可愛い妹たち -グランヴィル-
私には可愛い妹が4人いる。
二人は国内の貴族に嫁いですでに王宮には住んでいないが、この二人は常識人だ。彼女達の夫も穏やかな人柄で愛情をもって二人を大切にしてくれているので特に心配はしていない。普段から王宮に来ることも多く、様子を伺い知ることができるのも安心材料の一つだ。
心配なのは三女のロレインと四女のデルフィーナの二人だ。
ロレインはその見た目の儚さとは全くかけ離れた苛烈な性格をしている。魔法を愛し、研究が大好きだ。その研究が一部許容できない方向に走っているのが、今一番の懸念事項だ。魔法に対する造詣の深さも恐ろしいが、それを応用する力も恐ろしい。どちらにしろ、絶対に敵にしてはいけない人間だ。
デルフィーナは天真爛漫というのか、天然ボケというのか、あまり物事を深く考えない。なるようになるというどこかふんわりした思考があり、一般市民であればとても可愛らしい性格をしているのだろう。
デルフィーナは兄妹、家族の中でも一番の魔力を保有して生まれた。その魔力の多さに王家に残すべきかどうかが何度も話し合われたようだった。王族に残るためにはそれなりに教育が必要となる。特に他の国を欺くにはそれなりの交渉力など身につけないといけない。
ロレインは言葉は悪いが長女と次女に何かあった時のために、王族と同じ教育を施されていた。
デルフィーナの魔力量の多さに王族に残すべきと訴える一部の貴族たちもいたが、デルフィーナの性格を目の当たりにすると苦笑して諦めてくれた。
デルフィーナはすぐに感情が顔に出るし、どんな言葉も悪く取らない。
末の姫であったから愛情たっぷりに育てられたのもあるだろうが、元々の持っている気質だろうと思っている。王族に残るよりも平民として自由に生きた方が向いている性格だった。
北の国を作った初代国王はとてつもなく魔力が多い魔法バカだった。自由に魔法を使って生活しても、魔法を開発しても文句を言われたくないという理由だけで作った国だ。彼と同じように魔法を愛した賛同者、領民と共に小さな小さな国を作った。北国なので、選んだ土地はとても実りが少なく、普通の人たちには暮らしにくい。
そのような不毛な凍れる地を選んだ初代国王とその側近たちは嬉々として国づくりを始めた。害獣や敵が入り込めないように国ごと結界にくるみ、実りの少ない大地を魔法で開墾してなんでもとれる畑にした。もちろん外に狙われないように外からは豊かそうに見えないようにしている。
建物も魔法で作り上げ、自重を知らない魔法使いの集団はこれでもかというほど便利な暮らしを確立した。外貨もある程度は必要になるため外の繋がりを持つ人材を決め、作られた国の特殊な情報が漏れないようにもした。
魔力の多さに目をつけられて一斉に攻め込まれてしまったら、いくら国民すべてが魔法が使えたとしても押しのけることはできない。それに事実を知られて、捕らわれて道具のように使われるのも避けたかった。
北の国はある意味、魔法使いたちの楽園だ。初代国王が建国した頃、大陸では魔力の持つ者と持たない者が混じりあいつつあった。王侯貴族と言われている身分の高い者たちは基本的に魔力の多い者同士で結婚を繰り返してきたのでそれなりに魔力を持っていたが、魔法など使わなければ退化していく。
北の国とこの国の差はそこにあった。北の国は魔法がなければ生きていけないほど実は過酷なのだ。魔法があるから水を出すのも火を出すのも植物を育てるのもさほど大変ではない。治癒の魔法も充実し、便利な魔道具もある。魔道具をいちいち使うのが面倒だと思う人は、掃除洗濯も魔法だけで済ませる。大抵のことは魔法で何とかなるのだ。
王族に生まれると、外から狙われないような外交を叩きこまれる。これは王太子以下、王族に残る者たちだけだ。王族や貴族が子沢山でわざわざ子供を平民にするのも意味があった。王族貴族の持つ魔力を平民にも混ぜるためだ。ロレインとデルフィーナは平民になり結婚して子供を産む。その子供たちが市井の者たちと結婚して平民であっても魔力の高い子供が生まれやすくする。
常に魔力を使う環境、血が薄まらないようにするための慣例。
魔力バカだと言われていた初代国王とその側近たちが魔法を退化させないために細かに決めたことが北の国と他の国の差だ。
デルフィーナの夫候補はすでに選定が始まっており、あとは彼女との相性を見る茶会を開いてお互い知り合う場を設けるだけとなっていた。
そのデルフィーナに縁談が舞い込んできた。正直に言えば、迷惑以外の何物でもなかった。
クラウディオが是非正妃として、と申し込んできたときには顎が外れるかと思った。
さっさと断って追い返したいところだが、そんなことをして攻めてこられても困る。
もちろん、防衛に対しても魔法があるので撃退することは難しいことではない。難しくはないが戦いに魔法を使うことで、各国から狙われるのは得策ではない。
そのようなことが公になってしまったら、国民が道具の一つとして狙われてしまう。
そのような国の事情からデルフィーナの縁談も断ることができずに、送り出すことになった。
「ああ、不安だ」
デルフィーナを送り出して10日目、とうとうペンを投げてしまった。部屋にいた側近が肩をすくめる。私の集中力が切れたことを感じたのか、席を立ちお茶の用意を始めた。
「デルフィーナ様、ついうっかり外で生活魔法を使っていなければいいんですが」
「使わない……はずだ。そう言えば、誰かそのことについて説明したんだろうか?」
「え?」
側近が目を瞬いた。お茶お入れていた手が止まる。
嫌な感じが這い上がってきた。
