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お姉さまは招待したらダメです


 何も考えずに任せていたのが悪いと言えば悪いのだけど。


 寝不足の状態で身支度をして連れてこられた場所はイグナシオの執務室だった。

 もちろん、昨夜行った砂漠の魔道具のことについて話すつもりだと思う。クラウディオはわたしにも道すがら説明していたが、どうも寝たのが明け方だったので頭に入ってこない。理解することなく彼の言葉は耳を素通りだ。


 わたしの頭の中はとにかく失言しないように黙っていればいいだろうと言う事だけだった。そのぐらい、今回の寝不足は辛かった。

 きっと転移魔法を使ったことで魔力を使ったり治癒魔法を使ったりで魔力が回復していないのだと思う。ゆっくり寝れば治るのだけど、こうして連れまわされてしまえばなかなか回復しない。


 ちらりと横に座るクラウディオを見てため息を付いた。クラウディオも寝不足だろうが、まったくその素振りが感じられない。いつもと変わらない彼にどういうことだと内心ぼやきつつ、彼の話を聞いていた。

 こうしてぼんやりとしていられるのだから、わたしなんていらないだろうに。寝台で寝ていたいと思いながら時折襲う強烈な眠気と戦う。


「それで、その魔道具は動きそうなのか」

「動くとは思いますが、どれほどの魔力が必要かがわかっていません」


 人払いされたイグナシオの執務室でそう答えれば彼は唇に指を当て思案している。


「クラウディオ、デルフィーナ姫には王家の役割を説明しているか?」

「まだです」


 王家の役割と聞いて、ここに来た時に特別な役割があるようなことを言われたなと思い出す。今になって思い出したのは特に気にならなかったことと、自分には関係ないと思っていたからだ。突然二人の視線が向けられて、眠気が覚める。何度か瞬きをして表情を取り繕ったが、先ほどの流れで何が起こるのかが想像できずにいた。


「デルフィーナ姫。今からある場所に行くが、他言無用だ」

「誰が知っているのでしょうか?」

「私とクラウディオ……あとはクラウディオの母君である前王妃様だ」


 3人だけしか知らない……それを知らされることに躊躇った。


「王妃様もご存知ではない?」

「ああ。彼女が知ってもどうにもならないし、気を病むだけだ」


 どうやら魔力に関することらしい。余計な情報は知りたくないというのが本音だ。砂漠の魔道具のことでさえ秘密なのに、これ以上は抱えたくない。


「わたしの拒否権は?」

「残念ながら」


 イグナシオに笑われて、がっくりと肩を落とす。恨めしそうにクラウディオを睨んだ。


「わかっていて連れてきたの?」

「さあ、どうだろうな」


 その笑顔にきっとわかっていたから、連れてきたのだと確信した。


******


 抱き上げられていたわたしはクラウディオにそっと降ろされた。前が見えないようにすっぽりとマントにくるまれていたので、ここまでの道順は当然わからない。別に他言しなければわたしが知ることになっても構わないと言われたのだが、知りたくない思いもあって、わからないように運んでもらった。


「ここ?」


 きょろきょろとあたりを見回した。小さな部屋で、特に調度品も何もない。ただ壁には美しい模様を描いた彫刻が施されていた。


 そして壁の中央には大きな宝石が埋められている。仄かに色のついた薄い水色……。


「あれ?」


 記憶に何かが引っ掛かった。つい最近これに似たものを見たことがあったような?


「あの砂漠に合った物と同じだと思う」

「え、でも」


 焦りながら否定してみるが、クラウディオは確信しているのか表情を変えない。わたしはため息を付いた。もう腹をくくるしかない。


「この宝石に王族は一カ月に一度、魔力を流すことが義務づけられている」


 イグナシオが優しい手つきで宝石の表面に触れた。ふわりとイグナシオの魔力が流れる。淡い色をした宝石が濃い青に徐々に染まっていった。その変化はとても美しく、思わず見とれてしまった。


「触ってみて」


 クラウディオに促されて、イグナシオの方へと足を向けた。イグナシオが宝石から手を離せば、色を失い透明に近い水色になる。


「そっと魔力を流して」


 恐る恐るそれに触れてみれば、ぐっと突然魔力が引っ張られた。強引に自分の中の魔力が引きずり出されて、慌てて手を離そうとする。だが手はペタリとくっついたままで離れない。突然の魔力喪失に足元がおぼつかなくなる。


「デルフィーナ!」


 ふらついてしゃがみこみそうになっているわたしをクラウディオが腰を抱きよせ支えた。


「これ、魔道具」


 離れない手から容赦なく魔力が流れ出ていく。それだけこの魔石が魔力に飢えていたのか。


「そうだと思う」

「なんの魔道具かわからないの?」

「前国王からは聞いていない」


 どうやら前国王、つまり二人の父親は伝えなかったようだ。ため息が出た。この魔道具は祖国にもある国を守るためのものだ。国を守る結界だったり、水を出すものだったり。もしかしたら緑を豊かにするためのものもあるのかもしれない。


