日焼けしてひどいことになりました
魔道具を壊したのがわたしだといつばれるかと毎日ドキドキしていた。
クラウディオはわかっていて言わないのか、わかっていないのかすら判断つかないまま、いつもと変りない生活を送っていた。
クラウディオに魔道具を開けさせられたあの日以降、特に執務室に呼び出されることも問われることもない。毎日やることと言えば、勉強と実現するかわからなくなってきたミランダの引継ぎだ。
今日の予定を終えると、座ったまま大きく伸びをした。
「今日はどうなさいますか?」
テーブルに広げていた書類を片付けると、カルラが聞いてきた。
「庭に出るわ。もう日も落ちているから傘はなくても大丈夫かしら?」
「傘は持ってください。日焼けすると大変ですから」
窓から外を眺めるが、昼間のような明るさはない。でも、カルラが言うのだからその通りにした方がいいのだろう。日焼けなどしたことがないので、カルラが何を心配しているかちょっとわからずにいた。
クラウディオの離宮の庭はそれなりに広くて、まだすべてを見ていない。今日は自分の部屋から奥の方へと向かうことにした。いつものように様々な花を楽しみながら、木々の生い茂る庭をカルラと歩いていた。しばらくは無言で歩いていたが、足を止めるとカルラの方を見る。
「ねえ、カルラは知っているかしら? ユージェニーという令嬢」
「ああ、インガルス男爵の養女ですね」
流石カルラ。
カルラは頷いた。わたしの侍女をしているが実は子爵令嬢なのだ。貴族の情報などはカルラを信じている。
「彼女がどうかしましたか?」
「この間、クラウディオ様に連れられて魔道具の手伝いをしに行ったのだけど、すごく睨まれてしまって」
ゆっくりと歩きながら、ぽつぽつと事情を説明する。カルラもわたしのすぐ後ろを歩きながら、口を挟むことなく聞いていた。
「それは殿下が悪いですわね」
最後まで言い終わると、カルラは悩むことなく断言した。
「どうして? クラウディオが女性に人気があるのは仕方がないじゃない。それに名前で呼ぶことも許しているぐらいだから、それなりに接する機会も多かったのだと思うのだけど」
それにクラウディオが気を持たせるような態度はとらないことは知っていた。どちらかというと興味のないような態度を取っているのだ。ユージェニーに対してはそれに比べたら非常に柔らかく感じるが、わたしといる時と比べてしまえば一緒に仕事をしているからだとわかる。
「名前の件はどうしてそうなったかわかりませんが、そもそもその男爵令嬢を雇う必要がないのです」
「……そうね」
確かにそうだ。ティムにも態度を改めないようなら、認めないようなことを話していた。それを伝えればカルラはやれやれとため息を付いた。
「それもまずいですね。デルフィーナ様。できる限り、接触はしない方がいいです。しなくてはならない時は、殿下がいるときにした方がよいです」
「どうして?」
「女性の勘違いは怖いですよ」
勘違いと言われてもよくわからない。
「名前を呼ぶことを許された殿下の特別、つまり妃になれるかも」
カルラの説明に驚いた。
「え? 本気でそんなことを思うの? この国の妃は伯爵家から上位貴族だって教わったけど」
「本気なのでしょうね。愛は何事も超えられるのが、市井では当たり前の感覚ですから。平民出身の彼女がそう思っても不思議はありません」
もしそんな感じで勘違いしているのなら、わたしへの態度も分かる。わかるけれども、どうしたらいいの。
「クラウディオ様になんとかできると思う?」
「無理でしょうね。女性のそういう思考がわからないから、今のような状態になっています」
「それもそうね」
苦笑いしか出ない。憂鬱さを振り払うように首を振った。
「あの建物は何?」
気持ちを切り替えようと、少し先に見える建屋を指さした。カルラもそちらを向いて首をかしげる。
「なんでしょう?」
「カルラも知らないなんて」
驚きつつ、わたし達を邪魔しないように後ろを歩いている護衛にも声をかけた。護衛も首を左右に振る。
「行ってみてもいい?」
「この離宮は王族専用ですので危険はないと思いますが……」
「外から見るだけよ」
渋るカルラを連れて建屋の方へと向かった。
とても王宮の中とは思えないほどの武骨な建屋だった。
この国の王宮はどの部屋もとても豪奢で白い石を使ってできている。柱や壁の縁などにも細かな彫刻が施されて、使われている調度品も部屋に合わせて相応しいものが配置されていた。一目で豪華だなと思う部屋が多いのでその武骨さに驚いてしまった。
