魔道具をこっそり破壊しました
出されたお茶をゆっくりと飲んでいれば、次第に落ち着いてきた。クラウディオが女性に人気があることはわかっていた。隙さえあれば、クラウディオにアプローチする令嬢がいることだって理解している。
きちんと理解していると思っていたから、二人で話している所を見て動揺するなんて思っていなかった。
クラウディオは結婚を申し込みに来た時に言っていたように、わたしを大切にしてくれる。お披露目の時もわたしだけだと言っていた。彼を疑っていないのに、どうしてか胸が苦しいのだ。
「あの男爵令嬢はね、クラウディオ殿の部下なのよ。だから男女の関係というよりは、仕事の関係で声をかけていた可能性の方が高いわ」
慰めてくれているのか、ミランダが淡々と説明する。
「女性でも文官として働けるのですか?」
「ええ。働く必要のある貴族の令嬢ならば侍女になることが多いけれど、能力さえあれば文官でも騎士にもなれるわ」
「では優秀な方のでしょうね」
憂鬱そうに呟いた。
「クラウディオ殿はデルフィーナ姫をとても大切にしているでしょう? 信じてあげないとだめよ」
少し躊躇ったようだが、ミランダはそのまま聞きたくないことを言ってくる。
「わたくしもそうだけれども、結婚した相手がどんなに愛情深く接してくれていても、彼らは王族なのよ。様々な思惑で近寄ってくる女性は多いわ。だからね、どれほど親密に見えても彼を信じてあげないとあっという間に二人の関係は崩れてしまうの。二人の間の信頼が揺らいでしまえば、知らないうちに側室がいたなんてことにもなるわ」
「側室」
気持ちがさらに落ち込んだ。確かにわたし自身、後ろ盾のない結婚相手として選ばれただけだ。出会ってから今まで優しく接してもらったからすっかり忘れていた。ミランダはため息を付いた。
「貴女にこんなことを言っているけれど、わたくしだってすごく嫌だと思っているの。相手の立場がわかっていても女性の気持ちは複雑だわ」
「妃殿下もですか?」
「ええ。特に王子たちは王族としての魔力が少ないから……イザベル王女にはいつも非難されるわね」
イザベルの気の強そうな顔を思い出して言いそうだなと頷く。
「イザベル王女には気を付けてね。きっと貴女を排除しようとするでしょうから」
「わかりました」
頷いたところで、ものすごい勢いで扉が開いた。驚いて扉の方へと視線を向ける。前もこんな感じで王子が飛び込んできたはずだ。
「お母さま!」
今日、飛び込んできたのは王女の方だった。ミランダは驚いたように立ち上がる。王女のドレスは汚れており、ただ事ではないことが見て取れた。
「パトリシア、何があったの!」
「お母さま、お兄さまが……」
えぐえぐと泣くパトリシアにミランダは駆け寄った。
「ごめんなさいね。ちょっと席を外すわ」
私にそれだけ告げると慌ただしく出て行く。どうしようかと思ったが、パトリシアの状態を見て怪我をしている人がいるかもしれないと、彼女を部屋に残っている侍女に任せて後を追うことにした。
廊下を出たところで、立ちすくんだ。
「これは、魔道具?」
ベイジルが必死に剣を振り回して大きな魔道具を止めようとしていた。護衛騎士たちも魔道具に向かって剣をふるっているがあまり効果がない。
ベイジルを敵とみなしているのか、ひたすらベイジルの動きを追っている。移動ができるのか蜘蛛のような足がついており、何本かは砕かれてない。そのおかげで上手に移動ができなくなっているが、目の部分がぐるぐる動いている。なんだか嫌な感じだ。
魔道具には魔法陣が書き込まれているはずだ。わたしはいくつかの場所に当たりをつけた。ベイジルが必死になって壊そうとしているが、魔法陣を壊さない限り動き続ける。
魔法陣が書き込まれていそうな場所を壊そうと魔力を練り上げ魔法を用意する。魔法をぶつけようとしたときにクラウディオのあまり使わないでほしいという言葉を思い出してしまった。でも、今ここで止めないとひどいことになる。
「ごめんなさい」
気がつかれないようにと祈りながら、ベイジルが剣をふるったのと同時に魔法を放った。タイミングよく彼の剣が目の所に当たった時に魔法陣が破壊される。
「やった!」
ベイジルが嬉しそうに声を上げるが、すぐに護衛騎士に抱え込まれて後ろに下がった。魔道具は大きく体を震わせてがしゃんという音とともに動かなくなる。ほっとして息を吐けば、ミランダがベイジルを抱きしめた。
「なんて無茶なことを!」
「だって間に合いそうになかったから。パトリシアが初め狙われていたんだ」
ベイジルの説明を聞いているうちに、複数の足音が聞こえた。慌てているのか荒っぽい足音だ。顔を上げれば、クラウディオが血相を変えてやってくる。
「無事か?」
「クラウディオ殿」
ミランダはベイジルを抱きしめたまま、ほっとした顔をする。どうやら侍女が連れてきたらしい。どうして魔道具とクラウディオが結びつくのかはわからないので、黙って様子を伺うことにした。
「失礼いたします」
クラウディオの後ろからついてきたのか、先ほど彼と一緒に歩いていた令嬢がいた。ぐっと手を握りしめる。
「どうしてこんなところに魔道具があるんだ」
クラウディオの呟きに、ベイジルは答えた。
「庭にいたら突然動き出した。元々庭にあったものだ」
「そうか。妃殿下、庭の方も調べてもいいだろうか?」
クラウディオはミランダに許可を願った。ミランダは頷く。
「これは王子が壊したのか?」
「多分。他のみんなも色々壊そうとしていたから、もしかしたら壊れかけていたのかもしれないけど」
魔法を使ったことがバレなければいいなと思いながら、じっと二人の会話を聞いていた。クラウディオは後から来た文官らしき人達に運び出すようにと指示を出しながら、こちらへやってきた。
「デルフィーナ、今日は異母兄上のところではなかったのか?」
「少し気分が悪くて、妃殿下の所で休んでいたの」
理由を誤魔化しながら告げれば、彼は心配そうに目を細めた。
「あまり無理してほしくない。離宮まで送っていこう」
そう言われて背中に腕が回った。
「クラウディオ様」
わたし達が歩き出したところで、先ほどの令嬢がクラウディオに声をかけた。彼女の声に少しだけ非難が混ざっている。クラウディオの隣に立って、彼女をじっと見つめた。お披露目にはいなかった顔だ。男爵令嬢とミランダは言っていたが、招待状をもらうだけの身分ではないのだろうか。この国の貴族の在り方は少ししか教わっていないので、後でカルラに確認しよう。
「ああ、先に解析しておいてくれ。ティムなら何かわかるだろう」
「ですが」
彼女は納得していない顔で食い下がった。どうやらわたしを送っていくのが気に入らないらしい。クラウディオはため息を付く。
「妻が具合が悪いと言っているんだ。離宮に送り届けたら、すぐに戻る」
「え? 妻?」
茫然とした呟きが漏れたが、クラウディオは特に気にせずわたしを連れ出した。




