これって着火していませんか?
クラウディオに散策ついでに連れていかれたところは王宮の一角にある作業部屋だった。
「入るぞ」
クラウディオが一言声をかけると、返事を待つことなく入っていく。わたしはどうしていいかわからず、扉の前で立ち止まった。そんなわたしに気がついたクラウディオが振り返って手招きする。
「デルフィーナ。遠慮せずに入れ」
「でも」
まだ納得できなくて、渋ればクラウディオがため息を付いた。わたしの手を引き、一緒に部屋へ入る。
「こんなところまですまねえな」
のっそりと出てきたのは体格のいい中年のおじさんだ。彼の顔を見て今まで紹介されていないと判断した。お披露目に招待されていないのはどうしてだろうとカルラに聞き忘れたと思いつつ、挨拶した。
「初めまして。デルフィーナと言います」
少しドレスの裾をつまんで、略式の礼をする。男性は慌てて背筋を伸ばした。
「おおっと。俺は、いや私はティム・インガルスと申す」
「ティム。今まで通りの話し方でいい。デルフィーナはそんな細かいことを咎めないから」
クラウディオがわたわたと使い慣れない敬語を使いだしたティムに対して笑う。わたしはその親し気な態度にふうんとちょっと感心した。クラウディオは誰にでもちょっとした壁を築くような気がしていたのだ。身分を重要視しているわけではないとは思うのだが、やはり誰に対してもそれなりの節度を持って接している。
「殿下、それで何の用です?」
「今解析している魔道具を見せてやってほしい」
クラウディオの言葉にティムがあんぐりと口を開けた。その表情から信じられないという気持ちがありありとうかがえた。別に見せてもらわなくてもいいんだけどな、と内心ティムの反論を期待した。どんな人でも自分の領域を知らない人間が立ち入ることを良しとしない。だから拒否していほしいと心底願った。
「うーん、見せるのか? 理由は?」
「理由は言えないな」
クラウディオはにやりと笑って見せた。ティムはその笑みに何を思ったのか、驚いた顔をしてわたしをじろじろと見る。
「本当に大丈夫か?」
「ダメだったらそれでもいいと思っている」
ティムは大きく息を吐いてわたしを手招きした。ついていくべきかどうかわからず、クラウディオの顔を見た。彼は頷くとわたしの手を引いた。
「解体が全く進んでいないんだ。かなり色々な角度から攻撃したのか、ひしゃげてしまっていてな」
解体、攻撃、とよくわからない言葉を並べて説明している。クラウディオはわかっているだろうがわたしにはさっぱりだ。
役に立たない情報を聞きながら、部屋の奥へ進めば見たことのある魔道具が置いてあった。
「あれって」
「そう。この間、妃殿下の部屋の前で暴走していたやつだ」
ひくりと顔をひきつらせた。まずい。あの魔道具はわたしが遠慮なく攻撃しているから、ピンポイントで壊れているはずだ。それにわたしが魔法を使って壊したことをどうやって誤魔化そうかと必死に考える。
「クラウディオ様?」
魔道具の後ろから一人の女性が出てきた。その女性を見てわたしは思考と停止させる。この間クラウディオと一緒にいた令嬢だった。どうしてこんなところに、という気持ちとミランダがクラウディオの部下だと話していたことを思い出し納得した。彼女はわたしの姿を見ると表情を険しくした。
「部外者は出てもらいたいのですが」
少し尖った声で退去するように伝えてくる。彼女の目はまっすぐに私に向けられており、その視線には非難する色があった。
「俺が連れてきた。デルフィーナに魔道具を見せる」
一言、説明にならない説明をすると、クラウディオは彼女を無視してわたしを引っ張る。
「え、いいの? 嫌がっているようだけど」
「ここの責任者は俺だ。俺がいいと言っている」
まあそうだろうな。この女性がどんな位置づけにいるか知らないが、いくら部下だと言ってもクラウディオの指示に反対を言えても、拒絶はできないはずだ。でも見たくないな、という気持ちもあったのだがクラウディオを見れば見逃してくれそうにもない。ため息を付いて、一歩近づけば、彼女の方がさっと動いた。
「ここは遊び場じゃないのよ、帰って!」
「ユージェニー!」
ティムが厳しい声で彼女を呼んだ。ユージェニーと呼ばれた彼女は怒りをあらわにする。
「だって、叔父さま!」
「お前は何を勘違いしているんだ。お前がここにいられるのは、俺が殿下に許可をもらったからだ。俺の管理下にお前がいるに過ぎない。下がるんだ」
どうやらクラウディオの部下というよりはティムの手伝いとして入っているようだった。それにしてはいやに馴れ馴れしいなと思いつつも、覚悟を決めて魔道具に手を伸ばした。
表面をいくつか触ってみれば、剣でつけられた跡があった。見えるもののほかにも触ってみればぼこぼこしている。
かなり痛めつけられているが歪みはないように思えた。ゆっくりと全体を見回せば、わたしが魔法で攻撃した3か所だけが激しくえぐられている。
うーん、ちょっと強すぎたかな。
ゆっくりと抉られたところを見て回れば、一か所だけが魔法陣が書かれていて後は外れだった。わたしよりもすこし大きめの魔道具だ。きっとここだけではないとは思うけど、中を開けてみないことにはわからない。
何度か表面を確かめて、つなぎ目がないことを確認した。これも先ほどの魔道具と同じで少し魔力を流せばどこかが開くはずだ。
