わかっていたはずなのに
お披露目会が終わり、一カ月もすれば勉強もほどほどの量になった。クラウディオは相変わらず忙しそうで、夜も遅いがそれでも朝の挨拶があるから特に不満もない。
毎日同じ時間に起きて、クラウディオを送り出し、自分の支度をする。勉強も用事も大抵は午前中に終わる。特に先の予定もないので、わたし自身はとても暇だ。
それでも今までもこんな感じで祖国でも過ごしてきたから、耐えられないほど苦痛というわけではない。祖国で暮らしていた時のように、刺繍でも始めれば時間を潰せるだろう。
今日の勉強も終わり、お昼を食べた後、カルラに午後の予定を確認する。
「今日は妃殿下に呼ばれていたわね」
「本日は陛下の執務室の方に来てほしいと連絡がありました」
「執務室……そうよね。妃殿下の公務を説明してくださるのね」
少しづつではあるがミランダから引継ぎがされていた。貴族夫人との茶会もと言われていたがそちらはまだやる自信がないのでとりあえず孤児院からだ。
孤児院の規模、予算、人員など細かな情報が分厚い資料と共に送られてきたときには驚いたものだ。まず規模が大きい。孤児院は王都だけでも3つあり、どれもが30人前後いるのだ。15歳になれば成人したとみなされ、孤児院を出て行く。成人する時に出なければならないため、孤児院に身を寄せている子供は幼い頃から職につけるように技術を身につける。
渡された資料を読みこみ、ミランダに不明なところを確認しながらこの国の孤児院について学んだ。祖国では人口が少なく、何らかの理由で両親が育てられない子供はすぐに養父母に引き取られていくのが一般的だ。一時的に保護する場所があっても、この国のような組織ではない。
あり方の差を確認しながら、自分の中を整理するのは思っていた以上に大変だった。ミランダにとっても当たり前で説明がないところもあるし、わたしの中の当り前がそのまま確認もせずにいたところもある。話のかみ合わなさに、言葉の認識の違いに気がつくということはよくあった。
「ねえ、カルラ。少し早く行って王宮を散策することはできるかしら?」
「では少し回り道をしながら行きましょう」
クラウディオにも許可をもらっていないので多少寄り道をする程度のようだがそれでも王宮を見られることは嬉しい。
「ついでに魔道具がどこにあるのか教えてほしいわ」
「魔道具ですか?」
「ええ。お披露目の前に街に出かけた時に見かけたの。クラウディオ様が王宮にもあるから探してみるといいと言っていたから興味があるわ」
カルラはやれやれと言わんばかりにため息を付いた。
「殿下も意地の悪いことを。このお部屋から見える庭にも魔道具は置いてありますよ?」
「え?」
驚いて目を瞬けば、カルラは窓際によって窓を開けた。手入れされた庭に魔道具らしきものはない。
「ないわよ?」
「よく見てください。あそこに埋め込まれている丸いレンガが魔道具になります」
「え?」
もう一度庭を見る。歩きやすい様にレンガを埋めた小道にところどころに少し大きめの丸いレンガが確かに埋め込まれている。花の彫刻を施してある。
「何故あのようなところにあるのかはわかりません。昔は魔道具として使っていたかもしれませんが、今ではただの飾りです」
「なんだか思っていたのと違う」
そう呟けば、カルラは笑った。
「そうですか。この王宮にはあのような飾りになっている魔道具が沢山ありますよ」
「ふうん」
今は使われていなくても魔道具なのだ。ちょっと魔法陣を読んで直せばもしかしたら使えるかもしれない。カルラに身支度をされながら、いいことを思いついた。
どうせこれから午後は暇なのだ。刺繍と共に魔道具の修理も付け加える。庭にあるような魔道具だから、見ていて楽しい何かだと思うのだ。あの魔道具は小道の脇に等間隔で配置されているから明かりの魔道具だと思う。直して夜にクラウディオに見せたらきっと驚くだろう。
自分の思い付きに気分を良くして、思わず笑みが浮かんだ。
******
護衛とカルラを連れて約束の時間よりも少し早めに離宮を出た。王宮と離宮を繋ぐ回廊を進んでいけば、ちらほらと人が通り始める。忙しそうに歩いている人たちは王宮で働いている人だとカルラに説明された。主に着ている服で判断でき、決められた服を着ていない場合は徽章をつける義務があるらしい。もちろん、役職のない貴族などもいるのだが貴族はだいたい一人では歩いていないので訪問者かどうかもすぐわかる。
そんな説明をカルラから受けながら、王宮の独特の雰囲気を楽しみながらゆっくりと歩く。文官や使用人たちがわたしの姿を見れば、すぐに隅に寄り頭を下げる。気を遣わせたかなとちょっとだけ居心地の悪い思いをしながらカルラの後をついていった。
カルラはわたしの希望通りに庭を通ってイグナシオの執務室に向かってくれるようだ。庭は綺麗に手入れがされていたが、花よりも木々が多く植えられていた。みずみずしい緑の葉が大きく張り出し、下に影を作っている。
「お花は植えていないのね」
「はい。日差しがきついのでできるだけ日陰ができるような木を植えています」
なるほど、と納得しつつ歩いていけば足が止まった。少し遠いが、庭の木陰にクラウディオがいる。背中を向けているが間違いない。誰かと話しているようだ。
声をかけようかどうしようか迷っているうちに、クラウディオの方が歩き始めてしまった。わたしとは違う方向へ移動した彼は誰かをエスコートしていた。どこかの令嬢なのか、明るい色のドレスを着ている。彼を見上げる横顔はとても蕩けるような笑みが浮かんでいた。
その顔を見てから、クラウディオの方も見る。クラウディオも信頼している相手なのか、少しだけ優しい表情をしていた。その二人の様子に思ってもいない衝撃を受けた。
「……」
二人は何でもないと思いながらも胸が苦しくなって、目を逸らした。気持ちを整えようと何度か息を吸っていると、名前を呼ばれた。
「デルフィーナ姫」
びくっと体を揺らして振り返れば、不思議そうにしているミランダが立っていた。
「どうしたの? 顔色が悪いわ」
「あの」
どう説明しようかと思っていたが、ミランダの方が気がついたのが早かった。さっとわたしの見ていた方へと視線を向ける。二人を見つけると、ため息を付いた。
「あれは男爵令嬢ね」
「知っている令嬢ですか?」
声が震え、ほろりと涙がこぼれた。慌てて涙を払う。涙が出た理由がわからなかった。
「今日の公務の説明はやめておきましょう。このままわたくしの部屋にいらっしゃい」
ミランダはわたしの様子を見て優しく言うと、連れてきた侍女にイグナシオに中止すると伝えるように指示した。ミランダに促されるまま、彼女の部屋へと向かった。




