表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

18/33

痛いところを突いてくる -クラウディオ-


 報告書を読む異母兄上を見下ろした。魔道具の状況についての報告書を何度も読んでいるところを見ると、どうするべきか悩んでいるのだろう。

 ため息を付いて書類を机に置いた。眉間を揉むように指をあてている。前回、報告した時よりも具体的な内容になっているため、異母兄上もこれ以上曖昧にしておけないだろう。


「これを信じるならば、今この王宮こそが危機的状態だな」

「そうですね」


 状況判断でしかないのが辛いところだ。魔道具の暴走は小さい事故は街の中で頻繁に起こっている。ただその被害が大したことがないから、問題になっていないだけだ。

 それでもこうして暴走した魔道具を集め、解析してきたのには訳がある。


「魔法師団の……バシュレ侯爵家の行っていた研究を否定できないのが痛い」


 もともと魔力が弱くなった原因を解明するためと使用していた魔道具が使えない不便さを解消するために、国の政策として魔法師団において研究が行われていた。最後の魔法師団でその研究を主に行っていたのがバシュレ侯爵だ。彼は魔力が弱くなった原因は最後まで見つけることができなかったが、魔道具を放置する危険性を訴えていた。


 魔道具は常に使う人の魔力を注がれているのだが注がれなくなった魔道具が一定の時間たつと突然劣化を始めて暴走する。


 バシュレ侯爵家はその原因を探るために様々な検証をしていた。ところが魔道具の作成できるものも少なく、前国王の時代には魔法師団にいるのはたったの3人であった。魔法師団に所属できるほどの魔力を持った人間がすでにその人数だった。その3人は解体される最後の日までひどい事故を起こさないためにも原因がわかるまでは王族には強い魔力が必要だと訴えていたのだ。


 魔法師団が解体された後もバシュレ侯爵は個人資金で研究をし続けている。恐らくこの国で一番魔道具に詳しいのはバシュレ侯爵だろう。そして、一番の理解者であったはずの王家が魔法師団を、バシュレ侯爵を切り捨てたことを許していない。


「デルフィーナが魔法陣を読むことができるのが救いかと」

「それはすごいな。私は彼女が魔法を使ったところを見たことがないんだが……」


 ちらりと見られて、俺はため息を付いた。


「使わないように言ってありますから。それでも気がつかれない程度には使っていますね」

「そうか。それならば、先日、ベイジルが壊したと言っていた魔道具を壊したのは彼女かもしれないな」

「……どうしてそう思うのですか?」


 考えたこともなかった指摘に、聞いてみた。


「幾ら護衛騎士がいたからといっても、小さな魔道具さえお前の魔力で壊してから出ないと解体できないのだろう? そんな魔道具を偶然とはいえベイジルが壊せるとは思えない。しかも運よく目玉のようなところに当たってだったか?」

「そうです」

「彼女に何か聞いていないのか?」


 俺は変な焦りを感じながら異母兄上の問いに答えた。


「あの時はまだ魔法陣を読めるとは思っていなかったので聞いていません」

「そうか。別にお前が聞くのが嫌なら聞かなくてもいいけどな」

 

 異母兄上は肩をすくめた。よほど嫌そうな顔をしていたのだろう。俺はちょっと笑った。


「いえ、後で確認します」

「しかしどうしたものかな」


 背もたれに体を預けながらぼやく。それは俺も聞きたい。魔道具は長い間放置されていたせいなのか、おかしな動きをしている。ただ壊れて動かなくなるものだと思っていたのだが、突然動き出して予想しない動きをするから恐ろしい。今はまだ俺が赴けば何とかなるが、今後もどんどんこのようなことが増えていくのだと思うとため息しか出なかった。


「すべて回収できたらいいのだがな」

「それか一層のこと、全部先に壊して回りますか?」


 お互いムリなことがわかっているので笑うしかない。どうにもならないと投げやりになっていると、ノックの音が聞こえた。返事を返す前に、勝手に扉が開く。無意識に腰にある剣に手が伸びた。外の様子が静かであるから、襲撃ではないと思うが警戒した。


「失礼しますわ、お異母兄さま」


 護衛を押し切って入ってきたのはイザベルだ。そしてその後ろには、バシュレ侯爵。

 嫌な二人が来たなと内心舌打ちした。二人は俺が異母兄上に報告に来るのを待っていたのだろう。そう思うほど、とてもいいタイミングだ。


「無作法だな。今は時間が取れない。面会は後にしてくれ」

「後に回して面会してくれたことはないと思いますけど。どちらにしろ、今の方が一度に終わりますわよ?」


 イザベルはうっすらと笑った。その笑みに面倒だなと正直思う。異母兄上も同じなのか、どこか面倒くさそうだ。


「何を言いに来たかは知らないが、今はダメだ。出て行け」

「先日、魔道具が暴走して王子たちが危険な目に合ったとか」


 歌うように軽い口調で言われて、異母兄上は唇を引き締めた。不快そうな感情を隠すことなくイザベルを見ているが、彼女は特に気にしない。あまり逆鱗に触れると異母妹とはいえ、謹慎になりかねない。この場だけを治めるためだけに口を開いた。


