目は全く笑っていないけど。
皆それなりの美しさを持っているので、遠くから見つめる分には華やかでいい。いいけどこの中の一人になってしまうと本当に胃が痛い。わたしにこの中で繰り広げられるだろう舌戦に耐えられる気がしない。
お姉さまをちらりと見るがこちらは楽しんでいるのか、すごく美しい笑みを浮かべている。目がらんらんと輝いていることから、間違いないく参戦する気だ。
どうしてクラウディオはお姉さまが結婚する前に申し込みに来なかったのだろう。お姉さまだったらわたしなんかよりももっと上手にさばける気がした。この女性関係もそうだし、魔道具のことについてだって。王族としての振る舞いも特に教育らしい教育がなされていないのに、堂々としている。
そこまで考えて、そっと息を吐いた。この考え方はダメだ。お姉さまは初恋の人と結婚できたし、わたしもクラウディオのことが……多分好きだ。一緒にいられないことを考えれば、悲しくなるぐらいには好きになっている。
「今日は特別なお願いを王妃様にお願いしに来たのよ」
イザベルがミランダから目を逸らすことなく、にこやかに切り出した。いつもと変わらない作った笑いに背筋がピンとなる。ミランダも探るような目を向けていた。
「何かしら?」
「こちらにいるエデルミラをイグナシオお異母兄さまの側室にするので、よろしくお願いしますね」
思わず息を飲んだ。お姉さまも驚いたように体が揺れた。そっとエデルミラの方を見れば、無表情だ。それでも若干顔色が青く見えるのはわたしの気のせいではないと思う。そして、ミランダの方を見ればこちらも若干顔色が悪い。
「そう」
「王妃様には申し訳ないと思っていますが、これも国のためだと思って受け入れてもらいたいと思っています」
イザベルが涼しげな顔で続ける。わたしの頭の中は疑問でいっぱいだ。ただひとつわかっていることは、この場にわたしとお姉さまが余計だという事。しかも、イザベルがあえてわたし達がいる場所でお願いしているということはわたし達を立会人にしたいのだろう。その思惑に気がついたのもあって、ますます早くこの場を去ることを考える。
イザベルはちらりとわたしの方へと視線を向けた。
「もし受け入れてもらえないのなら、貴女が産んだ子供を王太子にするしかないわ」
「え?」
予想もしていないことを言われて、呆けた。意味が分からない。すでに国王夫妻には王子がいるのだ。
わたしがまじまじとイザベルを見返せば彼女は唇を歪めた。その赤い唇がいやに毒々しく見える。
「だって仕方がないでしょう? この国は魔道具が沢山放置されていて、暴走を始めている。それを治めるためには魔力が必要なのに、一番上に立つ者の魔力がないなんて何も守ることができないわ」
ああ、なるほど。確かにミランダは魔力が少ないが故に王妃になったわけだし、彼女の子供たちも皆口をそろえて少ないと言っている。あまり関わりたくないと思っていたのに、こんな形で影響するとは。
夜の砂漠に行った時にクラウディオが心配していたことがこのことだと直感的に理解した。わたし自身の立ち位置もかなり微妙なのだ。魔力があることを示しても示さなくても、否応なく避けられない。
イザベルは言葉を切ってお茶をゆっくりと飲む。
会話が途切れたところで、お姉さまが口を開いた。事情がよくわからないと言った風情で、首を少しだけ傾げている。
「どうして国王陛下の血を継ぐ王子がいるのにデルフィーナの産む子供が王太子になる必要があるのです?」
ふあああ、お姉さま!
どうしてそう直接的に聞くの!?
空気を読んだら絶対に聞けないと思うのだけど。
驚きのあまりに目を大きく見開いた。お姉さまと目が合うと、ふふっと何やら変に輝いた。
「ロレイン王女。この国はね魔力を持つ者が少なくなっているの。それが悪いとは言わない。時代がそうなっているのでしょう。でも、魔力が少ない国王なんて今までいなかった」
「国王になるには魔力が必要なのね?」
なるほどと、というように頷く。ミランダは目に見えて顔色を悪くした。カップを握る手がかすかだが震えていた。
「そうよ。その点エデルミラは貴族として十分な魔力を持っているから、きっと王族にふさわしいお子を産むことができるはずよ」
「あの……!」
珍しくエデルミラが声を上げた。イザベルは自分の言葉がさえぎられて、不快そうに眉を寄せた。
「エデルミラ?」
「わたし、やはりクラウディオ殿下の妃になりたいのです」
両手をぎゅっと握りしめてエデルミラが訴えた。予想していない彼女の発言に思わず固まる。イザベルも戸惑ったように視線を彷徨わせた。
「こんな、こんな扱いはあんまりです! わたしは幼い頃からクラウディオ殿下の妃になるからと教育されてきたのに……!」
彼女はイザベルからわたしの方へと視線を向けた。射殺しそうなほどの強い眼差しに思わず息を飲んだ。
「それなのに、クラウディオ殿下は田舎の王女を連れてきて。お願いです、イザベル様。この女をさっさと追い出して、わたしをクラウディオ殿下の……」
「お黙りなさい」
ミランダが強い口調で彼女の言葉を遮った。ミランダがイライラとしながら目を細めた。
「それ以上の言葉は許容できません」
「王妃様がきちんと国王にふさわしい王子を産めないから……!」
悲鳴のような叫び声が変に響いた。エデルミラがクラウディオと結婚したいのはわかっていたけど、直接言われてしまうとずきりと胸が痛む。クラウディオは大切にすると言ってくれているけれど、国の前にはなくなってしまうような口約束だ。
