彼女は墓穴を掘りました
強硬に反対したにもかかわらず、お姉さまへ招待状が送られた。それを知った日はがっくりと力が抜けてしまって動けなかった。何が起こるかわからないけど、お姉さまの行動には注意しておかないと。
一緒に招待したという元護衛のお姉さまの夫ネイトに期待したいところだが、彼は基本お姉さまの行動をおかしいと思ったことがない。きっとそれが当然だと手を貸すことはあっても、諫めることはしないだろう。
気持ちは色々と焦るが、ようやく魔力が回復し動けるようになったのはお姉さまへの招待状が送られてから3日後だった。ようやく動けるようになって、クラウディオの執務室へ突撃した。お姉さまが来る前になるべく情報をまとめ上げ、さっさと帰ってもらわないといけない。
クラウディオの執務室へ行けば、彼の側近であるウェズリーが申し訳なさそうに今は不在だと教えてくれた。どうやらクラウディオはわたしの先触れを受け取った後、用事ができてしまったようだ。
「戻るまで待っていてほしいと伝言されております」
部屋に戻ろうかと悩んでいたところに言われてしまっては、残るしかない。やることもなく長椅子にぼんやり座っているのも居心地が悪いので、ウェズリーにわたしでもさばけるような書類はないか聞いてみた。
「……ではこちらをお願いしてもいいでしょうか? 内容を読んで矛盾や疑問がないか確認をお願いいたします」
「わかったわ」
ウェズリーに促されて、クラウディオの執務机を使うことになった。書き物をするのに接客用のテーブルでは沢山の仕事をするには向いていないのだ。
渡された書類は魔道具の解体した報告書だった。どれもこれも簡単な図と解体した時の図が描かれている。あとは暴走日時、場所、被害状況と続いていた。読んでいるだけでもつまらない内容だが、何件か読んでいくとその傾向が見えてくる。思わず考え込んでしまった。どうも規則性があるような気がしてならないのだ。
「ねえ、この暴走の原因ってわかっているの?」
「いいえ。まだわかっておりませんね」
ウェズリーは書類を仕分ける手を止めると、肩をすくめた。
「どうして?」
「このようなことを言うのは本来は許されないのでしょうけど」
そう前置きしてから、魔力のない者が見たところで道具が壊れた程度なのだと教えてくれた。
「魔道具が沢山あるのも回収しにくいのね」
祖国のように使う人が簡単に直せるのなら、恐らくそんなことにはならないのだろうけどと考えて首を傾げた。
「どうしました?」
「魔道具って簡単に劣化しないようになっているはずなのに、どうしてそうなってしまうのかしら?」
祖国に置いてある魔道具もそうだが、手間とお金がかかっているため、とても長く使える。劣化を防ぐ魔法陣があり、放置していてもその魔法陣が動き続けるように仕組みがあったはずだ。魔力を注がず使うことはできないが、それでも壊れることはなかった。
真面目に勉強したわけではなかったから、あったはずとしか言えないことににため息を付いた。この辺りもお姉さまが来たら聞いておこうと決める。
「魔力もほんの少ししかない僕にしたら、わからないことばかりです」
ウェズリーもため息を付いて、書類に目を落とした。わたしも残りの仕事を再開する。
しばらくして、扉がノックされた。ウェズリーは立ち上がって扉の方へと行くが、わたしは黙々と仕事を続ける。クラウディオが不在であるし、わたしが対応することはない。
「……受け取りました」
扉の外でウェズリーの声が聞こえてくるが、言葉ははっきりしない。ただ漏れ聞こえる声の調子から来てほしくない人が来たのかとなんとなく思う。部屋の隅に控えていたカルラがわたしの側へと近寄った。
「どうやらインガルス男爵令嬢が来ているようです」
そう囁かれて、眉を寄せた。会いたくない相手なので、さっさと帰ってほしいと思う。今はクラウディオもいないし、面倒なことになりそうだ。
「インガルス男爵令嬢!」
ウェズリーの制止する声を無視して扉が大きく開いた。仕方がなく顔を上げる。クラウディオの執務机は扉に向かっているので顔を上げればすぐに訪問者の顔がわかる。
「何か御用かしら?」
仕方がなく、本当に仕方がなく聞いた。クラウディオが不在であることはウェズリーが伝えているだろうから、それでも入ってきたということは信じなかったのだと思う。ユージェニーは憎々し気にわたしを睨んでいる。
「クラウディオ様はどこ?」
「ウェズリーが伝えませんでしたか? 所用で席を外しています」
内心ため息をついた。すぐ後ろに控えているカルラから怒りのオーラを感じた。ユージェニーはわたしが王族であることを忘れてはいないだろうか。こんな対応が許されていると思っているのか、自分が特別だと思っているのか本当によくわからない。