建屋は少し冷たい感じの灰色の石を使っており、とても寒々しい感じだ。それなのに不思議と周りの景色に溶け込んでいて、今日のようにゆっくりと歩いていなかったら見落としてしまうほどの存在感だ。
「扉、開くかしら?」
そっと扉を押せば、簡単に開いてしまう。ほんのわずかだけ開けた状態で手を止めた。鍵がかかっていて開かないだろうと思っていたので驚きだ。思わずカルラを見てしまった。
「デルフィーナ様、お戻りを」
後ろに控えていた護衛もここがなんであるか知らないらしい。護衛の言葉ももっともで、クラウディオに聞いてからもう一度くればいい。そう思うのだが、何故かとても心が引かれてしまう。
「少し覗くだけよ」
「デルフィーナ様」
カルラも咎めるように名前を呼んだが、聞かなかったことにして大きく扉を開けた。
扉を開けると、一間だけの何もない部屋があるだけだった。小さな小部屋には明り取り用の窓があるだけで、調度品も絨毯もない。
「デルフィーナ様、戻りましょう」
カルラがどこか不安そうな声で囁いた。特に危険な感じはないので、大丈夫だとぽんぽんとカルラの腕を叩く。カルラはため息を付いた。
「庭の手入れをするための納屋だと思っていたのに、何もないわ」
気負っていた分だけ、力が抜けた。おかしくて一人で笑ってしまう。中に入ってぐるりと見回すが、本当に何もない。窓からの光があるだけで天井にも何もなかった。
「気が済みましたか?」
「ええ。でもこの壁の石は初めて見るわ」
そう言って壁に触れた。ごつごつした面をそのまま壁としているのだ。少し部屋の作りとしては変わっている。
「まだ建築途中だったのかもしれませんね」
「途中?」
「はい。石を切り出して積み上げることもありますが、こうして並べてから平らになるように削る方法もあります」
カルラの説明に納得した。きっと以前離宮を使っていた主人の趣味で自分で作ったのかもしれない。その途中で何らかの理由で中断してしまいそのまま放置。それなら部屋に物がないことも中途半端な壁になっていることも理解できる。
「もっと秘密があるのかと思っていたのに」
ごつごつした壁をそっと触った。触れた瞬間、自分の中から魔力が抜き出されるのを感じた。ぱっとすぐにその壁から手を離す。自分の手のひらを見つめ、もう一度そっと置いてみる。ほんのわずかだが、抜かれている。
これって……。
思い当たることがあるのは、魔道具が起動している状態の時だ。祖国にいたころに国を丸ごと結界を張る魔道具の魔力補填をよくやらされていた。それは王族が等しく担当する役割で、10日に1回ほど魔力を注ぐ。
大がかりな魔道具なので、容量を満たすまで注ぐとお兄さまでも倒れそうになる。わたしはお兄さまよりも多い方なので倒れはしないが、だるさがひどく、数日は役に立たない。
もっとたくさんの魔力を流してみたかったが、それによって限界ぎりぎりまで吸い取られて困る。それになんの魔道具かもわかっていなかったので躊躇われた。
王子たちを襲った魔道具のような攻撃用の魔道具であったら大変なことになる。
「え!?」
ぐっと引っ張られるような感覚がした。壁に向かってよろめく。
「デルフィーナ様!」
カルラの悲鳴のような声が響いた。
ぶつかる、と目を閉じたがぶつかることはなかった。すっと体が壁を突き抜ける。そしてそのまま足元がなくなり、体がどこかに放り出された。
「ここ、どこ?」
茫然として立ち尽くした。
見渡す限り砂、砂、砂。
空は青く、見渡す限りのオレンジ色の砂の山。模様がかすかについているのはどうしてなんだろう。太陽は真上ではないのに、暑さを感じてじりじりと肌が痛い。
あまりの日の熱さに、くらりと眩暈がする。倒れないようにと慌てて手を動かせば、ごつごつした石の感触がした。
再び魔力が勝手に吸い込まれた。
「デルフィーナ!」
瞬けば、そこにいるのはクラウディオ。
「え? クラウディオ様?」
理解できずにまじまじと目の前にいるクラウディオを見た。彼は難しい顔をしているせいか、眉間にしわが寄っている。
「すぐに医師を呼べ」
さっと抱き上げられて驚いた。
「大丈夫です! おろしてください」
「ダメだ。日を浴びすぎだ。水ぶくれができている」
言われて自分の腕を見た。真っ赤に腫れあがり、所々膨らんでいる。意識したせいなのか、ひりひりととても痛くなってくる。
「このぐらいなら治癒魔法で……」
「医師に見せてからな」
大人しく抱きかかえられて部屋に戻った。
 