「イザベル。話は俺が後で聞く。今は下がれ」

「クラウディオお兄さまは黙っていて。王族には魔力が必要だわ。今の王子では心もとない」


 イザベルが何を言いたいのか理解して、舌打ちした。俺を国王に、と進言させる前に口を塞ごうとするが、彼女の方が早かった。


「クラウディオお兄さまは国王になるおつもりがないようなので、イグナシオお異母兄さまに側室を取ってもらおうと思いまして」

「側室だと?」


 異母兄上が不快そうに低い声を出した。


「ええ。あのような対人用の魔道具が動くことを考えたら、魔力がない王族などあってはならないでしょう?」

「……たとえ王族に魔力があったところでどうにもならないさ」

「嫌ですわ。本当に国王ですの? あらゆる可能性を考えるのが王族ではありませんか。政略結婚など、国のためにするわけですから。それとも、クラウディオお兄さまの正妃を離縁させて、国王の側室にでもしますか? 彼女なら王妃様よりも魔力の強い子供を産みそうだわ」


 あまりの提案に唖然とした。絶句する俺たちにイザベルは肩をすくめた。


「驚くようなことではないと思いますけど。10年ほど前から南部地域から徐々に水が枯れています。丁度、急速に魔力を持たない貴族が増えてきた頃ですわ。それなのに魔力の弱体化が原因ではないとどうして言えるのかが不思議ですわ」


 魔道具のことだけではなく水の枯渇のことに言及され、思わず息を飲んだ。

 イザベルは一体どこまで気がついているのだろうか。なるべく情報を掴ませないようにしていたはずが、同じだけ、もしかしたらそれ以上に知っている気がした。


 イザベルがしばらく異母兄上の言葉を待っていた。異母兄上が黙ったままだ。イザベルはわざとらしくため息を付いてから、後ろにいるバシュレ侯爵に視線を送った。バシュレ侯爵は慇懃に礼をする。


「我が娘を陛下の側室にするか、第二王子殿下の正妃にするか。どちらでも我が侯爵家では受け入れましょう」

「ほら。バシュレ侯爵は心が広いのよ。王家の過ちを許してくれると言っているの。きっと王妃様も快く受けてくださるわよ。国のためですもの。では、ご検討くださいませね」


 イザベルは言いたいことを言って、部屋を出た。


 扉が閉じるのを見てから、大きく息を吐く。


「参ったな。正論すぎて、今回は蹴れそうにない」


 ぐるぐると異母兄上が唸る。


「しかし。妃殿下には」

「イザベルが言っただろう? 国のために魔力が必要であるなら、王妃である彼女は進んで受け入れなくてはならない。それとも」


 異母兄上はちらりと俺を見た。


「お前が王位につくか?」

「異母兄上」


 絶句した。まさか異母兄上がそのようなことを言うとは思っていなかったのだ。


「私の結婚した当時、魔力のない王妃が必要だったとはいえ、今になって必要だからと切り捨てるのはどうかと思う。だが、イザベルのいう事ももっともだ。対人用の魔道具が再び暴走して人を傷つけたらそれこそ、王宮内が二つに割れるだろう」

「お家騒動程度ならいいですが」


 下手をしたら内乱になりかねない。南部地域の貴族たちは水が枯れ始めていることに焦燥を感じているだろうし、原因がわからないよりも魔力が少なくなった王家に原因があるとした方が心が安定する。その解決策が見つからないまでも、魔力の多い王がいれば何とかなるかもしれないという希望にもつながる。


「……そうだな。一層のこと、お前たちの子供を王太子に据えるか」


 第一王子はまだ王太子ではない。王族の最低限の魔力を持たない王子が国王になっても大丈夫なのかという不安が、魔力不要だと思っている大臣たちの心の中にあるのだ。今はまだ異母兄上がいるから、万が一のことが起こっても何とかなると楽観しているに過ぎなかった。魔力は必要ないと自分たちが言っているにもかかわらず、問題が目の前にぶら下がれば自分の信念が揺らぐなど人間なんて勝手なものだ。


「どうしたものかな」


 取れる手は少ない。

 現状を正しく判断するならば、イザベルの案が一番現実的だ。俺が王位に座ることでも混乱するだろうし、俺たちの子を王子を押しのけて王太子にするのも同じだ。俺の妻を異母兄上の側室にするのも心情的に反発されるだろう。


「痛いところを突いてくるな」


 異母兄上の心情を考えれば、王子を王太子とするのが一番であるが。そこに固執して取り返しのつかない状態にするのは論外だ。


 どれを選ぶにしろ、異母兄上は辛い選択になるだろう。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