 ああ、そうか。

 この魔道具は力不十分できちんと機能していない。

 手のひらを超えるほどの大きな宝石の表面に浮かぶ模様に目を凝らした。やはりこちらにも魔法陣が書いてある。ただ薄くてとても分かりにくい。そのうち、壁自体がいくつか輝きだした。これは昨夜の砂漠の魔道具と同じだ。


 一定時間輝いてから消える魔法陣を眺めた。どれでもいいから読み解けないかと思ったが、とても複雑で読むことができない。何度か試したが理解する前に消えてしまうので、諦めのため息を付いた。

 キチンと魔法陣が読めたらよかったのだが、読めないのなら魔道具が正しく機能するところまで満たすしかない。祖国と同じようなつくりなら、死ぬところまでは引き出されないだろう。


「この魔道具に魔力を注ぐわ。だけど多分、動けなくなると思うからよろしくね」


 クラウディオがわたしの言葉を理解する前に魔力を注いだ。一度に大量の魔力を流されて、宝石がひときわ強く輝いた。

 ごっそりと体の中から何かが持っていかれるような喪失感。

 何かに縋りたくなった時に、強めに腰が抱きしめられた。

 どうやらクラウディオがちゃんと支えてくれているようだ。もしかしたら何か話しかけているのかもしれないが、音が聞こえなくなっていた。


 目の前も白くちかちかしてくるが、あと少しだけと限界まで歯を食いしばる。


 どのくらいそうしていただろうか。

 突然魔力の流出が止まった。


「デルフィーナ」


 力が抜け床に下手るわたしをさっと抱き上げたのはクラウディオだった。クラウディオの声がする方へと顔を向ける。


「何か変わった?」


 もう一度触れて確認したかったが、クラウディオが許してくれなかった。


「今、異母兄上が確認している」


 そう囁かれて力なく顔を上げれば、イグナシオが真剣な表情で宝石を確認している。宝石はやや淡い青に変わっていた。透明に近かったものが色づいていたが、喜べなかった。


「……ずっと不足していたから、これだけでは足りないのね」

「説明してもらってもいいだろうか? デルフィーナ姫の方が詳しそうだ」


 少し寂しげな顔をして尋ねられた。わたしは頷くと、祖国にある魔道具について話した。


「この魔道具には定期的に魔力を補充する必要があるが、十分に満たされていないため機能が働いていない可能性があるということか」

「簡単に言えば、そうですね」


 疲れた体をクラウディオに預けていると少しづつ眠気が襲ってきた。彼の温かい体温もいけないのだと思う。とろとろと眠気が頭の働きを悪くする。


「魔法陣、読むことが可能だろうか?」


 イグナシオの問いに少しだけ考えた。


「半分以上は読み解けないと思います」

「そうか。どうしたものかな」


 イグナシオはため息交じりに呟いた。途方に暮れていると言ってもおかしくはないほどの弱い呟きだ。クラウディオも案がないのか黙っている。


「あの」


 陰鬱な沈黙に耐えられなくなって、とりあえず声をかけた。


「なんだ?」


 クラウディオが優しく聞いてくれたので、実現可能そうなことを提案した。


「わたしが解析して、わからないところを祖国にいるお姉さまに聞いてみます」

「君の姉姫は魔法陣が読めるのか?」


 イグナシオが驚いたように声を上げた。わたしはその反応が不思議だなと思いながら頷いた。


「ええ。ですから、わからないところは聞いたらいいと思います」

「それならば、こちらに呼ぼうか」


 クラウディオが何を思ったのか、いい案だと言わんばかりに頷いた。


「え?」

「ああ、折角できた縁だ。私からの招待ということにしようか」

「いいですね。俺の離宮に泊まればデルフィーナも喜ぶでしょう」


 勝手に進んでいく話に力を振り絞って割り込んだ。


「なんでそうなるんですか! お姉さまはすでに平民になっていて、しかも新婚で……」

「だったら夫婦として招待しよう」

「ですから、そうじゃなくて」


 招待とかそれ以前にここにお姉さまを呼んだらまずいことに気がついた。お姉さまはクラウディオのことをあまり好きではないはずだ。何をされるか分かったものじゃない。


「何か不都合でも?」

「不都合、ありまくりです」


 ようやくわたしの方へと言葉を向けてくれたイグナシオに食って掛かった。イグナシオはわたしの必死さが不思議そうだ。


「どんな不都合が?」

「お姉さまはクラウディオ様のことを嫌ってます」

「ほう」


 イグナシオの顔に揶揄うような色が見えた。クラウディオににやにやした視線を向ける。クラウディオは首を捻っていた。


「デルフィーナの姉上には旅立つときに少し顔を合わせただけだと思っていたが」

「ですから。突然、結婚の話をもってきたこと自体に怒っているのです」


 クラウディオが納得したように頷いた。


「まあ、でも」

「何が起こるかわからないので、本当にお姉さまを呼ばないでください」


 必死に言い募って訴えたが。

 クラウディオはにやっと笑っただけだった。


 お姉さまへの招待状が送られたのは、翌日のことだった。




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