治癒魔法
日焼けによる水ぶくれは綺麗に治った。治ったと言うのも語弊があって、医師に見せた後、色々聞いてから治癒魔法をかけたのだ。治癒魔法は症状と治療法を知っているだけでかなり成功率が高くなる。今回は皮膚だけだったから、日焼けが初めてであるわたしでも簡単に治すことができた。
それを側で見ていたクラウディオも医師もカルラも目を見開き、絶句していた。
「……どういう仕組みだ」
「え? クラウディオ様の魔力があれば十分対応できますよ?」
祖国では当たり前に家庭内で使われる治癒魔法にそこまで驚かれると、こちらも驚いてしまう。
「一度、真面目に魔法を学んだ方がいい気がしてきた」
そう呟くクラウディオにわたしは首を捻る。
「クラウディオ様も魔法を使うでしょう?」
「使えるのは攻撃に使う魔法だ。火に特化している」
「ええ??」
なんだそれは。攻撃に使う火だけの魔力なんて、いつ使うのだろう。お兄さまと同じぐらいの魔力を持つというのに、普段使わないなんてもったいない。
驚きに声が出なかった。魔力があれば確かに得意不得意があったとしてもそこそこどれも使えるはずなのだが。どうやらこの国の魔法はかなり退化しているようだ。
この国で魔力魔力と言っているけどちゃんと測ったことはないのではないかと疑った。
魔力を測るには魔道具で……。
そこまで考えてやはり適当なのだと結論付けた。だってこの国は魔道具を使えないのだ。きちんとした魔力量が測れるわけがない。
あまり変なことを言っても自分の立場が苦しくなるだけなので、それ以上は口に出さなかった。少なくとも医師が帰ってからにしたい。医師は何かを知りたいようでギラギラとした目をこちらに向けていて気持ちが悪いのだ。40過ぎた人のよさそうなおじさんだが、医療に関しては熱心なようだ。
「……先生を送ってくる」
私の訴えるような視線に気がついたのか、苦笑して医師に退出を促した。医師は質問できないことをあからさまにがっかりしながらクラウディオと一緒に部屋を出た。クラウディオはきっと他言しないようにと釘を刺しているに違いない。
「あの先生、大丈夫かしら? 価値観が崩壊していないかな?」
ぼそりと呟くとカルラはため息を付いた。
「無理でしょうね。あれほどの治癒を見せられてしまうと」
「やっぱり帰ってもらってから治せばよかった」
でもその場合は、治療の情報を教えてもらえないことになり治癒魔法は失敗することになる。
「これが治癒魔法なのですね。本当にきれいに治ってしまって」
「表面的なものはできるわね。でも体の中の病気とかはわたしは苦手よ。得意な人でも3割ぐらいしか治せないわね」
「万能ではないのですか?」
カルラの質問に笑ってしまった。
「もちろん。万能ではないわよ。だから余計に誤解されるようなことは避けた方がよかったかも」
ため息を付いたところでクラウディオが戻ってきた。カルラに下がるように告げ、長椅子に座るわたしの隣に腰を下ろした。両手でわたしの手を取り、しげしげと肌を観察している。
あまりにも熱心に見つめられて、居心地が悪くなってくる。本当に肌を観察しているだけなので、変な感情が沸き上がってくるわけではないのだけど、あまりにも見つめられると色々と気になる。
「本当に治っている」
先ほどは医師がいたせいなのか、触れなかったのに今は確認するように肌に手を滑らせる。触れたところがくすぐったくて、体をよじった。
「くすぐったい」
「痛くないんだな。綺麗なままでよかった。あの日焼けだと下手をすれば痕になってしまう」
やけどを負ったようになってしまうのだなと医師の説明でもわかっていたが、他人のいる目の前で治癒魔法を使っていいと許可したのは痕になるのはかわいそうだと思ってくれたのかもしれない。
「ところで、どうして肌を出した?」
「どうして、というよりも、突然砂漠に放り出されてしまって」
「砂漠だと?」
唖然とした顔になったクラウディオに頷いて見せた。
「驚いたわ。壁に触れたとたんに魔力が抜かれて、転移魔法で飛ばされたの」
「転移魔法」
難しい顔をしてクラウディオが唸った。
「もしかして触れてはいけないものだった?」
不安に思って聞けば、クラウディオは首を左右に振る。
「いや。もう一度行こうと思ったらいけるのか?」
「多分」
「そうか」
そう言って、クラウディオは立ち上がった。そしてカルラを呼ぶ。部屋の外に控えていたカルラがすぐに姿を現した。
「砂漠を歩く用意をしてくれ」
「二人分でしょうか?」
カルラは動じることなく、確認してくる。わけがわからないわたしは二人の様子をただぼんやりと見ていた。
「そうだ」
「畏まりました」
退出するカルラの後姿を見送ると、クラウディオに抱き寄せられた。なんだかとても暖かくて体から力が抜けてくる。普段ない出来事が起こったことで知らない間に緊張していたようだ。ゆったりと背中を撫でられた。子供をあやすような手の動きがさらに体から力を奪う。
「砂漠はどんな感じだった?」
「どんな、って。よくわからなかったわ。何が起こっているか理解できなかったし、砂漠にいた時間は短いと思っていた。でも、クラウディオ様があそこに来るまでの時間を考えたら短くはないのよね」
カルラがひどく心配そうな顔をしていたのを思い出す。目の前で姿が消えてしまったのだから、心配するなという方が無理だろう。
「触れたときに、すごく魔力を持って行かれたの。あんな魔道具があるのは危険だと思うわ」
「魔力切れか」
「ええ。気がつかないうちに全部持って行かれたら死んでしまうわ」
そうか、とクラウディオは呟き物思いに沈んだ。難しいことを考えているのか、眉間にしわが寄っている。まずいものを見つけたな、と自分の迂闊さを呪う。離宮にあんなものがるのかも不明だが、誰も気がつかなかったというのも釈然としない。確かに周りに溶け込んでいるようだったが、庭師でもなんでも知っていてもいいはずだ。
「支度が揃いました」
執事のギャレットが大きな荷物を持ってやってきた。普段私の世話はカルラがやってくれるが、クラウディオの方はギャレットの管轄だ。クラウディオは立ち上がると、わたしの手を引く。
立たされたわたしは理解できなくて、問うように彼を見上げた。
「え? わたしも一緒に出掛けるの?」
「そうだ。二人で砂漠の夜空でも見に行こう」
艶のある笑みを見せられて、顔が引きつった。
 