「不思議ね」
緊迫感のある空気を、お姉さまがゆったりとした口調で破る。わたしは目だけをお姉さまの方へと向けた。何を言う気だ! と内心びくびくする。さらに悪化しないことだけをひたすら願った。
「な、なによ」
お姉さまの空気に押されたのか、エデルミラが少しだけ冷静になった。お姉さまはお茶を飲んでから、口を開く。
「そもそも、貴女が妃になったところで魔力の多い子供が産まれる保証があるわけではないのでしょう? 魔力が多いことがご自慢のようだけど、どの程度なのかしら? 確かこの国の一般的な貴族は氷ぐらいは簡単に作れるのよね?」
氷ぐらい簡単に作れるのかと聞いたお姉さまにエデルミラは沈黙した。わたしも首を傾げた。確かにわたし達にしたら氷も簡単に作れるけれど、貴族であっても蝋燭の火ぐらいしかつけられないとしか聞いていない。
火の魔法を使うよりも氷を作る方が難しい。それは込める魔力の多さもあるが、氷がどんなものであるか知らないといけないからだ。
祖国は北国で、冬に水の入ったコップを出しておけば自然と氷になるところが見られるから、水が変化したものと認識できる。ところがこの国は暑い国だ。よほどの想像力がないと氷など作れない。
「お姉さま、その情報、どこからですか?」
「国で読んだ文献よ。3、40年ほど前の本だったかしら?」
3、40年前と聞いてなんとなく納得だ。その頃にはまだできたのだと思う。
「今はもっと魔力が少ないそうです。貴族の方でも火をつける程度のようです」
「そうなの?」
驚いたように目を瞬いた。お姉さまがミランダに説明を求めた。
「そうです。残念なことにわたしはその火もつけられませんが、エデルミラは大きめの火を起こせます」
「その程度の魔力なら魔力の強い子供ができるとは限らないのでは?」
全くの正論にエデルミラが悔しそうに唇を噛み締めた。エデルミラは貴族の中では多い方かもしれないが、王族に比べたらミランダとあまり変わりない。
「でしたらやはり、クラウディオ様が離縁して、陛下の側室になるべきなのはデルフィーナ様ですわ」
エデルミラが苦し紛れの反撃をした。わたしを追い出してその後釜に自分が入ると言うわかりやすい主張になんとなくおかしくなってきた。
ちらりとお姉さまを見る。お姉さまが無表情ながらも笑みを浮かべていた。
お姉さま、お願いです。
今後の平穏のために過激なことは言わないでください。
そんな気持ちを込めて、お姉さまに伝えた。
「お姉さま、クラウディオ様はわたしを大切にしてくださっています。ですから、お二人の言うような提案は現実的ではありません」
お姉さまは力を抜いてふうっと息を吐く。そしていいことを思いついたと、手を軽く叩いた。
「この際、王族が皆子供を産んで、その中から一番魔力が多い人を王にしたらいいと思いますわ」
何を言い出すのかわからないが、この場が固まった。
「ですから、イザベル王女もさっさと結婚して、沢山子供を産んだらどうでしょう? 今一番魔力の多い男性って誰かしら? エデルミラ様のお父さまが一番かしら?」
「そうね、今、貴族位で一番魔力が多いのはバシュレ侯爵だわ」
ミランダがぽつりとお姉さまの問いに答えた。ミランダにも少しの悪意があったかもしれないが、このぐらいはと思っているに違いない。
でも、甘い。お姉さまがこれだけで終わりにするわけがない。
イザベルも表情が凍っていた。まさか自分の父親と変わらない相手を勧められるとは思わなかったらしい。お姉さまはさらに追い込んだ。
「でも国のためですもの。年齢差なんて気にしないわよね? バシュレ侯爵には奥様はいるのかしら。それも離縁すれば問題ないわね。エデルミラ様のお父さまと思想が似ているみたいだから、きっと良い夫婦になると思うわ。もし、生まれた子供が魔力が少なくても、離縁と婚姻を繰り返せばいいのよ。王族の特権よね」
まあ、エデルミラとわたしに要求していることをイザベルに当てはめただけだから、イザベルが反論できるはずがないのだが。イザベルは徐々に顔を真っ赤にいた。
「ふざけないでよ! なんでわたくしがそのようなことをする必要があるの!」
「もちろん国のためですわ」
何を言っているのかわからないと言った風情でお姉さまが答えた。国のため、と言い切られてイザベルが言葉に詰まった。
「だって国のためなら、心をすりつぶしてもいいのでしょう? ああ、恥ずかしくて言えないのなら、わたしが陛下に伝えておきますわ。それとも王妃様、お願いできますか?」
「もちろん、わたくしから伝えましょう」
イザベルもエデルミラも反論できずに、真っ赤になったり青くなったりながら体を震わせていた。その目は異常なほどぎらついており、憎しみがにじみ出ていた。
二人の憎悪の視線もものともせずに、お姉さまはこの話は終わりだと言わんばかりに新しいお茶を要求していた。
温度差のある空気に息が詰まる。
ミランダはこの重苦しい雰囲気に表情を変えることなく座っているが、わたしは耐えれそうにない。早くこの場を去りたいと方法を探っていると、突然、イザベルが立ち上がった。
「気分が悪いわ。失礼するわね」
最後は憎しみにまみれた視線をお姉さまに向けてから、イザベルとエデルミラは退出した。
前のお茶会もこうだったなと思いつつ、体から力が抜けた。
お姉さまは強いから大丈夫だと思うけど万が一ということもある。今夜あたり、クラウディオに護衛の強化をお願いしよう。
 