ユージェニーの背後に立つ形に合ったウェズリーが困惑気味だ。話を聞いていてもこうして直にわたし達が顔を合わせるの所に立ち会うのが初めてだからその困惑も分かる。わたしだって困惑しかない。
「どうしてあんたがクラウディオ様の机を使っているのよ!」
なんだかよくわからない言いがかりに、頭が痛くなってきた。カルラが爆発しそうになっているのを肌で感じて、滅多に使わない王権を使うことにした。多分わたしの態度が庶民ぽいから、侮られているのだと思うのだ。少しでも威厳を出すように背筋を正した。
「インガルス男爵令嬢」
極力意識してヒヤリとした声を出してみた。ユージェニーが文句を続けようとしていた口を閉ざした。ちゃんとそれっぽくなっていることに安堵しながら続ける。
「貴女の態度は王族に対するものではありませんが、この国はそれが許されるのですか?」
「それは」
言いよどんだ彼女からは解がもらえないので、ウェズリーの方へと視線を向けた。ウェズリーは首を左右に振る。
「許されません。不敬罪が適応されます」
「それはよかった。わたしの知らない常識があるのかと思っていました」
これでこのまま引いてくれないかと期待しながら頷いた。冷静になれば王族であるわたしに喧嘩を売るなど恐ろしいことだと理解できるはずだ。ところが、この常識は彼女には通用しなかった。
「わたしは! クラウディオ様の特別なの! 他の人が許されなくても許されるわ!」
マジですか。
思わず心で突っ込む言葉が崩れる。ウェズリーも唖然として常識のない令嬢に信じられないという目を向けた。
「お前が俺の妻に不敬を働いて許される理由はないな」
不機嫌そうな声が割り込んだ。思わずそちらを見れば、いつの間にか扉の所にクラウディオが怒りを滲ませて立っていた。
「クラウディオ様」
わたしは立ち上がった。クラウディオは不機嫌そうにユージェニーを睨んでいる。
「だって、わたしは……」
ユージェニーは彼の態度に狼狽えながらも、独自の理論を展開した。
「クラウディオ様はいつだって街に降りるときもわたしを連れて行ってくれたじゃないですか。それはわたしが特別で、妃にしたいと思っていたからでしょう?」
大きなため息が漏れた。クラウディオは頭痛がするのかこめかみを揉んだ。
「街に降りるときに不要なのに案内すると言ってついてきたのはお前の方だ。勝手に話をねつ造するな。特別だと思ったこともない。名前もそうだ。街中で大きな声で殿下と呼ぶから仕方がなく許しただけだ」
「でも」
ユージェニーは納得できないのか、さらに食い下がる。
「あら、暑すぎてどうやら思考力が低下しているようね。この場合、医師にかかれば治るのかしら? 名医がいればいいのだけど」
緊張したこの場に不似合いなゆったりとした声が割り込んだ。晴れた空を雑談で話しているような軽い口調で毒を吐く。
クラウディオの後ろから一歩前に出てきたのは、淡い金髪を緩やかに結い上げたお姉さまだった。この暑い国なのに、祖国で着ていたような首まであるドレスを身に纏い、とても涼やかに立っていた。
うふふと笑いながら、ユージェニーを見つめ首をかしげる。
「驚きましたわ。この国は開けていらっしゃるのね。身分に関係なく王子殿下と結婚できると勝手に公言できるなんて」
「お姉さま……」
「デルフィーナ、元気そうで嬉しいわ。あなたの優しさだと思うけれどもいつまでも勘違いさせておくのも気の毒だわ。不敬罪にはどんな罰を与えるのかしら? むち打ち、晒し者、それとも……指を一本一本折った上での死刑かしら?」
ユージェニーが顔色を悪くした。お姉さまは姿を見ただけでもこの国の者ではないことはわかるだろにユージェニーは雰囲気にのまれて声を出すことができない。クラウディオに至っては引きつっている。どうやらわたしには言い返せてもお姉さまには言い返せないようだ。
「ねえ、クラウディオ殿下。教えてもらえないかしら? わたし、この国の法には明るくないの。ほら、知らずに牢屋にぶち込まれるよりは、処罰を知っていた方が覚悟も決まると思いますわ」
若干、言葉使いがおかしかった気がするが流すことにした。お姉さまはとても怒っている。お姉さまの怒りを引き受けてまでユージェニーを庇うつもりはない。わたしは自分の方が可愛いのだ。
縋りつくようにクラウディオに視線を向けた。この姉を呼び出したのはクラウディオとイグナシオだ。わたしは反対した。責任を取ってここを治めてもらいたい。
「ユージェニー嬢。今日付けで仕事から外す。王城へも立ち入り禁止とする。連れていけ」
廊下に控えていた騎士に指示をした。茫然としたユージェニーを騎士たちが引きずるようにして連れ出す。連れ出す騎士に向かってお姉さまはにこやかに注文した。
「ついでにむち打ちをしてから放り出してくださいませ」
お姉さま、どうかお願いです。その口を閉じてくれませんか。
わたし、恐ろしさに震えが止まりません。
お姉さま、ついに参戦。