「デルフィーナはあんな性格だ。誰かが指摘しない限り、他国へ行くときの規則など覚えているだけで思い出していないだろうと思うのだが」
「そうですね」
二人して沈黙した。
「そうだ、ロレインを呼べ。あれならきっと色々と説明しているはずだ」
「わかりました」
こみあげてきた不安を振り払うように首を左右に振った。
結論から言えば、誰もそんな注意をしていなかった。
突然降ってわいた縁談に誰もが右往左往してしまい、ついうっかり注意するのを忘れた。持たせる荷物や色々な準備に追われていて外の出て行くための心構えを復唱させていなかった。
「わたしは呪いの準備で忙しかったから……」
ロレインはそう呟いて落ち込んでいる。母上を見れば困ったように頬に手を当てていた。
「母上は何やら長いこと話しこまれていたようでしたが?」
実は説明をきちんとしていたという言葉を期待して聞いてみれば、母上はうふふふと笑った。
「あら、母から嫁ぐ娘に話すことといえば、閨のことしかありませんよ」
「閨」
明るい昼間から色っぽい単語が出た。お茶を飲んでいた父上が隣で咽ている。噴出さなかっただけ良しとしよう。
「ほら、あの子はおっとりしていてちょっと夢見がちだったから。閨の教育はしているはずなのだけど、ちゃんと知っているかどうか不安だったのよ。ちゃんと妻のお務めをしないといけないでしょう? やはり円満の秘訣は夜の生活ですから」
おほほほと上品に笑う。母上に閨のことを言われるととてつもなく恥ずかしい気持ちになった。つい母上の隣に座るロレインに目を向ければ、目は忙しなくうろついているし頬は紅い。何を想像したのか丸わかりだ。というか、母上は一体どんな説明をしたんだ。あのロレインが顔を赤らめているなんて気になる。
「男性には内緒よ」
さらに気になる言い方をされて、他の妹たちにでも聞いてみるかという気になる。
「まだ早いだろう!」
「父上、心配事がおかしいです。デルフィーナは嫁いだのですから、すでにやってます」
「うおおおお。なんてことを言うんだ! 可愛い娘の純潔がぁ!」
父上がおかしな方向に暴走しそうだったので、ため息を付いた。
「何を言っているんです。父上には既に娘3人、嫁に出している上に孫もいますよ」
「そうだが! デルフィーナは何というのか、いつまで経っても幼子のようでなんというのか」
父上がごにょごにょ色々言っている。嫁がせたのに煩い。
「……次に会った時には子供がいるかもしれませんね」
「子供」
青ざめる父上を見ていると、ロレインが立ち上がった。
「お兄さま、わたし、南の国に行ってきます!」
「ロレイン?」
こちらもよくわからないことを言う。
「デルフィーナの様子を見てきます」
「お前が行く必要はないだろう?」
ロレインが行く方が余計な騒動になりそうだ。眉間に自然と皺が寄る。
「デルフィーナはきっと何か困っているはずだわ。だから顔を見てきます」
「……許可できない」
「では、ちょっとした新婚旅行に行ってきます」
「……」
ロレインがにこりと笑みを浮かべた。
「許可を出して制限をかけた方が賢いと思うわ」
おっとりと母上が言う。その通りであったが、何故か許可したくない。
「デルフィーナにあまり魔法を使わないように伝えて、お前は早く帰って来い。くれぐれも騒動は起こさないように」
「わかっているわ」
釘を刺しておいたが、どこまで信じていいのか。
ロレインは一週間後に旅立っていった。
******
「……」
ロレインからの手紙を何度か読み返して、頭を抱えた。ロレインが旅立ってから5週間が経っていた。片道早くても2週間かかる道だ。のんびりと寄り道をしながら王都に入り、ようやくデルフィーナに会えたようだった。手紙自体は魔道具で転送されてくるからすぐなのだ。
「グランヴィル様、どうかしましたか?」
側近が唸る私に躊躇いながらも声をかけてくる。私はロレインからの手紙を彼に渡した。側近は不思議そうな顔をしてからその手紙に目を通した。
「あー……ロレイン様らしいですね」
「それですますな!」
「まあ、デルフィーナ様が変な女に絡まれていてと言うことですから、仕方がないのでは?」
手紙にはデルフィーナが困っているから魔道具の魔法陣を読む手伝いをすることにしたことと、デルフィーナに対抗している伯爵家の庶子で母方の親族に養子に入った男爵令嬢が気に入らないということだけが書かれていた。
全く持って意味が分からない。特に男爵令嬢。何故デルフィーナに対抗しているんだ。この手紙では何が起こっているのか、情報が断片的過ぎて汲み取れない。
「あれですよ。身分差がある恋愛というのは燃えるようです」
「これは身分差というものなのか? 本当に望まれているのなら伯爵家の方にねじ込めそうな血筋のようだが」
「ですから、一方通行の恋心ですね。確かにデルフィーナ様が心配です」
側近の言葉に思わず考え込んだ。この国ではあまりないことであるが、大国にもなれば王弟というのは魅力的な地位なのだろう。しかもクラウディオはなかなかの美丈夫だ。放っておいても女が寄ってきそうだ。
「そもそもデルフィーナはそこまで嫌がっていると思うか?」
「クラウディオ殿下とは仲が良いようなので、デルフィーナ様はちょっと迷惑ぐらいしか思っていないかもしれませんね」
ため息が出た。
ロレインがクラウディオと契約魔法を結んだことも頭が痛いが、ロレインがひたすら気に入らないと書き連ねている男爵令嬢も気になった。
「ネイトに連絡を入れろ。あと2週間で帰ってくるようにと」
「わかりました」
とりあえずロレインを大人しくこちらに戻す方法を考えることにした。