「クラウディオ様。ここで開けても大丈夫?」
「ああ、やってくれ」
許可をもらったので、両手を魔道具につけた。目を閉じて集中した。ゆっくりと包み込むように魔力を流す。大きいため先ほどよりも沢山の魔力を持って行かれた。少しづつ少しづつ、注意して流し込んでいると、かちりと音がした。
「開いたわ」
そっと目を開けると、ぽっかりと胴の部分が開いている。その蓋を開けて中を覗けば、びっしりと魔法陣がいくつも書かれていた。
「うわ、すごい」
思わず漏れた呟きに、クラウディオが覗き込む。
「なんだ、これは」
「この魔道具を動かすための魔法陣よ。すごいわね。これだけ書かれているということはかなりの機能を持っているのだわ」
ゆっくりと魔法陣を指でなぞった。よくもまあ、あの攻撃だけで動かなくなったものだ。この魔道具は恐ろしいほど攻撃力を備えていた。
「おい、説明してもらいたいんだが」
ティムが我慢できないと言うように割って入った。わたしは少しだけ体を引き、彼にも中が見えるようにする。
「ここに書いてある魔法陣がこの魔道具の動きを指定しています。すべてを読み解くのは時間がかかりますが、一つだけ説明すれば」
そう言って、一番手前の魔法陣を指さした。
「これが指定された認識物を追いかけるためのものです」
「ほう、そうなのか」
感心したようにティムが自分の顎を撫でた。わたしはその様子を不思議な思いで見ていた。色々な疑問が湧いてくる。クラウディオが魔法師団が解体した時に失われたと言っていたことを思い出し、聞きたい気持ちを我慢した。ここにはティムもいるし、ユージェニーもいる。聞くのは二人になった時にしたほうがいい。
「他にすることはありますか?」
クラウディオに聞けば、彼は少し悩むように唇に指をあてた。
「おい、ティム。他に開けてもらいたい魔道具はあるか?」
「そうだな。この辺りに放置している魔道具があったはずだ」
ティムはいそいそと部屋の片隅に移動する。ユージェニーがティムの行く手を阻んだ。
「なんだ?」
「それはわたしの仕事でしょう!」
少し甲高い耳障りの声で彼女は叫んだ。ティムはため息を付いた。
「そうは言ってもだな。お前に任せたのは先月、いやその前の月か? できなくて放置していたんだろう?」
「そんなことはないわ。ちょっと忙しかっただけで」
ユージェニーの言い訳にティムが苦笑いをした。
「ユージェニー。できないものを抱えるのは誰のためにもならない」
なだめるように言ってから、魔道具の入った箱を持ち上げた。ユージェニーが悔しそうに唇を噛み締める。
「全部、蓋を開ければいいの?」
目の前に置かれた箱を見て聞けば、クラウディオが頷いた。わたしは面倒なので、箱ごと包み込むように魔力を注いだ。
こちらはさっきの魔道具とは違って大きいものでも片手で持てる程度のものだ。簡単に蓋が開く。一つを手に持って魔法陣を見た。
とても緻密で綺麗な魔法陣。
この国の魔道具を作った職にはとても丁寧で優秀なものが多い。一度この魔法陣を解き明かしてみたいという気持ちがむくむくと湧いてきた。わたしだってお姉さまほどではないけれど、それなりに読むことはできるのだ。真剣に魔法陣を見ていれば、突然それが奪われた。
「返して!」
手に持っていた魔道具がユージェニーの手に合った。驚きに目を瞬いたが、まあ自分の領分ではないからなと思い至る。
「ごめんなさい。つい魔法陣が綺麗で」
「うるさい! もう帰って!」
ユージェニーの癇癪を起こしたような態度にクラウディオがため息を付いた。
「ティム。これからもデルフィーナには色々手伝ってもらうことになる。その邪魔になるようなら、彼女の手伝いは終わりにしてくれ」
「すまない。ちゃんと説得する」
「どうして……どうしてなの! クラウディオ様は今までわたしをすごく褒めてくれていたじゃない!」
ユージェニーがそう言いながら、クラウディオに縋りつこうと近寄った。クラウディオはすっと距離を置き首を傾げた。
「ユージェニー! 黙るんだ」
ティムが強い口調で注意した。ユージェニーがぴたりと口を閉ざした。
「何を勘違いしているんだ? お前は俺の養女になったと言ってもたかが男爵家だ。本来ならば殿下と話すことなどよほどのことがない限りない。それを殿下は俺の繋がりで許してくれていたにすぎん」
「そんな。クラウディオ様だってわたしのことを……」
小さな声であったが聞こえてしまった。何か誤解をさせるようなことをしたのではないかと、クラウディオをちらりと見る。わたしだって庭で二人で話しているところを目撃している。二人の様子に、特別な関係ではないかと思ったぐらいだ。
「誤解させるようなことは何もないと思っていたんだが。普通に声をかけただけで特別だと誤解したという事か」
苦虫を嚙み潰したよう顔でクラウディオが言えば、ティムが深々と頭を下げた。
「申し訳ありません。これについては俺の責任です」
「ティムにはこれからもいてもらわなくてはならないからな。今日は許すが次はない。名前も今後一切呼ぶことを許さない」
「承知しました」
男二人は勝手に決着してしまっているけれど。
わたしは気付かないふりをして二人だけに視線を向けていた。
だけどね。
彼女は納得していないと思うわ。わたしをものすごく憎々し気な目で睨みつけているもの。
ああ、面倒にならないといいんだけど。
こっそりと息を吐いた。




